使い魔のSOS
ファイセルとシャンテ達は各所の水源を回ったり、雨乞いをしたりして順調に巡礼を続けていた。
「一応は巡礼というだけあって、先人達が残した祠も巡っているんですよ」
巫子は微笑みながら身長差のある学院生の青年を見上げた。
「うん。とても興味深いよ。いつの時代のものかわからない古い祠もあるんだね」
後ろを歩くサランサはなんだかイライラしているようだ。
「まったく、アイツ。シャンテ様に馴れ馴れしくしおってからに……」
女性陣はの小言をしれっとスルーした。
シャンテは年頃の少年らしいはにかみを浮かべてファイセルに小声で話しかけた。
「僕は物心ついた頃からお供はサランサとマルシェルで身の回りのお世話も皆、女性だったんです。もちろん男性の同行者は今まで居たことが無くて。だからなんだかお兄さんみたいだなって……。あ、す、すいません。失礼でしたよね?」
ペコペコ頭を下げる彼はとてもいじらしかった。
自然とファイセルは笑顔になって返した。
「はは。お兄さんか。そりゃいいや。僕なんかでよければ気兼ねなく頼ってよ。まぁシャンテ様じゃあまりにも出来が良すぎる弟な気はするけどね。僕には妹がいるんだけど、妹も妹で出来が良いからなぁ。不出来な兄は世知辛いもんだよ」
彼はやれやれといった様子で後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべた。
もちろんそれは本人の謙遜であって、ファイセルも十分に優等生であるのだが。
「様はつけなくてもいいですよ。シャンテで結構です」
彼はにこやかにそう言うが、どう考えても後ろの女騎士が怒りそうだったので様はつけておくことにした。
和気あいあいと各々が世間話をしながら歩いているとなんだかピクニックじみてきた。
だが、平和な一時は長くは続かなかった。
街道の向こう側から何かが猛スピードで砂煙を上げて迫ってきたのである。
これにはパーティー全員が戦闘も有りうると即座に身構えた。
近くまで来ると”それ”の正体がわかった。
丸まって転がってきたのは小さめのボールくらいのサイズの動物だった。
土系の迷彩柄の獣で姿形はアルマジロに近い。だが、立派な白銀の一本ツノが生えていた。
ファイセル達の目前で丸まりを解除して座った姿勢へと移行した。
「み、みちゅかりまちた!! せーふくのおにいしゃん、おねえしゃん、たしゅけてくだしゃい!! このままではママと、ごしゅじんしゃまがしんでしまうでしゅ!!」
幼い口調で小動物はヘルプメッセージを伝えてきた。
ここまで流暢に喋る動物が珍しいのか、教会組はかなり驚いているようだ。
「ユニマジロの使い魔だよ。これだけ高度なのは多分、学院生仕込みだね。それは置いといて、君のマスターの場所と状況を教えてほしいんだ。それがわからないと助けるに助けられないよ」
可愛らしい使い魔はクセのようにツノを両手でこすった。
「あ、ああ!! いいわすれてまちた!! ごしゅじんさまは”よーぐのもり”ってとこで、”あてらさうるす”ってモンスターとたたかっているでしゅ!! ふつうよりはるかにおっきいやつがあばれてて、てにおえないんでしゅ!!」
ヨーグの森と聞いて、ファイセルは苦虫を噛み潰したような表情になった。
前回は無事抜けることが出来たが、あそこにいい思い出はない。
「そうか。わかった。君のご主人が制服を着た学院生に助けを求めるように頼んだ事は、かなり厄介な状態になってるのは間違いない。幸い、ヨーグの森に隣接する村のケルクまではここから全速力で走れば10分程度だ。今から急げばこの子のマスターはなんとか助かると思う。皆、急ぐよ!!」
聞いていたユニマジロの子供はポロポロと涙をこぼした。
「あ、ありがとうございましゅ~~~。ほんとにうんよくいいひとにであえまちた~~~。ボクはもどってこのことをごしゅじんしゃまにつたえるでしゅ!! できるだけはやくきてくだしゃい!! おねがいしましゅ!!」
伝え終わると小動物は再び球状になって、土煙をあげて来た道をすごい速さで引き返していった。
そのスピードはかなりのもので、こちらの中にはそれに追いついていける者は居なかった。
そして学院生達はすぐに走り出した。ファイセル、リーリンカは足はあまり速くなかったが懸命に走った。
薬で一時的に運動神経を上げる薬物強化することも出来たが、副作用や節約などの面から今、使うべきではなかった。
サランサはすぐにシャンテをお姫様だっこで拾い上げるとそのままダッシュし始めた。
「サ、サランサ!! 僕も走りますから!! いつまでもお子様扱いはやめてください!!」
彼は女の子のような扱いを受けて恥ずかしがったが、サランサに任せないと一緒についてこられないだろう。
マルシェルは手堅く肉体強化をしているらしく、それなりに足が速くスタミナもありそうだった。
一行は流れる汗も拭かぬまま、ケルクまで駆け抜けた。
村に入ると異常事態が発生しているのがひと目でわかった。
この村の本来の規模より遥かに多い数の人がヨーグの森を前にして足止めをくらっていたのだ。
ウィールネール便も5匹くらい止まっているし、広場は田舎の村には似つかわしくない人の密度だ。
到着してしばらくすると更に異変が起こった。
(ズズン……)
森がざわめいて鳥類が飛び立った。
「ん? 今、なんか揺れなかった? 地震……じゃないよね?」
ファイセル達がキョロキョロあたりを見回してしていると民家の壁によりかかった狩人が教えてくれた。
「ありゃヨーグの森に出現したアテラ・クイーンの突然変異種の足音だ。俺が見た感じじゃ体高5mはあったぜ。少し前に十人そこそこくらいで集まって奴を討伐に行ったが、俺は降りさせてもらった。力量を測れないほど未熟者じゃないんでね。ありゃ烏合の衆で勝てるほど甘いエモノじゃねェ……。間違いなく死人が出るぜ」
臆病者と罵られても仕方のないところだが、相手が悪いとなれば誰も彼を責めることは出来なかった。
ただ、その男性の見た目や態度、放つ雰囲気から判断するに、ハンターとしての腕は確かなようだった。
大げさなホラや、ターゲットの過大評価はしていないだろう。
それに、先程の使い魔の言っていた内容とも一致する。
更にヘルプを出してきたということは今頃、アテラ・サウルスのメスの巨大化個体が討伐隊と既に交戦しているのだろう。
おそらくそのうちの一人があの使い魔をよこしたのだ。危機に陥っているに違いない。
「まずい!! そう長くは持たないかもしれない!! リーリンカ、行くよ!! シャンテ様とサランサさんとマルシェルさんは村の安全な場所で待機していて!! 大丈夫、村に接近するのは何としても食い止めるから!!」
そう言うとファイセルとリーリンカは戦闘準備を始めた。
「待ってください!! サランサ!! マルシェル!! ファイセルさん達と一緒に行って、彼らを援護するのです!! 僕だって一人前の巫子です!! ですからお供が居なくても自分の身くらいは自分でなんとかします!! ですから、どうか……どうかお二方を助けてあげてください……」
シャンテは深く頭を下げた。
その真摯な願いはファイセルとリーリンカの身の安全を心から心配してのものだと伝わってくる。
「しかし……」
お供たちは戸惑った表情を見せた。
いくら信仰の対象となっているからとは言え、教会の要人を一人にするわけにはいかない。
その時、渋い声の中年男性が背後から声をかけてきた。
「おい、兄さん。あんた、3年くらい前に一人でアテラ・サウルスの群れを蹴散らした学院生さんじゃないだろ? 忘れもしないぞ。あの時も今と同じでヨーグの森に連中が蔓延っていた。そこへふらりと現れたあんたは見事、単身で掃討に成功した……。そして私は報酬を集めて君に払った。君は覚えていないだろうがな」
ところが、一度に大金を受け取ったので、ファイセルは彼をハッキリ覚えていた。
「……あ!! アテラ・サウルスで足止めを食らっていた交易ギルドの代表者の方ですよね?
僕に報酬を渡してくれたのを覚えていますよ。またここでこの手の騒動にひっかかるとは運が悪いですね……」
白髪がかったギルドの代表は困った顔をして腕を組んだ。
「全くだ。こんな恐竜との運命のめぐり合わせはいらん。……と、言いたいところだが、君と再会できたのは不幸中の幸いかもしれない。森に入るんだな? 危険なのはわかっているが、君達ならなんとか出来ると私は信じている。報酬はもちろん出す。まぁ、皮肉なことに報酬で討伐の参加者を煽ってしまった面もあるのだが……」
下を向いて彼は自分の行動に後悔しているようだったが、思い出すようにしてすぐにシャンテの方を見た。
「そうだ。話は聞いていたぞ。巫子様のおつきの方まで戦いに行くと不用心になってしまうという話だったな。その件だが、我々のキャラバンが責任をもってそちらの巫子様を保護させてもらうよ。教会には色々と贔屓にしてもらっているし、何しろ歴史と誇りあるキャラバンだ。そこは信用していただきたい」
話を聞いた巡礼フィールドワークの一行は相談を始めた。
「馬鹿者!! あんな民間の胡散臭い連中にシャンテ様を預けられるか!!」
早速サランサが噛み付いたが、ファイセルがなだめる。
「……まぁまぁ。あの人はしっかりギャラもくれたし、律儀な人だなと思ったよ。シャンテ様をどうこうして儲けるとかそういう私欲のある人物だとは思えないし。今だって他のキャラバンをまとめたり、旅人へのフォローもしっかりしてる。預けても問題ないと僕は思うよ」
横で聞いていたリーリンカも同意を示した。
「いいんじゃないか? 一人で置いておくよりは安心だろう。少なくとも悪人には見えないしな」
問題は教会関係者だ。サランサは何を言っても突っかかってきそうなので、マルシェルに決定権が移った。
「そうね……。私達としてはシャンテ様のご意向に出来る限り沿うようにしたいところなの。となると、ファイセルさん達と一緒にアテラ・サウルスを退治しにいくべきという事になるわね……」
教会から来た少年が嬉しそうな顔をする。
「マルシェル!!」
当然のごとくサランサがつっかかってきた。
「貴様、正気か!? 我々はな、シャンテ様をお護りするためにだな!!」
つっかかられた女性は聞き流してサラリと赤茶けた髪を手で撫ぜた。
「神殿守護騎士たるもの、困っている人あれば必ず駆けつけ、手を差し伸べるべし……ルーンティアの教えより抜粋。確かに私達にとってシャンテ様の護衛のほうが優先順位は高いけれど、巫子様の身の安全が保証されたわけだし、この項を実践すべきだと思うわ」
巨大な槍を持った女性騎士は思いっきりその持ち手の先を地面に突き立てた。
「ズン!!」
地面を突く鈍い音がする、。明らかに苛立っているのがわかった。
「くっ!! 不本意だ……不本意だ!! しかし、シャンテ様が望むというのならばそれに従わないという選択肢もあるまい……。シャンテ様、すぐお戻りいたしますのでしばしのご辛抱を!!」
頭の固い神殿守護騎士は敬礼してみせた。
「よし、サランサさん、マルシェルさん。改めてよろしくお願いします!! 離している時間も惜しい!! 森の奥へ急ぎましょう!!」
ファイセル、リーリンカ、サランサ、マルシェルはシャンテを預けるとヨーグの森の奥へと踏み入っていった。




