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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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ごった煮の巡礼フィールドワーク


裏亀竜の月の3日ファイセルとリーリンカはミナレートから南下したカルツという街へとやってきていた。


オルバの頼みで不毛地帯のライネンテ中部をフィールドワークすることになったのだ。


ファイセルがした水質チェックを反映させて雲の賢人は新たに雲を作っている。


その成果を確認しようというのがこの旅の目的だ。


水質の再チェックも行うため、今回はリーネも同行していた。


ファイセルは腰から下げたホムンクルス用のびんを懐かしく思った。


「カルツより少し南に行ったあたりからが問題なんだ。その前にバザールでお昼を食べていこうよ。僕はここの名産のカルツヘビの串焼き、好きなんだよ」


そういう青年に女子二人はなんだかひいているようだ。


「……お前、カルツヘビって食べると精力絶倫せいりょくぜつりんになるって有名だぞ……」


「うわ~、まぢありえね~。まだ昼間なんに……」


初耳だったファイセルは照れくさそうに後頭部を掻いた。


「い、いや別にそういうわけじゃ……。純粋に味とか風味がだね……」


ワイワイにぎやかやりながら三人は露天ろてんで食卓を囲んだ。


「何にしようか……僕は……この間の一件でパスタが品切れじゃないか……。しょうがない。代わりに大名バッタサンドのパンにしよう。あとカルツヘビの串焼きね」


彼の注文を聞いたあと、リーリンカも注文した。


「そうだな……。私はライネン米のヌードルにしようか。私もカルツヘビの串焼きを食べるぞ。け、見聞を広めておくのは悪くないからな!!」


彼女は照れ隠しでメガネをクイッっと上げる仕草をしたが、だいぶ前から彼女はメガネを外していた。


メガネでは何かと不便なことも多いので高級なマギ・アイグラスを買って視力を補強している。


だから邪魔するものもなく、常に美少女モードというわけだ。本人は意識していないようだが。


リーネは二人のやりとりを見て頬杖ほおづえをついて呆れた。


「はいはい。夫婦揃ってごちそうさまです。あたしはカルツ・サイダーにしとく。サイダーは水質がハッキリ出るかんね。地域によって全然味が違うんだよ」


出た。液体グルメである。ファイセルたちからしてみればどこもサイダーはサイダーで大差無いのだが。


三人は昼食を終えて食休みをとるとカルツを発ち、街道を南下し始めた。


こころなしか以前、水質チェックした時より人気ひとけが増えている気がした。


同時に気温が一気に冷え始めた。街から南へ歩いて3時間、ちょうどこのあたりが気候の変わり目である。


中部は基本的に冬の時期が長く、例外はあるものの寒い地帯が多い。


短いが春のシーズンもあって住民たちは冬を耐え、春を待ち望んで暮らしている。


そのため、四季のある王都ライネンテや常夏とこなつのミナレートに憧れる者は多い。


フィールドワーカー達は街道沿いの村にこまめに立ち寄って情報収集した。


「そうさねぇ。今までは降水量が少なかったり、作物を枯らす雨とかが降っていたんだけれど、ここ最近はいい感じだよ。荒れ地もかなり減って、ゾンビを見かけることは減ったねぇ。これも雨乞あまごいいの巫子様達のおかげだねェ……」


「寒いのは不満だけれど、モッチ麦とかの収穫量がだいぶ上がったんだ。今まではオフシーズンの間、どうやって食いつないでいくか悩んでいたんだ。でも今は出荷できるくらい収穫できるようになって、生活に余裕ができたんだよ」


「今まで街道が閑散かんさんとしてて、ウチの宿も商売上がったりってとこだったんだけれど、最近は中部を通る人が増えたね。環境が変わりつつあるみたいで冒険者や旅人なんかが立ち寄ってくれるのさ。向かいの道具屋のばあさんも喜んでるね」


あらかじめ聞かされていたオルバの予測は的中していた。


恵みをもたらす雲創くもづりは至って順調といったところだろうか。


師匠ししょうに伝えたらきっと喜んでくれるよ!!」


一行は確かな手応えを感じながら次のオッテン村に入った。


するとどうしたのだろう。村中の人が中央の広場に集まって人だかりが出来ていた。


一体何事かとファイセル達はのぞき込んだ。


高位のローブに身を包んだ小さな少年と、大きな槍を持った女性と、ウィザーズ・ローブを着た女性の神殿守護騎士テンプルナイト二人が囲まれていた。


「あっ!! あれは確か……。名前は出てこないけど、教会の巫子みこさんとそのお付きの人だよ!!」


そう声に出すと槍を持ってかぶとを被った女性がこちらに反応した。


「き、貴様~!! 忘れもしないぞ!! あの神に背く不敬のやからの片割れじゃないか!! あいつ、教会で多少、腕が立つからと言っていい気になって!! 貴様みたいな輩は―――」


その神殿守護騎士テンプルナイトはずかずかとファイセルに近づいてきて胸ぐらをぐいっと掴んだ。


すごい剣幕で彼女はにらみつけてくるが、青年は目線をそらしていなした。


この人がこういう人物だと彼は知っていたからだ。


「サランサ!! 乱暴な狼藉ろうぜきは止めてください!! その手を離してファイセルさんに謝りなさい!!」


小さくて明るい茶髪のおかっぱをした少年はそうしかりつけた。


「シャ……シャンテ様……。申し訳ありません。取り乱しました……。ファ、ファイセル殿、どうか非礼をお詫びさせていただきたい」


サランサと呼ばれた女性は掴んでいた手を離し、膝を地べたに付いて深くこうべを垂れた。


「いやいや、そんな頭を下げなくても……。大丈夫。僕は気にしてませんよ」


青年の寛容な態度に村人達は感心の声を上げた。


サランサのそばにシャンテとローブの女性が近づいてきた。


村人のかこいから抜けてこちらへやってきたのだ。


「サランサ……相変わらず軽率ですよ。慎みなさい」


ローブの女性が厳しい一言を放つ。


「くっ、マルシェルめ……」


彼女は不服そうな顔をして再び頭を下げた。


ファイセルは気まずい空気を破るように、疑問をたずねてみた。


「それはそうと……確かあなたは教会の巫子のシャンテ様でしたよね? よく一度会っただけの僕の名前を覚えていましたね」


巫子みこは癒やし系の表情でニッコリ笑った。


「いやぁ、お恥ずかしながら人の顔と名前を覚えるくらいしか長所がなくって……。改めて自己紹介しますね。私はカルティ・ランツァ・ローレンの雨乞いの巫子、シャンテ・ラ・オルシェと申します。魔術師のほうはマルシェル、騎士の方はサランサと言います。どうぞよしなに」


三人は軽く会釈えしゃくした。シャンテが顔を上げる。


貴男あなたもよく僕らの事を覚えていてくれましたね。ありがたいことです」


そりゃあ、宿の部屋のドアをぶち破られられれば忘れるにも忘れられるわけがない。


「あの……ファイセル、こちらの方々は……?」


リーリンカが首をかしげながら聞いてきたので、ところどころ端折はしょって彼らについて説明した。


物分りの良い彼女は「なるほど」といった感じで彼らについて理解したようだった。


シャンテ達はさっきの名乗りからするに、きっと今回も雨乞いの旅をしているのだろう。


「僕ら、ライネンテ中部のフィールドワークしてるんですが雨乞いの調子はどうですか?」


品のある所作で少年は大きくうなづいた。


「ええ、とても順調です。前回お会いした時に比べて、恵みの雨がやってきてくれる確率がぐっと高まりました。僕たちもしょっちゅう中部を巡礼しているのですが確かな手応えを感じますね。大地や人が豊かになり、汚れが減っているのが体感できます。これも創雲そううんのオルバ様のおかげです」


師匠せんせいの名前が出て、思わずファイセルの顔はほころんだ。


「それでですね、今回はまた恵みの雨を降らせつつ南下して、オルバ様のいらっしゃるポカプエル湖まで行きます。そして、教会の代表として直接会ってお礼を言いたいと思うのです。クレティア功労会こうろうかいの招待状も受け取っています。お会いするのが難しいという事は百も承知ですが、大事な役割ですので」


これからのプランを説明しながらシャンテは屈託くったくのない笑顔を見せた。


しかし、ファイセルとリーネは二人揃って頭をひねった。


(リーネ、あの師匠せんせいがシャンテ様に会うと思うかい? 今まで慈善活動を表彰するクレティア功労会こうろうかいなんて完全に無視だったじゃないか。僕はいつもみたいにテキトーにやり過ごす思うんだけど)


リーネは腰のびんの中の液体状態のまま返事を返してきた。


(モチのロン。あのオヤジがこういった類の形式ばったどうでもいい用事に応対するとは思えないね。ポカプエル湖まで行ったって絶対に会えないっていうかそもそも会う気がない。100パー間違いね~って)


オルバの関係者達の意見は一致した。だが、リーリンカは納得いかない様子だった。


(とても名誉な事なのにか? しかし……お前らの師匠せんせいは変わり者だと聞いているからな……。何か考えがあってのことなのかもしれない)


彼女がフォローを入れたが、リーネがハッキリ否定した。


(違うね。なんにも考えてないよ。ただのめんどくさがりなオッサンなだけだし)


内輪うちわでコソコソやっているとシャンテが聞き返してきた。


「そういえば、ファイセルさん達はフィールドワークの途中でしたよね? どこを目指してらっしゃるんですか?」


隠者の賢人ハーミット・ワイズマンのお約束でオルバに関することだけをぼかしてそれに答えた。


「ミナレートから南下していまして、最終的にシリルのあたりまで調査しようと思っています。シリルは僕の故郷なので学院も休みですし、しばらくゆっくり過ごそうかと」


それを聞いた聡明そうめいそうな巫子はトンと拳をてのひらに軽くうちつけた。


「そうだ。ファイセルさん達、よろしければ私達と一緒に同行していただけませんか? 僕たちは教会の人間です。どうも世間にうといところがあるのはいなめません。ですからあなた方が一緒なら心強いのです。それにもし、何か非常事態があっても学院生お二方の力があれば乗り切れるでしょう。どうか、お願いします」


教会の巫子という立場にもかかわらず、彼はペコリと頭を下げた。


「シャ、シャンテ様!? こんな奴らに頭を下げて頼む必要はありません!! わたくし、サランサとマルシェルだけで十分に貴男あなたをおまもりする事が出来ます!! こんな素性のわからない者共と―――」


「サランサ!! いい加減になさい!! そういった慢心に足元をすくわれると言っているのですよ。それに、無闇矢鱈むやみやたらに人を疑うのは聖職者にあるまじき態度です。何度も同じことを言わせないでください!!」


本気で彼はしかったようだが、話を聞くにいつもこんな感じなのだろう。


恥ずかしいところを見られて少年は赤面したが、脱線から話を戻した。


「あ、ああ。失礼しました。本題に戻ります。もし、ご迷惑でないのなら是非、僕らと一緒に行きませんか? 雨乞あまごいのデーターを反映させる事が出来るので、フィールドワークとの相性はとても良いと思うのですが……。あなた方にも事情がおありでしょうから無理にとはいいません。ただ、来てくれると非常に助かります」


シャンテは改めてお辞儀じぎをして頼み込んできた。


サランサ、マルシェルも同じように頭を下げる。


彼女らも同行者、特に教会の外部の協力者は多いほうが心強いと思っているのだろう。


もっとも、さんざ怒られた方の女性は微塵みじんもそうは思っていないだろうが。


相手は一応、教会でも高い地位にある。その彼にここまでへりくだって懇願こんがんされると断るに断れなかった。


ファイセルは振り向いてリーリンカ達に確認をとった。


「って事なんだけど、僕は一緒に行ってもいいかなと思ってる。リリィとリーネはどうだい?」


まずは自分の妻の方を向いて、意見を聞いてみた。


「……ああ、私は構わないぞ。巫子の人助けの手伝いはご立派なことだからな」


なんだか口調にとげがある。なにか悪いことでも言っただろうかと思っているとリーネが突っ込んだ。


(二人っきりのフィールドワークのはずだったのに、直前になってあたしみたいなお邪魔虫じゃまむしが割り込んできたらそりゃむくれるよなぁ? その上、更にわけのわからないメンバーが加わると。もうそりゃ夫婦のコミュニケーションどころではない。うんうん、その気持わかるぞリーリンカちゃん)


いらない同情されたリリィはリーネを言葉でつっつきかえした。


「おしゃべりな妖精は嫌われるぞ」


ピチャピチャとおびえるようにびんの中身が波立った。


(お~怖。冗談ですって。お手柔らかに頼みますよ奥さん)


「まぁまぁ二人とも。リリィは後で埋め合わせするから。ね?」


リーリンカは恥ずかしそうにうつむいて首の漆黒のチョーカーをいじった。


一方、液体状のままのリーネは嫌味を言いながらもシャンテの頼みを承諾しょうだくした。


(そこのやたらゴーマンなヤツはどうかと思うけど、他はまぁそこそこ常識人みたいだし別にいいんじゃね?)


パーティーの意見がまとまったので、ファイセルはシャンテに答えた。


「シャンテ様、皆の同意が得られましたので僕らも同行してよろしいですか?」


それを聞いた巫子の少年はパァっと顔色が明るくなった。


「ええ!! 是非、ご一緒させてください。本当に助かります!!」


またもやシャンテは深く頭を下げた。


こうしてリジャントブイル学院生、幻魔、そして教会の巫子一行という変わった組み合わせの旅仲間が揃った。


彼らは村人達の見送りを受けながら更にライネンテ中部の街道を南下していくのだった。


(なんだか無性にイヤな予感がするなぁ。何事も無ければいいけれど……)


青年の虫の知らせは当たるのか、それとも―――


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