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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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Do or die!!

ガリッツの判断力でイクセントは無傷のままソルマリアと渡り合うことが出来ていた。


しかし、彼の甲殻こうかくもおそらく限界が近い。


このままのペースで猛攻を受け続ければ装甲に穴が開いてしまうだろう。


蛍の光の弾幕で浮き上がった怪物の上の少年を見た麗幕れいまくは残念そうに獲物の一人を視界にとらえた。


「あ~あ。おチビちゃんには当たりませんでしたねぇ~。意外とそこのドブ臭い人って反射神経いいんですねぇ~。見かけによらずぅ~。じゃ、次はお腹のモロい部分と~、ボクちゃん両方に浴びせてあげますかね~」


ライムグリーンの粒状のオーラがまたたくく間に次のフェイズへと切り替わる。


「ミラー・リフレクツ・ミラーの反射鏡~~~」


二つ名持ちから四方八方向けて細い光線が発射された。


かなり速い上に、天井、壁、床と反射して予測できない不規則な軌道きどうえがいた。


この時点で、ガリーク戦車チャリオットはまだ宙に浮いていた。


弾幕が変わると同時に丸まっていたガリッツはロブスターのような長い尻尾を思い切り跳ねて反動をつけた。


その勢いで体勢を回転させて直立姿勢に移った。


ブゥンという風切音かざきりおんを立てて、落下するイクセントの盾となって無数の光線から彼をまもる。


怪物は確かに少年を見つめた。アイコンタクトである。


「ふっ!!」


サインを受け取ったイクセントは前方ローリングで床に落ちる陰めがけて飛び込んだ。


「ズシン!!」


うまい具合に魔法剣士の上にビートル・ロブスターの怪物が覆いかぶさる形になって、回避不能と思われた不規則弾幕を受けた。


「カン!! キン!! キィン!! コン!! チュン!! ピチュン!! チュブッ!! ヂュン!!」


段々と響いてくる反射音が硬い者同士のそれではなく、水っぽくなってきたのを感じる。


「くっ!! しまったッ!! 攻撃が甲殻こうかくを貫通している!! 僕の盾から離れた時間が長くなりすぎたんだ!!  光盾こうじゅん重層じゅうそう!! アーマード・プロテクティング・プークリエー・オーヴァーラップ!! 間に合えーーーーー!! 全力防御強化フルディフェンス・エンチャント――――――ッッッ!!!!」


少年はガリッツを内側から押し上げるように支えながら詠唱えいしょうした。


「チュブ!! ブチョ!! チィン!! カン!! キン!! コン!! カン!! チン!! キィン!!」


持ち直したのか、ハリのある金属音が戻ってきた。


だがイクセントは気づいた。自分の両手がガリッツの体液で染まっていることに。


完全に彼の陰にいるため、体液の色はわからないが深手を負っているのは明らかだった。


「くそッ!! こんなことならもっとお前の治癒ちゆについても研究しておくんだった!! お前は普通の人間や亜人とは体の構造が違いすぎる……というかわからない事だらけだ!! おまけにお世辞にも僕はヒーリングが得意とは言えない!! これじゃ……これじゃ焼け石に水じゃないか!! あの時みたいにッ!!」


ドブ臭い怪物の下の少年は歯を食いしばって押し上げる手にますます力を入れた。


外側の音からするにどうやら光線はかろうじて弾けているようである。


「こうなったらもうお前の回復力にけるしかない!! 僕のありったけの魔力を受け取ってくれ!! 魔魂まこん譲与じょうよ!! ドナーギッブ・マギリティッ!!」


彼が渾身こんしんの拳をガリッツの腹部に打ち付けるとそこからマナが爆発的に注入された。


(ドクンッ!!)


一気に流れ込んだ魔力でガリッツの鼓動は強く高鳴たかなった。


生命維持できる最低限のマナを残した魔法剣士はかろうじて腰の革袋のマナ・サプライ・ジェムに触れて一命をとりとめた。


生気を取り戻すと彼は再び革袋に手を突っ込んで宝石を1つ取り出すとまたもやカブトムシザリガニの腹部に押し当てた。


二人ともジェムに救われて魔力が再び全回復した。たたかう気力がいてくる。


ただ、マナ・サプライ・ジェムには受けた傷まではやす効能はない。


仲間をかばう亜人の体は依然いぜんとして厳しい状態にあった。


(ガリッツの体液の流出が……止まった!? よしッ!! ダメ元だったけどひとまず何とかなったか!! でも、ジェムの残りはあと2つ……。あれだけ弾幕を撃って攻撃を受ければ相手だって少なからずバテているはずなんだ!! 最後まで諦めなければ奴を狩るチャンスは必ず来るッ!!)


装甲の陰に身を隠してイクセントがやり過ごそうとした時だった。


甲殻こうかくごしにくぐもった声でソルマリアが喋るのが聞こえた。


「あ~、いいこと思いついちゃいました~。そこのムシもどきさんには駆除用の粘着罠がピッタリですよね~。しかもそのまま罠にかかったら中のおチビちゃんも外に出られずにもがき苦しんで死んじゃいますよね~~~。おチビちゃんが苦しむ姿が見えないのがネックですけど、うめき声くらいは聞こえるかもしれませんね~~~」


二人揃って「これはまずい」と思うのとほぼ同時に弾幕は姿を変えた。


「ハニー・スティッキィ・ハニーの粘着蜜ねんちゃくみつ~~~」


細かった光線はあっという間に合流して黄色く、ドロっとした粘着質の形状に変化した。


それが避ける隙間もなく頭上から降り注いでくる。


先程のような破壊力や殺傷力こそ弱いものの、みつに触れると行動がいちじるしく阻害そがいされた。


そのせいでガリッツは床にへばりついたまま身動きが取れなくなってしまった。


彼とて非力ではないが、それでもみつ拘束力こうそくりょくに打ち勝つのは難しかった。


「くそっ!! あいつ、妨害ぼうがい系の弾幕も使えるのか!! …………うっ!! 黄色いみつがガリッツと床の間からドロドロと流れ込んでくる!! まずい!! 逃げ場がない!! このままではあの女の言う通り、僕も粘着罠の餌食えじきになってしまう!!」


フタをされて密閉状態になったイクセントは精一杯、頭上の仲間を押し上げたが張り付いてびくともしなかった。


「ん~、違いますねぇ~。ただの妨害ぼうがいじゃないですよぉ~。そのベトベトは徐々にカチコチにかたまっていくんですぅ~。体中ガチガチに固まって頭が最後に残るんですよぉ~。それがかなり苦しいみたいなんですよぉ~。そして出来上がる素敵な黄金色こがねいろのオブジェ……。いいですねぇ~いいですねぇ~」


ニッっと目を細めてソルマリアは不気味に笑った。


彼女が解説を終える頃にはイクセントのくるぶしまでドロドロの蜜が襲ってきていた。


それはすぐに固まり始め、既に足の自由が全く効かなくなっていた。


「どうする!? どうする!?」


オブジェの素材になりそうな少年は迫る生命の危機の中、頭で考えるより先にバトルセンスで動いた。


「ガリッツ!! 全部の脚を組んで腹部をガード、あとは全力防御だ!! いくぞ!! 噴熱ふんねつ飛襲ひしゅう!! インジェクション・バースト・シャルール!!」


術者は両手を床にめがけて構え、呪文の詠唱えいしょうとともに高温の熱をびた気流を噴射した。


あまりの温度で足元やガリッツ周辺のみつはドロリと溶けた。


呪文の反動でガリーク戦車チャリオットは天井にかなりの勢いで衝突してめり込んだ。


「ズズン!!」


酒場跡全体が振動してパラパラと木くずやホコリが落ちてきた。


「あ、オチビちゃんみ~っけ。今度こそあてますよぉ~~~」


目にも留まらぬ早業はやわざで二つ名持ちは弾幕をチェンジしてきた。


「ニードル・キーン・ニードルの鋭い針~~~」


今度はまち針のような弾幕が無数に押し寄せた。


相変わらず敵が居ない方向や頭上、背後にも展開させている。この点はマナの無駄遣いと言えた。


軌道は単純だったが、こんなのに生身で当たったらひとたまりもない。


イクセントは噴射呪文を止めて、ガリッツの組まれた脚を掴んでぶらさがった。


すぐに彼が尻尾を垂れ幕のように垂らして弾幕を防いでくれたが、このままでは針が下半身を直撃する。


魔法剣士はとっさの判断で逆手に持ち替え、鉄棒を逆上がりするような動作で尻尾の内側に隠れきった。


間一髪で針地獄が背中の下を通り抜ける。


「ハァ……ハァ……」


イクセントは死の綱渡りの連続で大汗をかいていた。


天井にめり込んだ亜人がジタバタもがくと、ハマっていた体が外れた。


護衛対象をくるんだまま、二人は床に落下した。


「ふぅ~。いい汗かいてきましたね~。汗をかいたあとのなぶり殺しは本当にたまりませんよぉ~。ウフフフ……」


この発汗はソルマリアのマナが減りつつあるサインだった。だが、その割には弾幕は止まらない。


何とか攻撃を受けつつも不屈の精神でガリーク戦車チャリオットは立ち上がった。


その直後、ガリッツが不可解ふかかいな事をし始めた。


真っ赤なハサミで途切れること無くレーザーを壁に撃ったのだ。


ガリーク戦車チャリオットは少しずつソルマリアの方向へジリジリと移動しだした。


今まで彼が光線を無駄打ちすることは無かった。これには何か意味がある。


何を言わんとしているのか、一緒に戦ってきた群青髪の少年にはなんとなくわかった。


(お前、まさかさっきの僕の呪文で奴に体当たりの特攻を仕掛けろっていうのか!? そりゃあ確かにアレなら当たって形勢逆転けいせいぎゃくてん出来るかもしれない。でも、アイツに突っ込んでいくって事は弾幕を至近距離で100%モロに受けるって事なんだぞ!? 完全防御フルエンチャントでも致命傷になる!! 無茶だ!!)


しかし、虫と甲殻類こうかくるいのミックスはいつもやるように真っ赤なハサミを打ち鳴らして答えた。


(そうか……。どのみちこのままでは僕もお前も死ぬ。ならば、やれるだけ死ぬ覚悟でやってやろうじゃないか!! いいな? もう一回、僕が熱噴射魔法を撃つ。その勢いであの女にタックルをかますんだ!! 出来る限り仕留められる努力はする!! その前に、最後のハイ・マナ・サプライ・ジェムを使っておくぞ!!)


革袋から2つの宝石を取り出したイクセントはそれを自分とガリッツに押し当て、最後の魔力回復を終えた。


石ころになったジェムが床に落ちて音をたてる。


それが突撃開始の合図だった。


噴熱ふんねつ飛襲ひしゅう!! インジェクション・バースト・シャルール・マキシマムズ!!」


物凄い勢いで壁めがけて高温の気流が噴射される。反対方向にソルマリアをとらえた。


「うおおおおおあああああああああああ!!!!!!」


殺人的な加速でガリーク戦車チャリオットが強襲をかけた。


突進が速くて弾幕を変える時間は無かったのか、飛んでくるのは細いハリのままだ。


密度の濃い攻撃にさらされたので、イクセントの光盾こうじゅんがあってもブスブスとガリッツの体中は小さな穴だらけになった。


ぶつかる直前、少年は素早く詠唱えいしょうした。


氷隆ひょうりゅう尖突せんとつ!! キーニィ・グライス・ライジンアーツ!!」


相棒の甲殻こうかくからスパイクのように鋭い氷の柱がせり出した。


勢いを殺さず、そのままソルマリアに突っ込む。


「ぬぬぬぬぬぬ~~~~~!!!!」


彼女はこれを魔障壁マギ・シールドでまともに受けた。


やはり回避できるほどの機動力は無かったらしい。


「ぶち抜けーーーーーーーーーーッッッ!!!!」


激しい衝突でシールドにバチバチとスパークが走る。


しかし、流石に二つ名持ちというだけあって防御面は手堅てがたい。


突進の威力が落ちてくるとひらりとソルマリアは彼らをかわした。


イクセントとガリッツは彼女とすれ違って反対側に移動した。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


あれだけ平然としていた麗幕れいまくの息が上がっている。


攻撃こそ届かなかったものの、マナを大幅に削ることには成功したようだ。


しかし、こちらの被害もかなり酷く、もうガリッツはズタボロだった。


体中の穴から体液が流れ出ている。腹部まで攻撃は貫通していた。


イクセントは無傷だったが、魔力が少なくなっていた。


「くそっ!! あと少し!! あと少しなのに!! 僕はもう決定打になる呪文は撃てない!! ガリッツもこの状態では……」


「ハァ……ハァ~~~~。さ~て、まだなぶりは終わってないんですよ~。む~し~ろ~、こっからが本番っていうか~~~」


二つ名持ちは悠長に構えていた。


ガリッツの陰で少年がつぶやいた。


(僕は一か八かの作戦はしないんだが、もうなりふり構っていられない。いいか、相手は弾幕を放った直後のほんのわずかな時間、スキが生まれるのを確認してる。だから、次に弾幕を放つと同時に、思いっきり僕を奴めがけて投げつけるんだ。ツノにしがみついてるから遠慮なく投げてくれ。そしたら僕がソルマリアを殺る)


重症のカブトムシザリガニは心なしか彼が危険を冒すことに不服ふふくそうだった。


(お前ばっかに体を張らせておいて、僕が無傷なままってのも貸しを作るみたいでしゃくだからな。いいからやれよ!!)


ドブ臭い亜人はハサミをバチバチならした。同意しているのかもしれない。


そうこうしていると麗幕れいまくが動き出した。


「次は~。スネイク・エンタングル・スネイクの絡まるヘビ~~~」


彼女が唱えると同時にガリッツは思いっきり頭を振って魔法剣士を投げ飛ばした。


「ブゥン!!」


イクセントは空を飛ぶような姿勢で宙に舞った。出来る限り体を細めて被弾を避けようとした。


飛んでくるヘビの弾幕がクネクネと襲いかかってくる。それは波打ちつつ彼の腹部や左の太ももを食い破って貫いた。


「ぐあああっっっ!!!!」


傷口の穴はかなり大きいが、まだソルマリアまでの距離はある。時間が長く感じた。


次は右耳、鎖骨の付近、左もも、右つまさきを食いちぎられた。


「ぐぅっ!!!」


敵まであと少しというところで左目をヘビが食い貫いていき、完全に目が潰れてしまった。


こんなことになれば誰もが悲鳴をあげるところだが、少年は歯を思い切り食いしばった。


「あああ~~~~。たまらないわぁ~~~~!!!!」


女性は愉悦ゆえつの声を上げた。次の瞬間だった。


「その首ッ!! もらったッ!!」


イクセントはソルマリアとすれ違いざまに抜刀し、彼女の首をスパッっとねた。


運がいいことに、イクセントは脳や心臓などの急所や、剣を振るう肩や腕には一発も被弾しなかった。


「え~? わ~た~し~、死んじゃうんですk……」


飛んだ生首が喋り終える前に少年は身をよじって振り向きざまに呪文を唱え終えた。


ぜろッ!! フラム・インターナル・ブレイズッ!!」


麗幕れいまくの頭部は内部から爆発を起こし、トマトをつぶしたかのように木っ端微塵ぱみじんになった。


かろうじて二つ名を破ることは出来たが、イクセントもガリッツも瀕死状態ひんしじょうたいおちっていた。


おびただしい量の血と体液が流出していく。


「こ……こんなところでは……ぐっ!! こんなところで死ぬ……わけには……」


無意識に手を伸ばした少年の意識は遠のいていく。


だが、不思議ふしぎと死への恐怖はなくて「あっけないものなのだな」などと思いながら二人は瞳を閉じるのだった。


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