嬲(なぶ)り殺しのオンステージ
最初の波の弾幕が終わる頃になると、イクセントはすっかり冷静さを取り戻していた。
攻撃の合間を縫ってガリッツの陰から覗き込み相手を観察する。
麗幕のソルマリア……髪の毛の色は頭頂が水色で腰の丈にかけて群青色をしていた。
一部の髪の色がシャルノワーレと似ているが、さすがに彼女のようにキラキラ発光はしていない。
服装はゆったりとしてヒラヒラのフリルのピンクのブラウス、そして紺のロングスカートだ。
そこはかとなく上品さを感じさせるが、戦闘向きな服ではない。
運動神経が良くないと本人が言うだけあって、走ったり、跳んだりと言ったバトルスタイルではないのだろう。
同時に周囲の被害状況も確認した。
相棒の甲殻には白波が打ち付けた跡が残っていた。
硬い金属を鋭利な刃物で引っ掻いたようなキズが波模様で幾重にも重なっていたのだ。
「これくらいなら……なんとかなるか!?」
それを聞き取った二つ名持ちはワクワクを隠せない様子で笑った。
「いやだなぁ~。わ~た~し~、言ったじゃないですかぁ~。すぐには殺さないってぇ~。だ~か~ら~、あなたたちが~、いっぱい、い~~~っぱい苦しみもがいて死んでいくのがみたいんですぅ~。ただ殺すんじゃおもしろくないんですよぉ~。わかりますぅ~? 嬲り殺し。これってサイコーの響きだとおもいません~?」
もはや対話の余地さえない。間違いなく相手は歪みきった化物だ。
人間の皮を被ってこそいるが、中身は悪魔と言っても過言ではない。
一体、今までどれだけの生き物を嬲り殺しにしてきたのか。
イクセントもガリッツも会ったばかりの彼女のことはよく知らない。
それでもソルマリアの手がベタベタの血に塗れているのは肌でわかった。
「じゃあ、次、いきますよぉ~。スターリィ・トゥインクル・スターリィの星屑~~~~」
魔法剣士はすぐ顔をひっこめられるような姿勢で二波に備えた。
今度は瞬く星のような金色の弾幕が放たれた。
弾速はゆっくりだったが、敵の居ない彼女の背後や天井付近にも展開していた。
まさにこれぞ弾幕といった風で少年にはとてもそれを回避できる気がしなかった。
「お前が居なかったらどうなっていたことか!!」
するとカブトムシザリガニも負けじとレーザーを連射して反撃した。
しかし、光線は星屑の弾幕で勢いを著しく勢いを落として減衰した。
ソルマリアは先程よりだいぶ軽い魔障壁で攻撃を防いだ。
(くっ!! 奴の言う攻防一体ってこういうことか!! 弾幕が盾の役割も果たしているんだ!! だから一見して穴だらけに見えるのに本人にダメージが行かない!! あいつにとっては回避力なんてどうでもいいって事か!! そろそろ弾幕が来るッ!!)
イクセントはガリッツにピッタリ密着して防御エンチャントをかけなおし、顔を戦車の内側に引っ込めた。
「ガンガンガンガン!!!!! ガチンガチンガチンガチン!!!!! ガンガンガンガン!!!!」
金属に無数の硬い破片が衝突するような音が響いた。
何とか星屑を弾いてはいるが、甲殻はへこんでいるだろう。
少年は戦車の脇を抜けていく弾幕に驚異を感じた。
だが、装甲役は攻撃を受けながらも果敢にひたすらレーザーを打ち込んでいる。
「お前ばかりに任せておくわけにはいかないな!! 僕もしかけるッ!!」
右手でツノを掴みつつ、左の掌を甲殻の内側で横に伸ばした。
妨動の輝網!! ウェッブ・フィレ・キャプチューン!!」
伸ばした手から一筋の光の筋が飛び出した。
詠唱した者にはソルマリアが見えていなかったが、その呪文は弾幕で勢いを落としつつもカーブを描いて彼女に迫った。
「もらった!! アレストッ!!」
パッっとイクセントが手を開くと同時に、光はまるで投網のように拡散してターゲットを包みにかかった。
相手はあまり機動力がないのがわかっていたので、少年は二つ名を捕縛した手応えを感じた。
「お~っと~!! そうはいかないですよ~。スパイダー・ポイゾン・スパイダーの蜘蛛網!!」
光の網に捕まったかと思われた彼女は全く動じること無く新たな弾幕を放ち、それを退けた。
「網には網をですぅ~。残念でしたね~。あなたの魔法はわたしの蜘蛛網にひっかかって私には届きませんで~し~た~。お返ししますね~~~」
白い蜘蛛の巣状の麗幕が襲いかかってくる。
「こ~れ~は~、クモさんの毒をイメージしてます~。実際に毒はないですけど~、噛まれたみたいに焼けるような痛みがある……らしいですよぉ~。わたしは自分で試したことはないですけど~。さぁ、たっぷり味わってくださいねぇ~」
そうやってソルマリアが解説を終える前にガリッツは白い網に晒されていた。
今まで何とか乗り切ってきた彼だったが、この攻撃の痛みは鋭いらしくて頭を大きく上げて苦しんだ。
鳴き声はあげないが体をよじり、脚をジタバタさせている。相当効いているようだ。
それでも足場となる脚部はしっかり維持されていた。
頭を上げてもがいたので、捕まるツノが無くなったがイクセントはガリッツに体を押し付けて踏ん張った。
「あ~~~……最ッ高ですよぉ~~~。その反応、仕草、もがき、苦しみ。たまらないですぅ~~~。もっと、もっともっと見せてくださ~~~い!!」
「くっそーーーー!!!! 防御エンチャントにアンチ・ペイン全開だーーー!! 何とか乗り切ってくれーーーーーーー!!!!」
すると少しカブトムシザリガニの暴れ方が和らいできた。
「いいぞ!! その調子だ!!」
どうやら彼も弾幕をモロに喰らいつつも、自分の甲殻にかける防御魔法を調整して適応しているらしい。
とてもではないが、低能生物には出来ない芸当である。
それに魔法剣士の光盾重ねがけされると予想以上のケミストリーが起こった。
「……………………………………………………」
「ハァハァハァハァ………………」
ただ、二人とも消耗が激しく、継戦できる状態ではなかった。
「ケチってる場合か!! ハイ・マナ・サプライ・ジェムを使うぞ!! ほら、お前もだ!!」
そう言うとイクセントは腰の革袋から小さな宝石を取り出して戦車の相棒に押し当てた。
同時に自分の指の間にも挟んだ。宝石はどちらも石ころのようになった。
急速にマナが回復して、キズはあるもののガリーク戦車は再びフルパワーに戻った。
(ジェムの残りは……あと4つか!! このペースだとそう長くは持たないぞ……)
物欲しげにソルマリアはこちらを見つめている。
「あ~、いいなぁ~高級のマナ・サプライ・ジェム~。じつは~私も~ちょいちょい使っってはいるんですが~。下級のものではマナの供給量も速度も比べ物にならないんですよ~。そんな高級なもの~、正直あなた達にはもったいないっていうか~、過ぎたアイテムだとおもうんですよ~。ちょっとシットしちゃいますねぇ~」
彼女の言うことにも一理あるが、圧倒的な格上に何とかして勝つ手段としては順当だった。
「と~こ~ろ~で~。さっきからお仲間の裏に隠れているおチビちゃんは全然苦しい思いしてないですよねぇ~? そのビートル・ロブスターさんばっかに攻撃を受けてもらうってのも卑怯だとおもいませ~ん? っていうかそんな事はどうでもいいんですよぉ。そろそろ苦悶の鳴き声が聞いてみたいなぁ~って。見た感じ強気ですけど、命乞いとかしちゃうんですかぁ? ウフフフフ……」
生気のないソルマリアの瞳はコーヒーにミルクを入れたときのように不気味にグルグルと渦巻いていた。
反射的にイクセントはゾワゾワっと全身に悪寒が走った。
現状は元の頑丈さのあるガリッツに魔法エンチャントを加えてしのいでいる。
だが、もし少年が被弾したら自分の防御力を全力強化していてもただではすまないだろう。
「フフフ……。どう? 怖い? 怖いでしょう? ああぁ……たまらないわぁ~。じゃあ……そろそろおチビちゃんを狙っていきますよぉ~。ボクちゃんはどんな感じで泣き喚いてくれるんですかねぇ? そこの鳴かない生き物はイマイチですぅ。やっぱり、人間はいいなぁ~。人によって嬲り殺しにドラマがあるんですよ。一つとして同じ死は無いんですぅ~。あなたのも、みせてくださいねぇ~~~」
蜘蛛の白糸に耐えていると全くのスキもないうちに弾幕が切り替わった。
「ファイアーフライ・ライムグリーン・ファイアーフライの蛍の光~~~」
麗幕は両掌を腰のあたりから軽くゆすりながら胸の位置まで持ち上げた。
次の刹那、床から黄緑の蛍光色をした丸い小さなオーラが無数に湧き出てきた。
今までの弾幕とは違い、イクセントの足元からも発生している。
小さくとも数は多い。このままでは下から襲撃されて蜂の巣になってしまう。
おまけにガリッツも前のめりの姿勢なので、彼の甲殻の裏にも直撃するとういう危機だった。
「くぅっ!!」
いまにも襲い来る攻撃を受ける覚悟を魔法剣士がした時だった。
なんと、ガリッツがロブスターのような尻尾を思いっきり床に叩きつけてジャンプしたのだ。
跳ねるとそのまま後ろに向けて倒れ込んで、仰向けになって蛍の光を背中の甲殻で受けた。
「ボゥ~~~」という鈍い音を立て、彼は弾幕のパワーで50cmほど浮き上がる。
彼が痛みでもがいたため、グラグラと揺れてまるで荒波に漕ぎ出す船のような姿になった。
何が起こったのか理解が追いつくまで少しかかったが、船の上の少年は攻撃に転じるチャンスを見逃さなかった。
「今だッ!!」
両手を相手に向けて突き出すと素早く詠唱した。
「削貫の風渦!! シェイヴ・レボーター・スピラル!!」
魔法剣士の手からは渦巻く暴風が発射された。
しかし、その行く手は無数の魔力のオーブが立ちはだかっていた。
「貫通力ならこの呪文がベスト!! 貫けーーーーーーッッッ!!!!」
イクセントの魔法は蛍の光でかなり減衰しつつも、威力を保ったままソルマリアに届いた。
彼女の表情が歪むのが確かに見て取れる。
「くうっ!!」
7~8秒ほど、二つ名は魔障壁の展開に集中して飛んできた風のドリルの勢いを殺していた。
仰向けになったまま、ガリッツもレーザーを連射して追撃をかけた。
これによってますます彼女が防御に割く時間は伸びて、多くのマナを浪費させた。
ガードが解けるかどうかといったときにもう一発、風の使い手は追撃をかけた。
「リブート!!」
極めて高度な詠唱省略で彼はスキを与えない。
まるで彼女の瞳のように渦巻く風がソルマリアを襲った。
「ぬぬぬ~~~」
またもや呪文は直撃し、相手はバリアによってマナを少なからず削った。
立て続けに攻撃を受けた麗幕だったが、まだまだ余裕の表情を浮かべていた。
別に強がっているわけではなく、本当にまだやれると思っているのだろう。
マナ・サプライジェムを4つ残しているというアドバンテージがありながらも、少年の脳裏には最悪のケースがよぎっていた。




