お呼ばれの狂犬とホーリー・ピーチ
ラーシェは自主的にグリモア読解に挑戦していたが、全くはかどらずに苦戦していた。
「もー!! こんな呪文使わないよ~!! 大体、文法崩壊の文法ってなんなのさ!! 今日もザティスに頼って手伝ってもらおう!!」
いつもの打ち合わせの場所で待っていても今日はザティスが一向に来ない。
ついに愛想をつかされたのかとラーシェは一瞬思ったが、彼が約束などを破ったことはない.
(さすがに無報酬で毎日付きあわせてもらってるのも悪い気がするなぁ。何かお礼を考えなきゃなぁ……)
ぼんやりそんな事を考えていると、どんどん周りに生徒が増えていく。
いつもの倍くらいは居るのではないだろうか。
夏休み中コロシアムに熱中するなんてもっとマシな休暇の過ごし方はないものかとラーシェは思った。
ここはお世辞にも上品とはいえないのだが学生の娯楽としてはとても人気がある。。
広げていたグリモアを片付けて鞄にしまい、観客席を詰める。
どうせ来たのだし、試合を見学していこうと闘技場を見ていた。
(今日はなんでこんな混んでるんだろ? 招待試合か何かあるんだっけか?)
アナウンサーが興奮気味に解説を始めた。
「ヘーイ!! ガールズ・アンド・ボーーーーーイズ!! 今日は”インヴィテーション・マッチ”だぜ~~~!!」
観客席が割れんばかりの歓声に包まれた。
興奮気味なアナウンサーに対して隣の解説役の生徒は冷静だ。
「えー、みなさんご存知かと思いますが、今日は学院の講師が推薦する生徒同士が試合をする親善試合です。親善試合とは言っても、成績によっては先生のメンツがかかってきますので、先生の間の間接的真剣勝負と言っても過言ではありません。」
過去のインヴィテーション・マッチはどの試合も高度なものだった。
今日も名勝負が見られるかと思うと少しワクワクしてきた。
「じゃあ~!! 本日の対決カードを紹介するぜ!! 愛の制裁マシンガン鉄拳、バレン先生と万年虚弱体質のスヴェイン先生だーーーーーーー!!」
会場はブーイングの嵐だ。
どう考えてもバレン先生とスヴェイン先生では相手にならない。
通信、探索、索敵関連の授業を受け持つスヴェイン先生だ。
対戦試合を任せられるような腕っ節の強い生徒がいないのだ。
「お~っと待て待て皆の衆、今回スヴェイン先生は苦労してかなりの好カードを引いたようだぞ!! ではスヴェイン先生側の選手の紹介からだ!! 小さいのに百人力、テンプル守護は私にお任せ!! ホーリー・ピーチ、アンナベリィィィーーーーー・リィィィーーーゼーーーース!!」
桃色の鮮やかな長髪をなびかせ、えんじ色の制服を着た女性がコロシアムに姿を現すと大歓声が上がった。
「まさかのエルダー2年生です!! スヴェイン先生、意地を見せてきました。神殿守護騎士は結構お固いはずですが、どうやってスカウトしてきたのでしょうか」
コロシアムではアンナベリーとスヴェインがなにやら話している。
「先生、私、コロシアムで闘ったこととかないッスよ? 一応、神官見習いの身なんッスが、本当にいいんッスか? しかもホーリー・ピーチて……」
スヴェインが両手を合わせ、目を閉じて頼み込んだ。
「頼む。教会の方には私から説得しといたから。多少手荒にやっても大丈夫だから!! 君ほどの腕前の生徒は私の担当にはいないんだよ。これも何かの縁と思ってさ。このとおりだ」
アンナベリーは横目でコロシアムの招待席を見た。
「だからって、わざわざ教会のエラい人呼ぶ意味あったんッスか?」
長髪の教授は申し訳無さそうに視線を逸らした。
「それは、その……、試合に出していいかって聞いたらぜひ日々の鍛錬の成果を見てみたいって言われたので……」
アンナベリーは深い溜息をついた。
「さて、コロシアムでの実績は無いものの、エースであることは間違いないアンナベリー選手。これに対してバレン先生がぶつけてくるのは~~~~?」
コロシアムが静まり返った。
「ウィザードの成り損ないとは言わせない!! 今日もコロシアムの修羅を往く!! 狂犬のザティーーーーーース・アルヴァーーーーールだぁ~~~!!」
会場は歓声とブーイングの両方に割れて、荒れた。
「えっ? ええぇぇーーーー……」
ラーシェは驚きのあまり、思わず口をあんぐり開けた。
「えーっと少し意外ですね。バレン先生は武闘派なので、エルダーにも候補選手が多く居ると思うのですが、この間のちゃぶ台返しで沈めたザティス選手を選んできました。最年少クラスのエレメンタリィと年長クラスのエルダーがぶつかるのは珍しい取り組みです」
オッズの予想が監督教員たちによって話し合われている。
「ただいま、オッズの予測を立てております!! 結果が出る前に先生と出場選手にインタビューでもしてみますか。コロシアムにいるカンナちゃん。両者にインタビューお願いします」
コロシアムの中央に両者が歩み寄って対峙した。
「ではまず予想外の選手を選択したバレン先生にその真意を聞いてみましょう」
バレンがマギ・マイクを持って説明し始めた。
「この間のちゃぶ台返しの様子を見た奴はなぜ俺がコイツを選んだかわかるだろう。なんていうかこう、脂が乗ってんだよ。自分よりデカイ化け物に食いついていくようなハングリー精神がコイツにはある。こっちも成績の良いエルダーで対抗することはできるが、そりゃじゃ面白くねぇだろ。俺とコイツに賭けてみねぇか。勝っても負けても、おもしれぇと思うぜ?」
バレンのインタビューが終わると会場は再び熱気ある歓声に包まれた。
「おい、バレン先生があんだけいうってどんなやつなんだよ」
「前のちゃぶ台返してバレン先生に一発アッパーくれたらしいぜ」
ラーシェの周りも騒がしくなってああだこうだと生徒たちが話し始めた。
(え~~~、さすがにエルダー相手でアイツ大丈夫なのかな……。まぁバレン先生の攻撃で死ななかったし、なんとかなるっしょ)
彼女は割と楽観的に観客席からコロシアムを見下ろしていた。
コロシアムの観客席は円形の壁に囲まれている。
それなりに壁が高いので通常の戦闘ではまず戦場から観客席まで攻撃が届くことはない。
今度はマギ・マイクがスヴェインにわたった。
「えー、では対するスヴェイン先生に話を伺ってみましょう」
彼は咳払いをしてインタビューに答えた。
「え~、今回、彼女を選んだのはトーベの鉱山での活躍を認めてのものだ。驚く無かれ、彼女はスカルドラゴンを屠った実力の持ち主だ!!」
怒号にも似た歓声がコロシアムに響き渡る。
「ちょ、ちょっと。私一人の力じゃないッスし、あれはあくまでレッサー……むぐっ」
口を挟むアンナベリーを制止してスヴェインは続ける。
「ごほん、と、ともかく、彼女が騎士として一流の腕前を持っているのは紛れもない事実だ!! 小さいからと言ってみくびっていると痛い目を見ることになる!!」
彼は千載一遇の機会に恵まれ、冷静さを欠いていた。
(あ~、可哀想に……毎回負けてるとこんな執念深くなってしまうんッスね……)
アンナベリーは彼にに同情し、仕方なく選手をやりぬいてやろうと決めた。
「では~、アンナベリー選手、意気込みは?」
大人の女性は胸を張って答えた。
あまりにも凹凸のない体格である。
「たとえ相手がエレメンタリィであろうと、手加減はしないッス。どんな相手でも真剣真っ向勝負するのが筋ッスからね!!」
彼女は癖のように指出しグローブをギュウギュウとはめ直しながらそう宣言した。
その姿を見て観客席からは指笛と黄色い声援が響いた。
何気にアンナベリーは女子にも人気があるらしい。
「では最後にザティス選手、コメントをどうぞ」
堂々とした態度で語りだす。エレメンタリィとは思えないほどの貫禄に満ちていた。
「正直、俺よりいい選手は一杯いる。だけどバレン先生が俺を選んだのは多分俺の戦い方が“面白ぇ”からだ。そういうわけで今回も面白おかしくやらせてもらうぜ。それに連勝を止められるわけにはいかねぇ。俺ぁな、伝説のファイター、クレケンティノス帝に憧れてんのよ。あいつに追いつくためにゃあエルダーぐらい何とかしねぇとな!!」
ザティスはボキボキ拳を鳴らしながらそう言った。
会場はまたもや盛り上がりを見せた。
アナウンサー席の解説役の生徒がマイクに向けて喋った。
「おっと、クレケンティノス帝とはまた大きい目標を立ててきました。彼の連勝記録はいまだやぶられていません。さて、ザティス選手、格上に勝って目標を現実に近づけ、箔をつけることができるでしょうか。注目の一戦、まもなく始まります。おっと、ここでオッズが出たようです。今回の試合のオッズは――」
観客席が静まって発表を固唾を呑んで見守った。
「出ました!! 今回のオッズはアンナベリー選手2.2、ザティス選手8.6です!! それではベッティングです。参加する方は学生証から入力してください
」
一斉に学生たちが学生証の裏をいじり始める。
ラーシェはせっかくだから応援してやろうと3000シエールをザティスに賭けた。
ザティスはこのオッズに不満そうだった。
「チッ。甘く見られたモンだぜ。だが、こういのをひっくり返すのはおもしれぇよなぁ」
そう言いながら軽く笑みを浮かべ、気分を戦闘モードへと切り替えていく。
「――はい。受付終了です。それでは早速試合を開始していきましょう。両者見合ってー」
教授たちが遠ざかってベンチに入り、ザティスとアンナベリーが互いに睨み合った。
「レディ……ファイッ!!」
掛け声とともにゴングがけたたましく鳴り戦いは始まった。




