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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter5:Crazy Summer Nights
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血みどろの花柄シュシュ


夏休み始まりの裏亀竜の月の1日、イクセントは軽い買い出しの帰り路で近所のコボザおばさんに捕まっていた。


彼女はハルシオーネ姉弟きょうだいに親身に接してくれる気立てのいい老婦人である。


ちなみにエボザおばさんという姉も近所に住んでおり、そちらも姉弟きょうだいを気にかけてくれている。


だが、イクセントは正直言ってこの老婦人達が苦手だった。


悪い人間では無いのだが、とかく話が長くなりがちなのだ。


「イクセントちゃん、夏休みに入ったって、聞いたわよ~。わたしが娘っ子の時分はね―――」


「あぁ……そうなんですか。それはそれは……」


少年は内心で苛立いらだち、つい足をトントンと軽く踏み鳴らし始めた。


それでもコボザの勢いはおとろえること無く、気づけば夕暮れ時になっていた。


「あぁ!! もうこんな時間だねェ!! そんじゃイクセントちゃん!! 休みだからって遊んでばっかいちゃぁいけないよ!!」


やっと老婆ろうば拘束こうそくから解き放たれた彼は急ぎ足で家へ帰った。


夕暮れ時になっても家の明かりはついていなかった。


姉のシャリラが外出しているのかとイクセントは思ったが、カギが開いたままだった。


マギ・ランプをつけ、家中を見て回って彼女を探したが、そこはもぬけのからだった。


居間に戻ってよく見返すとテーブルの上にお菓子の箱があるのに気がついた。誰か来客があったのだろうか?


しかし、手がつけられた様子がない。来客の後、間もなく姉は出かけたようだった。


「……考えすぎだな。きっと近所にでも出かけたんだろう。そのうち帰ってくるはず……」


机の上の箱が気になったが、姉の許可なくして開けるのはどうかと思えた。


そんな事を考えていると、触れてもいないのにその箱がカタンと音を立てて勝手に開いたのだ。


「うわっ!?」


イクセントはのけぞって驚いた。どうやら時限式で開く仕組みだったらしい。


中をのぞくとシャリラが普段、気に入って身につけている花柄のシュシュが入っていた。


「これは……姉さんの……」


ただ、その髪飾りはべっとりとした鮮血で染まっていた。


「!!」


一緒に入っていたメッセージカードを目で追う。


(お前の姉は預かった。命を助けたければルーネス通りの煙草屋たばこやの角を曲がれ。そこからグアンタ・ストリートに入り、3つ目の標識のそばの脇道へ。そのまま細くなる裏路地を進んだ先の酒場跡で待つ。言うまでもないが一人で来い。仲間を連れてきたら姉は殺す)


しばらく少年はこの脅迫文きょうはくぶんを見て立ち尽くした。


「姉さんに限って捕まるなんて間抜けな事は無いはず……。しかしッ!! 万が一という事も無いとは言い切れない!! いや、罠かもしれない!! どうする!?」


普段、冷静なイクセントは珍しく取り乱した。だが、すぐに落ち着いてポツリと口にした。


「もし姉さんが人質に取られるようなケースがあった場合には……自分の身の安全を最優先して決して助けには来てはいけない……」


彼は姉から口を酸っぱくして言われていた言いつけを復唱した。


「だからって!! だからってこんなのッ!!」


思いっきり机を叩くと少年は戦闘を想定しての準備を始めていた。


彼の中ではもう気分の切り替えは出来ていて、姉を救助する為には殺し合いも辞さない姿勢だった。


もっとも、シャリラを盾にされたら抵抗するすべがないという事も脳裏のうりをよぎった。


下手したら一方的に惨殺ざんさつされるかもしれない。姉と一緒に。


「ええい、こうして悩んでいても仕方がない!!」


そう独り言を乱暴に吐くと彼は隠してあった魔力回復のハイ・マナ・サプライ・ジェムを取り出した。


「ここぞという時にケチってもしょうがないからな……。もしもの場合に姉さんの分の予備は取っておいて、それ以外は全部持っていく!!」


彼は色とりどりの小ぶりな宝石をこぶし大の革袋に荒っぽく詰めると、それを腰のベルトに吊った。


左右のポケットには占術せんじゅつ用のコインを詰め込んだ。


そして壁に立てかけてあった質素な剣を取り、同じくベルトに差した。


服装は上下ともに群青色をしたリジャントブイルの制服だ。長袖とズボンの組み合わせになっている。


強力なマジック・エンチャントがかかっているので防御力はかなり高い。


強敵との真っ向勝負にも耐えうる仕様になっていた。


イクセントはもう、うろたえてはいなかった。りんとした顔をして覚悟を決めたのだった。


「僕は姉さんを助け出すッ!!」


メッセージカードをテーブルの上に叩きつけると、少年は家を出た。


夕暮れ時だったが、まだ日が落ちきってはおらずにそこそこ明るかった。


指示通りにルーネス通りに出て、煙草屋たばこやを見つけ、グアンタ・ストリートに入った。


しばらくその通りを進むと明らかに治安が悪そうな場所になってきた。


壁が落書きだらけだったり、ゴミが散乱していたりと退廃的たいはいてきな雰囲気をかもし出していた。


ここまではちらほら人が居たのだが、3つ目の標識の脇道に入ると人っ子一人居なくなった。


完全にミナレートの暗部の裏路地といったところだ。


ここなら手荒な行為や凶悪犯罪、やりようによっては殺人、暗殺で足がつくこともない。


まさにアウトローな者達の御用達ごようたしのエリアである。


イクセントはこういったところには全く来ないが、姉のシャリラはよく出入りしているらしい。


名もなき脇道を進むと周囲の民家に明かりがつき始めた。


日が落ちて辺りはだいぶ暗くなってきていた。


街灯がいとうは少なかったが、指示された酒場跡は大きい建物だったのですぐに見つかった。


姉を探す少年は剣に手をかけたまま、ソロリ、ソロリと入り口のドアに近づいた。


次の瞬間、素早く彼は振り向きざまに抜刀した。


後を迫ってきていたモジャモジャなヒゲの男に気づいて切っ先を突きつけたのだ。


「お~。こわやこわや。今ので斬れば俺は死んでたな。だがな、ここで俺様に従わないとお前の姉ちゃん殺しちまうぜ? 剣をその場に捨てな。そんで、そのまま両手を上げて真っすぐ歩け」


ヒゲモジャは自分の剣をイクセントの背中に突きつけた。


彼は持っていた剣を仕方なく地べたに落とした。ガランガランと鈍い金属音が響く。


「よ~し、いい子だぜ。ヘッヘッヘッヘ……」


男は落ちた剣を拾いつつ、武器の先端で自由を奪われた剣士の背中を軽くつついた。


「くっ!!」


酒場跡のドアを開けるとそこはかなりだだっ広い部屋だった。


棚やアンティークなどかつての店の名残が色濃く残っている。


飲酒の場なのに多くの本棚があるのが目についた。マスターの趣味だったのだろうか?


そこには30人ほどの暗殺者アサシン達がうすら笑いを浮かべて待ち構えていた。


刃物の先端を突きつけられて、イクセントはフロアの中央まで追い立てられた。


「姉さんはどこだ!?」


彼が大声で問いただすと警戒したまま後退したヒゲもじゃの男が笑いだした。


「ガッハッハッハ!!!! おめぇの姉ちゃんはここには居ねぇよ!!!! おめぇらの事は目に穴が空くほど監視してんだから同じ髪飾りを用意するなんざ簡単な事だ!!!! こんな罠にだまされるとはな!!! チョロいもんだぜ!!!! おめぇを釣り出したのは多分、俺らが初めてだ!!!! 賞金はもらったぜぇぇぇ!!!! これで遊んで暮らせるぜ!!!! ガッハッハッハ!!!!」


他の連中も笑いだして、少年は笑いものにされた。


彼は黙り込んでしまった。こんな状況なのだから無理もない。


「お? どうしたボーズ。死ぬのが怖くなったか? 残念だが、おめぇを殺さないと賞金がでねぇんでな。命乞いのちごいしても無駄だぜぇ?」


下卑げびたリーダー格の耳障みみざわりな殺害予告がこえる。


「……ハハハ……ハハハハハハハハハハ!!!!!」


突然、イクセントが不敵に笑い始めた。


周囲の人物は皆、はと豆鉄砲まめでっぽうをくらったかのようになった。


彼ら彼女らが唖然としていると、素手の魔法剣士は情け容赦無い顔を見せて言った。


「なんだ……姉さんが人質にされていたらどうしようと思ってたけど、姉さんが居ないのなら逆に好都合だ。なに、難しいことはなにもない。あんたら全員、ここで死んでもらうまでだよ。残念だけど、こうなったら一人たりとも生かして返すわけにはいかないからな……」


普通なら子供の強がりだと一蹴いっしゅうされるところだが、彼からはすごみがにじみ出ていた。


決してハッタリではなく、その場の自分以外の人間を残らずるという強い意志がピリピリと感じられる。


武器も持たず、丸腰なのにもかかわらずだ。


「かまわねぇ!! 野郎共!! ぶっ殺せ!!」


ヒゲモジャの男が号令をかけると同時にイクセントは目にも留まらぬ速さでポケットの占術せんじゅつ用のコインを取り出した。


握った拳の上にコインを置くと親指を跳ね上げて天井のマギ・ライトの回路を射抜いぬいた。


ある程度の腕利きならば流れているマナと電流から照明器具の回路のおおまかな位置はわかった。


コインは流れる電流を乱し、酒場のすべての明かりは消失して真っ暗闇になった。


闇捉あんそく覚目かくもく!! ノクチューネ・deデュ・ヴィジョネ!!」


暗黒になると同時に素早く魔法剣士は詠唱した。


すると何も見えなかった視界がブルーカラーのモノトーンに置き換わって開けた。


(相手は手練てだれ暗殺者アサシン!! おそらく、ほとんどが暗視能力があるはずだ。だが、突然の暗転で出来るスキがあれば!!)


イクセントは素手の両手を左右にピンと伸ばして集中コンセントレーションした。


そして左右の掌をピンと立てる。


それと同時に、建物内の本棚からバサバサと大量の書物が落ちた。


この怪奇現象に気を取られた者は多く、更なる時間の猶予ゆうよを生み出した。


刻紙こくし荒嵐こうらん!! リーパーズ・パピエ・テンペート!!」


少年がそう唱えると散らばった本のページが細かく千切ちぎれて紙片しへんになった。


またたく間も無く、その紙切れは部屋中を隙間すきまなく埋め尽くすように舞った。


ただの紙だったはずのそれは魔力によって対象を斬り刻んで体を貫く恐ろしい殺戮さつりく武器へと変貌へんぼうしていた。


紙片しへんは器用にイクセントの体だけをかわしていく。


「おう”ぇぇぇぇ!!!!!!!」

「ごばぁっ!!」

「がはぁぁぁっーーーーーーーーーーーーー!!!」

「きゃゃあああああああああああぁぁぁーーーーッッッ!!!!」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!」


建物のそここから断末魔がこえる。


魔法剣士の目には次々と体を斬られ、貫かれて死んでいく敵がはっきりと視認できていた。


だが、この呪文は天井や床付近は攻撃が手薄になることを彼は把握していた。


床をって近づいてくる者、天井に張り付いて忍び寄る者は軽傷ですんでいたのだ。


どう出ようか少年が考えていると、潰したはずのマギ・ライトの回線がジジジと音を立てて復旧しつつあった。


(回路に自己修復機能がついている……? 元は酒場だが、マフィアがアジトにでもしていたのか? おそらく奇襲きしゅう対策に改造していたんだな。これを利用しない手はない!!)


彼は再び占術せんじゅつコインを取り出すと、復活しつつある回路にそれを打ち込んだ。


投げた物体は見事、回路に直撃した。今度はそのコインが呼び水となって回路から電気が漏れた。


跳羽ちょうわ兎雷とらい!! ラピン・トネール・バウンス!!」


少年がそう唱えるとまるでうさぎねるかのように、いくつもの電流が天井を駆け巡った。


天井に張り付いていた敵が感電して落ちてきて、悶死もんしした。


そのまま電流は壁、床とね回り、伏せていた連中も揃って感電死した。


わずかな時間で暗殺者アサシン達は一人残らず、物言わぬしかばねと化した。


流石に消耗が激しすぎて、イクセントは闇の中で膝に手をついて大汗をらした。


本当は座り込みたいところだったが、足元の辺りには血まみれの死体が転がっている。


そうこうしているとまた回路が復旧してきて、酒場には明かりがともった。


大量の惨殺されたむくろが横たわるその光景は地獄絵図じごくえずそのものだった。


一息つくと、手を汚した少年剣士は自分の剣をリーダー格の男の死体のそばで回収した。


自分の剣は誰を斬ったでもないのに、血に染まっていた。


思いっきり素振りして赤い液体を飛ばすと、彼はそれをさやに収めて酒場跡を後にしようとした。


それと同時に建物の入り口の大きめの扉がギィ~という鈍い音を立てて開いた。


「あのぉ~……すいませ~ん。ここであってますかぁ?」


半分空いた扉からはランタンを片手に持った若い女性がこちらをのぞいていた。


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