咎と復讐の自分語り
高級レストランでの楽しい宴は終わり、解散となった。
だが、普段のチーム行動からか、おのずと班ごとに分かれて帰路につくことになった。
ルーネス通りを学院方面に向けてしばらく歩くとイクセントが立ち止まった。
「じゃ、僕はこっちなんでな。夏休みの間、お前らに会わなくてすむかと思うとせいせいする」
彼はニヒルな一言を吐き捨てると手を適当にふらふらと振って路地裏へと消えていった。
「はは……だってさ。もうちょっと可愛げがあってもいいんじゃないかな……」
一学期の間、リーダーとして彼に正面から向き合ってきた感はあるのだが、どうも張り合いがない。
気になるのは向こうが意図的に距離を置こうとしている節が多々ある点である。
その割に人付き合いが苦手というのとは違う気もして、それが未だによくわからなかった。
残りの四人は学院の寮の前までガリッツを除き、あれこれ話して歩いた。
「じじじじじ、じゃあ、ぼぼぼぼ、僕らは、だだだだ、男子寮だから……」
フォリオとガリッツと寮の門の前で分かれた。
ノワレと女子寮の方に向かおうとすると彼女が声をかけてきた。
「あぁ……星が綺麗ですわね。アシェリィ、わたくし、少し酔って顔が火照りますの。しばらく夜風に当たって星を見ていきませんこと?」
確かに美しい星空だ。特に急ぎの用事も無いので、二つ返事を返す。
「うん。いいよ」
二人は女子寮の裏のプライベート・ビーチを歩いた。
昼間は水遊びする生徒が居たりもするが、夜は誰も居ない静かな浜である。
ザーン、ザザーンと波打つ音が聴こえる。
するとノワレはドレスのスカートを押さえつつ、砂浜に直に体育座りしてしまった。
「ちょっと、ノワレってば!! ドレスが汚れちゃうよ!!」
彼女は真っ暗な海の彼方を眺めていた。
「んもう!! しょうがないなぁ……」
アシェリィもノワレと同じように体育座りの姿勢で彼女の隣に座り込んだ。
この短いスカートではしっかり手で押さえていないと下着が見えてしまう。
誰も見るものは居ないとわかりつつもドレスを着慣れない少女はハラハラした。
煌めく満点の星空に癒やしの潮騒。
二人の距離も近く、何ともロマンティックなシチュエーションだ。
すぐ触れ合える距離に互いが座っていた。
(こっ……これはもしかして……もしかしてアレなのでは……)
となりのエルフの横顔をみる少女はぶわっと全身に変な汗をかいた。
恋愛経験が全く無かったので、アシェリィの彼女に対しての感情はもはやぐちゃぐちゃに絡み合っていた。
もし”その時”が来たとしたら自分がどうなってしまうかさえわからなかった。
(来るの……来ちゃうの!?)
「アシェリィ、わたくし、実は―――」
そう声をかけられた側は激しい動悸に襲われ、心臓が爆発しそうになった。
間を置かずして話は続く。
「わたくし、実は……エルフの家出娘なんて上等なものではなくってよ……」
しばらく二人を静寂が包んだ。波の音だけがしている。
「ッッッはああああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」
思わずアシェリィは大きなため息をついた。
(な、な、なんだ……愛の告白じゃなかったんだ……)
そういった発想が出てくる時点で、だいぶ意識していることに本人は気づかないフリをした。
「ど、どうしましたの?」
少し驚くエルフに対して少女は首を横に振った。
「あ、いや、ごめん。なんでもないよ。……ノワレがカホの大樹……故郷の話をするとすごく嫌な顔するのはわかってたよ。きっとただの家出だったらそんなに嫌な顔はしないし。でも、だからこそ、その事についてはあえて触れないで来たつもりなんだけど……でも、どうして今になって?」
ノワレは星空を見上げると手をかざして星を掴む仕草をした。
「先程のレールレールに触発されたのと、酔った勢いなのかしら……? でも、こんな事、口が裂けても皆には言えない。アシェリィ……貴女だけがわたくしの咎と復讐の自分語りを聞いてくれれば、それで満足ですの……」
彼女はヒラヒラと星をなぞっていた手をおろして砂浜に置いた。
「私でいいなら。でも……本当にいいの? 誰だって墓まで持っていきたい話があってもいいと思うんだけど……」
アシェリィはエルフの少女を気遣って確認をとった。
自暴自棄でそんな話を始めるなら彼女自身のためにならないと思ったからだ。
こっちが横顔を見ていると向こうもこちらを見つめ返した。
「アシェリィ……、貴女、優しいですのね……。わたくしの心の重荷をいい加減、どこかに置いていきたいのですわ。貴女をその置き場にするのは失礼だとわかっていてもですわ」
もはや喋って返事をするのは野暮だと思い、人間の少女は首をゆっくりと縦に振った。
頷き返したエルフの少女は夜空を見上げて語りだした。
「わたくしは……取り返しのつかない罪に問われてカホの大樹を追放された大罪人ですの……」
聞き手は疑問に思った。
ノワレは酷く傲慢だったが、罪を犯すようなエルフとは思えなかった。
不思議そうな顔をして語る彼女を眺める。
「3年前……あれは14歳の頃でしたわね。あの時のわたくしはとにかく負けず嫌いで、先に生まれたお兄様、お姉様に何とかして勝てないかと日々考えていましたわ。妹や弟にも負けたくなくて、あれやこれやと挑戦をふっかけては負けていましたの。そのうち、酷い劣等感に襲われて、自分が本当にノーブル・ハイの姫君なのかわからなくなりまして」
負けず嫌いなのは今もだな、などと思いながら話を聞く。
「そんな時、身分の低い友人たちが私に言いましたわ。『母樹の星弓は高貴な身分のエルフ以外には扱うことができない』って」
「ボジュのセーキュー?」
アシェリィはノワレの顔を覗き込んで尋ねた。
「ええ、カホの大樹のてっぺんに安置されている守護の弓よ。里を護っていると古から言い伝えられていましたわ。カホの大樹……母さまや、長老、兄、姉たちは『何があっても決して触れてはならぬ』と繰り返すばかりでしたわ。今となっては何が起きるかは誰もわからなかったのかもしれないのですわ……」
人間の少女はここまで聞いて既に嫌な予感がしていた。
「当時、わたくしは劣等感から、ノーブル・ハイよりも平民の悪友とつるむ事が多かったのですわ。友達……いえ、見下せる都合の良い存在だったかしら。彼らは言うの。『自分たちが母樹の星弓をいじっても何も起こらない。でもきっと、姫君……わたくしなら弓を扱うことが出来るのではないか?』と……」
ノワレは姿勢を変えて両足を伸ばし、一息入れた。
「わたくしは自分が由緒正しき姫君であると証明したかったのです。だから、悪友たちと母さまを登って、こっそりてっぺんの弓のところへたどり着きましたわ。台座に弓が立ててあったのだけれど、弦が無かったのですの。わたくしが手に取ると、まるで流れ星が走るようにキラキラと光る弦が出現したのですわ……。思わず周りから歓声があがったのだけれど……」
すると突然エルフの少女は頭をガシッと抱えた。
「わたくしが弓を手にとっていると、目の前にボロボロのローブのリッチーが突然、現れたのですわ。どこかからテレポートしてきたとしか思えませんでしたの。不気味に赤く光る眼光にわたくしたちはすくみあがってしまいましたわ。そいつはこう言いましたの。一言一句わすれもしませんわ」
そして彼女はドスの利いた声でリッチーの言葉を再現した。
「私は”悦殺のクレイントス”と申します。おぉ、それが噂に聞く母樹の星弓ですね? おやおや、聖なる力で私の体が蒸発しそうですよ。これは持ち帰れませんね。でも、貴女が結界を解いてくれたことによって、アンタッチャブルであったカホの大樹にアクセスすることができました。深くお礼をさせていただきます。あ、弓は早く台座に戻すべきですよ。そうです、いい子です。フフフ……」
シャルノワーレは俯きながら頭を抱えて喋った。
「すぐにわたくしは弓を台座にもどしましたわ。けれども、侵入してきたリッチーを追い払うことはできませんでしたの。そしてそいつは嬉しそうに宣言しましたわ……」
再び彼女は低い声でフラッシュバックしたようにその時の言葉を真似た。
「まぁこうしてせっかくカホに来られた事ですし、とりあえず手当たり次第、エルフを殺してから帰りたいと思います。ツリードラゴンへの変態事例などもあればいいですねぇ! あぁ、リッチー学会の研究用に何体かサンプルも回収していきますかね。やはりベースが樹なので炎属性に弱いんですかね? 水属性は効きますかね? 大変、知的好奇心を刺激されます。フフフフフ……」
その後、しばらくの間、二人に静寂が流れた。
ノワレがポツリとつぶやいた。
「わたくし達はその場から隠れて見下ろしましたの。皆、必死に抵抗しましたわ。でも……悦殺クレイントス一人のせいで、カホの大樹に住んでいたエルフの半分が死にましたの……あまりにも酷く死屍累々(ししるいるい)で……。母さまはマナを生み出す貴重な存在なので無傷でしたが、エルフたちは老若男女問わず……。一応、里の者はそれなりに武芸を嗜んでいましたが、二つ名との実戦に耐えうるものだったかと言えば疑問が残りますわ。平和ボケですわ……」
彼女のエピソードは思ったより遥かにヘビーで、アシェリィは面食らった。
「わたくしはその責任を……罪を咎められ、エルフの里から永久追放処分にされましたわ。弓だけ持たされて里から放りだされましたわ。故郷に背を向けて歩いていくと、そこまで離れても居ないのにもう大樹と里は全く見えなくなってしまいましたの。戸惑って大樹に戻ろうともしたのですが、もう二度とそこに帰ることはできませんでしたわ……」
彼女は両手を後ろについて、脚を投げ出すように伸ばしきった。
その所作はやや投げやりになったようにも見えた。
「そこからが最悪でしたわ。里の近辺はエルフを狩ろうとする人間がそこらにウロウロしていましたの。私は必死で連中と泥沼の殺し合いをしましたわ。何度、深い傷を負わされたかわかりませんでしたわ。それでも何とかわたくしは生き残りましたの。おびただしいニンゲンの死体の上に立って……」
聞いていたアシェリィはフォローを入れた。
「しょうがないよ。生きるためだったんだもん。誰だって命を狙われたら必死で抵抗するよ。だから、ノワレは悪くないと私は思うな。むしろエルフ狩りなんて野蛮な事をするほうがあり得ないと思うよ」
同族のニンゲンを殺してきたという過去を伝えても、なお理解を示す少女にノワレの心は突き動かされた。
「エルフは人間を動物以下の存在として見下していましたわ。でも……でも、ヒトの死ぬ様はわたくし達エルフと差が無くて……。ヒトを殺めるたびに、里の殺戮の光景が蘇ってしまって……。そのたびに、わたくしは胃の中の物を吐いていましたの……。あれは……忌まわしき思い出ですわ……」
アシェリィの顔を見返すエルフ少女の目からは涙が流れていた。
月明かりだからよく色がわからないが、浅葱色の体液が流れているはずだ。
昼間じゃなくてよかったなどと内心、ニンゲンの少女は思った。
「とても……辛い思いをしたんだね……」
アシェリィは肩を震わせて泣くノワレを思わず背中から抱きしめていた。
それは恋愛心からくるものではなく、純粋に傷心の彼女を思いやってのことだった。




