食の殿堂 ティ・ア・ピュラーゼ
「乾杯ッ!!」
レールレールの一声で一学期最後の打ち上げが始まった。
各々がジュースや酒を飲み始める。
悪酔いしない新酒を飲む人も、深く酔う古酒を飲む人も居た。
ライネンテでは16歳から飲酒が認められている。
年齢からしてクラスでは酒を飲む者とそうでない者が半々といったところだった。
アシェリィの班ではシャルノワーレだけが年齢を満たしており、オシャレなシャンパンを味わって飲んでいた。
料理のカートを運んでくるボーイ達がやってきた。
そのうちの一人が参加者に告げた。
「フィーファン撒糧記念祭の影響でミナレートで食材が不足しがちにありますが、当ホテルでは平時と変わらぬサービスをするため十分な備蓄をしております。パスタやモッチ小麦を使った料理も提供しておりますので心置きなく召し上がってください」
彼はそう言うと丁寧にお辞儀をして退室した。
早速、料理を食べようとクラスメイト達は席を立って取り皿にそれぞれが食べたいバイキングのディナーをよそった。
自分たちのテーブルでは真っ先にガリッツが立ち上がった。
彼には真っ赤なハサミしかないのでバイキングを直接、貪り食う事になりそうだ。
「ガリッツ君!! 待った、待った!! 私がテーブルまで持ってきて上げるから我慢して待っててよ」
アシェリィは気を利かせて一番大きな取り皿を手にメニューを取りに向かった。
「あら、アシェリィ。リーダーが板についてきたわね」
隣にノワレが立って料理を一緒に見た。
「ウィールネールのオイスター煮……? ウィールネールって食べられたんだ……」
カルチャーショックを受けつつも、それを皿にとった。
「キーデナン鉱石のフライ……? 明らかに石ですわよね……?」
エルフの少女も首を傾げた。
見たことも聞いたことも無い食材のメニューも多かった。
全体的にハイセンスで若干、参加者は置いてきぼりを食らった。
アシェリィはとりあえず適当にガリッツの分を選んだ。
何が彼の口にあうのかサッパリわからず、結構いい加減なチョイスになってしまった。
出来る限り無難なものを選んだつもりだが、適当なのは自分の分にも言えた。
だが、実際食べてみると、どれも非常に美味で、病みつきになりそうなものばかりだった。
ガリッツもご満悦で皿の上のものをがっついている。
今まで高級料理の食材なんて食べたことがないのでこういう発見があるのは当たり前なのだが。
肉や魚、野菜などの料理はどれも素晴らしい味で、クラスメイトは舌鼓をうった。
味をしめた面々は肉や野菜といった食べ物への固定概念を破った。
鉱石、宝石、ただの石、木材、毒キノコ、毛皮、臓物、骨などゲテモノな食材を恐る恐る食べ始めたのだ。
ワイワイと声をかけあって互いに美味しいもの探しに貪欲になった。
不思議なことにどれを食べても美味いとしか言いようがない。
高級レストラン「ティ・ア・ピュラーゼ」マジックとでも言えるだろうか。
一行が感動していると更に追い打ちがきた。
扉が開き、数人のボーイが大きなカートを押してきたのである。
それを見て生徒たちは度肝を抜かれ、驚きの声をあげた。
「こちら、龍生ムカデでございます。硬い甲殻の下に隠された肉はプリプリしていて、上質なエビのようだと例えられます。ただし、甲殻を外すには工具が必要なほど頑丈です。長生きして体長が長くなったものほど良い味になると言われており、この長さのものはなかなか捕まるものではありません」
体は細かったが、4mはあるだろうかという長身だ。
頭部は黄色で、少し残った甲殻は赤、肉はビビッドなピンクだった。
すぐに皆でカートに取り付いて一心不乱に龍生ムカデを食べ始めた。
絶妙のプリプリ感に一同はため息をもらした。
雑談しているヒマが無いくらいに彼ら彼女らは夢中になった。
だが、細長いために身も少なく、すぐに完食してしまってまだ足りない感はあった。
ボーイはその様子を見計らったかのように新たなカートを運び入れてきた。
今度はさっきより大きい。両開きの扉を全開にして運び込まれてきた。
なんとそこには茶色の大きな翼の生えた肉付きの良いドラゴンの丸焼きが乗っていたのである。
「こちら、レッサー・ブーラム・ドラゴンの子の丸焼きでございます。ドラゴンの中では最も下級ランクの龍となっております。空を眺めていてよく見かけるのはこの種で、数も多く希少生物には登録されておりません。これは今朝方に狩猟されたものです」
頭から尻尾まで3m弱はあるだろうか。2つの翼は折り畳まれている。どうやら翼も可食部であるらしい。
全員がまたもやそれに群がってその味を確認してみた。
肉は既に適度な大きさに切り分けられている。
アシェリィはフォークで肉をとって口に入れてみた。
「こっ……これは……!! 独特なワイルド風味、あふれる肉汁、鶏肉よりは歯ごたえのある……」
ラグ・ビーフとも、コルフ・ポークとも違う、得も言われぬ食感と味と風味に彼女は驚愕した。
それは他の人も同じようで、唖然とするしかなかったようだ。
すぐに我に返った参加者はレッサー・ブーラム・ドラゴンに釘付けになった。
肉付はよく、しかも大きい。これは相当食べごたえがありそうだった。
これにはガリッツも我慢できず、席を立ってノッシノッシとこちらへやって来た。
両ハサミで肉をちぎって食べ始めた。
明らかに行儀が悪かったが、周りも思わずがっついていたので誰も彼を咎める事はなかった。
するとまたボーイがやって来て、大きな縦長の鍋のフタを開いた。
「こちら、先程のドラゴンの臓物類……。ホルモンにございます。焼いて食べてもよろしいのですが、固くて好き嫌いがわかれます。そこで、クツクツと長時間煮込んで、トロトロのスープに仕上げました。これなら柔らかな具として召し上がれるかと。是非、ご賞味ください」
ナッガンは鍋を覗いて教え子たちに伝えた。
「ドラゴンのホルモンは調理が難しくてな。上手く扱えず捨てられることが多い。まともに食べられる機会は少ないぞ。滋養強壮、寿命が伸びるなどと言われている。味わって食べるんだな」
鍋の前に皆が列を組み、お椀にスープをよそってもらった。
もはや語るだけ野暮と言った様子でスープを飲んだ者たちは無言で恍惚とした表情を浮かべた。
ガリッツにスープを飲ませつつ、アシェリィは自分も飲んでみて本当に寿命が伸びた気がした。
龍生ムカデ、レッサー・ブーラム・ドラゴンは酒のお供には最高で、酒が進んだ。
だが、ここは高級レストランである。
酔った末の狼藉が許されるはずがない。下手したら出入り禁止もありうる。
せっかくの招待やこの場を台無しにしない為にも酒飲みは各々(おのおの)が飲みすぎないように心がけていた。
その甲斐もあってか、飲酒している人はほんのり酔っている程度でおさまっていた。
一応テーブルはあるのだが、途中からの特別メニューでクラスの皆は立ちっぱなしになっていた。
別の班のメンバーとも料理の感想や、雑談をしていく。
だいぶお腹も膨れてきた頃、またもや扉を開けてカートが部屋に入ってきた。
「こちら、本日の最終デザート「ポノポノクラーケン」の甘煮です。シャルネ大海北部で狩猟されたものです。独特の歯ごたえがあり、甘い味と非常に相性がいいのです。なんとスミが非常に甘いので、それで煮ています。噛めば噛むほど味が出る極上のスイーツでございます」
オーソドックスなクラーケンとは違い、色は黒い。
イカのような見た目だが、胴体が長くて足はデッキブラシのように短く、足に当たる部分に生えていた。
これも大きく、2mはあるだろうか。大きくなると船を襲うのだろうか?
だいぶお腹いっぱいになったので皆は雑談しながらじっくり味わった。
これもたまらなくいい味だ。肉の弾力がなんとも言えない。
「はぁ~幸せ~。夢じゃないのかな……」
艶のある緑髪の少女は思わず独り言をポツリとつぶやいた。
「ポノポノクラーケン」も一段落して、歓談の一時となった。
テーブルの無い場所であれこれと話した。
特に、夏季長期休暇中の活動予定を互いにやり取りした。
てっきり多くのクラスメイトが帰郷するものと思っていたが、実際はずっとミナレートで過ごす人もそれなりに居ることがわかった。
実際のところ、学院の寮より快適な実家というのもまず無いだろう。
それにミナレートという都市はやはり魅力的だ。何をやるにしても退屈するということがない。
影響を受けてアシェリィも帰郷の期間を短めにしようかと考えを改めた。
ほとんどの参加者が長いこと立っていたので、その多くがドリンクを持って席に戻った。
アシェリィ達の席にはノワレとイクセントが座っていた。
二人とも様式は違うが、完璧なテーブルマナーで食事を済ませていた。
今はゆったりと飲み物を味わっている。
リーダーは改めてその場の班員に夏休みの予定を聞いてみた。
「私はちょっと南部に帰郷する以外はミナレートで過ごすと思うんだけど、イクセント君とノワレは?」
視線がこちらに移った。まずイクセントが答える。
「僕はミナレート住まいなんでな。特に変わったところもなく夏休みを過ごすだろうな」
前に彼がコホッズ熱を出したときにお見舞いに行ったあの家だろうか。
あの時会ったお姉さんと二人暮らししているはずだ。
「お姉さんは元気?」
イクセントは軽くはにかんで首を縦に振った。
「ああ、元気が取り柄の姉さんだからな。風邪も引かないし」
彼はまれにこうやって年相応の顔色になることがあった。
少しではあるが、丸くなってきている気がしなくもない。
次はノワレが自分の胸に手を当てながら語った。
「わたくしもミナレートにずっと居ますわ。寮生活がとにかく快適で。他で生活するのは考えられないほどですわ」
酒でほんのり頬を赤らめた少女は満足げだ。
「お前、エルフだろ? カホの大樹には帰らんのか? あぁ、家出娘かなんかだったっけな。”ノーブル・ハイのお・ひ・め・さ・ま”」
イクセントは意地悪げにシャルノワーレをつっついた。
「だからわたくしは家出娘なんかでは……家出娘ではありませんことよ!? それより、無愛想でおチビのお子様にはこんな豪華な料理でなくお子様ランチがお似合いでしてよ?」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
普段は更にヒステリックになるのだが、パーティーの空気を読んでそこで言い合いは止まった。
いつもこの二人はこんな感じだ。一向に仲が良くなる雰囲気ではない。
ライバルというのともまた違って、醜い足の引っ張りあいである。
アシェリィは思わず額に手を当てて頭を左右に振った。
それよりもっとフレンドリーな交流が部屋のあちこちで交わされていた。
皆、もうほとんど満腹で、食べるのを止めて味の余韻に浸った。
そして宴の締めが始まった。顔を赤くしたレールレールが声をあげた。
「諸君、今日は本当にサンクス。おかげで楽しい宴会にすることが出来た。俺はユゥ達の無病息災を願っている。一ヶ月、丸々会えない者も居るだろう。だがな、また休み明けに一皮むけたユゥらに会えるのを楽しみにしているぞ!! 俺は寮で酒盛りだろうから、呑みたいやつは声をかけてくれ。以上だ!!」
会場は拍手で包まれた。次にナッガンが立った。
「締めた後でなんだが、連絡事項がある。休みが近づく頃から口を酸っぱくして言っていることだが、夏季休業が終わるまでに”今の自分の魔術を発展させる”、もしくは”サブの魔術……俗に言うサブウェポン”を編み出しておけ。これが出来ないと二学期は非常に痛い目をみるからな。休みだからといって、修練を怠るなよ。それでは今度こそ解散だ。楽しい夏休みを過ごせよ!!」
全員が席を立ち、担任の教授に拍手喝采を送った。
こうして一晩のリッチなディナーパーティーは幕を閉じた。
明日はまだ月の最終日だが、夏季休暇に向けての準備日で学院は既に休みに入る。
もう明日から夏休みなのだ。ナッガンクラスのメンバーは浮かれ気分を隠せなかった。




