あるオルフェンの蔑称
裏山猫の月が終わるまであと2日の日だった。
一ヶ月間の長期夏季休暇まで秒読み段階である。
夏季というが、ミナレートは通年で夏なので長期休暇の頭にはすべて”夏”がつく。
そんな中、アシェリィはライネンテ式の女性用の正装を寮で着ていた。
「うわぁ……赤は似合わないな~。スカート短いし、スースーするよ。でもノワレにあんだけ強くオススメされちゃったしなぁ……。それにこのハイヒール。履きなれないんだよなぁ。これも真っ赤で赤いし……。お化粧は……しなくていいよね……」
彼女の髪の色とドレスのコントラストは強く、非常に鮮やかだった。
女子の正装はフードのついたスカートのワンピースである。
フードは魔法使いのローブの名残だと言われている。
人によってはスカートの丈を変えたり、肩を出したりもする。
一方、男性の正装は厳格で、魔法使いのローブ、ウィザーズローブでなければならない。
フードのあるもので、地面に裾が付くほど長いものを着用する
そして必ず純白のローブでなければいけないという決まりもある。
なぜ、アシェリィがこんな格好をしているのかというと、レールレールが一学期を労う宴会を開くというのだ。
なんでもミナレートで一番高級なレストラン「ティ・ア・ピュラーレ」でやるという。
そこはドレスコードがあり、正装以外の服装での入店は禁止されているのだ。
なので、彼女は慣れない正装をして寮を出る事になった。
高いヒールでおぼつかない足取りをして夕方のルーネス通りを学院とは逆方向へ歩いていく。
受験勉強の思い出深いホテル「アーナンテ」の斜向いにその高級レストランはあった。
「ほえ~~~~~」
思わず間抜けな声を上げてしまった。レストランは4階建てで色は地味なクリーム色だ。
セレブ的な趣味の悪さはなく、シックで上品なお店といった感じだ。
入り口から入ると純白のローブで正装したボーイがやってきた。
「こんばんは。お嬢さん、お一人でお食事ですか? それともご宴会でしょうか?」
アシェリィは慣れない肩掛けのミニブランドバックから招待状を取り出した。
これもノワレに買わされた代物だ。
ボーイは丁寧に招待状を受け取った。
「はい。確かに。魔法学院リジャントブイル、ナッガンクラス様の宴会会場ですね。こちらです」
彼はロビーから移動し始めた。着いていくと3階の両開きの大きな扉の前で止まった。
「こちらがお客様のお部屋です。お手をさし出してください」
ドレスの少女が手を出すと、カードのようなものを掌に置かれた。
すると手のひらの上にレストラン内の地図が浮かびあがった。
「当レストランはとても広いので、このガイドマップをお使いください。両手を重ねるとマップと現在位置が表示される仕組みとなっております。その状態で行きたい場所に触れますと、コンパスの針のように目的地までを指す針が出現致します。それと、不明な点や店内の案内を頼みたい場合はご遠慮無くボーイに声をおかけください」
ローブの男性は深くお辞儀をした。
とても高性能なマップにアシェリィは驚いた。
魔術機関でもないのにこのレベルの技術を持つとは、伊達に高級を名乗るだけはある。
さっそく両扉の片側を開けて部屋に入るとそこはかなり広かった。
ナッガンクラスの面々のほとんどが揃っていたが、空間が広すぎてまばらに見えた。
そこには白いクロスのかかった5つの丸いテーブルとイスがある。
それとは別に一人用のテーブルとイスが部屋の奥に置かれていた。
アシェリィは自分の班のテーブルを見つけ、座った。
彼女の班はガリッツを除いて席についていた。
「あれ? ガリッツ君は?」
「フン……知るかあんなの」
「まままま、まだ、きききき、きてないね」
「ま、そのうち来るでしょう」
そう話しているとカークスが入ってきた。
花柄のドレスを着ている。ハデを通り越してノーテンキである。
「にゃはは~~~。寝過ごすところだったよ」
彼女の後に慌ただしく駆け込んできたのはクラティスである。
「いけねッ!! 久しぶりのおめかしで時間くっちった!!」
最後にカブトムシザリガニが現れたが、思いっきりツノを扉の上につっかけて仰向けにこけた。
「あ~あ、何やってんだオメェはよ」
ニュルが起こしにいくが、重くて持ち上がらない。
既にイスに座っていたリーチェが赤い髪の毛を伸ばして引っ張り上げるのを手伝うとガリッツは立ち上がった。
そしてのっそりとザリガニの尾っぽ部分を尻にしいて、自分の班のイスにドシンと座り込んだ。
全員が揃うと一人用の席に座ったナッガンが手を叩いた。
彼は普段、グレーの髪をオールバック気味にし、半袖、半ズボンとラフな格好をしている。
だが、今日は髪を下ろし、白く、金の刺繍が入ったローブをまとっていた。
それによって強面だと思いこんでいたのが、実は思ったより優男に見える事がわかった。
近寄りがたい外見もまた良い男ではあったが、ギャップ萌えというやつなのだろうか。
これは嬉しい誤算で男性陣は親しみを覚え、女性陣は思わず見惚れた。
「ほら、お前ら。宴会を始めようじゃないか。まずは招待、恩に着る。お前らだけで無礼講すればいいものを、担任まで呼ぶとは物好きな連中だ。ただ、今日の主役は俺ではない。今回の主催……レールレール。お前がこの宴を仕切れ。どうやら全額、アイツのおごりらしいからな」
そう言うと教授は席に座った。
生徒たちはにわかにざわめき出した。
入れ違いでレールレールが立ち上がった。
「今晩はここに来てくれて……サンクス。お前らの応援がなければ俺は糧撒祭で3位になることは出来なかった。まずは礼を言う」
彼は深々と頭を下げた。クラスメイトたちが拍手で答える。
顔をあげて彼は話を続けた。
「それと、リーチェのファイトにも俺はリスペクトを送りたい。彼女にも拍手を」
レールレールは手を握るようにして大きく手を叩いた。他の皆もそれに続く。
リーチェは照れているのか頬を赤らめて後頭部を掻いた。
場が落ち着くと立ち上がった大男は話はじめた。
「さて、まず『ティ・ア・ピュラーレ』なんて高級なレストランの支払いをどうやったかについてだが……」
すると彼はカバンから銅色のビンのようなものを取り出した。
「これだ。フィーファンの銅像だ。調べてみたところ、毎年行われる王都の闇オークションでは銅の像は1000万シエール前後で落札されている。俺はこの像を売る」
記念の像を売るという行為に驚くものもいればそうでないものもいた。
「個人的な意見だが、持っているだけでは腹の膨れないものや、誰かを幸せに出来ないものにはあまり価値を感じない。だから、俺は銅像を売り払ってお前らにおごるという選択をした。このルームのバイキングパーティーは500万シエールかかっている。当然払う金なんぞ無いが、このフィーファン像を売ることを条件に特別にツケにしてもらった」
一人あたりおよそ20万シエールということになるが、夕飯一食分としては恐ろしく高額だった。
高いだろうなとは覚悟しつつも、想像以上にリッチなプライスにクラスメイト達は戸惑い、驚いた。
同時にレールレールの気前の良さに感動した。
少しして彼は俯いた。
「残りの500万シエールは……祖国のトーベ国の孤児院支援基金へ全額寄付する……ドーネイション……」
またもやクラスメイト達はざわめいた。銅像を握る男が留学生とはナッガン以外に知らなかったからだ。
「俺は昔のことを語るのがとても嫌いだ。皆にはぼやかしてきた。だが、この一学期を過ごしてみてそれはフェアではないと感じた。皆は俺に昔の話をしてくれるのに……だ。だから、この場を借りて俺の昔話をしようと思う。興味のない者は聞き流してくれ……プリーズ」
言われてみれば彼には喋り方にクセというかなまりがあった。
レールレールは立ったまま話を続けた。
「俺は物心ついた時には孤児院で暮らしていた。両親、親族の事は一切わからなかった。そこは常に貧しく、トーベ・ドングリのスープしか出ない日もあった。だが、孤児院達の仲間たちとの生活は楽しかった……ベリー・ハンガー」
少年と青年の狭間の大男は遠い目をした。
「孤児院の中でも俺は成長が早かった。12歳になるころには鉱山の仕事に駆り出された。トーベは鉱物で成り立っている国だ。国のそこらに鉱山がある。俺は主にレールを敷設を担当していた。非常に過酷な環境だった。人間関係もな。その時、『おい、レール、レール』と物のように呼ばれていた。そんな蔑称がいつの間にか本名になってしまった……。昔の名前を知るのは一握りだけだ」
招待された者たちの表情は明らかに曇った。
「だが、悪いことばかりではなかった。孤児院に金を入れることが出来た。すると飯はまともになり、教師も来てくれるようになった。勉強するにつれ、俺は年端もいかない子供が危険な仕事をする事は理不尽だと思うようになった。それを解決するには莫大な金が要る。高給取りになるなら一流の学校を出るべきだ……と。そして俺はリジャントブイルへ来た」
誰が始めたのかはわからないが、パチパチと暖かい拍手が鳴り始めた。
中には感極まって泣いている者もいる。
レールレールは煙たげに顔の前で腕を振ってみせた。
「別に俺は自分のことを立派だとは思っていない。俺自身に出来る事をやっているだけだ。……ただ、この話はもっと早くしておくべきだったと今は反省している。恥ずかしながら皆を信用するのが……怖かった。暗い話で空気をぶちこわしてすまなかった。パーティーをエンジョイ・エン・ジョイしてくれ。乾杯しようじゃぁないか!!」
バイキングコーナーにあるジュースや酒を皆がセルフサービスで注いで、席についた。
「では、ナッガンクラスの面々にに末永く幸あらんことを……ブレス・ユゥ!!」
主催者が両手持ちでフィーファン氏の銅像とグラスを高く掲げると皆がそれに応えた。
「乾杯ッ!!」
一学期を締める宴が始まった。




