金のフィーファンが微笑むのは
フレリヤの目前には自分で放った奥義、覇月の球体が迫っていた。
「いくら優れた反射神経でもその距離と時間なら回避不可能!! 生命力を吸う爆発が直撃すればただではすむまい!! 自滅で終わりだ!!」
コフォルは壁際近くまで下がってから振り向いた。なおも戦闘の姿勢は崩さない。
亜人の少女にオーラの弾が直撃したと誰もが思ったその時だった。
スーッと覇月が彼女の腹部をすり抜けて、背後のヌーフェンを奇襲したのだ。
「なっ!!」
想定外の出来事に、M.D.T.F(魔術局タスクフォース)のエージェントは驚愕した。
一方のフレリヤはまぶしいくらいの満面の笑みを浮かべた。
「へへ~ん♪ 実はこの覇月、あたし自身には一切ダメージを与えられないんだなぁ!! 閃いた勢いで、一通りの使い方を把握しちゃったんだなこれが!!」
彼女はすぐに向きを反転させ、対戦相手の方を見た。
(くっ!! 実戦での成長速度が早すぎる!! この娘はバトルの天才だ!!)
実況のドガが叫ぶ。
「ああああああああ!!!! 形勢逆転だーーーーーー!!!! この奥義にはまさかの特性があった!! ヌーフェン選手、一気にピンチ!! 不意を突かれたせいで回避が遅れる!!」
今度はヌーフェンの目前に覇月が迫っていた。
「こいつをまともに喰らうわけにはいかない!! ふっ!!」
彼はグレーのマントで体をすっぽり覆った。
「マントで身を包んだ!! 防御する模様です!!」
だが、誰もが予想しなかったリアクションがあった。
「ほっ!!」
ヌーフェンはその場で一回転してマントでオーラの弾を跳ね返したのだ。
マントは鮮やかなライトグリーンに発光し、布に沿って魔法円が浮かび上がった。
「こーーーーれーーーはーーー!!!! リフレクティング・マントだーーー!!!! 呪文を弾き返すという非常に強力なマジックアイテムですが、劣化する消耗品です!! それなのに超高額!! ミナレートで大きな屋敷が買えるレベルの値段です!! ヌーフェン選手はセレブなのでしょうか!? よく見ればその食事マナー、所作や服などには気品があります!!」
それを聞いて観客達はざわめきだした。彼を応援する声が増え始めたのである。
オーディエンス達は声援を上げつつ、また”腹ごなし”に釘付けになった。
サッカーボールくらいの気弾が一直線に跳ね返ってくる。
フレリヤは掌底を放ってそれをまたヌーフェンに打ち返した。
二人の間でラリーが始まった。まるでスポーツのようで、思わず観客は笑いだした。
(くっ……このままラリーを続けるとマントが持たない!!)
「ラチがあかないなぁ。それじゃあとっておきの一発を!!」
大柄な少女は打ち合いをしつつ、バックステップで距離をとった。
(何か来る!!)
美しく発光するマントの男は警戒心を高めた。そしてまたオーラを弾き返した。
するとフレリヤは両手を密着させ、足元に向けて構えた。
(レシーブ!?)
彼女は覇月をうまい具合に弾いてポーンと前方の上空に打ち上げた。
そして前に全力疾走すると高く跳ねて、眼下のとんがり帽子めがけて思いっきりライネン・バレーボールのようなスパイクを打ち込んだ。
今までとは比べ物にならない弾速がヌーフェンを襲った。
彼は再び弾き返そうとマントで体を覆って迎え撃つ姿勢をとった。
魔法円とエネルギーの塊が衝突する。
跳ね返せるかと思ったが、威力が上がりすぎていて弾き返す前にスキが生じてしまった。
「くっ!! なんて重さなんだ!!」
あとコンマ何秒かで弾き返せそうな刹那、フレリヤが動いた。
「覇ッ!!」
彼女が開いていた掌をグッっと握るとなんと覇月がその場で爆発を起こしたのである。
「馬鹿な!! 起爆操作だと!? くっ!!!」
爆発は大きくは無かったが、しっかりキツネ顔の男にヒットした。
爆風で吹っ飛んだ彼はすぐに受け身をとって、空中でひねりを加えて着地した。
「爆発!! 爆発ゥ!!!! KO確実かと思われたが、ヌーフェン選手、立ったぁ~~~!!!!! 見たところ、爆発で受けたダメージはそこまで大きくないようです!! 装備の乱れも軽微です!!」
(この覇月という奥義の本意は爆破によるダメージではない。それはおまけ程度。真の狙いは爆発と同時に発生する生命力を奪う効果と見た。私自身、強烈な倦怠感を感じている。ここまでくたびれたのはかなり久しぶりだ。このまま連続で喰らったら気絶してしまうだろう)
一方の向かい合った者は驚いていた。
「うっそ~!? フルパワーのスパイクだぞ? あんだけしかダメージがないのはありえない!!」
再び二人は緊張したまま臨戦態勢で構えた。
だが、実は既にこの戦いは終っていた。
(もっと楽しみたいところだが、これ以上手加減したまま闘ると私の体が持たない。
かといってこんな大勢が見ている中でブロッサムド・マジックをばバラすわけにはいかない。ならば……)
すぐにヌーフェンは地面に屈んだ。
「…………くっ!!」
「!? ヌーフェン選手!! やはりどこかやられていたかーーー!? 内臓あたりにダメージがあったのかもしれません!!」
実況ベテランのドガは内心、本当にKOなのか? と疑問に思った。
ズシャッ!!
淡い赤色の服の男はうつ伏せに倒れ込んだ。
そうこうしているうちにカウントが始まった。
「ワン・ツー・スリー……」
彼のカムバックを望む黄色い声が大きく響く。
「エイト、ナイン……テンッ!!」
カンカンカンカン!!!!!
コロシアムのゴングがけたたましく鳴った。
「決着!! フィーファン撒糧祭の決勝戦、これにて終了です!!!!!!」
闘技場は火山のようにドッっと爆発的にエキサイトした。
(ふっ……私が倒れたフリをしたほうが盛り上がるだろう? 道化もあながち悪くないものだな)
ヌーフェンは気絶したふりをしてそんなふうに思った。
(あいつ、まだ余裕あるクセして……)
フレリヤは獲物を狩る時の勘でヌーフェンがまだ動けるのがわかっていた。
「えー、記録ですが、フレリヤ選手の枚数は36621枚、ヌーフェン選手は25562枚でした!! フレリヤ選手のほうが食べるスピードと実力ともに上だったのは間違いないでしょう!! みなさん、参加者全てのファイトを讃えましょう!!」
学院の闘技場の観客達はスタンディングオベーションで拍手や声をあげて食戦士たちの健闘に応えた。
「えー、早速、表彰式に移りたいところなのですが、激戦のあまり2位のヌーフェン選手と3位のレールレール選手はダウンしております。彼らには後で個別に表彰させていただくとして、フレリヤ選手の授賞式を執り行います」
コロシアムに表情台がテレポートしてきた。
優勝者の少女は白い歯を見せながら台に上がった。
一人しか居ないのもなんだか寂しいが、仕方がなかった。
「はい!! フレリヤさん、おめでとうございます!! プラチナの食戦士のバッジと金の撒糧のフィーファン氏の像が授与されます!! 賞金は出ませんが、そのバッジがある限り、食い扶持に困ることはないでしょう!! あ、くれぐれもお金欲しさにフィーファン氏の像を売ったりしないでくださいよ!? 絶対ですからね!!」
彼女はワインのボトル程度の大きさの像をわしっと掴み、天高く掲げつつ、観客に大きく片手をふった。
その愛くるしい仕草に会場の人々は魅了された。
「じゃあ、フレリヤさん、優勝しての感想やコメントをお願いします。
実況のドガは決して低いとは言えない身長だった。
しかし、優勝者はあまりに大きく、真上を向いて手を伸ばさなければマギ・マイクが相手に届かなかった。
「コメント? う~んそうだなァ。こんなに美味しくてお腹いっぱいなのはいまだかつて無かったね!! だから来年もまた参加したいよ!! っていうか毎週う……いや、毎日やってくんないかな?」
闘技場はドッと笑いに包まれた。
「こ、これは来年の撒糧祭も優勝者確定じゃないですかね……」
ドガは苦笑いでやり過ごしたが、例年よりはるかに多く消費された食料の量に大会運営陣は頭を抱えた。
国内最大手の新聞社、ライネンテ・タイムズも取材に来ていた。
「ライネンテ・タイムズ記者のターネアアです。フレリヤさん!! 今回、フィーファン撒糧祭に挑むにあたって自信や勝算はあったんですか?」
女性のジャーナリストがそう聞くと帽子を深く被った少女はキョトンとした。
「自信っていうか……いっぱい食べたかったから出ただけだよ!!」
暗殺拳術を使うのとは裏腹に彼女の笑顔は周りを和ませていた。
「マギ・カメラ撮らせてもらっていいですか?」
男性記者は誇らしげにそのマジックアイテム彼女に見せた。
なぜならマギ・カメラは超高級かつ希少で、世界的に見ても少ないからだ。
彼がそう許可を求めると、フレリヤは首を横にふった。
「い、いや、ゴメン。あたし、恥ずかしがり屋だから写真はNGかな」
彼女はうまくやり過ごした。メーヤーが居ればこういう時、守ってくれるのだが。
(あいつ無口だけど頼りにはなるからなぁ……。きっとずっと護衛してくれてたはずだ。ま、優勝してもメーヤーはなんにも言わないだろうけど。あ、ボルカはきっと褒めてくれるぞ!!)
少女はゆったりしたズボンの内側でガーターでとめられた尻尾の先をピコンピコンと振った。
一方、ナッガンクラスの生徒達は歓喜のあまり、まとまっておしくらまんじゅうのようになっていた。
優勝こそ逃したものの、レールレールは3位、リーチェもファイナリストに残ったからだ。
「あ、そういや賭け当たったやついんのか!? 畜生、俺はダメだったぜ!!」
ニュルは賭けのチケットをぐしゃぐしゃにしてちぎり捨てた。
その一言にハッっとして皆が結果を確認し始めた。
賭けは非公認のものであるし、いくつもの賭け方で別々の売り子が居た。
その為、それぞれ当たりの条件は違った。
お祭りごとに紛れて行われる野蛮な賭けとは得てしてカモを釣るように出来ている。
非合法組織や反社会的組織の格好の銭稼ぎの場だった。
アシェリィはそんな大人の事情を知る訳もなく、思わず握りしめてクシャクシャになったチケットを確認した。
「えっと、私のは”4人選んでそのうちの3人が上位三名になったら当たり”かぁ……」
上位3名をピタリ当てろという条件なら買う者は減る。そこで4人選ぶ余地を残してあった。
これが5人選ばせたりすれば胴元が損する確率は上がる。
絶妙な塩梅の条件だった。
「えっと、持っているチケットはフレリヤに、レールレール、リーチェ……そしてヌーフェン? ネスラじゃなくて? ………………って、うあッ!! 当たってるじゃん!!」
それを聞いたクラスメイト達はアシェリィに詰め寄った。
「おい!! アシェリィ、いくら当たったんだ!?」
「すすすすす、すごいよ!!」
「シシシシ!! メシおごれよな!!」
「君は運気を引き寄せる力があるような気がするよ」
「拙者も運が欲しいでござる~!!」
「せせ、拙者だって!!」
「わタしニもウん、ワけて~~~」
「あー、もう!! 肝心の金額が聞こえませんわ!! 少しお黙りになって!!」
シャルノワーレの一喝で周りは静まった。
「それで? アシェリィ、いくら当たりましたの?」
アシェリィの顔は真っ青だ。
「ひゃ……ひゃひゃ、100万シエール………………」
すると彼女は白目をむいて気絶してしまった。
一度にこんな大金を手にした経験がなく、ましてや家が非常に貧乏となればその衝撃は相当なものだったのだろう。
だが、他のクラスメイトからしたら100万シエール程度で気絶するのは流石にあり得ないという感想だった。
この出来事は「アシェリィ100万ショック」と呼ばれ、後に渡ってナッガンクラスの笑い話となるのだった。




