暗殺拳術にふさわしい……か
フレリヤが精神統一すると彼女の体を紫色のオーラが覆った。
はたから見ると棒立ちでスキだらけに見えた。
(迂闊だったな。一撃を喰らうとは思わなかった。未知の流派に対処しそこねたか。それに彼女は長い良い手足を持っている。……今、下手に突っ込むと研ぎ澄まされたカウンターでやられるだろう。それに、どんな魔術……いや、奥義が覚醒するのか見てみたいというのもある)
ヌーフェンはいつでも動けるように身構えた。
ハッっと我に返った実況のドガが叫んだ。
「こーれーはーーーー!!!! 皆さん、フレリヤ選手を纏うオーラが見えるでしょうか!? 魔術に詳しくない人でも視認できるはずです!! これはまもなく“色づく”、”ブロッサミング”だと思われます!!」
アシェリィとシャルノワーレは顔を見合わせた。
「確か”色づく”っていうのは高等な魔術が覚醒する事だったよね? 花が成長すると”色づく”からそう言われてる。他に花が咲く”ブロッサム”って単語から”ブロッサミング”とも呼ばれるんだったよね?」
ノワレは首を縦にふってから内容を掘り下げた。
「ええ。覚醒したあとの魔術は”ブロッサムド・マジック”と呼ばれるのですわ。ただし、”ブロッサミング”するのはいくつかの条件を満たさなければならず、困難を極めるのでしたわね。エレメンタリィではごくごく一部が、ミドルではちらほら、エルダーになれば多くの生徒が”色づく”と聞いたことがありますわ」
アシェリィはナッガンの言葉を思い出していた。
「お前らの当面の目標は”色づく”事だ。肝心の”ブロッサミング”する条件だが、戦闘関連の魔術に目覚めるのならまずは多くの実戦の経験が重要だ。対人、モンスター共に多く戦う事。次に、修羅場をくぐること。何回か死にかけてそれを乗り越えると覚醒に近づく。だからここの学院では闘技場での戦闘がしょっちゅう課題になるのだ」
「エレメンタリィでもブロッサムド・マジックを目覚めさせる事は可能だ。スパルタ教師のクラスからは4年間の間に2~3人がブロッサミングすることは珍しくない。これは厳しいカリキュラムのほうが実戦経験や修羅場をくぐる回数が増えるためだ。俺のクラスの遠足などがこれの達成に一役買っている」
「そして最後の条件が一番厄介なのだが……。それは”誰にもわからない”」
「これはその言葉どおり、何をすれば”ブロッサミング”するか謎なのだ。しかもそれは個人によって異なる。例えば俺はおそらく”魂を込めたぬいぐるみを作る”というのが条件だったのではないかと思う。俺も推測の域を抜けないようになぜ”色づいた”かわからない者も居る。自分の適性とマッチしてスムーズに咲く場合もあれば、あれこれやってみないとダメな場合もある」
「たとえば、俺の教え子の例だと”攻撃をひたすら受けまくる”や”投げ技をひたすら使う”などは戦闘にマッチした条件だ。他に”昆虫図鑑の完成度を高める”や”多くの種類の鉱石を破壊する”といった収集系のものもある。これはまずまずだな。だが、”ジュースしか飲まないで暮らす”、”泥沼に長時間浸る”などという不可思議な条件も存在する。学院は四苦八苦してこの条件を達成させているわけだ」
―――フレリヤはおそらく最後の条件に到達したに違いない。アシェリィはそう思った。
彼女の戦闘回数は申し分ないし、暗殺拳術を使うだけあって、修羅場はくぐっているだろう。
では最後の条件とは何か? アシェリィはなんとなく答えを掴んでいた。
今までフレリヤは街に寄るたびに飲食店の在庫を手当たり次第、空っぽにしてきた。
だが、これまで彼女が本当に満腹になった事はなかったように思える。
今、このタイミングで”ブロッサミング”するとなれば”本当に満腹になるまで食べ続ける事”であると推測できた。
フレリヤに動きがあった。指先をピンと揃えた右手をヌーフェンに向けてかざしたのだ。
「閃いた!! 月日輪廻・奥義!! 覇月ッ!!」
彼女の掌からサッカーボールくらいの大きさの満月を思わせる光弾が発射された。
「とおぁっ!!」
ヌーフェンはそれを巧みな側転でかわした。
その直後、壁にぶつかった覇月は小規模な球状の爆発を起こした。
レンガ調のコロシアムの壁が抉れたと同時に淀んだ紫のオーラが少しの間、漂っていた。
(あれは……おそらく闇属性!! 触れれば生命力を削られる!! 数多の暗殺を成し遂げてきた者にふさわしい奥義だ!!)
息の詰まるような緊迫感の中、紅いとんがり帽子の男は帽子の位置を神経質に調整した。
「いっくぞぉ~ッ!! 覇月・連!!」
フレリヤはまたもや光弾を撃った。今度は両手を何度も突き出して連続して発射してきた。
またもやヌーフェンは側転で避けたが、殺人的な速度で迫るそれはもう側転やステップでは回避できそうになかった。
「消耗が激しいが、疾走る!!」
意を決したヌーフェンは脚力をエンチャントして猛スピードで走り始めた。
迫りくる連射の覇月をコロシアムの戦場を円形に走ってすべて回避しきった。
(あれだけの威力と特殊効果を持つ弾を立て続けに放つとは……。恐ろしい娘だ。並の使い手では即死だろう)
ヌーフェンはじわりと汗をかいていた。体を動かしたり、それなりに危機感を感じたためだ。
一方のフレリヤは攻撃の手を止めて、お腹をさすりながら手を上げた。
「待った!! あたし、お腹へっちったよ。腹ごなしはもういいからまた大食い、再開しようよ~~~」
それを聞いて観客席からはどっと笑い声があがった。
「いいだろう。続きをやろうじゃないか」
急にプレッシャーから開放されたヌーフェンは肩透かしをくらった気分になったが、気持ちの切り替えは早かった。
するとすぐに二人分のテーブルとイスがコロシアムの舞台に出現した。
フレリヤはイスにどっかりと座り込んで、テレポートで運ばれてくる大量のパスタをまた飲み込みはじめた。
一方の対戦相手はゆっくり席につくとまたフォークとスプーンを高速で扱いながら彼女を追った。
「あ……。あ……。す、すいません!! 実況が止まってしまいました!! 普段、ここまでハイレベルな戦いは珍しいため、つい見入ってしまいました!! 実況を再開します!!」
ドガはお辞儀をするとじっと試合を見つめ始めた。
「フレリヤ選手!! さきほどの覇月はかなりのエネルギーを使う模様です!! あれだけ食べたのにまだ食べ続けています。一気に食べたものを消化したとしか思えない!!」
「がぁふ!! がぁふ!!」
フレリヤはお盆のようなパスタの皿を傾けてまるで飲み物でも飲むかのようにチュルチュルとすすっていた。
「あーっと!! フレリヤが24431枚!! ほぼ丸呑みだ~!! 一方のヌーフェン選手もまるでレイピアのように食器を使いこなして食べてはいるが、20751枚!! 食べるペースに差がありすぎるーーーーーッッッ!!!!」
会場からフレリヤとヌーフェンの名前のコールが始まっていた。
どちらも魅力的な食戦士であり、人気は拮抗していた。
爆裂ナイスバディのほうは男性人気、シュッした顔立ちのほうは女性人気を得ていた。
「フレリヤ!! フレリヤ、28756枚!! まだ跳ね上がる!! 3万枚超えそうだぞこれは!! もうこの時点で大会の過去最高のレコード更新となります!! すげぇ!! すごすぎる!!」
彼女の口の周りはもうベタベタで、カラフルな覆面を被ったようになってしまっていた。
「顔がパスタの色で汚れています!! とにかく汚い!! しかし、なおも彼女は食べ続ける!!」
それを見かねたヌーフェンは席を立ち、彼女の隣に移動すると綺麗な二枚目の純白のハンカチでフレリヤの顔を拭った。
「むぐ、むぐぐ……」
亜人の少女は両手に皿を抱えたまま、顔をゴシゴシされた。
「これでいくらかマシになっただろう。レディなのだからもう少し気を使い給え」
そう一言、言うと彼は席に戻っていった。
この紳士な態度に女性陣から黄色い声があがった。
「あんがとな~。じゃ、食べるぞ~」
男は席に戻るとまた食べるのを始めた。
それからしばらく二人はひたすらパスタを食べ続けた。
ドガは似たような実況をひたすら繰り返していた。
そんな中、フレリヤが食べるのをやめた。
上着の裾で顔の汚れを拭い取った。
「なぁ、また腹ごなししようぜ!! 腹具合がどうかというよりはあんたと闘るの、楽しいんだよ。な? やるだろ?」
長身というか巨躯の女性は席を立ってキツネ顔を見下ろした。
「ふむ。私もそう言おうと思っていたところなのだよ。いいだろう。やろうじゃないか」
彼は斬撃をくらったほうの腕に力を入れた。もう傷はふさがっていた。
それを確認するとイスにかかったグレーのマントを手にとって羽織った
二人が立つとまたもやテーブルとイスは消え、ステージは闘技場へと変化した。すぐに両者身構える。
「戦いに大食いとなんて忙しいコンテストなのでしょう!! まぁ見てる我々としては二度美味しい素晴らしい回ではあるのですが!! さて、また二人がぶつかりあうようですよ!!」
ドガの声が枯れてきていた。
(アレをやってみようかな。今なら出来るんじゃないかな……)
フレリヤは腰を落として月日輪廻の構えをとると両手を突き出した。
その手の形はまるで蝶々(ちょうちょう)のようだった。
カッっと彼女は目を見開いた。
「覇月!!」
先ほどと同じ光弾が発射された。
流石に一度見た技なのでヌーフェンはすぐに疾走りだした。
このままだと覇月は壁にあたって爆発するところだろう。
(あたしが護っていた女の子はよくこの呪文を使っていた……はず。なんだっけかな。チュロスだっけ? いや、そりゃスイーツだな。チュ……チュ……)
彼女が念じるとなんと小さな月は軌道がずれて、曲がったのである。
ヌーフェンは立ち止まって状況確認をした。
「曲がった!? 今まで直線しか撃ってこなかったのに!!」
フレリヤはその場で回転するとまた剣士をターゲットに捉えた。
(チュ……チュ……チェ……チェイン? チェイ……チェイス……チェイス……チェイス……)
彼女は目を閉じて何度もそう念じた。そしてすぐに目を見開いた。
「閃きィ!! 覇月・追!!」
ヌーフェンはさきほど微妙な変化から強い警戒心を抱た。
飛んできた光弾はほぼ直線だった。疾走れば確実に避けられると踏んだ彼はまた円を描いて疾走した。
壁にオーラの塊がぶつかると思われたその時、それは急激に方向を変えた。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!」
フレリヤは両手に力を込めた。すると、なんと小さな月はヌーフェンを追尾し始めたのである。
「何だと!? 追尾まで出来るのか!!」
彼は後ろを振り向きながら疾走った。
「あーっと!!!! 追尾タイプの技です!! しかも結構速い!! フレリヤ選手が力むとスピードが上がるようです!! ヌーフェン選手、少しずつだが、追いつかれ始めているーーーーーーーーーッッ!!!!!」
それは追われている本人が一番わかっていた。
「縦方向に振ってみるか!! とぉあ!!」
彼は突如、フレリヤの頭上を飛び越す形で山なりにジャンプした。
一方の彼女は目をつむって集中した。
「目で追うんじゃない……。相手の位置を……感じる!!」
覇月は直角に追う方向にカーブし、さらに飛んだヌーフェンを追った。
「くっ!! かなり高性能だな!! 素晴らしいブロッサムド・マジックだ!! だが、見たところ発動中はその場から動けないと見た!! ならばベタのコテコテではあるが!!」
えんじ色のトンガリ帽子は一気に方向転換してフレリヤの脇の下を前傾姿勢で駆け抜けた。
ドガが叫ぶ。
「追尾呪文をやり過ごす手段の一つとして、追尾されている側が追尾しているモノをうまく誘導して術者に当てるというのがあります。王道のテクニックです!! さぁ、フレリヤさん、危機一髪です!! 覇月を曲げることが出来ればいいのですが、あの距離であの速度!! かなり難しいと思われます!!」
シュッと脇腹に抜ける風を感じる頃には目の前に自分の弾が迫っていた。
(あ……これ、曲げたり、回避したりできないな……)
彼女は同じ構えをとったまま、その場から微動だにしなかった。




