虹色アルデンテ
ついにフィーファン撒糧記念祭の決勝ラウンドが始まろうしていた。
司会、実況のミーアスアスは流石に疲れの顔色は隠せなかった。
「そ、それじゃーみんな~。早速決勝のメニューが紹介されます!!」
すると蒼いコック服の男性が料理をカートで運んできた。
ライネンテの一般的なコック服は青色をしている。
皿の上には7つのお盆のような皿に、それぞれ違った色のパスタが大盛りされていた。
「は~い。この赤、オレンジ、黄色、ムラサキ、青、黄緑、白のパスタはすべて味が違います。その名も””レインボゥ・スパゲッティです!!」
美味しそうなその見た目に観客は思わずつばが出た。
「これはですね、食べ飽きないようにって工夫がされてて~、赤は砂カラシの激辛、オレンジは海岸オレンジ風味、黄色はパルーナジャングルでとれたパルーナ・バナナです。そして紫はビターなサザの薬草風オトナ味、青はクールなネコ・ミントを使ってます。そして白は白ワカメを使ってます。もちろん胃で膨張しま~す。今度は塩味となっておりま~す」
オーディエンス達は自分が食べたい色のパスタを思い浮かべた。
「はーい。で、このお皿を一番積んだ人の勝ちとなりま~す。皆、準備はいいかな!?」
シーカル広場は燃え上がるようにヒートアップした。
たまたまレールレールとリーチェは隣同士の席に座った。
リーチェが声をかける。
「あたしさ、今まであんたみたいな変人は正直、嫌いだったんだけどさ……やるじゃん」
レールレールは無精髭をいじりながら答えた。
「友情は…エクセレント……」
リーチェは彼が何を言わんとしているのか意味がわからなかったが、こちらから手を差し出して握手をもとめた。
その手をレールレールはしっかり握り返し、熱い握手を交わした。
もうすぐ決勝がはじまる。二人は座席についた。
「ほんじゃ、いくぞ~!! 泣いても笑ってもコレがラスト!! フィーファン撒糧記念祭の決勝ラウンド!! レディー……GO!!」
今度は大きな鐘の音が鳴った。
決勝開始直後、異変は起こった。
キラキラ光る謎の球体が他人の皿の大盛りパスタを一斉に吸い込んでしまったのだ。
それどころか、厨房にある材料まですべて一瞬で吸い込んでしまった。
ピカピカの体にはパスタの皿がピッタリ張り付いていた。
会場は驚愕した。
「………………は?」
ミーアスアスは口をあんぐり開けた。
運営陣もしばらく事態が把握できないでいた。
沈黙を破ったのはライネンテの一流コックのバーパスだった。
「おい!! 早くリジャントブイルに連絡しろ!! ミナレートのすべてのパスタ素材をここに転送するようにな!! いいか、早くしろッ!!」
彼は蒼いコック服を華麗に着こなして腕を思いっきり振った。
「ええと……、とりあえず、ピカピカさんは8枚一気にカウントです……」
ピカピカは一見して無差別に食べ物を飲み込んでいる気もするが、食材しか食べては居ないし、試合開始までのルールも守っていた。
そこまで頭は悪く無さそうであるが、何を考えているのか全くわからなかった。
前の白ワカメまんじゅうでは地味な成績だったが、スピードを抑えていたとでもいうのだろうか?
謎だらけのピカピカは少しだけ光が強くなった。
春の気候のはずの広場がジリジリと暑くなりはじめた。
観客達は思わず服を脱ぎ始めた。
「パスタの材料、届きました!!」
バーパスはうなづいて、調理を開始するように指示を出した。
食材がそろってパスタの料理が急ピッチで始まった。
しかし、今度はピカピカは食材までは吸い込まなかった。
さっそく、パスタが出てきた。まずは赤だ。激辛である。
ピカピカは一瞬でそれを吸い込んだ。
「え~、ピカピカ選手9枚です!! 早い!! 早すぎる!! まるで高速だ!! 次元が違います!!」
ミーアスアスは汗をかきまくった。一気に疲れが押し寄せる。
フレリヤは激辛パスタをお盆ごとかきこんで飲み込んだ。
「辛ぇ~。でも美味しい!!」
「あ~っとフレリヤ選手、1枚です!!」
レールレールも激辛パスタをかきこんだ。
「美味……」
びくともしない。余裕の表情だ。
リーチェは食がすすまない。
「かっら!! あたし辛いの苦手なんだよ……」
ヌーフェンはフォークとスプーンを使ってお上品にたべている。
非常にスローペースだ。観客はやる気があるのかとヤジを飛ばした。
「ふむ。この辛味……北方砂漠諸島群産のカラシだね」
彼ははゆっくり優雅に食事を続けていた。
大きな枯れ樹は根っこの下に運営が数人がかりで必死でお盆をつっこんでいた。
どうやら幹の下に食料を飲み込む口のような器官があるらしい。
根を器用に使ってパスタを絡め取って食べていた。
ゾンゾはまるでブラックホールのような大きな口に次々とお盆のような皿の中身を飲み込んでいく。
「う……うまいんだなぁ……」
彼は泣きながら食事をしている。その光景に会場はドン引きした。
小さな少女、ポポノンはすごい勢いで食べているが、みるみるうちに体が風船のように膨らみだした。
すぐに相撲の力士のような体型になってしまった。
「おいし~♪」
だが、サッパリ食べる勢いは落ちない。
ナッガンクラスのリーチェはどんどん髪が伸びて観客製の方までニョキニョキ伸びていた。
もうそれは既に髪でなく、レッドカーペットのようだった。
多くの人が髪の上に乗っても彼女はびくともしない。
それどころか、パワーを消費するため、魔法の絨毯のように、真紅の髪の毛は宙にういた。
観客達は恐怖と不安で怯えたがふわふわ浮いているだけで、そこまで不安感はなかった。
不安定でないとわかると皆、空中に浮く髪にこしかけなおした。
最初に用意されていたイスよりだいぶ心地よい。
広場は興奮の一休みで一息ついた。
ここまでピカピカ以外はほぼ互角の戦いだ。
かなり遅いペースでヌーフェンは味わっていた。
「君たちね、食べ物というのは殺めた生命に感謝しつつもっと味わってたべるものだよ」
何と大会途中なのにフォークとナイフを置いて説教をし始めたではないか。
口の周りをポケットから取り出した純白のハンカチで拭った。
会場からはヤジがとんだ。
「やる気あんのかてめぇ~!!」
「とっとと家に帰れ~!!」
「キャ~!! あの人、かっこいい~!!」
「ねぇ、ねぇ、サインとかもらえないかな!?」
シーカル広場はまた騒がしくなってきた。
ミーアスアスが爆音で実況を続けている。
「おーっと!! 各選手、早い早い!! だけどヌーフェン選手、もうお腹いっぱいなんですかね!?」
彼女は首を傾げた。
いまのところ、トップは間違いなくあの光の球体である。
ところが、そいつはしびれを切らしたのか、なんと会場のオーディエンスが食べようとしていたものまで吸い込みだしたのである。
それだけでなく、露天の品物まで飲み込んでいる。
広場には食べ物の嵐が舞った。
「うわ~!!!! もう無茶苦茶ですぅ!! 当たり前ですが、虹色パスタ以外のものをいくら大食いしても食べた枚数には一切プラスされません!! っていうか大会の妨げになってるのでピカピカさんは自重してくださいーーーー!!」
ミーアスアスが頬を膨らませてそう注意すると一通りの食べ物を吸収してピカピカはバキュームを止めた。
大会スタッフたちは総出の大慌てで会場の片付けやら混乱の収拾にあたった。
食料を見境なく吸い込んだトラブルの張本人は張り付いた大量のゴミで覆われていた。
不思議なことに缶やビンのフタが開いてもいないのに、中身だけが空になっているのである。
明確に食べられるものとそうでないものを区別している風であった。
運営スタッフは必死にゴミを剥がそうとしたが、ピッタリくっついていて離れない。
彼らは諦めて、くっついたパスタの皿の枚数を数人がかりで計測していた。
ようやくまともに腰を落ち着けた決勝戦が行われた。
「うっわぁ~~~~!! すっげぇ!! ピカピカちゃん既に86皿完食だぁぁ!!」
誰もが謎の光る球体の圧勝を確信した。
さらに光は強くなり、ゴミの間から光が漏れ出した。
目をつむったり、サングラスをかける人も居た。
その時、シーカル広場の暑さがミナレートと同じくらいまで急激に上がったのだ。
気分が悪くなって逃げ出す人も続出した。
「おい!! 早くリジャントブイルに連絡しろ!! 広場の気温を下げるんだよ!!」
実行委員はそう叫んだ。
すると3分とたたないうちにシーカル広場は涼しくなった。
先程逃げ出した人たちもすばやく戻り、観戦を続けた。
「えー、みなさん落ち着きましたか……。じゃあいくぞオラァ!!」
大音量でミーアスアスが叫ぶと会場はまるで火に油を注いだようにメラメラと燃えあがった。
選手たちの食べるスピードも勢いづいていく。
「なんとぉーっ!! ピカピカちゃん、298枚ッ!! 圧倒的!! もうこれは優勝決定か~!?」
公園全体がスポットライトを浴びたように眩しくなった。
すると光の球体の動きが止まった。
「お…………?」
ミーアスアスはサングラスをかけてピカピカちゃんを覗き込んだ。
目や鼻や口はなかったはずだが、いつのまにか可愛らしいつぶらな瞳が2つ、ついていた。
そしてその目元は嬉しそうににっこりと笑った。
するとピカピカはフワーっと上空に浮かんでパッと消えてしまった。
くっついていたゴミが会場中に降り注ぐ。またもや会場は大パニックになった。
「こ、これは……ピカピカちゃん、リタイヤってことでいいのかな……? 満足してたみたいですが……」
ミーアスアスは汗を拭って呆然とした。
「おおおおおおおおおおおっとぉッ!! ピカピカちゃん427枚でリタイヤです!! 彼は……いや、彼女? は何者だったんでしょうね……。にしても虹色パスタだけ食べていればもっと記録は伸びたと思われるんですが……。残念ですね~!!!」
実況は我に返って叫んだ。
会場中は観客に迷惑をかける選手がいなくなって、ようやくリラックスして観戦できるようになった。
「おっと!! 次に早いのはゾンゾ選手だ~。おなかはパンパンだがまだはいるまだ入る入る!」
「うんめ。うんめ。辛い、爽やか、甘い、スッキリ、ホロ苦ビター、スパイシー、塩味!! うんめうんめ!!」
司会が叫ぶ。
「ゾンゾさん400枚越えました!!」
フレリヤは彼を横目で見てふと、失った記憶が断片的に蘇ってきた。
(そうだよ……確かこいつら腹がへると土ても雪でも片っ端から食ってったような気がする。だからあたしたちロンテールは環境破壊がしんどくなって、こいつらを狩って食ってたんだな!!)
フレリヤはおもわずゾンゾを見てよだれを垂らしたが、さすがにこらえた。
「次いで皿の枚数384の枯れ樹さんもいい感じですね~」
メキメキと根と枝の擦れるような音がしている。
だが、環境音みたいなものなので、謎の光の球体の与える影響に比べれば可愛いものだった。
「そしてポポノンちゃん!! 256皿の時点で体中がパンパンだぁッ!!」
ミーアスアスは激しく手汗をかいていた。
手だけではない。脇もぐっしょりと濡れている。
「や~ん 見ないで~!!」
彼女は舞台袖に全力疾走で引っ込んでいってしまった。
すぐにスタッフが着替えを用意すると早着替えしはじめた。
そうこうしているうちにも食戦士達は食べ続ける。
その時だった。ポポノンがぷく~っとふくらんで空中に浮かび始めたのである。
風船がみるみるうちに小さくなっていくように、彼女も見えなくなりそうだった。
こんなことも想定してか運営に吹き矢の達人、風射のゼゼマという人物がスタンバイしていた。
彼は肉眼で1mmくらいにしか見えない距離まで宙に浮いた少女を見事一発の吹き矢で狙撃した。
穴の空いた彼女からは食べ物が飛び散ったが、ミナレートの結界ですべて弾かれた。
彼女自身は破裂した風船のように近海へと吹っ飛んでいった。
着替え終わって一息ついたミーアスアスは声をからしながら叫んだ。プロ根性である。
「あー。あ~↑あ~↓ んじゃ、実況再開しま~す!!」
広場は再びの実況の登場を暖かい拍手で歓迎した。
「失礼しましたッ!! じゃあ続きいくよ!! 今の所、ピカピカちゃんとポポノンちゃんがギブアップです。他の人はまだいけるみたいですね!!」
「う、う~ん。お腹いっぱいなンダナ。もうおらぁ……ふぁ~~~~」
そういうと雪男のゾンゾは横になったあと、まん丸になってその場で眠ってしまった。
これだけ騒がしいのによく眠れるものである。
仕方なくその丸い体を数人がかりで雪だるまのように転がして彼をステージからのけた。
「はぁ……はぁ……ゾンゾ選手、リタイヤです……」
ミーアスアスの疲労はピークに近づいていた。
残っているのはフレリヤ、枯れ樹、レールレール、リーチェ、ヌーフェンだけになった。
「はぁ……はぁ……」
彼女はとうとうこらえきれずに倒れ込んだ。
すぐにスタッフがそばに寄ったが、彼女は片足立ちで立ち上がり、継続のサインで首を左右に振った。
Drストップはすでに出ている。だが、彼女はやり通す気だった。
「くっ…………」
とうとう彼女はペタンとアヒル座りになってしまった。
「はっぁはぁっあ……現在の……お皿の……枚数は……」
近づくフィナーレにむけてシーカル広場は最高潮の盛り上がりへと迫っていった。




