トロンボ坂で会いましょう
クラスメイトのレーネは悩んでいた。自分の魔術のスランプに陥っていたのである。
彼女の魔術はボーリング・ボミングというものだ。
オーラで練り上げたボールに指を入れ、それを対象に向けて投げる。
そして炎上、爆発させるものだ。マナボードと同じく競技として腕を競われているたりもする。
そのボーリング・ボミングだが、ここのところどうも狙いが上手く定まらない。
その不調がクラスメイト達には伝わっているようで彼女を気遣う声が上がっていた。
中でもガンは彼女に気があるだけあって、そわそわしているようだった。
だが、彼は彼女に何か声をかけるでもなかった。そういうところは臆病と言うか勇気がないのだ。
今日の放課後もレーネは校庭の端の練習用スペースでトレーニングに励んでいた。
しかし、やはり狙いが定まらずに的から外れた土手を爆破してしまう。
両膝に手をついて汗をかきながら短めの小倉色の髪を垂れた。
いかにもアスリートといった風体である。
見守りに来ていた女子数人が話しかけた。
「なぁ、こういう時は無理しても良くないって。気晴らしでもしたらどうだい?」
同じクラスメートのクラティスがそう声をかけた。
腕を組みながらファーリスも彼女を案じる。
「そうだな。焦る気持ちはわかるが、焦れば焦るほど上手くいかないこともある」
調理師の服を着たミラニャンも彼女を気遣った。
「美味しいスイーツ作るから皆で一緒に食べようよ!」
カルナもそれに同意した。
「あまり根を詰めすぎるのは良くないアル。美味しいものを食べるのはあたしも賛成アルよ!」
カルナに関しては下心が透けて見えたが、皆、心配してきてくれていることに変わりはない。
「みんな……。そうだね。今日は切り上げようか」
彼女は肩を落としていた。落胆しているのがはっきりとわかった。
だが、練習場に背を向けると彼女は明るく振る舞った。
全く落ち込んでいないというわけではなかったが、彼女のアスリート的なメンタルは強かった。
この程度であきらめる様子ではなく、がっしりとした芯の通った安定感がある。
だから、クラスメイトたちも心配こそすれど、彼女がくじけることはないだろうと安心して見守ることが出来た。
彼女のスランプは今まで何度かあった。
ボーリング・ボミングのスランプは誰にでもやってくる。
そのかわり、決まってスランプの後、テクニックが上がるというジンクスがあったりする。
だから多少辛くともレーネ達プレイヤーは耐えることが出来ていた。
その日のお夕飯はミラニャンの美味しい手料理で幸せな気分に浸った。
クラティスから気晴らしでもしたらどうかと言われたので、次の日の放課後は練習を休んでカフェ・カワセミへとやってきていた。
(普段こんなオシャレなところ来ないからちょっと緊張しちゃうな……)
服もブラウスにスカート、スニーカーといったシンプルでスポーティーな出で立ちである。
アシェリィとはセンスが似ていて、華美なものより機能的でシンプルなものを好んで着るタイプだ。
お一人様なのでなんとなく気を使って色の薄目なサングラスなどかけてみた。
(んー、何を頼むかな……。確かここはジュース類が充実していたはず……。ケーキとかもあるのかもしれないけど太っちゃうからなぁ……。昨日甘い物いっぱいたべたしなぁ……)
メニューを見て頼むものを決めるとレーネは店員に注文した。
「すいません。このスパーク・クラーケンのドリンクを」
「かしこまりました」
少しするとパチパチと電流のようなものが流れ、デビルフィッシュの足のようなものが入った黄色のドリンクがやってきた。
(うわ、ゲテモノ頼んじゃったかなこれ……)
おそるおそるジュースに口をつけると甘さと同時にピリピリというシビれが口に広がった。
「あちち……」
だが、不思議と病みつきになりそうな風味でレーネは二口、三口と飲んだ。
吸盤のついた謎の足もかじってみる。まるでクラスのニュルみたいだななどと思いながら口にした。
(これは……もぐむぐ……結構おいしいかも♪ う~ん斬新!!)
ジュースを味わいきって一息つくと彼女は深くため息をついてイスに深くよりかかった。
「はぁ、部長は気にするなって言ってたけど、そりゃ全く気にするなってのは無理な話だよね。しんどすぎるかって言われればそこまではいかないんだけどさ……」
そんな事を考えているとどこからか視線を感じる気がした
サングラスを半分下ろして辺りをうかがうと同じクラスのガンが来ていた。金髪なのでよく目立つ。
(へー、意外。ガン君もこういうお店来るんだ……。ま、私も人のことは言えないけどね……。にしても誰か探してる? こっち見てるような気も……ま、気のせいか)
レーネは観察そこそこにサングラスを掛け直し、再びメニューを見始めた。
(せっかくだし、あと一、二杯飲んでから帰ろうかな。今日はもうトレーニングする気起きないし……。こうやって何もしない一日ってのも新鮮だなぁ。たまにはいいかもしれない……)
リラックスしながらゲテモノ混ざりのティータイムを楽しんでいるとなんだかカフェの隣の通りが騒がしくなっていた。
女性の悲鳴まで聞こえて来たのでこれはただごとではないとレーネはテーブルを立って、カフェのとなりのトロンボ坂を見上げた。
ここはミナレートでも急な傾斜であることで知られている。
事故や事故未遂が絶えないとは聞いていたが、まさか出くわすとは思わなかった。
坂のてっぺんに大きな氷の塊が見えた。少しずつ、路面の上を滑りながら下ってくる。
その大きさは通り一杯に広がっており、逃げる隙間は無かった。
「アイシキュート・ゴーレムの滑り止めが外れちまったよ!! 皆、逃げろ~!!」
商人風の男がそう叫んだ。
「何アレ……こっちに滑ってきてるじゃん!! 何とかしなきゃ!!」
正義感の強いレーネは真っ先にそう思った。
自分のボーリング・ボミングとは相性が良いし、うまく行けば氷のゴーレムを吹き飛ばすことが出来るはずだ。
だが、氷塊はそこそこな速さでこちらへと迫りきている。
しかも今の自分はスランプ真っ只中。
調子のいい時なら造作も無いことだが今の自分が投げれば他の場所に被害が及びかねない。
彼女は二の足を踏んだ。
その時、カフェから誰かが飛び出した。
「いくぜッ!! マッドネス・ギアーーーーッッッ!!!」
「あれは!! ガン君!!」
少年のポケットから飛び出した小さな歯車は一気に巨大化して坂を登っていった。
そしてアイシキュート・ゴーレムを食い止めるようにぶち当たった。
歯車の中心の空間に乗り込んだガンが力を込める。
マッドネスギアーはギャリギャリと路面をひっかきながら踏ん張った。
だが、氷のゴーレムの周辺は路面が凍り、歯車が滑ってしまっていた。
ガンは振り向いて身を乗り出しながら叫んだ。
「レーネさん!! はやく……ボーリング・ボミングでこいつを……!!」
「でも!! でも今の私じゃ―――!!」
「俺の知ってるレーネさんはそんな事言わないっす!!」
その言葉を聞いてハッとした。そうだ、これは私らしくない。
ガンは立てた親指を歯車の間から突き出した。
「ガン君、ありがとう!! 私、やるよ!!」
レーネは瞳を閉じて拳を顔の前に持ってきて集中した。
エネルギーを練るようにしていると指を覆うようにボール型のオーラが出現した。
「一球入魂ッ!!」
まるで鶴の首がしなるような美しいフォームでボミング・ボールが放たれた。
食い止めていたガンはボールと入れ替わりで歯車を縮小しつつ横っ飛びで離脱した。
大きな爆発がトロンボ坂で上がった。
レーネの狙いは完璧で、周囲に被害を出さぬままアイシキュート・ゴーレムのみの破壊、蒸発に成功したのだった。
ガンは大丈夫だろうかと彼女は辺りを見回した。
すぐに道の脇に座り込んでいる彼を見つけて近寄った。
「ガン君!! 大丈夫!?」
彼は回避に成功していて、特に怪我などは無かった。
心配するレーネをよそに彼は声をかけた。
「へへっ。出来たじゃないっすか。脱スランプっすね!!」
言われてみてレーネは気がついた。自分の腕を見つめる。
「え、あ、そっか……そうだよね!!」
彼女はその手をガンに差し出した。
彼はと言うと服で手を拭ってから、こっ恥ずかしげに手を引いてもらって立ち上がった。
チラチラと彼女の顔をうかがいながら尋ねる。
「よ、よろしければお茶して帰りませんか……」
「あはは。何? 急にかしこまっちゃって。ガン君って面白いのね」
今回の件でレーネのスランプは今までがウソのように克服できた。
ガンはレーネとの距離がちょっとだけ縮まっていい思いをした。
そして、ガリッツの件や今回など、事故が多発していたトロンボ坂は通行できる重量に制限がかけられ、安全な道になった。
それでも急なこのトロンボ坂で海岸オレンジを落とすと拾うのに苦労するのだが……




