催眠御三家の襲撃
アシェリィ達のクラスに新たな科目として”中世ライネン史”、”魔術学理論Ⅱ”、”古代アンレー語解読”が加わった。
だが、その三科目の講義になるとまるで倒れるようにクラスメイト達は眠りこけてしまっていた。
しかし、ただ退屈だからという理由にしては眠る生徒の割合が多すぎる。
全体の8割近くの生徒が講義中に眠っているのではないだろうか。
アシェリィは悪いなと思いながらも班員達に頼み込んだ。
「ふぁ~ぁ……。ごめん。さっきの講義、寝過ごしちゃったよ。誰かノート、とってない?」
「ふふふふふぁ~あ……。ぼぼぼぼっ、僕も、ねねねねね、寝ちゃったよ」
「わたくしもですわ。どうもこの講義は眠くて眠くて……十分睡眠はとっているはずなんですけれど……」
ガリッツは机に突っ伏したままだ。
唯一、イクセントだけが完璧にノートをとっていた。
アシェリィは思わず彼を褒めた。
「イクセント君、すごいね。あ~、いや、すごいっていうのもなんかアレなんだけどさ……」
褒められた彼は非情にもノートをパタリと閉じた。
「ゴマをすっても何も出んぞ。ノートの写しは全部自分でやれ」
アシェリィはそれを聞いてがっくりと肩を落とした。
「そ、そんなぁ……そこをなんとか!!」
しぶとく喰らいついてくる彼女に少年はため息を吐いた。
「ハァ~……。お前ら気づいてないのか?」
アシェリィ、フォリオ、ノワレは不思議そうな顔をした。
“気づいていない”とは何に関してなのだろうか。
イクセントはノート類をまとめてカバンに入れつつ、こっそりと話した。
「いいか、”中世ライネン史”、”魔術学理論Ⅱ”、”古代アンレー語解読”……この三科目の教授は全員、講義に催眠系の呪文をこっそり練り込んできている。だから、抗魔で催眠呪文を無効化しないとちょっとやそっとの事では起きていられん。僕は抗魔を講義中に展開してるってわけだ。やり方は……自分で調べるんだな。このまま、何の疑問も無しに寝てる連中は単位を落として再履修だからな」
イクセントは荷物をまとめると無言のままツカツカと歩いて教室移動していった。
アシェリィ、フォリオ、ノワレは互いに目を合わせあった。
「そっか……だから皆、あんなに寝てるんだね。それに気づくイクセント君もすごいと思うけど……。でも肝心の抗魔のやり方までは教えてくれなかったね。私達でなんとかしないと!! 放課後、図書館に行って調べてみようよ!!」
ガリッツは講義が終っても爆睡していた。
アシェリィ達は放課後、図書館にやって来た。
課題などで何度も来てはいるが、相変わらずここは広い。
地上立ては塔のように高く、ダンジョンめいた地下室も存在する。
文献を見つけるのに手こずったり、うっかりしていると迷子になってしまう。
一応、図書館案内人もいるのだが、建造物の造りが複雑過ぎて彼らに頼っても迷うことしばしばである。
「え~っと……催眠魔法の抗魔の項目の棚は……。ここか!」
アシェリィは本棚を見上げた。この分類だけでも数え切れないほど本がある。
「こここここ、こんなにあるの……」
ノワレ、フォリオと協力して文献を読み漁ることにした。
かなり長いこと本を読み、苦戦したがとりあえず一つ、それらしいものをノワレが見つけた。
「これとかどうですの? 定期的に音を立てて催眠をかけるという魔術ですわ」
三人は該当の講義を振り返った。
そういえば”魔術学理論Ⅱ”のバーラー教授には黒板をコンコンコンとノックするクセがある。
文献を読んだ今ではあれはクセではなく、催眠呪文だったのではないだろうかと思えてきた。
「それで、抗魔の方法は?」
ノワレがページをめくる。
「あら、これは簡単ですわね。”相手が立てた音を真似る”だそうです。つまり、バーラー教授が黒板を叩いたら自分の机を同じリズムで叩けばいいということですわ。」
アシェリィは笑顔を浮かべて親指を立てた。
「いいね!! できれば心当たりのありそうな催眠魔法をあと2つは見つけたいね。頑張っていこう!!」
再び三人は書籍漁りにもどった。
しかし、内容が難しい本もかなり多く、解読自体が困難な専門書もかなり多かった。
「う~ん……これとかどうかな。黒板の文の文末に必ず句読点をつけるっていう催眠魔法。かなりイヤらしい魔法だなぁ……。誰か使ってるかも。覚えておくといいかもしれないね。対処方法は……自分のノートの文の文末にも句読点をつける……か。基本的にはお返していく感じなんだね」
フォリオもそれらしいものをみつけた。
「ごごごごごご、語尾をぜぜぜぜ全部、ののののの、”の”にする催眠法……。たたたたた、対処方法はてててて、手のひらにゆゆゆゆゆ、指でののの”の字”を書いて飲み込むとか。おおおおお、おじいさんのせせせせ先生とかがつつつつ、使うかもしれない」
それからも三人は頭を捻りながら外が暗くなるまで本を調べ続けた。
その結果、難易度の簡単なものから難しいものまで10近い催眠魔法と、その対策を調べることが出来た。
調べていて思ったのだが、複数の催眠魔術を並行して織り込むことも出来るわけだ。
格上が格下に向けて放っているというのもあるが、もしそれに無抵抗で挑めばほぼ確実に眠らされてしまうだろう。
催眠呪文に関して一言もなしにこれとは、意地の悪い教授陣だなとアシェリィ達は苦笑いを浮かべた。
そして早速、抗魔を試すチャンスが来た。
それは”古代アンレー語解読”だった。
教授のノッポー教授が声を出しながら黒板に縦線を引いていく。
「えー、古代アンレー語解読のコツですが……。まずひとつ目。毎日欠かさず書くこと」
次に二本目の縦線を引いた。
「次に必ず、発音して練習すること」
そして最後に三本目の縦線を引いた。
「文法を逆さまから読み直すことです」
アシェリィ、フォリオ、ノワレは図書館での本の中身を思い出していた。
(―――縦線を横に並べて三つ引く。これは催眠魔法のサイン!! 対処方法は自分のノートに横線を縦に並べて三つ引く事!!)
今まで気にもせずに居たが、ノッポー教授は講義中、箇条書きにこじつけて執拗にこの魔法をかけてきていた。
当然、対策をしていない生徒たちはバタバタと眠っていく。
ただ、使ってきた催眠魔法は生徒に解かせようとするような簡単なものばかりだった。
無知というのは恐ろしいもので、授業終了開始から間もなく、クラスメイト達の7割ほどが眠ってしまっていた。
授業が終わってイクセントは前、後ろの席、そしてクラス全体の様子をうかがった。
自分たちの班はガリッツ以外は全員、起きたまま着席していた。
ガリッツはというと泡風船を吹きながら爆睡していた。
他のクラスメイト達は案の定、全体の7割近くが眠っていた。
イクセントは何か言いたげだったが、そのまま振り向いた。
「フン……」
ノッポー教授が忍び足でこちらの班へとやってきた。そして小声をかけてきた。
「この班は優秀ですね~。あぁ、人に伝えたくなるかもしれませんが、催眠魔法については以後、他の生徒には教えないでください。無意識のうちに自分が魔法にかけられている事を体感するための講義でもありますので。魔法をかけられた際のリカバーまで含めての講義なのです。ここで危機感を感じるかどうかによって実際に被害を被るかどうかが決まりますからね。さて」
教授はパンパンパンと三回、乾いた拍手を鳴らした。
すると同時に眠っていた生徒が起き出したではないか。
彼らにとってはまるで何事もなかったかのように”居眠り”して講義は終わったのだ。
残りの二課目”中世ライネン史”、”魔術学理論Ⅱ”も催眠魔法について調べたことが役に立ち、何とか眠らずに講義を終えることが出来た。
最初は抗魔を発動させるので精一杯で講義の内容が頭に入ってこなかった。
だが慣れるとスラスラと抗魔発動できるようになり、講義についていけるようになった。
こうしてガリッツ以外は皆、この通称”催眠御三家の講義”を突破したのだった。
それはそうとガリッツは他の普通の講義でも寝ている気がするが果たして大丈夫なのだろうか?
なんとなく心配するアシェリィだった。




