創雲を継ぐ者達
オルバは渋い表情で顔をしかめながら"奥の手"を語り始めた。
「い~や、方法がないわけではない。私がいつも雲を打ち出している風属性の幻魔に頼んで、雲の弾丸に包まれて生身のまま移動する。一気にロンカ・ロンカ近郊まで飛んで行く方法だよ」
生身のままと聞いてファイセルに衝撃が走った。オルバは俯きがちに続ける。
「そういうわけでクラウド・バレッタをロンカ・ロンカまで届くように打ち出すにはかなり強烈な力を加えなければならない。これが一番大きな問題だね。いくら雲の壁に守られているからとはいえ、結構しんどい。とても大きな負荷がかかる」
ファイセルは思わず固唾を飲んで話に聞き入った。
「無事に着地出来るかもわからない。着地の方法も幾つかプランはあるけど、どれも危険なものばかりだ。現地についた時、君が動けるような状態を保てるかは全くの未知数。さすがに人間を打ち出した試しはないからね。それに君は肉体強化も、治癒魔法も使えないというのが厳しいところだ。万が一の場合に命を落としかねない」
普通なら怖気づくところだが、すぐにファイセルは答えを出した。
「それでも可能性があるなら僕は行きます!! リーリンカのほうがよっぽど辛い思いをしているのだから!!」
これにはオルバも感心したようで、またたくましく成長したのだなと弟子の成長を再確認した。
「いいだろう。 君ならやれると私は信じているよ。君を涙をのんでロンカ・ロンカへ必ず送り出してみせよう。で、いつ行くんだい?」
ファイセルはコインを一番大きな布袋に詰めながら笑顔を返した。
「もちろん!! 今すぐに決まってるじゃないですか!!」
笑顔を見せつつも不安な感情を抱いているのはオルバからみてもリーネから見ても明らかだった。
それでも彼は覚悟を決めているようだった。
「待ちなさい。私が君にリーネを送った時に用事があると言ったのを覚えているかね?」
ァイセルはしばし手を止めて思い出したがすっかり忘れていた。
「いえ、すいません。覚えていませんでした。用事とは……?」
「ここにくる途中に場違いな女の子がいなかったかい? 女の子にしては珍しく釣りなんかしてる娘がさ」
ファイセルはすぐに察しがついたようで、オルバに聞き返した。
「あの娘がどうかしたんですか? リーネに敏感に反応してましたけど」
オルバは振り向きざまにファイセルに向けて指を差した。
「そう、そうなんだよ~。彼女は見かけによらず意外と無茶をやる娘でね。お転婆やって私の肝をヒヤヒヤさせているんだよ。誰かが見てないと危なっかしくてね~。何か事故でも起らないうちに弟子として迎え入れようと思うんだけど」
ファイセルは意外な顔をしてツッコミを入れた。
「師匠が自分から弟子を取るなんていうのは珍しいですね。そういうの、めんどくさいんじゃなかったんですか?」
オルバはやれやれといった顔をしながら窓の外を眺めた。
「まぁ後学の育成は何かと人の役に立つもんだと君を見て思ったからね。できる限りのことをやるのが筋ってもんだろう。私の師匠なんか私に代役が務まるとわかったら湖をほったらかして、どこかへ行ってしまったよ。『余生を面白おかしく生きるヴァカンスの始まりだ!!』とか言ってね。全く無責任な爺さんさ」
すぐにリーネが口を挟んだ。
「マスター、彼女はあなたに会いたがっていましたよ。なぜすぐに会ってあげないんです?」
「う~んそうだね~。魚釣りは根性だめしみたいなもんだから。あれを釣り上げられないくらいではその先の困難を乗り越えられないと思うんだよね……それに、釣りに熱中しているうちはいきなり冒険とかしないだろうからね」
それを聞いていたファイセルは師匠がコパガヴァーナを食べたいだけなのではないかと勘ぐってしまった。
「ああ、それで本題だ。きっと彼女は私の手に余ってリジャントブイルに入学することになる。その時、彼女をミナレートまで連れて行ってやってくれないかと頼みたかったんだよ。まぁまだしばらく先だけどね」
ファイセルは弟子が増えそうな件に続いてまた驚かされた。
「いいですよ。でもドラゴンバッケージ便を使えば護衛は必要ないんじゃ……?」
オルバは渋い表情になった。
「各地に住む動物、モンスター、精霊、悪魔、天使とかそこらへんの自然界に溶け込んでいる幻魔を集めながら旅をしないと契約できる数が少なくてね。”幻魔は足で集めろ”なんて格言もあるくらいだ。さすがに勉強だけして試験に望んだら落ちるからね。知っての通りリジャントブイルは実技優先だから。試験に備えて使役できる幻魔は一匹でも多いほうがいいのさ」
その時、何かフサフサしたものが窓の外から首を突っ込んでくる。
「アルルケン、アルルケンじゃないか!!」
窓から首を突っ込んできたのは体長3mはあろうかという青灰色の狼だった。
「お前が帰ってきたのにすぐに旅立つってんで見送りにきてやったんだよ。全く、慌ただしいヤツだな」
アルルケンと呼ばれた狼は呆れたようにファイセルに喋りかけた。このアルルケンもオルバの使い魔である。
人語を解し周辺の住人たちにはポカプエルの丘周辺を守護する“丘犬様”として親しまれている。
基本的に人前には出ないオルバと住人を繋ぐパイプ役でもある。
「わざわざ見送りに来てくれたんだね。こいつぅ~」
ファイセルが幻魔の顔に抱きついて毛並みを撫でると彼は視線を逸らしたが、まんざらでも無さそうだった。
「オレが乗せて行ってやれる場所なら良かったんだが、さすがに空は飛べん。すまんな。無事を祈ってるぜ。じゃ、オレはそろそ……んっ、窓枠から首が抜けん」
オルバとファイセルはそれを見て思わず吹き出して大笑いしだした。リーネもつられて笑い出す。
「オルバとリーネ様はかまわねぇがおめえは笑うんじゃねぇよ。ぬぐっ……」
アルルケンはまだ抜けそうになかった。
「まぁ、アシェリィのことは後でいいや。そういうわけでファイセル君、そういう頼みがあるわけだから、君が無事に帰ってきてくれないと困るんだ。健闘を祈るよ。それはそうとちょっとこっちへ来てよ」
オルバが手招きするのでアルルケンをひとまず放置して、オルバの方へと向かった。
「君、一度街に顔を出してから実家に寄らずにここに来ただろ? なんか街の話を聞いてるとそんな雰囲気だね」
オルバはカップの中のお茶を指さした。水属性のチャットピクシーを介して村人の会話を聞き取っているのだ。
青みを帯びたお茶、アザリ茶が存在している家や場所の会話が聞こえてくる。
「なんか盗み聞きしてるようで悪い気もするが、別に誰々さんがどうこうという話を聞いても直接私が当人に会ったり、情報を漏らしたりするわけじゃないからね。今となっては別世界の話を聞いてるように錯覚しているよ。まぁやや怪しい自己正当化だが、何か異常やその兆候があれば対処してるわけだし多少は大目に見て欲しいね」
アザリ茶は南部では頻繁に飲まれているお茶なので、色々な場所や家庭と繋がっているようだった。
特に今は昼時なので、そここの家庭でアザリ茶が淹れられている。
いくつもの家庭の会話をザッピングするとどこの家でも神童についての話題で持ちきりだった。
「さて、さすがに実家に挨拶もなしに出かけていくのは考えものだ。危険な旅になるし、しっかり家族には挨拶しておいた方がいい。きっと君が直接帰ってくるだろうと思っているだろうし」
オルバは淡く青く透き通ったアザリ茶が注がれたカップに集中した。
あまりにも多い会話からファイセルの家を見つけるのは困難だと判断して聞き取りをやめた。
「あ、そうだ。水道を介してリーネを君の実家の住所に送れば問題ないな。無駄な時間を食ってしまった」
オルバはリーネを水道の蛇口にくっつけた。すると彼女は蛇口へ進入していった。
「こうやって君と通信してたんだよ」
しばらくして手応えがあった。ビンの水面に波紋が広がる。すかさずオルバが声をかけ始めた。
「あ、あ~あ~。聞こえますか。私はオルバ・クレケンティノスの使いの者です。私の声が聞こえますか?」
少しの間、静寂が部屋を包んだ。次の瞬間、応答があった。




