クラスメイト達の杞憂
アシェリィとシャルノワーレがポヨパヨの訓練に入った直後、ナッガン教授はクラスメイトに連絡をしていた。
「―――と、いうわけでアシェリィとノワレには訓練に入ってもらう。これは二人が講義中にも関わらず揉めたことに対する処罰……いや、課題だ。原則としてリジャントブイルでは生徒間の問題は生徒間の自主性に任せることになっている。が、教授が手を出してはいけないという決まりも無い」
教授は教卓をドンと両手で叩いた。生徒たちの注目が集まる。
「つまり、厄介事を起こせば俺の裁量次第でどうとでもなるということだ。ただ、誤解しないで欲しいのは俺は決して暴君ではないという事だ。理不尽で不必要な課題を設けるつもりもないし、無理難題を課すわけでもない。ただ、もし今回のケースのように課題を課せられる事があるのなら、どうしてそうなったのか諸君各々の心に聞いてみることだな。以上で今日のHRは終わりだ。さて、二人はいつ頃帰るだろうな……」
彼は震え上がる者たちを前ににんまりとした横顔を残して教室を出ていった。
クラス中はざわついていた。主を失ったアシェリィとノワレの座席が一際目立つ。
そんな中、クラティスはぼやいた。
「ちぇっ。課題を受けるのはノワレだけで良かったんじゃないの? 理不尽だよなこんなの」
百虎丸はその意見に対して思ったことを喋った。
「ふむ。確かにはっぱちゃんをこき使った彼女が悪いのでござるが、今回の一件はアシェリィ達の班のチームワークにも深く影響しているでござるからな。あの二人の関係性は根本からどうにかしないといけない段階まで来ていたのでござろう。きっとナッガン先生も苦渋の決断だったと思うでござるよ」
同じ班のフォリオは慌てていた。
「こここここ、こんな時、いいいいい、一体どどどどど、どうすれば……ああああ、アシェリィ……」
その後ろの席に座るイクセントは椅子に座ったまま振り向いて吐き捨てるように言った。
「フン。お前はどうもしなくていい。……阿呆二人組か。お似合いだな。精々、頭を冷やしてくることだな」
彼は全く心配していないといった様子である。
ガリッツは何が言いたげに両方の真っ赤なハサミを持ち上げてバチンバチンと鳴らした。
2~3日でポヨパヨの訓練を終えると思っていたクラスメイト達は日付が過ぎるにつれ二人を心配し始めた。
訓練の内容はだいたいクラス中に伝わっており、その難易度がミドル(中等部)レベルだと言うこともまた伝わっていた。
スララは二人の体調を心配して頬に手を当てた。
「もウ、ふタりがクんレんヲうケて、シばラくタつワ……。そウとウふカがカかッてイるンじャなイかシら……」
ドクは真剣な顔つきでメガネをクイッと上げた。
「確かに。ポヨパヨの訓練は卵のラリーを続けることと聞いています。まだ出てこられないということは体を酷使しているはずです。休める場所はあるでしょうが、連日続けるとなるとやはり負荷がかかるでしょうね……」
田吾作はたまらなく憂鬱だと言った様子でつぶやいた。
「あんりゃあ……ノワレは大丈夫だっぺか……。心配で野菜も喉を通らねぇでよぉ……」
意外とそういうところはデリケートだなと話を聞いているメンバーは思った。
タコの亜人のニュルは足で力こぶを作ってみせた。
「まぁアシェリィもノワレもガッツあるからな。心配しすぎんなって。今頃、あいつらなりに死力を尽くしているはずだぜ」
他のところでもクラスメイト達が話をしている。
女子達は集まって今回の件について語っていた。
真っ赤な髪のリーチェは複雑な表情だ。
「あたし、正直ノワレの事、嫌いだったけどこうなっちゃうと流石に気の毒っていうか。やっぱ戻ってきて欲しいとは思うよ。嫌な奴なりに」
ファーリスも同じようにピアスをいじりながら同意した。
「確かに、尋常じゃない傲慢さではあったけど、いないとなると寂しいかも。今は無事に戻ってきてくれればいいなとは思うよ」
レーネも前の二人に続いた。
「私も嫌な子だなって思うことあったけど、急に人が変わるわけでもないしね。あんまネチネチするのもどうかと思うから今は割り切ってるよ」
カルナは渋い顔をして首を左右に振った。
「アイヤー、皆お人良しアルね。かくいう私もいざ居なくなってみると何かが足りないというか。ま、私もお人好しということアルね……」
ミラニャンも意見を述べた。
「私……ノワレさんって決して悪人では無いと思うんです。ただ、不器用というかなんというか……。だからどこか憎めないんだと思います。クラスのスパイス的な存在というか……」
ヴェーゼスは微笑みながら腕を組んだ。
「あらあら。結局のところ皆、なんだかんだで心配してるのね。甘ちゃんだ事。でも、もちろん私も心配しているわ。二人とも、今頃どうしているのかしら……」
カークスはやや無責任な感はあったが。無邪気に笑みをみせた。
「まーまー。今までだってなんとかなってきたんだし、きっと二人ならなんとかなるっしょ!!」
男たちも二人のことを考えていた。
熱血漢のガンは言う。
「なぁ、アンジェナ。訓練の結果が気にならないか? こういう時は占わないのか?」
彼は否定の意志を示した。
「さすがに命が惜しいんでね。ここぞという時にしか占わないのさ。もっとも、今回の二人に関して言えばきっと心配せずともなんとかなると俺は思うね。だから占う必要も無いのさ」
「ふ~ん、そういうもんなのか」
レール・レールは本を片手にアンジェナの発言に対して話した。
「……連中を信頼している……という事か? ややクサいが、そういうの、嫌いじゃないぜ……。俺も何かを信じるのは嫌いじゃない。俺たちに今、出来るのはおとなしく待つことだな」
キーモはおろおろしながら瓶底メガネを拭いた。
「それにしても、もう3~4日は経つでござるよ。一体二人がどんな環境で挑戦しているのかも気になるところでござるな。それに、あの二人のことでござる。激しくぶつかっているのでは……?」
グスモはキーモとは対照的に落ち着き払っていた。
「いやぁ、ノワレの嬢ちゃんはああ見えてやる時はやるからな。いつまでも無駄にやりあってるってこたぁねぇと思うぜ」
ポーゼスは無口なタイプだったので黙って話を聞いていた。
ドアライアドの亜人、はっぱちゃんは祈っていた。
(あぁ……私のせいで……。どうか、二人とも、無事に帰ってきて……)
クラスで交わされた話題の内容はノワレに関するものが多かった。
アシェリィはある程度しっかり者として見られていたので、あまり心配する声は上がっていなかった。
しかし、同じチームとは言え、クラスメイトにはあの二人が息ピッタリになるという想像が出来なかったのである。
ノワレの傲慢が足を引っ張るのではと彼らは心配した。
だが皆が考えていた問題は杞憂だった。
アシェリィとノワレが仲良くなっているだけに留まらず、ノワレの人当たりが明らかに柔らかくなったのである。
彼女を煙たく思っていた生徒達もこれには驚いて、態度を改めるようになった。
時々、ポロッと傲慢が顔をのぞかせることはあるが、それでも以前に比べれば遥かにいい。
ノワレ自身はあまり意識していなかったのだが、自然と交友関係も広がり、友人が増えたのだ。
適度にツンツンを残した彼女は美少女な見た目とカリスマ性も相まって男女問わず人気が上がった。
その変化を見ていて、アシェリィはまるで自分のことのように喜んだ。
死にそうな思いをしてポヨパヨの訓練を乗り切った甲斐があるというものだ。
それに、彼女に頼み事や注意をする時、アルルケンに頼らなくても良くなったのも進歩だった。
ようやく脅す関係から信頼関係へと切り替えることが出来たのである。
”キレると本当は怖い”自分を演じる必要が無くなったことによってアシェリィの肩の荷は降りたのだった。
もっとも、その頃にはお転婆だが協調性のある心優しいリーダーという評価がついていたのだが。
ただ、やるときには危険を恐れずにやるという評価も同時に付いていた。
これに関しては本人にあまり自覚はない。
以前から人に指摘されることはしばしばあったので、そういうものなのかと思う程度だった。
もっともそれは冒険者の資質の一つであったので、アシェリィとしてはまんざらでもなかった。
それが彼女を危険に駆り立てるリスクを上げることになるとは思いもせずに。




