真夜中のシンクロニズム
ポヨパヨの卵の訓練は三日、四日と続いて五日目に入っていた。
五日も教室から居なくなっていればクラスメイト達からさぞかしキツイお仕置きを受けていると思われている頃だろう。
二人はぶっ続けでラリーを繋いでいた。
「「297!!」」
「「298!!」」
「「299!!」」
「「さんびゃく!!!!」」
いよいよ二人のラリー回数は300を超えた。そのまま気を緩めること無く打ち合いを続ける。
すると徐々に卵に変化が現れ始めた。ブルブルと震え始めたのである。
内側から何かが卵を突き動かし始めたのだ。
予測不能なこの軌道に二人は焦った。
ノワレが頭から飛び込んで斧で卵を受けて返すとアシェリィは幻魔ヒスピスの背でふんわりとそれを受けた。
しかし、しっかり捕らえたにも関わらず、今度は卵がつるりと滑るように移動した。
結果的に卵は宙に投げ出された。ここからの位置ではノワレがキャッチするのは苦しかった。
だが、なんとか壁を蹴り、戦斧を壁につきたてて卵が壁に衝突するのを防いだ。
閉鎖空間の大部分をカバーできる巨大な戦斧だから出来る芸当だった。
そのまま掬うようにして斧で卵を押し出す。
「リフレクティング・ミグ・ブルーライト!! サモン!! クリュレー!!」
飛んできた卵を水玉のような幻魔が包んだ。
この幻魔はまるでクッションのように弾力性がある大きな水滴の塊で出来ている。
何に使うかの判断が難しかったが、こういった飛んできたものを保護するという局面では使い道があった。
タイミングさえ上手く行けば高所からの落下などにも耐えうるはずだ。
あまり長時間、接触していると割れてしまうのでアシェリィは早めにクリュレーでめり込む卵を弾いた。
ノワレは素早く戦斧を壁から抜くと卵を待ち構えた。
「これなら!!!」
キャッチを確信した彼女だったが、卵の動きに意表を突かれた。
「なっ!?」
目標はひょいっと斧の平たい面をかわすとそのまま壁に突っ込んで粉々に割れてしまった。
中身はなにもない空のままだった。
二人はラリーに自信がついてきただけあって、今回のミスというか事故にはショックを受けた。
「自分で動くなんて聞いてないよ……」
アシェリィはアヒル座りで思わずへたりこんでしまった。
ノワレも流れ出る汗を拭うでもなく、戦斧を構えたまま壁にもたれかかった。。
「しばらく休もっか……」
アシェリィの提案でその後、二人はおよそ半日の長めな休息をとった。
だが、休んでいる間も、一体どうしたらこの状況を打破出来るかで頭がいっぱいだった。
心身ともに疲労も蓄積してきている。
それに、半日休んだ程度ではベストコンディションまではもっていけなかった。
再び二人は居住スペースから閉鎖空間に戻った。
アシェリィは頬を叩いて自分に活を入れた。
「考えていたのだけれど―――」
ノワレが考え込んだ表情で作戦を立て始めた。
「お!!」
思わず期待の声がアシェリィから上がる。
「ラリー数が300前後を越えると卵が逃げ出すということはわかったわね。だけれど、あの時、わたくしは卵を待ち構えていたのですわ。それがいけなかったのです。こちらから仕掛けて、卵の自由を奪ってしまうしか無いのですわ」
ノワレは身振り手振りをつけながら続けた。
「つまり、相手が回避行動を取る少し前に風圧などを起こして卵を吹き飛ばしてしまえば良いのですわ。そして、卵が自由に動けずのけぞっている間にラリーを続ける。ラリーにかかる手間と疲労はかなり上がるでしょうけどやはりこれしかないと思いますわ。触れなければ卵は割れないのですから余裕がある方が風を当てればなんとかなるのではありません?」
アシェリィはそれを聞くと笑顔を浮かべた。
「いいねぇいいねぇ!! いける気がしてきた!! 私はヒスピスを喚び出すよ。羽ばたけば風圧で卵を飛ばせるはず」
蒼く腹の白い美しい鳥が腕にとまる。大きさはライネン・タカより一回り大きい。
鳥族の幻魔、ヒスピスは長いこと愛用しているため、消耗するマナが少なく済んでいた。
会話をすることは出来ないが、指示を出せば聞いてくれる。
どんな事が出来て、何が得意なのかもわかっている。
長時間続くこのラリーには最適なチョイスだと思えた。
「じゃあ、いきますわよ!! まずはラリー300回突破を目指しますわ!! せーのっ!!」
ノワレは軽くパピヨーネ・アクシュエで卵を打ち上げた。
この狭い空間で思い切りこの戦斧を振るとアシェリィに当たりそうになるのだが、今は息があっていた。
互いに当てない、当たらない間合いが体に染み付いた感がある。
打ち上がった卵はアシェリィの頭上に飛んできた。
「いけ!! ヒスピスッ!!」
鳥の幻魔は頭上の卵を背中で器用にキャッチするととんぼ返りしてノワレの方向へと戻った。
そして今度はノワレの頭上で背中の卵をゆっくりと落とした。
おちてきたそれを彼女は斧の平たい部分で受け止めた。
そのまままっすぐまた卵を打ち上げる。
ラリーは至って順調でこの戦斧とヒスピスのパターンはほぼ完成していた。
卵が内側から揺れるようになったということはこれで十分、孵化のエネルギーはチャージできているはずだ。
二人は汗だくになりながら再び300回に近づきつつあった。
「「297!!」」
「「298!!」」
「「299!!」」
「「さんびゃく!!!!」」
「そろそろですわよ!! 気を緩めないでくださる?」
アシェリィは真剣な顔つきでコクリと首を縦に振った。
ヒスピスで落ちてきた卵をキャッチしようとしたときだった。
ひょいっと卵はヒスピスを避けて落下の動きに入った。
ノワレは打ち返しているのでもう触ることが出来ない。もし触ったのならば卵は割れてしまう。
アシェリィは素早くヒスピスに命令を出した。
幻魔は卵の下に潜り込んで仰向けになり、思いっきり上空めがけて羽ばたいた。
するとふわりと卵が風圧で浮き上がった。
「今だッ!! そのまま掬い上げてノワレに届けて!!」
蒼い鳥はうまい具合に背にターゲットを拾い上げ、ノワレの頭上に落とした。
彼女はその場でしゃがんだまま動かない。何か考えがあるらしい。
ノワレと同じ目線くらいに卵が来ると控えめに戦斧を振って風圧を起こした。
卵は天井ギリギリまで飛んでいった。ハラハラしたが、ぶつからずには済んだようである。
彼女はこのギリギリのラインを見極めようとしたのである。
ふわふわと浮き上がっている間にノワレは斧で卵を打ち込んだ。
彼女の作戦は的中していた。こちらが風圧を起こしている間、向こうは回避行動を取ることが出来ないらしい。
外部からの衝撃を受けるとショックで動けなくなるようだった。
「やりましたわ!!」
「やったぁ!!」
ラリーを続けながら二人で喜びあった。
「でもまだ気を抜いちゃダメだね!!」
「ええ!!」
その調子でラリーは続いた。心なしか卵の揺れが大きくなってきた気がする。
打ち合い自体には影響がなくラリーは続いた。
しかしミス無しで続けてもなかなか卵は孵らない。
だんだん集中力は切れてきて、うっかり卵を落としてしまった。
あれから何回か300回を越えたが、524回が限界で二人は倒れるように眠ってしまった。
その日の深夜、アシェリィはノワレの手のぬくもりで目を覚ました。
ノワレもアシェリィの手のぬくもりで目を覚ました。
閉鎖空間で二人は無意識に指を絡めて手を繋いでいた。かつてない集中力とシンクロを感じる。
溶け合ってまるでひとつになるような感覚である。
ここから出られないのではないかとあれだけ焦っていたのに、今はひどく心が静かだ。
まさに明鏡止水と言ったところだろうか。
互いに言葉をかわさぬまま、真夜中だというのに阿吽の呼吸でラリーを始めた。なぜだろうか、二人とも漠然と「今ならやれる」と思ったのだ。
100、200、300と難なくカウント数が増えていく。
400、500とまだ増えていく。ついに過去最高の524回を越えた。更にラリーは続く。
回数が643回を越えた時だった。卵が発光してついにポヨパヨが孵化した。
それはピンクのフワフワな毛が生えたつぶらな瞳の魔法生物だった。
ポヨパヨは着地するとポンポンと床を跳ねていた。
二人は感動や喜びよりも先に疲れがやって来てしまい、再び二人揃って寄り添い、その場で眠りこけてしまった。
翌朝、昨日のあれは夢だったのではないかとアシェリィもノワレも思ったが、確かに魔法生物は孵化していた。
呑気にポンポンとその辺りを跳ね回っている。
居住スペースで休んでいると朝日が差し込んできていた。
閉鎖空間に戻るとナッガンの声が聞こえてくる。
「二人ともおはよう。それが魔法生物ポヨパヨだ。正直、この課題はお前らには厳しいかと思ったのだが、よくやったな。閉鎖空間からは晴れて解放だ。今は……入ってから六日目の朝だな。やや長めだが上出来だろう。クラスの連中も心配しているぞ。顔を見せてやれ」
夢ではなかった事が確認できるとアシェリィとノワレは思わず狂喜するように抱き合って喜んだ。
同時に脱力し、笑いながらも揃ってへなへなと座り込んでしまった。
こうして赤ジャージ二人組の閉鎖空間生活は幕を閉じたのだった。
ナッガン教授はマギ・レコードの録画を一緒に様子を見ていたラーシェに向けて語りかけた。
「人間、追い詰められると未知の力を発揮することがある。まさに今回の二人のシンクロはそれだと言えるだろう。未知の力……いや、馬鹿力か……」
ラーシェは笑って頬を掻きながら返した。
「はは……。流石に馬鹿力は酷いんじゃないでしょうか。でも、あの二人、あんなに仲良くなって……。前がウソのようですよ」
ナッガン教授も満足げに首を縦に振った。
「うむ。これなら講義中にやりあうような事もなくなるだろう。おそらくドライアドの問題も解決だ。今、アシェリィがノワレに言って聞かせれば言うことを聞くだろう」
結局、今回の訓練の発端となったはっぱちゃんの扱いはこれを期に良い方向へと向かった。
ノワレは素直に彼女に対して謝罪をし、二度と下に見てこき使うような真似はしないと約束をした。
そしてクラスメイト達も彼女にはしっかりとした意志があることが伝わった。
言葉には出せないが色々と考えているということを改めて皆が認識することとなった。
樹の亜人、ドライアドの少女は木の幹の体に緑の葉っぱを揺らせて、嬉しそうに周囲の人々を癒やすのだった。




