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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter4:奇想天外!! 摩訶不思議!! 魔術学院ライフStart!!
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こわばった手のひらを解く

“ポヨパヨの卵”の課題は二日目に突入した。


朝起きて顔を洗いノワレと顔を突き合わせる。


ツンとそっぽを向くのはいけすかなかったが、いつまでもこのままでは閉鎖空間から出られないままだ。


アシェリィはこらえて笑顔で返した。


クローゼットに着替えが数着用意してあったが、全て赤ジャージだった。何かの当てつけなのだろうか。


仕方なく、今日も真っ赤なジャージを着て課題に挑むことにした。


昨日、散々卵をぶつけ合っていくつかわかったことがあった。


卵の大きさは一定で、拳二個分ほど。鶏と比べるとだいぶ大きな卵だ。


これだけのサイズがあれば部屋の中で見失うということは無さそうである。


ただし、人影や物の陰に隠れない位置ならばだが。


次に、二人の間を交互にラリーしないと卵は割れてしまうということ。


片一方がトスを上げてから卵を自分で受け止めたり、長時間触れていても卵は割れてしまう。


これはかなりシビアで常にラリーしていないと卵はその形状を保てないという事だ。


更にこの卵は人の感情に酷く敏感らしい。


荒ぶった心で触れようとすると軌道がずれたり、逃げるように転がってしまう現象を確認している。


ここまでわかればあとはラリーを続けるのみだが、一体何回ラリーが続けば卵がかえるのかは全くの謎だった。


これに関してはナッガン教授は何も言っていなかった。


なので、こればかりは卵との根比べといったところだろうか。


ここに入った直後はレクリエーションか何かだと思っていたが、蓋を開けてみればこれは心身の鍛錬を目的とした修行に近いものだった。


一日目とは違い、アシェリィとシャルノワーレの表情は緊迫していた。


入った頃はまだ甘えがあって、遊び半分だった。


だが、自分の置かれた状況がわかるにつれどんどん二人の顔つきは険しくなっていった。


その心の波長を卵が察知しないはずもなく、今日は朝から卵に逃げられっぱなしだった。


昨日くらいに気が抜けていればまだしも、このストレス下では当然、卵は寄ってこない。


「だめだよノワレ……。しばらく休憩しよう……」


卵を追いかけ回して疲弊したアシェリィはどっかり座り込んだ。


巨大な斧を振り回しているノワレも消耗が激しく、アシェリィと背中を合わせる形で座った。


「ハァッ……ハァッ……」


エルフの少女の額から汗が伝って鼻の先端から一滴が落ちる。


たまたまだったが、二人が背中合わせに座ることになった。背中越しに相手の鼓動が伝わる。


すると卵がラリー不可能だった部屋の隅からふわふわと部屋の真ん中へと漂ってきた。


「ノワレ!! あれ!!」


少女は卵を指さした。


「くッ!! こんのっ!!」


立ち上がろうとするノワレの腕をアシェリィは強く引いた。


「待った待った!! この調子だよ!! まずはこの感覚を体に染み込ませなきゃ!!」


引き止められたノワレは肩に斧を立てかけたまま再び座り込んだ。


頭上から降ってきた卵をアシェリィがサモナーズ・ブックで突きあげるようにトスで浮かせた。


そのままふわふわと卵は相方の方に飛んでいく。


それを今度はノワレが斧の柄でアシェリィに向けて浮かし返し、ラリーが成立した。


背中越しに人肌と変わらない体温と鼓動が伝わってくる。


アシェリィは強く握っていた腕を緩め、こわばったノワレの手のひらを解くように触れた。


「えっ?」


彼女が驚いたような顔をする。心なしか頬が紅い。


「わたし、エルフの人の身体ってもっと冷たいんだと思ってた。でも、違うんだね。私達とそんなに変わらないんだ」


手を重ねたまま、軽いラリーを続けながらノワレとの会話は続く。


「あ、あら、心外ですわね。それじゃまるでエルフが人外のような言いぶりでしてよ。これでもカホの大樹……母さまが人間への親愛から人を真似てお作りになったのですから……」


アシェリィはノワレと講義で言い合いになった時に言った一言を思い出して謝った。


「”樹から生まれたから人の心がわからない”なんて無神経な事、言ってごめんね。そうだもんね。私達、人間とあなたたちは変わらないんだものね。亜人だってそう」


ノワレはそれを聞くと首を左右に振った。


「いいえ。わたくしも雑種は言いすぎましたわ。確かに里では人間を雑種扱いしていますが、外に出てきてわたくしも思いましたわ。人間もそう悪いもんじゃないって。まぁ気に食わないところは数え切れないほどありますけれどね」


卵が二人の間をふわふわと浮かぶ。


「ははは。ノワレがワガママで傲慢過ぎるだけなんだって。リーダーとして、いや、個人としてそこはもうちょっとなんとかしてほしいな」


苦言を聞いたノワレは振り向いてそれに返した。


「な、なんですって!? あなたね!!」


彼女が声を荒げると同時に卵は逃げていき、閉鎖空間の壁に衝突して粉々に割れた。


「ほら、そういうところだよ。皆、口には出さないけど、あなたのそういう態度には困ってるの。だからここで私とぶつかってるうちは他の人にも迷惑がかかるはず。わかるでしょ? 卵はクラスメイト以上に正直だよ」


アシェリィは卵を指で受けて割る動作を繰り返していた。


「わかりましたわ。まずは貴女との息を合わせることから始めましょう。そうすれば人付き合いがわかって自ずと傲慢で無くなるのですわね? これでよろしくて?」


アシェリィはにっこり笑いながら頷いた。


先ほどと同じように二人は瞳を閉じ背中同士を密着させ合って、互いの体温や鼓動を感じた。


手を重ね合えば相手の心が少しわかるような気がした。


そうしていると卵が出現した。ふわふわと降下してくる。


先ほどと同じようにサモナーズ・ブックと戦斧で軽くつつくようにしてラリーが始まった。


しばらくその安定した姿勢のまま卵をやり取りしていたが、全く手応えがない。


そうしているとナッガンの声が聞こえてきた。


「おはよう諸君。だいぶ進展したようだな。言うのを忘れていたのだが、卵がかえるには相応のエネルギーが必要だ。そうやって座りながら無難な状態でラリーを繰り返しても卵はかえらんぞ。ある程度、激しく打ち合う必要がある。それといつかえ)るかはラリーをする者次第。およそどれくらいと言えるものでもない。ただ、間違いなく持久戦にはなるだろう。覚悟しておくように」


ナッガンの説明を聞いて二人は気合を入れ直した。


卵が降ってくる。今度は逃げるような素振りがない。


ノワレは思いっきり戦斧パピヨーネ・アクシュエを振った。ブンと風をきる音がする。


アシェリィは思わずそれを避けようとしゃがんだ。


戦斧は閉鎖空間の壁ギリギリで卵を捉えた。微妙な力加減で割らないように斧の上に卵を転がす。


「あっぶないなぁ!! 無茶するよほんとに!!」


「いきますわよっ!!」


そのままノワレは斧を振りかぶって卵を全力でアシェリィめがけて打ち込んだ。


アシェリィは焦った。このままでは卵が体に触れて割れる。


もしくはサモナーズ・ブックに触れて、衝撃で割れるかしか考えられなかったからだ。


そんな時、社会科見学で同行したハーヴィーのアドバイスが脳裏をよぎった。


「ピーコック・パーツ・クリアランブルー・サモン!! ヒスピス・エッジ!!」


サモナーズ・ブックの表紙にヒスピスの羽だけが生えた。


部分的に幻魔を召喚するのが有効な時があるとハーヴィーに教わったのを思い出したのだ。


いい感じに卵は本の表紙の翼で衝撃を和らげられ、ふわりと宙に浮いた。


(今度は……軽く落としますわ!!)


斧の平たい面でこするようにして卵を床めがけて打ち付けた。


このままでは取りこぼして落としてしまう。すぐにアシェリィは召喚した。


「サモン!! レイズアップ・ニュー・グリーン!! ラーダ・ラーダ!!」


サモナーズ・ブックから草のツタのような幻魔が出現した。


ツタの幻魔ラーダは拾い上げるように地面すれすれの卵を打ち上げた。


「ノワレ、卵の勢いが強すぎるよ!!」


「流石に卵相手に弓を持ってくるわけにもいきませんですし、武器の特性上、勢いとパワーがついてしまうのはしかたないですわ!! 出来る限り勢いを殺してみますから、しばらくの間、耐えてくださる?」


アシェリィは無茶言うよとばかりにわしゃわしゃと頭を掻いた。


閉鎖空間を赤ジャージの二人組が舞った。


それまでは衝突したり、息が合わなかったりしたが、努力の成果もあってか、50回はラリーが続くようになってきた。


しかし、そのあたりまで行くとどちらかの集中力が切れて、卵を落としてしまっていた。


だが、いがみ合うことはもう無かった。


“どちらが失敗しても互いを責めないこと”という約束を結んでからはぐっとラリーの成功率はぐっと上がっていった。


それでも全く卵が割れる気配は無かった。


ナッガンはかなりの時間をここで拘束させる気に違いなかった。


容赦ないのは今に始まったことではないが、それにしてもあんまりだと二人は思った。


ただ、終わりの見えない訓練ではあったが、目に見えて腕前が上がっていくのは体感できた。


ずっと出られないのではという不安感はその頃には全くなくなっていた。


二人揃って必ずここから出る。アシェリィとノワレはそう決心するのだった。


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