お揃いの真っ赤なジャージ
なかなかアシェリィとシャルノワーレは仲直りしなかった。
ここに来て互いへの不満が爆発したからという理由が大きい。
このままではチームの運営に支障が出ると思われたナッガン教授は二人を呼び出した。
「先日はキュンテー教授の講義で派手にやったようだな。キュンテー教授は単位をくれるつもりでいるようだが、俺はそう思わない」
それを聞くなり、二人はギョッとした表情になった。
「もし単位が欲しければ俺の出す課題も達成してもらう。確かに説教と反省文は終わっているが、それだけでお前らの仲が良くなったとは言えんからな。仲がいい……? いや、仲は悪くてもかまわん。ただ、チームワークに問題がなくなるまでは課題をやってもらう」
ナッガンの出すお題である。絶対に厳しいのは目に見えていた。
「二人で協力し、魔法生物ポヨパヨの卵を孵化させてもらう。密閉された空間で交互に卵を打ち合って、それを卵が孵るまで続けてもらう。ただし、手や足、生身で卵に触れるのは禁止だ。密閉空間にはなにか一つだけ、道具を持ち込むことが出来る。それを使ってラリーを繰り返すのだ」
教授は腕組みしながら二人の様子をうかがった。
二人とも暗い表情をしている。何か追加の話に怯えている風でもある。
「ポヨパヨの卵は割れやすい。閉鎖空間の壁に触れれば即、粉々になってしまうし、力加減を誤ってもあっさり割れてしまう。ただ、卵はいくつ割っても構わない。それと、出来る限り早く課題を達成できるように卵を孵すまでは二人とも閉鎖空間で共同生活してもらう。嫌でもチームワークを磨かねば外には出られんというわけだ」
聞いていた二人の不満はまたもや爆発した。
「そ、そんな~!!」
「こんなお方と共同生活なんてありえませんわ~!!」
反抗を全く恐れる様子無く、ナッガンは不敵に笑った。
「見ろ。早速、クリアから遠ざかっているじゃないか。お前らがどれだけ嫌がろうと、卵を孵さぬうちはどうにもならんのだ。講義の欠席の手続きは俺が取っておくから精々、真剣に取り組むことだな。じゃあな」
気づくと既に教室は出口も入り口もない閉鎖空間になっていた。部屋の大きさも変化している。
部屋は狭く、教室と言うよりはスポーツかなにかで使う小さめコート程度のサイズだ。
横広さは両手を広げれば大人三人分、天井に至っては本気でジャンプすればかする程度だろうか。
体に違和感を感じて二人はペタペタと服を触った。
服装がお揃いの真っ赤なジャージに変わっているではないか。
「うわ~、だっさ~……」
「最ッッ悪のセンスですわね……」
別室である女性がその様子を見ていた。
「あちゃー、あの二人、アレで大丈夫なのかなぁ……」
セミメンターのラーシェである。ナッガンと共に彼女らを見守っていた。
「にしてもナッガン先生も意地が悪いですよね。毎度与える課題がシビアっていうか。ポヨパヨの卵なんでミドルの課題ですよ?」
意地が悪いとは心外だとばかりに教授は反論した。
まぁ確かに半分くらいは生徒しごきが楽しいというのもあるが、無闇矢鱈に難題を与えているわけではない。どのくらいなら克服できるかを考えるのは案外難しいものだぞ?」
ラーシェは閉鎖空間の映像を指さしながら言った。
「と、言うことはあの二人ならこの課題を乗り越えることが出来るって先生は考えているんですか?」
ナッガンは腕を組み、渋い顔をして首をコキコキと鳴らした。
「いや、今回はかなり厳しいと見た。だが、そうでもしないと二人の溝は埋まらん。あとはあいつらの起こす”化学反応”次第だな……」
真っ赤なお揃いジャージの二人に声がかかった。
「お前ら、持ち込みたい道具を思い浮かべろ……」
ナッガン先生の声が聞こえる。
アシェリィはサモナーズ・ブックを、ノワレは巨大な戦斧、パピヨーネ・アクシュエをそれぞれ念じた。
次の瞬間、二人の手には念じたアイテムが握られていた。
「よし、それじゃあいくぞ。一個目の卵だ」
ノワレ側の頭上から淡いピンク色をした卵が落ちてきた。
「ほっ!!」
彼女は斧を横に構えて平たい部分で受け止めようとしたが、卵にはヒビが入ってしまった。
すぐに卵は粉々になってしまった。
「ちょっとノワレ!! いくらなんでも斧は無理があるんじゃないの?」
「んもう!! うるさいですわね!! 次はしっかりやりますわよ!!」
二人は真剣そのものだったが、思わずナッガンとラーシェは笑ってしまった。
「やってるやってる。くくく……。って笑っちゃいけないんだけどさ……」
ナッガンも首を縦に振りながらニヤリとしている。
「ここまで予想通りにぶつかられるとなると、つい、な」
今度はアシェリィの頭上から卵が降ってきた。
(生身以外ならOKって事はサモナーズ・ブックで受け止めるのもアリなんだろうけど、いくらなんでもそりゃ無茶かなぁ。ならば!!)
「ピーコック・クリアランブルー!! サモン!! ヒスピス!!」
アシェリィの頭より一回り大きな美しい蒼い鳥が出現した。
ヒスピスは背中でうまい具合に卵を受け止めて衝撃を和らげた。
「へへ~ん。ほらパス~~~」
ヒスピスは上昇しつつ、ノワレの頭上に卵を落とした。
「ほっ」
今度はノワレも見事に斧でバランスを取り、卵をキャッチした。
そのまま勢いをつけてアシェリィに卵を投げ返した。
「あわわっ!! うわっ!!」
あまりの勢いに驚いて、彼女は顔をサモナーズ・ブックで覆った。
結果、卵は粉々に砕け散ってしまった。
「やったな~!!」
「こんのッ!!」
二人はそんな感じで一時間位は卵をぶつけ合っていた。
その頃にはナッガンもラーシェも別の用事で監視ルームから離れていた。
「はぁはぁはぁ……。ねぇノワレ、こんなのじゃいつまで経ってもこっから出られないよ……。悔しいけど、協力しなきゃ……」
「ぜぇぜぇぜぇ……。貴女が頭を下げるというならば考えてもよろしくてよ?」
アシェリィは半身を起こして首を左右に振った。
「違うんだ。違うんだよ。どっちが上とか下とかじゃなくて、気持ちを合わせることが出来なければ、突破できないようにここは出来てるんだ。少しでもそういうわだかまりがあるときっと卵は割れちゃうんだよ……」
それは薄々とノワレも感じていたようだ。
二人がこじれればこじれるほど、卵は明後日の方向へと飛んでいく。
「あー、もうわかりましたわ!! いいでしょう。ならば協力いたしますわよ。さ、さっさと課題を終わらせてこの悪趣味な部屋から出ますわよ!!」
珍しくノワレが手を差し伸べてきた。
早くここから出たいあまりの歩み寄りに思えなくもなかったが、それでも協力してくれるというなら前進である。
アシェリィはジャージで手を拭うとひしっとノワレの握手を握り返した。
ただ、卵はというとかなり敏感でやはり互いにイラつきあったりするとするりと逃げるように飛んでいってしまった。
まるでこちらの心を読んでいるようである。
単に落ちてくる卵をラリーするというのとは全く異なる趣旨の課題であると二人は気付かされることになった。
いくつ卵を割ったかわからなくなってきた。
魔法生物だからか、跡形もなく破片は消滅して何一つ後には残らない。
閉鎖空間は来たときと同じ、綺麗な状態のままだった。
気づくと二人は疲れのあまり、大の字になって眠りこけてしまっていた。こうして一日目が終わった。
幸い、生活ブロックが付属しているようで、そこで食事をとったり、風呂にはいったり、別々のベッドで眠ることは出来た。
そこで寝食を共にし、英気を養った二人は改めて”ポヨパヨの卵”の課題に挑戦するのだった。




