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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter4:奇想天外!! 摩訶不思議!! 魔術学院ライフStart!!
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何が"ノーブル"だって言うのさ!

ナッガンのクラスの人間関係はおおむね良好だった。一部を除いては……。


「ほら、あなた、ヤキソバパン買ってきてくださる? あ、代金はツケでお願いいたしますわ」


口調は丁寧なものの、それは使いっ走り以外の何物でもない。


エルフの美少女、シャルノワーレは樹の亜人であるドライアドの”はっぱちゃん”に向けてしょっちゅう命令し、こき使っていた。


ちなみにドライアドには個々を識別する名前という概念が存在しない。


しかし、それでは不便だろうということでアシェリィがつけた名前が”はっぱちゃん”である。


彼女のネーミングセンスの無さが丸出しだったが、命名された本人はまんざらでも無さそうだった。


そんな彼女だったが、文句一つ返すこともなく、ノワレの言いなりになっている。


目に余る関係に思えるが、どうもカホの大樹の元のヒエラルキーではこれが自然体らしい。


彼女の故郷ではもうこういった扱いが常態化しているのだろう。


根本的な価値観の違いと言い表すことも出来るかもしれない。


きっと、まばたきをするのと同じくらい、エルフがドライアドを下に見るのは当たり前なのだ。


「喋りもせず、意思表示もしないのだから、こき使おうがどうしようがこちらの勝手である」とはノワレの談だ。


カホの大樹ではそうかもしれないが、ここは学院である。


アシェリィは何度か怒る態度をチラつかせて、ノワレにその態度を改めさせようとした。


だが、まるで息を吸うように彼女はドライアドを顎で使った。


今まではアシェリィが怒りをちらつかせて抑止力を行使していたが、それも効果が薄れてきた。


アルルケンの制裁である氷海ツアーからだいぶ期間が経っていたからだ。


それに、あれ以来、アシェリィが本気で怒ったことは無かったというのもある。


おそらく、ノワレは彼女がよっぽどの事をしないとブチ切れないだろうとたかをくくっているのだ。


それはそれで頭に来るのだが、本気で怒ったところでもうアルルケンはび出せない。


それがバレると更に相手を調子づかせる事になりかねず、迂闊に怒るわけにもいかないという複雑な状況になってしまっていた。


教室で窓の外を見てため息をついているとはっぱちゃんがこちらへやってきた。


(アシェリィ、気にしてくれてありがとう。でも、いいのよ。これがエルフとドライアドの当然の関係なのだから……。私はなんとも思ってないわ。だから気にしないで……)


そう彼女は微笑んだ。


(いや、やっぱりこんなの間違ってるよ!! それに、ノワレは他の人に対しても傲慢が過ぎるよ。それだとノワレ自身のためにならない。やっぱり班長の私がビシッっと言ってやらないと、ずっと調子に乗ったまんまだと思うんだよ)


幻魔を介して念じる。はっぱちゃんとの無言の会話は続いた。


エルフの生態については当然、はっぱちゃんのほうが詳しいので色々と話を聞くことが出来た。


エルフは基本的に自分で身の回りのことはしないらしい。


樹の亜人のドライアドや妖精、その他の亜人に雑用を依存している。


家事も自分たちではしないらしい。


その時間をエルフ魔術の研究や、弓の鍛錬、狩りなどの娯楽に割いているという。


確かにノワレの行動パターンもその延長線である。


きっと彼女の寮はとっ散らかり、料理は一切作らず外食ばかりなのだろうとアシェリィは想像した。


そんな育ち方をしていれば現状のようになるのも致し方ない。


しかもノワレはノーブル・ハイ・エルフである。


ドライアドなどの亜人だけでなく、エルフもこき使っていただろうとはっぱちゃんは言った。


他人が存在すればさげすみ、こき使う。彼女はそういった歪んだ人間関係しか構築できていないように思えた。


アシェリィはますます頭を抱えた。話を聞けば聞くほど彼女を改心させる方法が見つからなくなっていくのである。


(う~ん。あの傲慢さや頑固さは尋常じゃないよね……。若干孤立しつつあるし、どうにかならないものかなぁ……。まだ間に合うと思うんだけど……)


その後もあれやそれやと二人で話し合ったが解決策は出なかった。


流石にどうにかしないとまずいと思ったアシェリィはクラスメイト達を頼り、密かに相談を続けて対策を練った。


だが、どの案も今ひとつといったところで、彼女の心に響くとは思えなかった。


エルフに詳しい者が少ないのだ。無理も無いことだった。


中には今のままでいいのではないかという者も居た。


エルフとドライアドのローカルな関係ではあるが、現地でそうなら他所でもそのままでいいのではという意見だ。


もちろん、そういった元々の関係性を尊重することもアシェリィは考えた。


だが、どうも今回の一件は尊重すべき関係とは言えず、悪しき風習だと思っていた。


そんなある日、生物の実習授業があった。


ふくよかな体型をした中年女性のキュンテー教授が教鞭きょうべんをとっていた。


「えー、今日、紹介する生物はヨウガン・カエルです。ライネンテ東部に生息するカエルで、落ち葉の下や岩の陰に潜んでいます。光を感知すると同時にマグマを吹き出してくる非常に危険な生物です。教壇の周りに生息環境を再現しました。席をゆっくり立って、ヨウガン・カエルを捕獲してください」


クラスメイト達が席を立って講堂の前の方に広がった落ち葉の森を探索し始めた。


そんな中、ノワレはやる気が無さそうにあくびを手で覆った。


「ふぁ~あ。つまらない講義ですこと。第一、なぜカエル捕りなんかしなきゃなりませんの? ドライアド。とっととカエルを拾いな―――!?」


ぐにゅっとした感触がする。ノワレがヨウガン・カエルを踏んづけたのだ。


カエルは威嚇してマグマ弾を吹いた。


「―――ッッッ!!!!」


誰もがエルフの少女に火球が直撃したと思った時だった。


はっぱちゃんがそれをかばったのである。


(きゃああああああああぁぁぁぁ!!!!! 熱い!! 熱い!!)


炎はまたたく間に燃え移り、ドライアドの根っこから青い葉までを覆って燃えた。


その悲痛な叫び声が聞こえたのはクラス内でアシェリィだけだった。


キュンテー教授は全く慌てる事無く詠唱した。


「ウォルタ・カレント・ウォルタフォルネイト!!」


燃える樹の上空に水の塊が出現し、まるで滝のように彼女についた火をすぐに鎮火した。


「医療班の要請、願います。はい。キュンテー担当の教室です。はい、ええ」


彼女が一言そう声をかけるとはっぱちゃんはすぐさまどこかへテレポートしていった。おそらく医務室だろう。


クラスメイト達は騒然としたが教授がパンパンと手を叩いた。


「ほらほら。油断していると隠れているカエルを踏むと言おうとしていたところだったのに。用心してくださいよ。もう入学してだいぶ経つんですから、しっかり自覚を持って取り組んでください。そんな態度で講義を受けてるとそのうち大怪我しますよ」


一同はまるで地雷原に放り出されたかのように足元を警戒し始めた。


ノワレは悪びれる様子もなく、水色の長い髪を手ぐしでとかした。


「ふん。たかがドライアドなんだからわたくしをかばって当然なのですわ。”あれ”がどうなろうと知ったことではありませんね」


何気ない一言だったが、それはアシェリィの耳に入って感情を爆発させた。


普段なら我慢したり流すことは出来るが、はっぱちゃんのこのあまりに酷い扱いを黙って許すことは出来なかった。


アシェリィは仲間や友達が馬鹿にされるのは居ても立ってもいられないたちだった。


彼女は足元に潜むヨウガン・カエルを全く恐れること無く、ツカツカとノワレの前に歩み寄った。


そして詰め寄るように言い放った。


「いい加減にして!! あなたのその傲慢さにはもうウンザリ!! 今まではっぱちゃんが、皆がどういう気持だったかわかる!? もう少し相手を思いやることとか出来ないの!? そんなことも出来ないくせに何がノーブル・ハイ・エルフよ!!」


クラス中が唖然としたが、すぐにガヤガヤと騒がしくなった。


アシェリィの一言はクラスメイトが言いたかったことを代弁していたので、クラス中は盛り上がって沸いた。


「なっ……、あなた、今なんて!?」


アシェリィはノワレの喉元に指を突きつけた。


「何が”ノーブル”よ!! あなたみたいな高慢ちき、高貴でも何でもないって言ってるの!!」


ノワレは目をカッっと大きく見開いた後、すぐに汚物を見るようなしかめっ面を返してきた。


「あなたのような低俗な雑種が私のことを侮辱するですって? そんなのありえて? 否、絶対許されませんわ。撤回してくださる?」


アシェリィも負けじと憎たらしさを浮かべて反撃した。


「低俗な雑種って誰の事言ってるの!? 私だけじゃなくて皆のことも!? だとしたらあなたは何様なの!? エルフってそんなにエラいの!? 樹から生まれたから人の心がわからないんじゃないの!?」


それは禁句だったのか、ノワレの顔はひきつった。


よく言ってくれたとばかりに講堂内は歓声で溢れた。


二人は更にヒートアップしていき、言い合いながらどんどん顔が近くなっていった。


「なによ!?」


「なんだっていうのかしら!?」


そして、おでこを擦り合うようにぶつけて互いに威圧しあった。


「フン!!」

「フン!!」


同じタイミングで声を上げて二人はそっぽを向き合った。


皮肉にもこういうところは息がピッタリだったりする。


キュンテー教授は額に手のひらを当てて、顔を左右に振った。


「ハァ……。やれやれ……。手の焼ける生徒達ですね。そこまでになさい。これ以上やると二人とも単位を落としますよ。他の皆さんも静粛に。さ、早くカエル探しに戻りなさい。なお、二人は放課後、私のところに来ること。お説教と反省文です」


「そ、そんなぁ!!」


「なんでわたくしが!? ふっかけてきたのはそっちのイモ臭い小娘のほうでしてよ!?」


キュンテー教授の説教と反省文は厳しいと評判だ。二人はぐったりと肩を落とした。


この騒動の後、すぐにアシェリィははっぱちゃんのお見舞いに行った。


幸い、迅速な対応のおかげもあってか、彼女はごくごく軽症で済んでいた。


あの後の話をするとドライアドの少女はせつなさを浮かべた。


(アシェリィ……彼女を……許してあげて……)


(……あなたを、皆を軽んじる発言をどうしても許せなかったんだ。でもこのままじゃダメだとは思うんだけど、あれだけこっぴどくやりあっちゃったしなぁ……。すぐに仲直りするのは難しいかもしれないよ)


はっぱちゃんは目をつむり、うつむいていた。


放課後、アシェリィとノワレは机を横に並べさせられてお説教をされ、反省文を書かされた。


教授の注意も程々に、隣の席同士で再度ぶつかる二人。


今までもそこまで仲の良くなかった二人だが、ここにきて険悪の様相を呈するのだった。


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