久方ぶりの熱い握手
アシェリィはミナレートに帰った後、リーリンカとカフェ・カワセミでお茶をしていた。
リーリンカが東部出身だと聞いたことがあったので、アシェリィは事前に彼女に東部について聞いていたのだった。
それに対するリーリンカの答えはリコットのものと大差なかった。
そのため、それなりに覚悟していったつもりだったのだが、現実は非情だった。
「で、どうだった? 外法都市フォート・フォートは?」
東部出身の女性は肘をついて指を組みながらそう問いかけてきた。
「はい。リーリンカさんから伺っていたとおり浮浪者に、奴隷、麻薬、物乞い、スリ、マフィア……と想像を絶するすごいところでした。おまけに同じ班員にも東部の子が居て……」
アシェリィは伏し目がちな表情になった。
その報告を聞いたリーリンカは組んでいた手を解いて額に手を当てた。
「全く嘆かわしいことだな。私の出身はロンカ・ロンカと言ってな。そこは東部でも栄えている大都市だけあってそこまで酷くはなかった。とはいっても裏では奴隷商人や麻薬の売人が暗躍してたし、フォート・フォートとはそう変わらない。どんぐりの背比べといったとこなんだけどな……」
彼女はため息をつきながらアシェリィと同じように目線を下に落とした。
二人してブルーな気分に浸っていると誰かが声をかけてきた。
「おっ!! アシェリィじゃねぇか!! 久しぶりだな!! 元気でやってたか!?」
ばっと伏せていた顔をあげるとそこには懐かしの顔があった。
「あ~~~~ッ!! ザティス先輩!! ザティス先輩じゃないですか!! それはこっちのセリフですよ!! お元気でしたか!?」
彼とは王都ライネンテで別れたきり、もうかれこれ半年近くは会っていなかったことになる。
再会を喜んでいるとザティスは深く頭を下げた。
「王都じゃ本当にすまなかった。アシェリィにゃキツイ言い方をしちまったな。でもよ、おかげでオヤジやおふくろ……昔のクラスメイト達と復縁できたんだよ。出来損ないの留年魔の俺がだぜ? だから本当感謝してんだ。アシェリィの言ってたことは間違ってなかったってな」
大の男が頭を下げる。その様子を見ていた少女はどぎまぎした。
「ザ、ザティスさん。頭を上げてください。そんな、私こそあの時は無神経な事言っちゃって……。私も謝らなきゃいけません。ごめんなさい!! ……でも、皆さんと仲直り出来たみたいでよかったですね!! それに、出来損ないなんかじゃないですよ!!」
アシェリィが微笑みかけるとザティスは手を差し伸べてきた。
それをひしっと握り返して熱い握手をした。大きな手に触れると一緒に旅をしていた思い出が蘇る。
手を離すと彼の後ろに隠れるようにして誰かがいるのがわかった。
覗き込んでみると金髪で碧眼、スタイル抜群で整った顔立ちの女性がそこには居た。
「ああ、こいつは俺の彼女で元チームメイトのアイネだ。今日はたまたまデートでここに来たんだ。よろしくな」
紹介された女性は前に出てきてお辞儀をした。いかにもお上品な感じだ。
「こんにちは。初めまして。アイネ・クラヴェールです。よろしくお願いします」
彼女はにこやかな笑顔を浮かべている。上品でありつつも嫌らしさを感じられない。
どちらかといえば癒し系の雰囲気を強く醸し出していた。
「ふむ。これでアシェリィは元ファイセル班のチーム全員と会ったことになるな。これはもう他人事とは言えんな。アシェリィにも伝えておいたほうが良いだろう……。イスが余っている。ザティスたちも座ると良い」
リーリンカに促されてザティスたちは同じテーブルのイスに腰掛けた。
「で、だな。私とファイセルが結婚して、最近になってこの二人が付き合うことになったんだ。そうすると五人の元チームメイトのうち、ラーシェだけが彼氏ナシという事態になってしまっていてな。本人がそれを知って酷く落ち込んでしまっているんだ。どうにかならないものかと思っているんだが、どうも私達には為す術が無くてな」
三人は深刻な面持ちでどうしたものかと目線を泳がせた。
アシェリィはというとそれを聞いてここ最近、ラーシェが元気が無さそうに見えることに合点がいった。
確かに自分以外のメンバーが全員付き合っているとなると良い気がしないのは間違いないだろう。
ラーシェに恋人でもできれば話は別なのかもしれないが……。
これには思わずアシェリィも唸ってしまった。解決策がまったく思い浮かばないのである。
「と、いうわけで我々も頭を抱え込んでるわけなんだ。あ、くれぐれもこんな相談をしてることをラーシェに言うんじゃないぞ? それは傷心の彼女に塩をすり込むようなものだ。極秘扱いで頼むからな」
リーリンカは指を振って釘を差した。
「それはそうとお前ら久しぶりだな。帰ってきていきなり付き合うとか言い出した時は驚いたものだが……」
それを聞いてザティスがツッコミをいれる。
「人のことは言えないだろ。お前とファイセルが結婚して帰ってきたときなんて大パニックだったんだからな。手際よく婚姻チョーカーまで作るし、周りも騒ぎ立てるし、あの時は鎮火するまで随分時間がかかったじゃねぇか」
彼はリーリンカをつつくように宙を指で突いた。
「う、た、確かにそれはそうだが……。ま、まぁお互い様ということにしておこうじゃないか」
彼女はたじたじになりながら婚姻の証である漆黒のチョーカーをいじってお茶を濁した。
「まだ俺らは婚約指輪とかは作ってねぇけどな。そのうち作れれりゃいいと思ってるよ」
「ザティスさん……」
ザティスとアイネは視線を交わした。
それを見ていたアシェリィがぽつりとつぶやいた。
「あ~いいですね~こういうの。私も憧れちゃうな~」
なんだか視線が刺さるのを感じる。彼女は首を傾げた。
「ほぉ~。てっきり冒険が恋人かとおもってたが、アシェリィもこういうのには憧れるんだな」
ザティスも首を縦に振った。
「俺もてっきりそういうタイプだと思ってたんだが……。まぁ婦女子が色恋沙汰に憧れるのは自然なことだからな。アシェリィがそう思っていても不思議じゃねぇ」
勝手に恋愛とは無縁な扱いをされていて、彼女は心外に思った。
「そんな!! 私だって恋の一つや二つくらいには憧れますよ!!」
一同はなんとも言えないといった表情をした。
「それ、昔のラーシェにそっくりだぞ。こりゃ苦戦するなぁ……」
「ホントだぜ。ラーシェってまさにそんな感じだったぜ。確かにそのまま行くとアレだな……」
苦言を呈する二人を前にアシェリィは崩れ落ちそうになった。
「でっ、でも、ラーシェさんほど理想が高くなければチャンスはいくらでもあると思います。気を落とさないでください」
初対面のアイネがしっかりフォローを入れてくれたのでアシェリィは救われた気分になった。
「それなんだよ。あの理想の高い……というか異性を遠ざける性格はなんとかならないものかな。それさえなんとかなれば見た目は良いんだし、恋人くらい出来るとおもうんだがな」
リーリンカは腕を組んで足を投げ出した。
「自覚がないのが一番まずいな。そんな条件の揃った王子様みたいな男子なんてほぼ居ないぜ。理想が現実を追い越しちまってるんだよな」
ザティスはやれやれとばかりに頬を掻いた。
「わ、私はそうならないように肝に命じておきます……。なんか失礼な物言いですけれど……。でもなんでそんなに理想が高くなってしまったんでしょうか?」
アシェリィは元チームメイト達に聞いた。ザティスが答える。
「う~ん、多分、幼い頃から美人だっただろうから、相手が釣り合う釣りわねぇとかそこんとこの感覚がズレてるんだろうな。あとは根強い王子様待ちの思想だろうな。むしろ後者のほうが厄介かもしれねぇ」
思わず集まった面々はため息をついた。
あれやこれやと意見は出たが、この問題は一筋縄ではいかないのは間違いなかった。
気がつくと夕暮れ時になっていた。
なんとかしてラーシェを元気づけることはできないだろうかと、各々が勝手なお節介を焼くのであった。




