冒険譚の中の人物のように
いよいよ首吊りの樹との戦いが始まった。
まず先頭を切ったのはアシェリィだった。
マナボードで加速しながらネクロノミィ・トレントに猛スピードで突っ込んでいく。
「いけ!! かましたれアシェリィ!!」
ラヴィーゼが声をかけると彼女は片腕を上げて親指を立てた。
アシェリィのマナボードの腕前は部活に入ったことで更に洗練され、スピードも精度も高くなっていた。
「いくよ!!」
風を切りながらサモナーズ・ブックを開く。
「エンジェリック・シャイニーブラウン!! サモン!! ナハエル!!」
頁がパラパラとめくれてそのうちの1ページが開く。
すると蛾のような羽をした天使の妖精が出現した。
「まったく、貴女、人使いが荒いですね……」
「そこをなんとか!!」
全く速度を落とすこと無く首吊りの樹めがけて真っ直ぐにマナボードは滑走していく。
「アシェリィさん、大丈夫でしょうか……?」
ハーヴィーが心配そうにその様子を見つめているとラヴィーゼが自信ありげに笑った。
「大丈夫だって。あいつ、ああ見えてかなり肝っ玉が座ってるからな。幻魔の方も期待していいと思うぜ」
突っ込んでいくアシェリィはすぐにネクロノミィ・トレントの根本まで達した。
上を見上げると枯れ木にゾンビやらスケルトンやらがぶらさらがっている。
「これが……首吊りの樹……」
彼女は勢いを殺さずマナボードごとジャンプして、樹の表面を垂直に駆け上がった。
そして、樹のてっぺんにたどり着くと宙にジャンプしながらマナボードの技を決めた。
空中で体をクルクルと何度も回転させると同時に、黄金色に輝く鱗粉を辺り一帯にばら撒いたのだ。
「浄化の鱗粉・トーネーディア!!」
華麗に輝くその姿に他の三人は思わず見とれた。
しっかり着地を決めるとアシェリィはターンして一気に前線を離脱し、ハーヴィー達の位置まで戻ってきた。
マナボードで滑りつつ、ハーヴィー、ラヴィーゼ、リコットと立て続けにハイタッチする。
「へへん。やりー!! 気づかれはしたが、あの鱗粉の影響で不死者共の動きがかなり鈍くなったはずだ!! 下級の奴らなら体が溶け出してると思う。しかけるなら今だぜ!! あたしとハーヴィー先輩で雑魚を蹴散らすからリコットはタイミングを見計らって攻撃をしかけてくれ!!」
「りょ!!」
リコットはサモナーズ・ブックを構えたが、まだ多くの取り巻きがぶら下がっている。
今、不用意に近づくのはリスキーだと思えた。
「じゃあ、私も攻撃を始めます!! マッド・マッドロン・サンドカーク!! サモン!! ハンズ・オブ・マッディ!!」
ハーヴィーがそう詠唱すると地面から土で出来た巨大な手のひらが首吊りの樹のそばに出現した。
その手のひらはまるでハエを追い払うかのようにブンブンと本体を振り回した。
次々とぶら下がったままの不死者を叩き落としていく。
土の手はかなりの数の敵を押しつぶしたり、遠くへと弾き飛ばしてたりしていった。
「ヒューッ!! さっすがエルダー!! やっぱ格が違うな!!」
ラヴィーゼがおだてるとハーヴィーは”いえいえ”と手を振って謙遜した。
「これはゴーレムを召喚してるんですが、体の一部だけ集中して喚び出すと負荷が減って、威力と精度が上がるんです。完全な人型のゴーレムを維持するのはかなりコストがかかりますからね。一部だけ召喚するというのは、他の幻魔にも言えることですから覚えておくと良いでしょう」
そうしているうちにいよいよネクロノミィ・トレントに動きがあった。
飼っている死体が蠢き始めたのである。
ドサッ、ドサッっと地面に不死者達が落ちる不気味な音がした。
だが、明らかに立ち上がりが遅い。アシェリィの鱗粉が効いているのだろう。
肉体の腐ったゾンビ、骨だけで動き回るスケルトン、青白く光る骸骨のアルバッサが地面に落下して立ち上がった。
クラムダに関しては死体同士が混ざり合って翼を形成していた。
空を飛ぶ非常に厄介な人型の不死者だ。
ラヴィーゼがサモナーズ・ブックを構えながら詠唱した。
「そちらが空中戦ならこっちだって!! ダーク・パープラー・スケアリィ・ウィング!! サモン!! グラバラマ!!」
黒く丸い塊のような胴体に人間の口のような構造、そしてコウモリのような羽の生えた見た目の悪い幻魔が出現した。
だが手足や目玉がどこにも無い。これで周囲が把握できているのだろうか?
「こいつは墓場の土をこねりにこねって出来た力作だ。不死者を食いに行く性質を持ってる。目は無いが、匂いには敏感で死臭にはよく反応する」
ラヴィーゼはグラバラマをピタピタと撫でた。
「きょぴ……かぴくちゃた……むちぇ……ももももち……」
その幻魔は奇っ怪なつぶやきを残して飛びたった。
早速、宙に居るクラムダに喰らいついた。翼を食べてもぎ終わると次の不死者を狙う。
「対地戦力も欲しいところだな。もう一体くらい喚んでおくか。カオシブル・ブラッドレッド・サモン!! カルグリグザ!!」
今度は人の手の形の足が四本生えたウシのようなフォルムの幻魔だ。
1つしかない目がギョロリとアシェリィたちを見つめる。
「ひっ!!」
この幻魔にも前方に人間の口とよく似た構造の大きな口が付いていた。
「そんな怖がんなって。こいつも墓場の土から生み出した幻魔だな。あまり頭は良くないが、不死者に対する貪欲さと、パワーには光るものがある。いけ!! カルグリグザ!!」
ラヴィーゼが命令すると屍属性の幻魔は取り巻きに向かって突っ込んでいった。
「ぐあおおおおおおおおーーーー!! ぐがおおおおおおーーーー!!!!」
吠えながら物凄い勢いで突進していって、スケルトンにガブリと喰い付いた。
そしてバリバリと音を立てながら不死者を食べ始めた。
リコットがぼそっとつぶやいた。
「うわ~……エグぅ……」
この悪食には思わずラヴィーゼ以外の三人は顔をしかめた。
他の不死者がカルグリグザに取り付くが、立て続けに反撃で噛み付いてムシャムシャと食べていく。
「う~む。相手を喰うって設定は思ったより効果的だったな。属性が同じでもそれなりには効いているように見える」
彼女が戦況を確認していると取り逃したクラムダが飛んできた。
「ネイチュアリィ・コーラリィ・レッド!! サモン!! クリアリティ!!」
アシェリィが召喚したヒレの美しいピンク色の魚の幻魔は口から水弾を連射した。
「ギギャーッ!!」
水色に輝く弾は飛んできた敵に直撃して見事に撃ち落とした。
「サンキュー!! アシェリィ!!」
アシェリィはそれに手を振り返して答えた。
「くっ!! 中々攻め込めないし!! レベルの高いアルバッサがうまい具合に首吊りの樹への進路を妨害してるし!! あいつらをなんとかしないと本体に攻撃が出来ないし!!」
攻撃を焦るあまり、リコットはやや前線に出てきていた。
ハーヴィーがすぐに声を掛ける。
「三人共、距離が開きすぎです。私の位置に再集結して、立て直してください!!」
気づくとアシェリィ、ラヴィーゼ、リコットは樹を囲むような形でバラけていた。
まだ互いの距離を測るということが実践出来ていなかったのだ。
指示を聞いて素早く三人はハーヴィーの元へ戻った。
「よく出来ました!! だいぶ敵を減らすことが出来ました。ですが、やはりアルバッサが手強いですね」
青白く光る骸骨は骨の剣と盾で武装していた。
見た目こそスケルトンと大差ないが、腕前によってはナイトでも殺されることのある恐ろしいモンスターである。
残ったそいつらは樹への道を塞ぐようにフォーメーションを組んだ。
「まずいですね……。鱗粉の効果が薄れてきている。もう一度。同じパターンで攻めましょう。アシェリィさん、お願いします!!」
彼女はコクリと頷くと、マナボードにまたがってまたもやネクロノミィ・トレントへと駆け出した。
右、左、右とアルバッサをかわしながら天使の鱗粉を撒いてこちらへと戻ってきた。
「動きが鈍くなっていますね。バッチリです!! そしたら私とラヴィーゼさんであいつらを攻撃します。アシェリィさんは対空警戒。そのスキにリコットさんは樹の本体を攻撃してください!! いきますよ!!」
一斉に全員が動き出した。
ハーヴィーの手のゴーレムが再び出現して、その手のひらでアルバッサを押し潰したり、ビンタを喰らわせたりした。
さすがに一流の使い手だけあって、上位の不死者でも攻撃を直撃させることができれば相手は沈黙した。
「お~!! あたしも負けねぇぜ!! 行けッ!! グラバラマ、カルグリグザ!!」
ラヴィーゼの命令を聞いて二体はターゲットを狙い始めた。
こちらの勝負は互角といったところだが、敵を引きつけるには十分だった。
アシェリィは襲撃をかけてくる残りのクラムダをクリアリティの水鉄砲で手堅く撃墜していった。
「今だし!!」
リコットは全力で走り出した。首吊りの樹までの一直線のルートが浮かび上がるように見えてきた。
サモナーズ・ブックを開きながら詠唱を開始する。
「シャイニー・イエロゥ!! エンジェリック・マギ!! サモン!! シュラーラ!!」
現れた天使型の妖精を掴むと彼女はそれを胸に当てた。
「妖憑!! エンジェリック・フォーム!!」
するとリコットのショッキングピンクの髪色は輝く金色に変化して、背中に天使のような水色の羽が生えた。
一気にネクロノミィ・トレントとの距離を詰める。
「はあああああぁぁぁ!! リーインカネーション・ウェイブ!!」
真っ白に輝く拳をリコットは相手に打ち込んだ。
波打つようにまばゆい光が強弱を交互に繰り返し、荒れ地をチカチカと照らした。
メキメキメキィメリメリメリッ!!!
樹が軋む激しい音がする。確かな感触があったがまだ首吊りの樹は動いている。
リコットがちらりと振り返ると三人が取り巻きの不死者を食い止めてくれていた。
「チッ!! まだだし!! なら今しかないっしょ!! ルビー・ディープディープレッド・フレイマー!! サモン!! バーリーズ!!」
今度は赤い小さな妖精が出現した。先ほどと同じように妖精を掴んで胸に当てる。
「妖憑!! ブレイズ・フォーム!!」
リコットの金髪は今度は燃え上がるような赤へと変化し、炎のように逆立った。
「うおおおおおおおおおおーーーーーーッッッ!!!!」
眼の前の樹に向けて大きく拳を振り上げる。
「ピラァ・オ・ヘルブレージング!!」
その拳を首吊りの樹に向けて叩き込むと巨大な火柱が上がり、圧倒感のある爆風が辺りに吹き抜けた。
今度は炎の明かりで荒れ地はまたもや明るく照らされた。
ギギギギ、ギリギリ、ギチギチという鈍い音を立てて首吊りの樹は燃えていく。
「や、やったし……?」
リコットは残る力を振り絞ってハーヴィー達の元へ走って戻った。
「ハァッ……ハァッ……」
立て続けの妖憑で彼女は息が上がっていた。
髪の毛の色は元とおなじのショッキングピンクに戻っていた。
「リコットさん、ご苦労様でした。あそこまでダメージを受ければ首吊りの樹は再起不能でしょう。こちらも取り巻きは一通り討伐しておきました。ふぅ、なんとかネクロノミィ・トレントの討伐は完了ですね」
ハーヴィーは額の汗を拭ってホッとした様子だった。
その勝利宣言に三人は揃って達成感を感じていた
「やった~!!」
「へへん。やったぜ!!」
「……ハァ。やったし!!」
念のために様々な援護が用意されていたとはいえ、間違いなく命がけの戦いであった。
そのため、緊張感から開放された三人はへなへなと座り込んでしまった。
「はは、おかしいな。足腰立たないや」
「あ、あたしもだ。情けね~な~」
「マジでだっさ~。あたしもだけど」
ハーヴィーは一人ひとりに手を差し伸べて立ち上がらせて、肩をポンポンと叩いて労った。
「さて、じゃあフラリアーノ教授たちと合流しましょうか。無事に討伐できた場合は荒れ地の入口に集まるように言われています。おっと、帰り道に不死者に遭遇しないとも限らないので気を抜かないでくださいね。では帰りましょうか」
アシェリィはまた新たな土地に足跡を残した。
命に関わる戦闘があったにも関わらず、彼女は冒険の醍醐味を感じていた。
冒険譚の中の人物のような事を実際に体験できているという充実感からだろうか。
今の彼女にとってこういった旅は憧れた夢を実現していることに他ならなかった。
だから、たとえ困難や危険……何があろうとも、冒険ができていれば楽しいと感じてしまうアシェリィなのであった。




