バルブを回せ!!
フォート・フォートに朝が来た。次々と着替えを終えた生徒たちがロビーに集まってきた。
それを確認するとフラリアーノ教授はパンパンと手を叩いた。
「それでは、朝のミーティングをしましょう。昨日と同じ場所に移動してください」
準備が終わると教授は黄土色の砂漠柄のネクタイをクイッっと締めて話し始めた。
「皆さん、おはようございます。今日はいよいよネクロノミィ・トレント……首吊りの樹の掃討作戦を開始します。その前に、しっかり作戦を立てておきましょう。目標は五本居ます。生徒だけでも十数人居るので一匹ずつ倒すには密度が高くなりすぎます。そこで各班にセミメンターを加えて一班四名とし、各個、首吊りの樹を撃破してもらいます」
フラリアーノはコツコツと革靴の音を立てながらボードの前を行ったり来たりした。
ボードには昨日描かれた図がそのまま残っていた。
「そうすると一本余るのですが、それは私が一人で倒します。一本仕留めたあとは遊撃役に回ることにします。不利な状況に陥った班が居たらすぐに助けに行きますから安心してください。ただ、私が加勢すると演習にならないので、あくまで危険な局面になったらと思っていてください。まぁセミメンターの方々がついていたら私の出番はないと思いますが……」
教授は生徒たちを見てニコリ微笑みを浮かべた。
眉が上がって両目の泣きぼくろが目立つ。
「では、各班に別れてください。互いに呼び出せる幻魔の属性などを再確認して、ネクロノミィ・トレントを倒す作戦を立てるのです。連中は不死者ですから当然、炎属性や聖属性に弱いです。そのあたりが突けるチームならベストなのですが、都合の悪い班も居ます。そういった班は作戦で補うしかありません。では打ち合わせを始めてください」
ハーヴィー、アシェリィ、ラヴィーゼ、リコットはイスを移動して顔を合わせた。
まず、ハーヴィーが彼女らに問いかけた。
「お三方、炎属性と、聖属性の幻魔と契約なさっていますか? 今回は多くの取り巻きとも戦いますから、ある程度、薙ぎ払えるような火力がないと厳しいと思います。ちなみに私は泥、土、金属なので力押しの物理的なダメージしか期待できないでしょう」
聞いていたラヴィーゼも軽く手を上げて自分の幻魔について説明した。
「知っての通り、私は死霊使い(ネクロマンサー)だ。ほとんど屍属性しか使えない。ただ、屍同士でぶつけても一応、先輩と同じく物理ダメージは期待できる。ただ、効果的な攻撃かと言われるとなんとも言えない。まぁ雑魚を蹴散らすくらいは出来るんじゃないかな」
次はアシェリィが手を上げ、思い当たる節を当たってみた。
「私は……炎属性の幽霊と聖属性の天使がいるけど、どっちもそこまで攻撃力は高くないかなぁ。動きを鈍くさせたりすることは出来るだろうけど、薙ぎ払うまでは無理だと思います」
最後にリコットが難しそうな顔をして答えた。
「あたしは炎属性も聖属性もいるけど、いずれにせよ小妖精だから単体ではそこまでパワーが出せないし。そうすると妖憑に頼る事になると思う。不死者にはよく効くと思うけど、持久力に難があるから短期決戦で挑まないと厳しいし」
四人は悩ましげな顔をしながらああだこうだと作戦を練っていった。
途中、フラリアーノが顔を出しにきた。
「ふ~む。ここは炎、聖属性が手薄な班ですね。それらとの契約が課題と言えますね。他の班は複数人、使い手が居たりするのですが、ここはラヴィーゼさんも居ますし……。ただ、決してこの四人で勝てないというわけではないので自信を持ってください。やりようはいくらでもあります。もう少し作戦を練ったら出ますよ。万全にしておいてください」
そういうと教授は背を向けて革靴の音を立ててボードの方へ戻っていった。
それからしばらく経って、フラリアーノが声をかけた。
「作戦会議はそこまでです。では、ネクロノミィ・トレントの居る荒れ地へ向かいますよ。全員、抜かり無く準備をしてください。いいですね? それでは行きますよ!!」
召喚術クラスの面々はそれぞれがしっかりと用意をするとまとまってホテルを出た。
そして街の門をくぐって町の外へと足を踏み出した。
脇に針葉樹林が生える街道に沿って歩いていくと10分ほどで荒れ地についた。
荒れ地には一切草が生えておらず、茶色の地面や泥、沼地がむき出しになっている。
無数の立ち枯れた樹が立っているだけのなんともわびしい光景だった。
見た所、この近辺の木には死体がぶら下がっていない。首吊りの樹ではないのだろう。
「いいですか、皆さん。足音を極力立てないように。ネクロノミィ・トレントは音に敏感です。見つからなければ先制攻撃が可能なのです。少し歩いてみますよ」
五分ほど歩いただろうか。教授はピタリと立ち止まってその場で屈んだ。
「……シッ!! 噂をすれば。居ました。あれが首吊りの樹です」
フラリアーノ教授が指を指した先にはたくさんの死体がぶら下がった樹がゆっくりゆっくりと移動していた。
さすがに動くとは聞いていなかったので、クラスメイト達は唖然とした。
「おっと、首吊りの樹は歩くというのを言い忘れていました。ゆっくりですが歩行します。位置を変えながら獲物と遭遇しやすくしているのです。それでは早速、一体倒すとしますか」
フラリアーノは分厚いサモナーズブックを取り出した。
自然とパラリパラリと頁がめくれて紅く輝き出した。
「バイオレンシィ・マントラロード・ディープレッド。サモン・ヴァチュエ!!」
教授が詠唱するとまるでデビルフィッシュ(タコ)の頭のような幻魔が地面からニュッっと出現した。
まるで警告灯のように真っ赤、黄色、真っ赤、黄色……と色を変えながら点滅している。
頭の脇からバルブのようなものが生えていた。
「よう、フラリアーノ教授サマサマよ。いつものやるんだろ? 動力供給だけはしっかりやれよな」
「はいはい。わかりましたよ」
召喚した主はスーツの袖をまくり、呼び出した幻魔の側頭部のバルブを両手で握って全力で回し始めた。
キュッキュッキュッ……
「おお、いいぜぇ。満ち足りてくるじゃねぇか。もっとだ……もっと頼むぜ……。滾ってくる!!」
回転させるのはかなり激しい動きだ。教授の顔に汗が光る。
そうこうしているうちに偉そうな幻魔から蒸気があがり始めた。
シューーーーーーーーッ!!!!
「チャージ完了!! そのまま回せよ!! ガキどもは破片に気をつけろ!! いくぜ!! 爆!! カラミーテ・フラムロード!!!」
デビルフィッシュはその伸びた口から赤く光るエネルギー弾を吐き出した。
それがネクロノミィ・トレントに直撃すると身の危険を感じるほどの激しい爆発が起こった。
かなり離れているのに吹き飛んだ欠片と息が詰まるような熱い爆風がこちらまで届く。
ピカッと閃光が走り、辺りが明るくなった。
「おらおらまだいくぞ!! しゃオラぁ!!」
キュッキュッキュッ……
フラリアーノは引き続きバルブを全力でグルグルと回した。
すると二発目、三発目と炸裂弾が発射されていく。その攻撃には情け容赦が一切なかった。
ぶら下がっている不死者たちも飛び散る榴弾によって粉々になったり、吹き飛んだりした。
五発目を打ち終えた後、その場には無残に焼け残った樹の残骸だけが残った。
焦げ臭い匂いを放って木片はプスプスと音を立てている。
気づけばものの数分で取り巻きごと一体目のネクロノミィ・トレントを焼き払うことに成功していた。
「ふぅ……こいつは強力ですが、いささか疲れますね。結構マナを持っていかれた気がしますよ。一応、一体倒してみましたが……これは皆さんの参考にはなりませんでしたね。私は一気に吹き飛ばしてしまいましたが、吊られている不死者はかなり厄介です。その対処法もしっかり考えておいてください」
汗はかいているものの、彼の顔に消耗や疲労の色は見えなかった。
生徒たちは普段、なかなかフラリアーノがまともに戦うのを見る機会が無い。
それ故に、このあまりにも圧倒的な実力に生徒たちはただただ驚くしか出来なかった。
「チッ。こいつ呼ばわりかよ。おう、ご苦労だったな。じゃあな」
ヴァチュエと呼ばれた幻魔は土に潜るように消えていった。
「さて、次は皆さん方の実戦です。チームを組む時は互いの距離に気を配ってください。近すぎても互いが被ってしまうし、離れすぎるとサポートが受けられない。互いの動きを気にかけながら戦うのです。まぁ最初は難しいですけれどね。では、各班、ターゲットの捜索に入ってください。あ、荒れ地は結構広いので他の敵と出くわすかもしれません。警戒して進んでください」
支持を受けてハーヴィー達の班はそろり、そろりと荒れ地の探索を始めた。
教授の言う通り、見渡す限り焼け野原のような景色が続いていた。
ハーヴィー以外の面々はこれだけ広い荒れ地を見るのは初めてだった。
話によるとここは昼間でも厚い雲に覆われ、常に薄暗いらしい。
いかにも不死者が好んでねぐらにしそうな地形である。
少し歩いていると人影がポツンと立って見えた。
誰が居るのかななどと目を凝らすとそれは生きた人間ではなかった。
緑がかった異常な肌の色をしていて、ズタボロの服を着て、折れた片足を引きずって歩いている。
ハーヴィーが唇に指を当てた。
「静かに……。ゾンビは動きが緩慢です。知能もさほど高くありません。むやみに刺激しなければやり過ごせることも多いです。回り込むようにして戦闘をさけましょう」
一同はコクリと頷いた。そしてゾンビを中心にして距離を取ったまま通り過ぎることに成功した。
忍び足で歩く三人に更にハーヴィーがアドバイスした。
「中には地中に潜んでいる不死者も居ます。足元にも注意を払ってください。転がっている骨片には迂闊に近づかない事ですね。スケルトン系のモンスターの可能性が高いです。連中は肉体の束縛を脱している分、かなり素早いですし、それなりに知恵もあります。これから戦う事になるでしょうから警戒してください」
その後も一行は常に会敵を意識して息を潜めながら荒れ地を歩いた。
あまりの陰惨な空気に息が詰まりそうになりながらも四人は探索を続けた。
先輩の丁寧な指導と運の良さもあってか、うまいこと道中の不死者との戦闘を避けて進むことが出来ていた。
三十分ほど歩いただろうか。彼女らはとうとう首吊りの樹―――ネクロノミィ・トレントを発見した。
全員が思わず声をあげそうになるが何とか息を殺す。
そしてささやくように声をかけあった。
「予定通りの作戦で行きます。ポイントはリコットさんの妖憑による炎属性攻撃を首吊りの樹、本体に叩き込むことです。私達も補助的に攻撃はしますが、一番効果的なのはそれですね。もしリコットさんが失敗した場合は取り巻きを無視して全員で樹を総攻撃します。これでも勝てるでしょうが、手こずると思います」
四人は互いに視線を交わしながらあれやこれやと作戦を再確認した。
「昨日も言ったけど、あたしの妖憑はフルパワーだとだいたい二回が限界だし。だから二回しくったら、もしくは二回で仕留められなかったらすぐに樹本体を叩いてほしい。それに、おまけに炎も聖属性の妖精も射程範囲がかなり短いし。だから周りの不死者を蹴散らしてあたしの邪魔にならないようにしてほしいし。もしかすると回復が間に合えば三発目いけるかもしんないし」
三人はその頼みに首を縦に振った。
ラヴィーゼが続いて確認する。
「あたし達はそのサポートって事だな。リコットが集中して魔術を行使できるように、邪魔者を叩く。あとは属性にこだわりすぎないことかな。あたしは屍属性だし、ダメージ効率って点ではイマイチだが、全く手応えがないって事はないはずだ。死霊使い(ネクロマンサー)ナメんなよって話」
アシェリィも自分の胸に手を当てて自分の幻魔を振り返った。
「私も水属性とかならそれなりにやれると思う。だからラヴィーゼと同じように自信をもってぶつかっていきたいと思うよ。全力でリコットちゃんを援護しようと思う。あと、マナボードもあるし」
彼女はもしかして使うかと思ってマナボードを持ち出してきていた。
肉弾戦を任せられる幻魔の居ない彼女にとって、このマナボードの機動力は非常に重要なものだった。
「ラヴィーゼさんには居ますが、アシェリィさんには壁役で戦ってくれる幻魔がいませんね。一人で戦うことを想定して、早いうちに一体は契約しておきたいところですね。さて、そろそろいきますか……」
ネクロノミィ・トレントはギシギシという鈍い音を立ててゆっくりゆっくりと移動していた。
枝の先端にぶら下げられた死体や骸骨がゆらゆらと揺れている。
今なら気づかれていない。こちらから奇襲攻撃ができそうである。
四人は立てた作戦を思い出しつつ、戦闘態勢に入った。




