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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter4:奇想天外!! 摩訶不思議!! 魔術学院ライフStart!!
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不撓不屈の奴隷少女

アシェリィは目をこすって再度、奴隷の少女を凝視した。


自分と瓜二つだ。ウェービーな艶のある緑髪、同じ目の色、肌の色、そして体格。


「あなたは……カロルリーチェさん!?」


忘れもしない。ファイセル達と学院までの旅路の最中、王都ライネンテで出会った少女である。


彼女はただのあどけない少女ではない。


ルーンティア教会の中でも特殊な能力を持つ、トップクラスの巫子みこである神姫しんきなのだ。


しかし、相当なお転婆娘らしくたびたび教会からの脱走を繰り返していたという。


たまたま王都ライネンテでアシェリィと出会ったのだが、うまい具合に入れ替わられてしまった。


その結果、アシェリィはカロルリーチェと勘違いされたまま教会に軟禁を強いられることとなったのだった。


教会を脱出してからも彼女を追う大勢の目撃者や捜索隊に行く手を邪魔されてきた。


捜索届けという名ではるが、指名手配犯でもないのに追われるというのは当然、いい気分ではない。


アシェリィにとってはまさに一連の厄介ごとの元凶であり、会った期間こそ短いものの、彼女を忘れられるはずがなかった。


そんな彼女が奴隷として市場で売られているのである。そのギャップはすさまじかった。


反応が無かったのでもう一度、声をかけてみた。


「カロルリーチェさん!! カロルリーチェさんなんでしょう!?」


まるで鏡の自分自身に問いかけるような不思議な感覚で声をかける。


それが聞こえたのか、彼女は顔を上げた。


すっかり憔悴しきってはいるが、こちらを見返す瞳はまだ確かに生きていた。


「ええ、そうよ!! 私はカロルリーチェ!! 紛れもないルーンティア教会の神姫しんきよ!!」


胸を張って堂々と名乗り出る彼女をムチを空振りする奴隷商人は笑った。


「ガハハハ!!!!! いくらなんでもそりゃホラが過ぎるぜ!! 神姫しんきなんかが奴隷船に乗ってるわけがねぇだろ!! それにな、ルーンティア教なんて今時分、犬も食わねぇんだよ!! ガハハハ!!!!」


彼女は残っている力を振り絞ってじたばたと抵抗し始めた。


ガチャガチャと金属製の拘束具が音を立てる。


足枷あしかせは土台としっかり固定されていて、手枷もきつく締まっている。


一歩を踏み出すことさえままならなかった。


それを見ていたハーヴィーは腕を組んでアシェリィに問うた。


「アシェリィ、彼女、本当にカロルリーチェ様なの? 国内に捜索届けが出ていたのは覚えているのだけれど、似顔絵までは……。でも、あなたがウソをつく意味も必要もないですしね。これは緊急案件ですね。フラリアーノ先生を呼びましょう」


ハーヴィーはトントンと耳のイヤリングを叩いた。


おそらくマジックアイテムでフラリアーノと交信するのだろう。


「ええ、ハーヴィー班です。ええ、捜索届けの出ているルーンティア教会ののカロルリーチェ様が―――」


アシェリィは囚われの少女に近づいたが、奴隷商人のムチが飛んだ。


「おいおい嬢ちゃん、売り物に触られちゃ困るんだよなぁ。お友達を助けたいならカネを払ってもらわねぇとな!! ガハハハハ!!!!」


滅多なことでは怒りをあらわにしないアシェリィだったが、この奴隷の不条理には流石にカッとなった。


「売り物って何!? 人間なのに!? 人間を売るなんて許されて良い訳ないでしょ!!」


奴隷商人に食ってかかる。すると誰かが肩に手を置いた。


怒った顔のまま振り返るとそこにはラヴィーゼがいた。


彼女はあきらめたような表情で目をつむり、首を左右に振った。


歯を食いしばり、痛いほど拳を握る。それでもこの”現状”は何ら変わることはない。


一行が無言で立ち尽くしているとどこからか革靴の音が聞こえてきた。


コツコツコツコツ……コツコツコツコツ!!


足音が急速に近づいてくる。そちらの方向を見るとスーツを着た人物が猛スピードで走ってきていた。


その人物がアシェリィ達の目の前で止まった。やってきたのはフラリアーノ教授であった。


おそらく幻魔を肉体に憑依ひょういさせて身体能力を上げる”センス”と呼ばれる魔術を行使したのだろう。


リコットの妖憑フェアリー・ポゼッションとは別物で、見た目などに変化はない。


“センス”は便利だが安定感に欠け、消耗が激しい。にも関わらず彼は息一つきらしていなかった。


完全に使いこなしているといったところだろうか。


彼はけろっとしたまま捜索届けの紙を掲げた。


「いや~、おまたせしました。カロルリーチェ様の捜索届けの似顔絵を用意するのとお金を銀行から下ろすのに手間取ってしまいまして。ふむ。で、見たところによるとどうも本人のようですね。それにしてもアシェリィとよく似ていますね……。驚きましたよ」


フラリアーノは似顔絵と鎖で繋がれた本人を見比べた。


捜索届けの精度は高く、そこに描いてあったのは目の前の少女と紛れもなく同じ人物だった。


「まさか人生で奴隷を買う経験に出くわすことになるとは……虫唾が走りますね。しかしこの状況ではそうも言っていられません。店主の方、この娘はいくらからですか?」


普段にこやかなフラリアーノだったが、この時はは珍しく眉間にシワを寄せて嫌悪感を隠さなかった。


よほど奴隷を買うのに抵抗があるのだろう。無理もない。


奴隷商人はフラリアーノの足の速さに驚きつつも値段を告げた。


「お、おう。その娘は28万シエールからだ。おっと、オークションだからな。グヘヘヘヘ……こりゃいい商売になりそうだぜぇ!!」


先程の騒ぎを聞きつけてその奴隷商人の市場は人だかりが出来ていた。


いくら信仰の薄い東部とは言え、神姫しんきが来たとなると話は変わる。


「まずいな……。銀行員も出張してきていますね。これはかなり高額の競りになるでしょう。まぁ、私のポケットマネーから出るわけではないので遠慮なくやらせてもらいますが……」


こうしてカロルリーチェの競売が始まった。


「28万で買います!!」


フラリアーノが手をピンと挙げてそう宣言する。


「55万!!」


「100!!」


「250万です!!」


「400で買うぞ!!」


つけられる値段が倍々で増えていく。おそらく富豪や貴族が参加しているに違いなかった。


もし神姫しんきが手に入ると言ったらこれ以上のステータスはない。


心無い者はそれこそ生きたインテリア扱いするだろうが。


「950万……」


「1100万でどうかしら!!」


「1250万だすぞ!!」


「1400万!!」


金額が高額になるにつれ、徐々に上がり幅が落ちてきた。


そろそろ決着をつける頃だなと思い、フラリアーノは一気に金額をつり上げた。


「1800万出しましょう」


ここで値をつり上げる声が止まった。


「ほかにゃ、ほかにゃいねぇか?」


奴隷商人はニタニタとゲスな笑いを隠さず、競売の参加者達を眺めた。


誰も値段をつり上げない。オークションはフラリアーノの値段で確定した。


「1800万シエールで決定!!  毎度あり~!! ゲヘヘヘヘ!!!!」


1800万シエールといえば王都ライネンテやミナレートの一等地に豪邸が建つレベルの金額である。


奴隷の値段としては破格もいいところだった。それどころか史上最高価格ではないだろうか。


もっとも、神姫しんきに値段をつけるなどと敬虔けいけんなルーンティア教徒が聞いたら卒倒そっとうするだろうが。


「ふむ。やはり下ろした金額だけでは足りませんね。銀行員の方に頼みますか……」


フラリアーノは出張で来ていた銀行員に1800万シエールを奴隷商人の口座に振り込むように依頼した。


ポケットマネーではないと言っていたのでおそらく学院から資金が出ているのだろう。


確かに振り込まれたのを確認すると商人は歓喜の雄叫びをあげた。


「おっほおおおおおおおっっっ!!!! マジで1800万入ってやがるぜ!! こんなメスガキ一匹で1800万とはチョロいもんだな!! さっすが神姫しんきサマサマだぜ!! こんな大金が入ったんならこんなとことはとっととおさらばだぜ!!」


男は浮かれてのぼせ上がり、ヘラヘラとそう口に出した。


「……お金を払ったのですから、早く彼女を解放していただけませんか? 本当は貴男を不敬罪で突き出したいところなのですが、なにしろここは外法都市げほうとしですからね……。ここで貴男を罪に問うことは出来ないでしょう」


教授は下卑た店主を厳しく睨みつけながらそう言い放った。


その迫力に気圧された奴隷商人はそそくさとカロルリーチュの拘束具を外し始めた。


外しきるまで数分はかかった。それだけ厳重に拘束されていた。


フラリアーノが手を差し伸べると彼女は見世物のような土台の上から降りた。


「た、助かった…………」


そう言い残すと神姫しんきは教授にもたれかかるようにして意識を失ってしまった。


一行はとても驚いたが、彼女を受け止めた男性は至って冷静だった。


「かなり衰弱していますが、大丈夫です。安心して気を失っただけでしょう。彼女は私が責任を持って船まで運びます。ハーヴィー班は引き続き社会科見学を続行してください。三人を頼みますよ。それと、神姫しんき発見の功績は大きい。学院と教会に君たちのことは通達しておきます。どういった評価がなされるかはわかりませんがね……。それでは!!」


フラリアーノはニコリとさわやかな笑顔をハーヴィー達に送った。


そしてカロルリーチェをお姫様だっこすると、来たときと同じように猛スピードでその場から駆け抜けていった。


オークションが終わると人の波がはけていった。


カロルリーチェは助かったが、その他の大勢の奴隷は依然として自由を奪われ拘束されたままである。


彼女が特別だっただけで、大抵の奴隷は何も変わらずこうして人生を終えていく。


思わずアシェリィはまた歯を食いしばり、拳を痛いほどに握っていた。


「じゃあ、いきましょうか。坂道のストリートを登っていきますよ。うっかり脇道にそれたりするとマフィアのテリトリーだったり、ひどい貧民街だったりしますから基本はまっすぐ坂を登っていくのが無難なここの歩き方です」


ハーヴィーのアドバイスに三人はコクリと頷いた。


特に街に変わったことも無く、思ったより平和だななどとアシェリィとラヴィーゼは思っていた。


そんな時、向かいから恰幅かっぷくのいいおばちゃんがやってきた。


「あ~、娘さん達、旅行者かね~。ここは散々な言われようだけど、捨てたもんじゃないとこなんだよ~。ほら、アメちゃんあげるから機嫌なおしな。ね?」


中年女性は一人ひとりに一口大のアメ玉を手渡してきた。


「じゃ、いい旅を。スリには気をつけるんだよ~」


親切なおばちゃんとすれ違った。彼女はそのまま坂を下っていった。


すぐにハーヴィーが口を開いた。


「あ、皆さん、そのアメ、食べないでくださいね。すぐに捨ててください」


「え?」


「ん?」


アシェリィとラヴィーゼは首を傾げた。せっかく親切な人から貰い物をしたのに捨てるとはどういうことなのか。


リコットが苦虫を噛み潰したような顔をしながら言った。


「……これ、”ヴィンカ”っていう麻薬だし。こうやって旅行者に麻薬を配って薬漬けにして、金づるにしようとしてるんだし。マフィアの収入源だよ」


彼女が背中越しに後ろへ”ヴィンカ”を投げた。


すると脇の路地からひどい悪臭を放って奇声をあげる浮浪者達が何人も飛び出てきた。


「あーあうあーうああ~~~~~」


「お~、うっうあ~。あああああ~~~~」


「うううう~~~うあああおあおあお~~~」


彼らは互いに殴ったり蹴ったり、噛み付いたりして争い合っていた。


たった一粒の麻薬を奪い合う為に形相を変えて出てきたのである。


それはもう新しい麻薬を買う金もない中毒者たちだった。


「ああなりたくなかったら、その”アメ玉”は捨てることだし」


リコットの一言にアシェリィとラヴィーゼは顔を見合わせた。


二人とも顔が真っ青だった。すぐに振り向いて麻薬中毒者の群れに”ヴィンカ”を投げ捨てた。


すると争いは更にエスカレートした。刃物などは使っていないが死人が出そうな争い方である。


「ひ……酷い……こんなの……こんなのあんまりだよ……」


アシェリィは思わず後ろ髪を引かれて振り向いてその争いを見ていた。


だが、すぐにラヴィーゼに手を取られて先へと進んだ。


奴隷の時もそうだが、彼女は割とドライで感情に揺らされることが少ないように思える。


だが、ともすればそういう人物は薄情に見えがちだったりするものだ。


アシェリィはそんな彼女の態度が気になって思わず問い詰めていた。


「ラヴィーゼはこんなの……こんなの、平気なの!?」


彼女は首を大きく横にブンブンと振った。


「平気なもんか!! あたしだって、強がってるだけでアシェリィと何も変わらないよ!! こんな……こんな街があるなんてさ……ウソだと思いたいよ!!」


ラヴィーゼの声は震えていた。自分と変わらないのだとわかってアシェリィは申し訳なく思えてきていた。


「ごめん……」


それを横で聞いていたリコットが突如、怒り出した。


「だからこんなとこ、社会科見学で来るのは反対だったんだッ!! あたしは東部なんて大っ嫌いッ!! そんな東部で生まれたって言ったら、あたしはどんな顔すればいいのさ!! 恥ずかしくて、悲しくて!! もう嫌だ……嫌だし……」


彼女は耳を塞いで頭を激しく左右に振って拒絶の意思を示した。


彼女がこんなふうに声を荒げて怒るのを班員達は初めて見たのでその場の面々は驚愕した。


そんな少女にハーヴィーは語りかけた。


「リコットさん。辛いでしょうが、現実から目を背けてはいけません。そのための社会実習ですから。それにそんなに悲観することもありません。東部にだって善人や優しい人はたくさん居ます。そういう人たちも十把一絡じっぱひとからげにしてしまうのは失礼じゃないかと私は思います」


ハーヴィーは優しく諭すように彼女にそう伝えたが、リコットは聞く耳を持たなかった。


「先輩は東部生まれじゃないから……こんな気持ちがわからずにそんな無責任なこと言えるんだし……」


気まずい雰囲気のまま、四人は無言で坂道の通りを登っていった。


途中でアメ玉を渡してくる人や露骨な麻薬の売人が何人か居た。


この都市は奴隷制度だけでなく、麻薬にもむしばまれているのだと痛感するアシェリィ達だった。


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