表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter4:奇想天外!! 摩訶不思議!! 魔術学院ライフStart!!
257/644

人間の値段

調子のいいスタートを切った召喚術サモニングクラスだったが、その”巨人のスネ”という海路は中々、厄介な所だった。


というのも、漁場を荒らすモンスターが点在していて、どこも漁師たちが困っているというのだ。


学院の校則にある“なんじ、人をたすくために力を尽くすことを怠るなかれ”と。


それを実践するという意味では海路の掃討作戦は至極真っ当と言わざるを得ない。


グリズリー・マリーネから始まり、4回目の戦いを終える頃には”崖っぷち号”はフォート・フォートへと確実に近づいていた。


この船はきっとこんな航海にばかり出ているのだろう。


だから船体が傷だらけだし、いやに船員たちが戦闘慣れしているのだ。


やがて水平線の向こうに陸地が見えてくる。アシェリィは新天地にワクワクを隠せないでいた。


目に入ったのは蒼い壁の綺麗な町並みである。


壁が日光に当てられてキラキラときらめく。シリルの街で使われているパルム鉱と似ている。


建築物は段々と階段のように連なるように建っていた。


それは海と同じ高さから、丘の上までと高低差があり、てっぺんはかなり高いところに建っている。


その頂部に立つ漆黒のオベリスクにも日光が反射して輝いて見えた。あれだけ高い所にあるということはここのランドマークなのだろう。


港町が見える位置に来てもなぜか船は進まず、その場で錨を降ろした。


招集がかかったので船のデッキへと出ていくと学院関係者全員が揃っていた。


全部で20人ほどのメンバーが居る。


今回付いてきたセミメンターはエルダー(研究科)らしく、紅蓮のような紅い制服を身にまとっていた。


全員が居るのを確認したフラリアーノ教授は船首のほうに立って解説を始めた。


「東部出身者、もしくはきちんと調べた方ならわかると思いますが、この港町、フォート・フォートは見た目の美しさに反して反社会的な要素に満ちています。また、貧富の差も激しい。今見ている町並みもすべて富豪のものであって、その内側には貧民街がひしめきあっています」


教授はフォート・フォートの町並みを片腕を広げて見せつけた。


「ここについての情報を詳しく教えずに連れてきた事に関してはお詫びしますが、ここを見て回るということはまさに社会科見学。どうもリジャントブイル……ミナレートだけで過ごしているとこういったシビアな世界の存在を知らなかったり、ないがしろにしてしまう事が多いのです。ですから、基本的には一年生の全員がこういった社会科見学を行っています」


フラリアーノは炎を意匠した赤いネクタイをクイッっと締めながら続けた。


「まぁ安心してください。フォート・フォートではさすがにマフィアとやり合おうとかいうわけではないのです。あくまで見て、感じとってください。ミナレートがいかに恵まれているかを。そして”どうしようもない”現実というものを。あなたたちの感性で、この都市を巡るのです」


先程まで純粋に美しいと思えていた蒼い都市群がなんだかくすんで見えた。


フラリアーノは都市を眺めながら一回転すると揃った生徒たちに声をかけた。


「知っての通り、ここは法の通らない外法都市げほうとし。あなた達だけ社会科見学に出すというのは狼の真ん中に子羊を放すのに等しいですね。そこで、ちゃんとセミメンターをつけます。四人のセミメンターを振り分けて、いつもの4班に分けます。そして私は各班の様子を見守ります。何かあれば責任を持って私があなた方をまもりますから、心配はしないでください」


細目なのでいつも笑っているように見える教授だが、今回は口角も上がっていて、ちゃんと笑っているように見えた。


目尻も動いたので両目の下の泣きぼくろが目立った。


すると一部の女子生徒から黄色い声が上がった。


彼はそのにこやかな表情、甘いマスク、紳士的な言動から女子からの人気が高いらしく、ちょいちょい黄色い歓声があがる。


なんでもフラリアーノが出場するちゃぶ台返しは女子であふれかえるとか何とか。


文句なしにかっこいいとアシェリィとその班員も思っていたが、恋愛対象になりうるかと言われるとなんとも言えなかった。


「ああ、それと。見学を一通り終えたら陸路で近場の荒れ地に行きます。今回は厄介な連中がはびこっていて、地元のギルド総出でも手を焼くというほどですから覚悟してかかるように。その対象を狩れば社会科見学は終わりです。それでは以降は班行動に移行しますよ。皆さんに幸あらんことを」


幸運を祈るハンドサインを彼が送ると学院関係者達はそのサインを返してから、チームごとにばらけ始めた。


アシェリィ、ラヴィーゼ、リコットがあつまるとその前にエルダーの研究生が立った。


腰まで伸びるウェーブで赤みがかった茶髪、高身長でグラマラスなスタイル、整った顔立ちの女性だった。


「こんにちは。初めまして。私、エルダー二年のハーヴィー・ウィルザって言います。よろしくお願いしますね。ちなみに得意な属性は土・岩・金属です」


挨拶や物腰がとても大人びている。


エルダーの二年なら14歳入学組だったとしても、22歳以上ということになる。


その自己紹介にラヴィーゼはリコットを肘でつついた。


「おい、なんだよあれ。超ボッ・キュッ・ボンじゃねぇかよ!! それはそうと属性での性格診断、土・岩・金属だとなんだっけ?」


ピンクずくめのリコットは肘を押し返して答えた。


「ラーちゃん視点がテラセクハラオヤジ~。土・岩はどっしりとしていて落ち着きがあって、金属はガンコなところがあるって感じ~。っていうかいい加減、性格判断を覚えろし~」


二人はこんなやりとりを本人を前にしておかまいなしにと筒抜けでやっている。


だが確かにその体型は胸、腰、下半身とメリハリがついていて、女性でも目をひかれるほどだった。


アシェリィも思わず視点がチラチラと移った。何を食べたらあんなのになるのだろうか。


そのスタイルはナイスバディなフレリヤに匹敵するほどである。


ハーヴィーは視線を感じつつも、まるでいつもの事とばかりにそれをスルーした。


そして、頬に片手のひらを当てながら性格診断の結果を聞いた。


「へぇ~。落ち着きがあるとはよく言われますが、特に頑固者がんこものということも無いとは思いますよ。ともかく、今回の社会科見学ではよろしくお願いしますね」


はきはきとそう話しながら彼女はアシェリィ達一人一人と握手した。


「ちなみに私は何度もフォート・フォートに来ているので、ある程度の土地勘があります。踏み入れるべきでない場所は把握しているので心配はしないでください。じゃあ、上陸の準備をしましょうか。まずは全員、服を着替えてください。学院の制服では目立ちすぎますし、チンピラや強盗に絡まれやすくなります」


アシェリィとラヴィーゼは旅行トランクの中から普段着を取り出すと船室へ入って着替え始めた。


最初っからほぼ私服のリコットはそれを見ているだけだったが、ハーヴィーから声がかかった。


「あ、リコットさん? ですよね。その真っピンクの服装は学院の制服以上に目立ちます。あなたも着替えてもらえませんか?」


頼まれた彼女はハーヴィーの眼の前で旅行トランクを開けた。


するとその中はピンク色の服やアクセサリーだらけで、他の色が見当たらないほどだった。


「そうきましたか……。しょうがないですね。事前に用意しておいたこの安物のボロ服を着てください。これを着れば観光客には見えませんし、厄介事に巻き込まれる可能性はぐっと減ります。本当は全員にこれを着てほしいんですが……」


ピンクのリコットはそれをみて嫌悪感を露わにした。


「いくらなんでもこれはないっしょ~。あたしはピンクでいくし~」


そうゴネねているとフラリアーノが後ろから彼女の肩を叩いた。


「ひッ!!」


「服を着替えないなら上陸許可は出せません。そうすると船内待機になりますが……。”崖っぷち号”のクルーと四六時中一緒ということになりますね」


少女は顔色を変えてすぐさま船室へと降りていった。


しばらくすると三人は着替えを済ませて出てきた。


アシェリィは白に近いねずみ色のブラウスにダークブラウンのスカートと無難な格好だった。


ラヴィーゼは紺色のジャケットに黒のロングスカートとこちらも地味な色合いだ。


リコットは結局、アシェリィの服を借りることにした。


アシェリィもラヴィーゼも女子にしてはかなり背が高い方だったのでパンツだとリコットの丈に合わなかった。


そのため、青いスカートをまくって履いた。


上半身は可愛らしいタイリクネコのロゴのある黒いTシャツを着る。


フォート・フォートは蒸し暑いくらいだったので半袖のシャツでも問題がなかった。


「うわ~、このTシャツ胸パッツパツだし。キッツぅ~」


何気ない一言にアシェリィの心は深く傷ついた。


ハーヴィーはグレーのワンピースに着替えた。


「ひったくりにあう事も少なくないから、基本的には手ぶらで歩きます。あとはお金はいくつかにわけて、別々の場所に隠しておいてください。下着の中とかですね。囮用の財布を用意しておくともしもの時に役だったりします。これは治安が悪い場所に行くときの基本ですから覚えておいてください」


一通り準備が終わったのをフラリアーノとセミメンター達が確認するといよいよ船は接岸の準備を始めた。


船は港に横付けされ、甲板から渡し板がかけられた。


学院関係者が一人、一人とフォート・フォートに足を踏み入れていった。


「おう、学生さん達、しっかりやんな。俺らはあんたらの留守を預かってるからよ。帰ってきたら船が無ェなんて事にゃならねぇだろ多分。ガハハハ!!!」


船長バラハは豪快に笑いながら生徒たちを送り出した。


港について早々に一行は散開した。


するとまず目につくのは浮浪者の多さであった。


男女問わず髪の毛がボサボサで、男はヒゲが伸ばしっぱなし。


それでいて何をするでもなく力なく路上に寝そべっていて虫がわいている。


そんな者たちが港だけでなくあちこちにいた。


「ひでぇな……。あまりにも浮浪者が多くねぇか?」


ラヴィーゼが呆気にとられながらつぶやくとアシェリィもそれに同意した。


「シリルでもライネンテでもミナレートでも浮浪者の人はごくまれに見る程度だったけど、ここは桁違いに多いね。うぅ……失礼だけどひどい匂いだよ」


港は磯の香りや浮浪者、不衛生な街のそれが混ざって吐き気がしそうな空気だった。


沖から見た美しい街とはかけ離れた匂いである。


「ほら見ろし。こんなの序の口だし。あれ、見てみ」


金属製の首輪と手枷てかせ、そして足に金属の球をくくりつけられた人たちが歩いている。


それぞれの金属は繋がっており、まるでアリのように列をなして無気力に歩いていた。


一応、服は着ているが見るからに粗悪なボロ布であり、みすぼらしい。


その顔に生気は無く、もはや抗う気力も全く無いようだ。


時折、男が彼等に厳しくムチを打つ。そこに手加減という文字はない。


「あれが……奴隷……」


アシェリィは初めて見る奴隷にショックのあまり口に手を当てた。


「ひどいな……ズタボロじゃないか。奴隷が家畜のような扱いをされてるって聞いたことはあったが、ここまでとはな……」


ラヴィーゼは腕を組んで顔をしかめ、釈然としない様子で構えた。


リコットがやれやれと肩をすくめながら言った。


「ライネンテでは奴隷制度は違法。でも、フォート・フォートの政治家や憲兵はマフィアとか奴隷商人とかに買収されてるからズブズブってところなんだなこれが。だからこんな事がまかり通るってワケ。東部じゃ珍しくない光景だし。ほれ、あっちじゃ奴隷市場が開かれてる」


そちらに近づいていくと奴隷たちが階段状の台の上で立たされ、並ばされていた。


見世物のようにされ、オークションにかけられていたのだ。


例のごとく、ボロ布を着て、首輪に手枷てかせ、足には金属の球がくくりつけてあった。


ムチを持った奴隷商人は奴隷が逃げないかを監視しながら商売を始める。


「あ~、そこの男の奴隷は働き盛りだからな。8万シエールからだよ」


「おっと、売り物に触れてもらっちゃ困るねぇ。そいつぁなんたって生娘きむすめだからな。19万シエールは譲れないね。こっちの売女ばいたなら10万くらいからだぜ」


「そいつはファンス咳を患ってる。すぐおっ死ぬだろうから3万シエールからだな」


いずれにしても人間一人の値段にしては安すぎる。そう三人は絶望した。


「これが……東部の現状です……」


ハーヴィーは渋い顔をして目を背けた。


「はいはい!! 次は仕入れたてホヤホヤの本日の目玉商品!! イモ臭さはあるが、どこか気品のある美少女だろ~? こいつも生娘きむすめだ。きっと将来べっぴんになるぜ!! さぁ買った買った!! 極上品だ!! 28万シエールからだよ~!! ほらほらそこのお兄さん!! どうだいどうだい!!」


アシェリィはその目玉商品の少女に目をやった。そして驚きの声を上げた。


「あっ!! あなたは!!」


思わず目をこすってから何度か確認したが、間違いない、彼女は―――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ