その社会科見学マジやべぇって
ある日、サモナーズクラスで授業の開始を待っていると担任のフラリアーノが入ってきた。
今日も細目でにこやかに笑っているように見える顔つきだ。
「みなさん、こんにちは。今日は特別な連絡があります」
彼は森林の模様をしたグリーンの鮮やかなネクタイを整えながら言った。
「召喚術クラスで遠足をすることになりました」
それを聞いた召喚術クラスの生徒たちはガヤガヤと困惑の声をあげた。
学院において”遠足”といえば大抵ハードな実習であるという認識があったからだ。
だが、今回は少し様子が違うようでフラリアーノはペコリと頭を下げた。
「あぁ、すいません。”遠足”というのはややオーバーな表現でしたね。何かをするまで帰れないとか、そこまでスパルタな旅行ではありません。社会見学とでも言っておきますかね……。ただし、危険有り、実戦有りという認識で居てください。油断していると痛い目を見ますよ」
色々とひっかかるところがひっかかるが、ひとまずクラスの生徒達は安堵した。
「もちろん私も同行します。いざとなったら私もサポートに入りますので最悪の事態は避けられると思います。それと各班にセミメンターと医療班もつけますので大事には至らないかと……」
それを聞いて更にクラスメイトのざわめきは落ち着いていった。
泣きぼくろの教授は続けた。
「今回の行先は東部の港町の都市、フォート・フォートです。ミナレートから船旅で発って、直接そこへ行きます。その先で荒れ地の浄化作戦に加わってもらいます。主な仮想敵は不死者ですが、それ以外にも対応できるようにしておくように。明後日には発ちますのでしっかり準備をしておいてください」
授業が終わった後、アシェリィ、ラヴィーゼ、リコットの三人が集まって雑談が始まった。
「フォート・フォートとかマ!? あそこ、マフィア有り、殺人有り、麻薬有り、奴隷有り、スラム街有り、なんでも有りの東部でもトップクラスにやべ~とこだって!! な~にが社会見学だし!!」
リコットはあたふたして手足をバタバタさせた。全身ショッキングピンクの服が目立つ。
そういえば彼女は東部の出身だったはずだ。
「そんなに酷いのか? 一応、同じライネンテ領内だろ? いくら荒んでいるからといって、そこまで無法地帯になるのか?」
ラヴィーゼは懐疑的な姿勢で尋ねた。するとリコットは目をまん丸にして答えた。
「ラーちゃん知らんの? フォート・フォートの別名は外法都市!! 東部の仲でも最も国境に近い都市で、ライネンテ国内の法律なんてあってないようなもんなんだって!! 東部じゃ泣く子も黙るフォートフォートっていわれてるし~」
アシェリィは講義で習ったことを復習するかのように口にした。
「東部は諸外国と面しているから移民が大量に流入してきて、民族が混ざり合ってるんだっけ? だからライネン人の常識が通用しないし、その主権力であるライネンテ王国政府や国軍の干渉も受けにくいって……」
机をドンドンと叩きながら、フーセンガムをふくらませたリコットがアシェリィを指をさした。
「そういう事ってか。ま、実際に行ってみないとわからないやな。社会見学ってそういうもんだしな」
それにアシェリィも頷いた。
「そうだね。そのための社会見学だものね。私も一度は東部に行って見聞を広めてみたいと思ってたんだ」
二人の意見を聞いていたリコットは極めて不機嫌そうだ。フーセンガムを割ると反論は尽きないといった感じで机を叩いた。
「あんたら人の話聞いてるかし? 社会見学ならロンカ・ロンカあたりで満足しときゃいいんだし!! よりにもよってフォート・フォートなんて!! 先生は何考えてるんだし!!」
隠すつもりはなかったにしろ、その会話はクラス中に伝わって生徒の不安をぶり返して煽った。
出発の日、サモナーズクラスの男子3名、女子9名の計12名が港へと集合していた。
「今回、お世話になるのはこの”崖っぷち号”の船長と船員さん達です。皆さん、挨拶を」
フラリアーノは船長と船員を紹介した。上半身半裸でまるで荒くれ者のような船長がずいっと前に出た。
「おはようございます」
声を揃えてクラスの生徒は船長に挨拶した。
「ガハハ!!! 初々しい学生さんって感じでいいねぇ!! 船長の”バラハ”だ。よろしく頼むぜ。 察しのいい学生さんはもうわかったかと思うが、俺ら”崖っぷち号”はその名の通り、いつも”崖っぷち”の航海を請け負ってる。それでも沈まずに続いてるってこたぁ、ま、そういうこったな。その筋では有名だし、信頼も得ているつもりだぜ。乗り心地の保証は一切できねぇけどな!! ガハハハ!!!!」
船体を観察すると大小様々な傷が残っていた。
その傷はこの船がどんな航海をしてきたかを物語っていた。
船首には片手に剣を持ち、それを突き出した勇ましい放国のリーネの彫像が掲げられている。
アシェリィはこういう危険を恐れぬ豪胆な冒険者達がたまらなく好きだ。
そのため、崖っぷち号とそのメンバーを見て自分も航海に出るのだと思うとワクワクしてきていた。
それに反してリコットは憂鬱の塊と化していた。
「いや、どう考えてもこれはおかしいっしょ……。フォート・フォートにいくのもマジありえないし、こんなむさいオッサンの船、しかも”崖っぷち号”って……。マジ生理的にり~む~なんですけど」
ぼやいている彼女の方をドシンとバラハがどついた。
「ガハハ!! まぁそういうねぇ。ピンクの嬢ちゃんよろしくな」
リコットはよろけながらガクガクと首を縦に振った。
クラスの生徒が乗り込むと、早速、船は帆を広げて錨を上げて航海に出発した。
フラリアーノが生徒たちと付添のセミメンター、救護班を集めて説明を始めた。
「ライネンテから北西にはシャルネ大海が広がります。ですが、今回我々はライネンテの沖合……巨人のスネと呼ばれる海路を東に進みます。三日もすればフォート・フォートに到着できるはずです。それまでは各員、自由に過ごしてもらってかまいません。ただし、決して気を抜かないように。この海路は比較的平穏ですが、何があるかわかりませんからね」
半日ほど航海しただろうか、波も荒れず、フラリアーノの言う通り、平穏な海の旅が続いた。
アシェリィは海を進むのが楽しくて常にデッキから水平線を眺めていた。
甲板には生徒が数人、リラックスして談笑するなどして過ごしていた。
フラリアーノ教授はパラソル付きのイスに深く座り、分厚い本を読んでいた。
他にもパラソル付きのイスに座ってくつろいでいる生徒がいた。
あまりにものどかで、アシェリィがあくびをしそうになったところだった。
船がズシンと揺れだしたのである。思わず体勢が崩れる。
揺れ方からして、何かが船体に体当たりをしかけているのだとわかった。
「おう!! 報告急げ!!」
船長が叫ぶと船員がマストに昇って船周りをチェックし始めた。
「海熊……グリズリー・マリーネの襲撃です!! 最近この近海の漁場を荒らしてる連中じゃないですかね!?」
船が揺れたことに驚いて船室の生徒たちもデッキへと走り出してきた。
「情報通りですね……。皆さん、このグリズリー・マリーネの討伐は学院に依頼があったものです。ちょうど我々の航路上ではびこって漁場を荒らしているという連絡がありましてね。お手数ですが、皆さんには連中の討伐を手伝ってもらいます」
クラスのメンバーたちはデッキのふちから下を覗き込んだ。
3m近くあろうかという灰色の大きな熊たちが海面に浮かびながら船を激しく揺らしていた。
赤い目でジッとこちらを視界に捉えている。
爪を立てて徐々にデッキへとにじりよってくる者もいた。
“崖っぷち号”はそれなりに大きな船だったのですぐに甲板までよじ登られるということは無さそうだった。
ただ、相手も巨体である。うかつに取りつかれると船が沈む可能性もあった。
「おっし!! 野郎ども、ドンパチ開始だ!! 振り落とされんなよ!!」
バラハは船員たちに激を入れた。
熊たちが目の色を変えてよだれをたらすその様は、まるで魚の肉だけでは満足ならないといった風である。
「あっと、言い忘れていました。グリズリー・マリーネは常日頃、電撃のトラップに晒されています。ですので、水に棲む生物ですが電気属性は効かないと思ってください!! ならばっ!! サモン・ダークネス・アビスブルー!! ヤーナケーナ!!」
フラリアーノがそう詠唱すると熊のうち数体が突如、水底に引きずり込まれた。
見る限り、水属性に闇属性を加えた幻魔のようだった。
「酷なようだが、溺れてもらいます」
だが気づいた頃には船の周りは血に飢えた海熊達に取り囲まれていた。
普通なら戦意を喪失して、怯えながら食べられるのを待つのみだ。
だが、そこは流石の学院生といったところだろうか。
ほとんどの生徒たちは怖気づく事無く、現状に勇敢に立ち向かった。
普段の戦闘訓練の賜物と言っていいだろう。
男子生徒が幻魔を召喚する。
「サモン マグマニアン・レッド!! マントラー!!!」
ドロドロしたスライムのような塊が出現した。
それは口から溶岩を吹き出してよじ登ってくる海熊に大やけどを負わせた。
マグマをモロに喰らったグリズリー・マリーネは海にゴボゴボと沈んでいった。
「サモン!! フリージング・シアン!! カチコチ・マイン!!」
女子生徒がそう詠唱すると氷の塊に目がついたような幻魔が現れた。
「そおれっ!!」
指で支持を出すとカチコチ・マインは海熊たちの真ん中に飛び込んだ。
「パチンッ!!」
彼女が指を鳴らすと氷の幻魔は破裂して海面を一気に氷結させた。
その勢いを保ったまま、熊たちも次々と凍らせていく。
凍った熊たちはプカプカと水面に浮かんだ。
フラリアーノと生徒たちの攻撃でかなりの数を削ったが、まだ海熊は残っていた。
「おい、クールーン!! お前、大気使い(アトモスフィアラー)なんだろ? 思いっきり帆に風を打ち当てて船を浮かしてくれないか。船体を巻き込みそうで攻撃出来ないんだよ」
クラス一番のイケメンのクールーンにラヴィーゼが頼み込んだ。
「フン。お安い御用さ。レディ達、落とされないようにしっかり捕まってるんだよ!! サモン!! ウィンディ・グリーン!! カルカトス!!」
全身に暴風をまとった大トカゲが出現した。
そのトカゲは体をグルグル回転させたままマストに突っ込んでいった。
マストに当たると同時に風が吹き抜けるように幻魔はかき消えていった。
それによって起こされた強烈な暴風によって船がふわりと浮き上がった。
「おお!!」
船員たちが思わず驚きの声を上げる。
しがみついていたグリズリー・マリーネは海に落ちていった。
船体は浮き、海面がかなり下に見える。
「ええいキリがない!! アシェリィ、リコット!! なんとかして熊を一箇所に集めてくれ!! 一網打尽にする!! 召喚までしばらく時間がかかるから頼んだぞ!!」
「わかった」
「りょ」
アシェリィは迷うこと無くサモナーズ・ブックのラストページを開いた。
「サモン!! クリアランス・アクアブルー!! リーネ!!」
「……か~ら~の妖憑!!」
姿形は変わらないがリコットの雰囲気が一気にリーネのものへと変わった。
「お願い、リーネちゃん!! リコット!!」
「あいよ~!!」
彼女は腰を落として手のひらを足元の海めがけて構えた。
そしてまるで何かをこねるかのように、手のひらをひねる動作をした。
「ラビリンシュア・メイ・シュトーメッ!!」
すぐに巨大な渦巻きが発生した。熊達はその渦巻きの中に次々巻き込まれていく。
渦はまるでかまいたちのようにスパスパと相手の肉を切り裂いた。
同時にその中心部へと熊たちを強制的に流し込んでいった。
頃合いを見計らってラヴィーゼが不死者を召喚した。
「海は死人がよく出るからな……。不死者の幻魔を練るには好条件ってわけさ。今だっ!! ホラーテラー・ダークブルー!! ウミボーズ!!」
そう唱えると海面がものすごい勢いで盛り上がり始めた。
そして頭のまん丸な幻魔がヌーッっと海から顔を出した。目玉もまん丸でギョロリと周辺を見渡している。
その体は深海のように暗く、体内が波立っていた。
幻魔が出現したといよりは海そのものが幻魔化しているように見える。
ウミボーズは突如、大きな口を開けて一気に一箇所に集まった熊たちを飲み込み始めた。
そして一通り飲み込み切るとそのまま大きな飛沫を上げて、海中へと消えていった。
「フラリアーノ先生のを参考にした。そのまま海底で永遠に眠りな……」
その時の飛沫が激しく跳ねて、辺り一帯はスコールのように雨が降った。
少しして雨が止むと綺麗な虹がかかった。
船が派手に着水すると熊達は全滅していた。
難なくグリズリー・マリーネを撃破出来たことによって生徒たちは勢いづいた。
いい調子で社会見学のスタートを切ることが出来た召喚術クラスであった。




