売れ残りのエレジー
ザティスとアイネの乗ったドラゴン・バッケージ便は無事にミナレートの空港へと着陸した。
「ふぅ……。アイネ、膝枕、助かったぜ。ありがとうな」
屈託のない笑みを浮かべるザティスだったが、アイネは頬を赤くして目線をそらした。
「なんだぁ? 照れてんのか? ファイセルの夫妻じゃあるまいし、これくらいカップルなら当たり前だろ?」
照れ隠しなのか、彼女はそっぽを向いたままだ。
「んじゃま、降りるとしますかね。ふぃ~高い高い。生きてる心地がしなかったぜ……」
そして二人はドラゴン・バッケージ便を降りた。
「あっち~。相変わらずここは常夏だな……」
「本当に暑いですね……。王都ライネンテは四季がありましたけど……」
王都ライネンテに負けじとミナレートの空港にもマーケットが広がっていた。
「あっ、そういえば……」
アイネが思い出すように声を上げた。
「ん?」
歩幅を合わせて隣を歩いていたザティスは彼女の顔を覗き込んだ。
「ラーシェさん、どうしましょう。私達がお付き合いを始めたのを知ったら……」
青年はやや大げさに片方の手のひらを顔に当てた。
「あちゃ~。忘れてた。チーム内でカップルが二組も出来たのに一人だけ残ったとなるとな~。お互いの関係にヒビが入りかねないぜ……」
アイネは腕を組みながら片手の指を頬に当てて悩ましげにつぶやいた。
「しかもラーシェさん、彼氏が出来ないことが相当ショックみたいで、よく私と愚痴り合ってた仲なんですよ。それなのに私に恋人、ましてやザティスさんがなんて言ったら…………。表向きは祝福してくれるかもしれませんが、絶対に心の奥では大ダメージを受けるはずです。私もそれは避けたいですね……」
腕を組む女性は困惑を隠せない様子だった。
解決策になるかどうかはわからないが、ザティスはあることを思いついて提案した。
「とりあえずファイセルの夫妻に報告してみようぜ。そんで四人で話せばいい案が出てくる……かもしれねぇ。この時間ならもう放課後だろう。とりあえずあいつらを呼び出してくるぜ。アイネはポンタ公園で待機しててくれ。そこから”パーラー・コクーン”へ移って話をしよう」
二人は揃って頷くとそれぞれ別行動をとった。
“パーラー・コクーン”……このジュース・パーラーは座席につくとその座席が特殊な繭に覆われる。
その繭の中で喋っていることは外に漏れないという特徴を持っている。
内緒話をするにはもってこいという喫茶店である。
もっとも、店の出入りは誰でも見られるので本当の極秘会談などには使えないのだが。
ファイセルたち―――サプレ夫妻をザティスが連れてきた。
ザティス、アイネ、ファイセル、リーリンカが喫茶店の席について繭に覆われた。
「まずはオーダーといくか。俺はリラーラの実のスカッシュ」
「あたしは汁蜜カマキリのパッフェ」
「僕はしぼりたて海岸オレンジ100%」
「私は……そうだな、ドロロ海藻の炭酸ドリンクだな」
飲み物が届くと四人はグラスを掲げた。
「ほんじゃま、互いの無事と再会に乾杯!!」
全員が一口二口ドリンクを飲んで喉を潤す。
リラックスし始めるとファイセルが疑問を口にした。
「でもさー、再会を祝うのはいいけど、なんでラーシェを呼ばなかったのさ」
リーリンカも頷いてラーシェを呼ばなかったことに関して苦言を呈した。
「そうだぞ。私達の仲じゃないか。誰かをのけものにするような行為は良しとは言えんぞ」
二人の鋭い指摘を受けて、思わず隣同士で座っていたザティスとアイネは顔を見合わせた。
そして言いづらそうにたじたじの狼は口を開いた。
「そ、それがだな……」
サプレ夫妻は詰め寄るように棘のある視線を送ってきた。
「じ、実はな、俺とアイネ、付き合うことにしたんだ」
すぐに夫妻はリアクションを返してきた。
「なんだってー!?」
「ウソだろ!?」
夫妻は二人とも信じられないといった様子で驚愕の顔色になった。
「わー!! おめぇら声がデカイって!!」
“パーラー・コクーン”なので音は外に漏れないが、思わずザティスは声を荒らげた。
「第一な、お前らがいきなり結婚して帰ってきた時のほうが遥かに驚きだぜ。俺らまだ付き合い始めだからな。人のこと言えねぇだろうが!!」
背の高い茶髪の青年は目の前の夫婦を指さした。
「そう言われてみれば」
「何も言うことはできんな……」
息ピッタリにファイセルとリーリンカはコクリと首を縦に振った。
「でも、別にラーシェを呼んでも良かったんじゃない? きっと祝ってくれると思うよ」
その発言にファイセル以外のメンバーはうつむいた。
そしてため息をつきながら首を左右に振る。
すぐにリーリンカが説教するように彼に打ち明けた。
「鈍いなお前は。あのな、ラーシェは恋人が出来ないことをコンプレックスに思っているんだぞ。私達だってもう二十歳越えだ。恋に恋い焦がれる年頃の乙女が何も思わないわけないだろ。お前には全く話してなかったが、私とアイネは散々グチを聞かされてたんだよ」
それを聞いた黒髪の少年はイスからのけぞるようによろけた。
「え~~~!? じゃあ、二人が付き合ってるなんてうかつにラーシェに言ったらまずい事に……」
再度ため息をついてリーリンカは首を横に振った。
「ハァ……。お前、気づくの遅いよ……」
「そうか、だから詳しいことは伝えずに僕らを呼び出したんだね……」
ファイセルは頭はキレるほうだったが、こういった色恋沙汰に関する事柄についてはサッパリだった。
そのせいでリーリンカがしばしばやきもきするのだが。
「―――つまるところ、ラーシェの件で落とし所のつけ方を相談したい。それで私達を呼んだんだな」
夫妻の妻のほうは難しげな顔をして腕を組んでいた。
「そそ。そういうこと。リーリンカ様々、どうにかなんねぇかな?」
海藻ドリンクをちょいちょい飲みながら彼女は首を傾げた。
「また厄介な話を……。お前らが付き合っているのを悟られないようにする……と言葉にするのは簡単だ。しかし、そういうのは勘が鋭い女を前にするとあっけなくバレてしまうものだ。それに、隠していて窮屈な思いをするのもお前らのためだとは思えん。これはラーシェにとって少々、いや滅茶苦茶きびしいが、隠さず正直に言ったほうが後腐れがないだろう」
作戦立案などで困った時はリーリンカをあてにすることも多いが、その彼女がこう言うのである。
彼女は続けた。
「それに、薬になるか毒になるかはわからんが、もしかするとこれがきっかけになって彼女の恋愛観が変化する可能性もある。強烈なショック療法というやつだな。……療法と言えるのかはわからんが……。ラーシェにも原因があってな。あいつは無自覚に男子からの誘いを断ってるんだ。とにかく理想が高すぎるんだよ」
結局、隠したまま穏便に済ますという選択肢は好ましくないだろうと言う意見で満場一致した。
最初はザティスとアイネは戸惑っていたが、やがて腹をくくったのか不安を表に出さなくなっていった。
リーリンカは二人の決意を見届けてうんうんと首を縦に振った。
「覚悟の決まった良い顔つきだ。ラーシェを呼ぶには……場所を移そう。そうだな、座敷で落ち着ける”八ツ釜亭”あたりでいいだろう。そしてここからが大事なのだが、もう最初からあっさり打ち明けてしまうといいだろう。ぐだぐだ後に引き伸ばすのは得策とは思えん。いいか、嫌味にならないようにさらっと告白してさらっと終わらせるんだ」
その日の夜、エレメンタリィ(初等科)のファイセルチームのメンバーたちが再集結した。
もちろん今度はラーシェも参加している。
揃ったのを確認するとさっそく一行は八ツ釜亭の座敷席にあがった。
「ザティスもアイネもひさしぶりじゃ~ん。元気そうでなによりだよ!!」
ラーシェはこの後に何が控えているかも知らずに明るく笑った。
全員が主食とドリンクの注文をすませた。しばらくするとドリンクだけがやってきた。
「それじゃあ、久しぶりの再会に乾杯!!」
ファイセルが乾杯の音頭をとった。
“今だ!!”とサプレ夫妻はザティス達にアイサインを送った。
それに答えて大柄な青年はテーブル越しにラーシェに向けて話しかけた。
「ら、ラーシェ。そういえばよ、俺、アイネと付き合い始めたんだよ」
「は?」
どこか威圧感のある「は?」が座敷に響く。
「だからな、俺とアイネ、付き合い始めたんだって」
ラーシェはまるで氷漬けになったかのように硬直してしまった。
未だに頭の中で起こっていることが理解ができていないといった反応である。
「は? ウソでしょ……? はは、冗談だよね?」
乾いた笑いが場にかかるプレッシャーを重くする。
そこで、アイネは勇気を振り絞った。
「本当ですよ。まだ付き合って間もないですけど、ザティスさんと確かにお付き合いさせていただいてます」
ラーシェは再びフリーズしてしまった。
周囲は宴会は賑やかなのに彼女らの一室だけがひんやりとしているように感じた。
思わず他のメンバーは息を飲んだ。彼女の反応をうかがったのである。
「お、おめでとう!! 二人とも良かったじゃん!! アイネもようやく彼氏ナシから卒業だね!! めでたいことだ!! うんうん!!」
明るいリアクションが帰ってきたが無理をしているのが丸わかりだった。
「めでたいから久しぶりに古酒飲んじゃおうかな~!! 店員さん、アルマテーアください!!」
アルマテーアはツンと鼻につく果実の風味があり、非常に高いアルコール度数を誇る古酒である。
ラーシェ以外の全員が嫌な予感がしたが、さすがに酒を飲みたいというのを止めるわけにもいかない。
料理が届くと五人は楽しく世間話や近況報告をしあっていた。
思っていたよりも平和的な流れで安堵しきっていた四人だったが、小一時間もすると酔いの回ったラーシェが荒れ始めた。
「どぼじで、どぼじて、あだじに彼氏ができないのよ”ぉぉぉぉ!!!」
「うぃ~、なんであだじにはがっこいい、おうじざまがあだわれないのよぉぉぉ~~~!!」
「ファーイゼルくんもザディスも彼女もちになっちゃったし、えぐっ……」
「あだじはわるくない~わるぐな~~~~~~~~い」
「うぇ~い!! 次はサルトリアS、もってこ~~~い!!」
あまりにも目に余る暴飲にリーリンカがストップをかけた。
「そこまでにしておけ。さすがに飲みすぎだ。古酒なんだから吐くぞ……」
「ヴッ!!」
彼女は手で口を押さえてトイレへ駆け込んでいった。
「やれやれ。この一件でヤケ酒飲みにでもなったら厄介だな。だが、これはラーシェにとって遅かれ早かれ通る道だ。傷が塞がるのを待つしかないだろう。時間が癒やしてくれるとしか言えん」
ラーシェはトイレから戻ってくるとぐで~っと横たわってしまった。
「よかったのか? これで」
「私もよくわからなく……」
困惑するザティスとアイネをファイセルが笑顔でフォローした。
「な~に。ラーシェが悪酔いするのは今までにも時々あったじゃないか。それに、リーリンカの言う通り、いずれ言わなきゃいけなかったことなんだ。二人が気に病むことはないさ」
その言葉に新たなカップルは救われた気持ちになった。
「……っっぐ。えぐっ。ひーーーっ……」
いつのまにかラーシェはリーリンカの膝の上に顔を押し付けて泣いていた。
その背中をリーリンカが優しくさすった。
「お~よしよし。ハァ……。涙でぐしゃぐしゃじゃないか……。おいファイセル、この膝の上の泣き虫っ子を女子寮に連れて行くの手伝ってくれ。私一人じゃ無理だ」
「わかった」
こうして彼女はファイセルとリーリンカによって自室へと運ばれてベッドに寝かされた。
そして夜があけた。
チュンチュン……
「あ”~頭痛ッつ!! ……確か昨日、古酒をしこたま飲んだんだっけ。二日酔いしてるな~。ん? なんか大事な事を忘れている気が……。あああぁぁぁーーーーーーー!!!!」
ラーシェはベッドから跳ね起きて頭を抱えた。
「ザティスとアイネが……付き合うって?」
朝の気持ちいい風とは裏腹に彼女の気持ちはどん底へと落ちていった。
「めでたい!! 確かにめでたい!! でも……ウソでしょ……ウソでしょっ!?」
思わずラーシェは部屋のゲル・サンドバックにキックを打ち込んでいた。
「ウソ!! ウソ!! ウソッ!!!! くんぬぉっ!!!」
バシュウッ!! バシュウッ!!
サンドバックの音が虚しく部屋にこだました。
「私だけ売れ残り? ウソだって言ってよ……」
無性に疎外感にさいなまれて、その場でラーシェはへなへなと座り込んでしまった。
なんとか立て直して学院へ行ったが、彼女はその後、しばらく上の空だった。
「調子が悪いの?」だとか、「元気ないね」だとか人から言われる程度に、その衝撃は彼女にとって大きかったのだった。




