空を翔ぶのは命がけ!
リジャントブイル魔法学院の校庭に大きな声が響く。
「どうしたフォリオ!! 当たりが弱いぞ!! しっかりしろ!!」
フォリオはオーブにまたがった女子先輩から強烈なタックルをうけていた。
部員たちが乗っている乗り物は様々で、各々が愛着を持つようなものだった。
中には果たして飛ぶのに適しているか怪しいような乗り物にのる者も居る。
フォリオは何度も何度も繰り返される打ち付けに思わずよろけた。
空を飛んでいると何かに衝突するケースは多い。
時にそれが命取りになりかねないだけあって、衝突に耐える訓練はいつも互いに真剣だ。
「ほらほらっフォリオっ!! 押し返してこなきゃダメじゃんよっ!! クラシカルの誇りはどうしたの!!」
ホウキにまたがる人々は今や少数派で、皮肉ぶって古典的なという意味で”クラシカル”などと呼ばれていたりする。
上級生女子の激しいタックルを受けてついに少年はバランスを崩した。
「たたたたた、助けて!! こここここっ、コルトルネー!!」
愛用のホウキに声をかけるとホウキは落下するフォリオを追った。
彼は手が届く範囲まで来た相棒に片手でひしっとしがみついて落下を免れた。
「フォリオ!! ホウキに頼りすぎだ!! 俺たちはそれぞれの相棒を”乗りこなさなきゃ”いけないんだ!! 今の君にはそれが出来ていない。そのホウキにおんぶにだっこなのさ。その調子だとそのうち、相棒から愛想をつかされるぞ!! バディに恥じない乗り手にならなきゃいけないんだよ!!」
フライトクラブ部長のヴィラトは宙にふわふわと浮く大きなランタンにぶら下がったまま叱咤の声をかけた。
片手でホウキにぶらさがった状態の彼に、追い打ちをかけるように先程の上級生が体当たりをしかけてきた。
この姿勢でタックルを食らうと落下不可避だ。
少年は力を込めると上級生を振り切って急上昇しつつ再びホウキにまたがり直した。
「そそそそそそ、そんなこと言っても!!」
ミドル(中等部)、エルダー(研究科)の先輩たちの厳しいぶつかり稽古は続く。
「ああああああ、あだっ!! ぎぎぎぎぎぎぎぎゃふんっ!!」
強烈な衝撃を受けてフォリオはヘロへロとよろける。
「耐えろ!! 耐えろフォリオ!! そらっ!! 耐えてみせろ!!」
ヴィラトの持っていた空飛ぶランタンが激しく点滅した。
部員たちはサングラスをかけたり、ゴーグルをかけたりしてこの閃光をかわした。
だが、体当たりを受け続けていたフォリオはとっさの閃光に対処することができず、目がくらんできりもみしながら落ちていった。
バトルロイヤルでイクセントに似たような妨害を受けた事がトラウマとしてフラッシュバックする。
彼はそのまま校庭に張られたマギ・ネットに受け止められた。
一見するとフォリオのこの訓練は厳しいように思われたが、新入生は皆、似たような訓練を受けている。
彼だけ特別厳しいわけではないし、集中的にしごかれているというわけでもなかった。
空を飛ぶということは死と隣り合わせの命がけの行為である。
こういった厳しい練習が日々繰り返されるのも致し方ないことだった。
「フォリオ、大丈夫か?」
ヴィラトが降りてきて彼に手を差し出した
光をモロに喰らった彼はまだその影響が残っていて、ふらふらと立ち上がった。
歯を食いしばりながら手のひらを額に当てている。
「だだだだだ、大丈夫です。こここここっ、コルトルネーもまだやれるって言ってます」
部長は彼が大事そうに抱えるホウキを見て喋った。
「そういえば君は、シンクロ・シンパシィ……ホウキやモップ、デッキブラシと意志が通じるんだったね。それはそれで良いことなんだが、やはりホウキに頼りすぎている感は否めないな。現状では君自身の実力がコルトルネーに追いついていないんだ。やはり君自身が力をつけるしか無い。トレーニング再開するよ!!」
「押忍!!」
部員たちは揃って声を張り上げて練習を続ける意志を示した。
「新入生たちもそろそろ”アレ”と会っておかなきゃならないね……」
部長のヴィラトが指をパチンと鳴らすと校庭の真ん中に檻が出現した。
何やらモンスターが入っているらしく、檻はガタンガタンと激しく揺れていた。
随分、生きのいい生物が入っているようだ。
まだヴィラトの解説は無かったが、新入生たちは”それ”が何であるかおぼろげにわかっていた。
「そう、これは空飛びの天敵、龍族の暴れドレークさ。まぁこいつはレッサー・暴れドレークで大型のやつに比べるとかなり小さいんだけどね」
茶色で蛇のようなシルエットが暴れているのが見える。
「レッサーとはいえ、いきなり襲撃されたらタダではすまないよ。僕たちはこいつや大型の暴れドレークに偶然遭遇してしまってもなんとか生き延びる術を磨くしか無い。死んだらそれまでだしね。というわけで、新入生には初めて暴れドレークと当たってもらうよ」
もう一度、部長が指を鳴らすと檻の戸がゆっくりひらいた。
「キュルキュル……クキュルキュルキュル…………」
その形状はワイバーンとよく似ていた。手は小さく退化し、足は地着陸できるようにがっしりしている。
体のサイズは小さめで成人女性と同じ程度だ。
首は蛇のようにニュルニュルと長く、背中には本体の二倍はあろうかという大きな羽がついている。
尻尾も首と同じくらい長い。
体中の硬そうな茶色の鱗が凹凸にせり出して光を反射してキラキラと輝いてた。
美しい見た目ではあったが、真っ赤な瞳をこちらに向けられると思わず目をそらしたくなる。
獲物を欲する貪欲さをジリジリと感じさせられたからだ。
「一応、訓練用に調教してあって、野生のやつとは違うんだ。校庭をぐるぐると決まったルートで回るようになっている。あとは噛み付きもしないようにしてあるからそこは安心して。ただし、こいつのタックルは上級生でも吹っ飛ばされることがあるくらいだ。油断してると大怪我するぞ。じゃあ、上級生も混じってドレーク・チャレンジだ!!」
開いた戸からレッサー・暴れドレークは飛びたった。そのまま美しい軌道で弧を描きながら校庭を周回し始めた。
まるで“の”の字を書くようなうねりのついた飛び方だ。
遠くから見ると、これが暴れながら飛んでいるように見える。
そこから暴れドレークという名前が来ているのである。
「まずは手本を見せるよ。こうやって、ドレークと並走するんだ」
ヴィラトは大きなランタンを加速させるとドレークの横に並んだ。
すると龍族は激しく彼に体をぶつけ始めた。
ドレークもどうやったら人を叩き落とせるのかを熟知しているらしくて右からタックルしたと思ったら今度は逆の左からぶつかって揺さぶりをかけた。
その勢いやすさまじいものであって、まるでサンドバックのように部長は左右に揺られた。
そのままどんどんドレークは加速していった。それに追いつくようにヴィラトも加速した。
「ドレークは獰猛なだけじゃなくて、スピードも半端じゃない。いや、むしろスピードが脅威なのかもしれない。ドラゴン・バッケージ便よりはるかに速い。だからタックルを受け続けつつも、こいつらに追いついていく。これが完璧に出来ないとの一流の空飛びとは言えないぞ!!」
部長ヴィラトがドレークを追い越した。すぐに次の上級生が龍と並んで同じようにぶつかりを喰らいつつ、喰らいついて行く。
さっきのぶつかり稽古はこのためにやっていたのだと、フォリオは思わず脚が震えた。
段々と学年が下がっていくにつれ、ドレークにふっとばされる生徒が目立ち始めていた。
このチャレンジに耐えきれるのはミドルとエルダーの一部だけなのが見てわかった。
新入生はほぼ全滅である。そもそも、龍に追いつけない者が多い。
瞬発力で追いついたとしてもそのスピードを維持しつつ、衝突を耐えきるのは並大抵の腕前では出来ないことだ。
校庭にルーキー達の悲鳴がこだました。
それを聞いていた他の部活の面々は”あぁ、またいつものアレだな”と思うのだった。
そうこうしているうちにフォリオの番が来た。
風を切ってなんとかドレークに追いつくことができたが、あしらわれるように尻尾で強烈な一撃を受けて吹っ飛んでしまった。
「たたたたたた、耐えて!! コココココ、コルトルネーッ!!」
彼の念が通じて、校庭のネットのギリギリでホウキはピタリと止まった。
追いかけようと思えば追いつける距離にあったが、フォリオは恐怖で体が動かなかった。
「むむむむむ、無理だよ……。ややややや、やっぱ、ああああああ、あんなのに、たたたたたた耐えきれるわけがない…………」
怯える少年に部長は活を入れた。
「フォリオ!! そんなのでホウキに恥ずかしいと思わないのか!! ご先祖さまから伝わる大事なホウキなんだろ!? それに見合った乗り手になるには!? ここまで言ってわからないならお前に資格はない!! コルトルネーを降りろ!!」
普段は温厚な部長のこの発言にフォリオは驚いた。
だが同時に彼の言っていることも間違いではないと思った。
「こここここ、コルトルネー……ぼぼぼぼ、僕……ごごごご、ごめんよ……」
目をつむって震えながらホウキを抱くと少年は”それ”と意志疎通が出来た気がした。
「いいいいいい、いいから、つつつつ、突っ込めとか、むむむむ、無茶言うよ……」
そう言いながらフォリオは肩のフライトクラブのエンブレムをさらりとなでた。
「そそそそそ、そうだよね。ぼぼぼぼぼ、僕だって、ふふふふふ、フライトクラブの一員なんだから……いいいい、いや、ふふふふ、フライトクラブなんだぞ!!」
ホウキ少年は不安と勇ましさ入り混じった表情で再びドレークに追いついた。
今度は尻尾だけでなく、体も打ち当ててきた。大きく小さな体のフォリオは揺られる。
それでもなんとか彼はホウキにしがみついて踏みとどまった。
そして時折、ひらりひらりとタックルを避けた。
「いいぞ! フォリオーッ!! 踏ん張れー!!」
足元から声援が聞こえる。
その直後、フェイントを織り交ぜたドレークのヘディングを叩きつけられてフォリオは校庭のマギ・ネットに着陸した。
目を開けると部員たちが彼を囲んでいた。
「よくやったぞフォリオ!! この調子が毎回、どんなシチュエーションでも出せるようになれば誰もお前のことを弱虫だとは言えなくなるさ。少しずつでいい。俺たちで”勇気を育てて”いこう」
ヴィラトは彼に手を差し伸べた。
「ややややや、やっぱり、よよよよわむし、あああああ、つかいだったんですか……」
部長を含めて部員たちはみんな首を縦に振った。
「そそそそそ、そんなの、あああああ、あんまりだぁ~~~!!」
フォリオの反応にフライトクラブのメンバーは思わず笑みを浮かべた。
だが、今日の活躍で彼がただの弱虫のヘタレだと思うものはだいぶ減ったのだった。




