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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter4:奇想天外!! 摩訶不思議!! 魔術学院ライフStart!!
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WEP(ウェップ)メトラーの葛藤

日がすっかり落ちて街が夜に包まれた頃、シャルノワーレは早めの夕食をすませて出かけ支度をしていた。


外出するにはいささか遅い時間である。彼女は何のために出かけるというのか。


酒を呑みにでもいくのか、それとも”大人の遊び場”にでもいくつもりなのか。


いつも着ている装飾の多いエルフの装束でなく、地味目のブラウスとスカートという出で立ちだ。


そしてキラキラと美しく輝く水色の長髪をまとめあげてお団子にている。


その上から帽子もかぶって美しい髪と、とんがり耳が露出して見えないようにした。


玄関そばの立ち鏡で見た目をチェックすると、ノワレは女子寮を出てドアノブを触り、ロックをかけた。


彼女が日が暮れた後に出かけたのはマーケットである。


ミナレートには大きなマーケットが3つの他、通りの脇の露店商や小規模なマーケットが点在する。


今回、目指しているのはそのうちの一つ、都市西部の”クランケアーネ”と言う名の市場だ。


だが、ただの市場かというとそんなこともなかった。


この”クランケアーネ”は夜になると掘り出し物あふれるナイトバザールへと姿を変えるのだ。


ちなみに三つの大きなマーケットはどれも夜になるとナイトバザールへと姿を変える。


ここはその中でも通称”魔女のワシっ鼻”と呼ばれるバザールだった。


昼間とは店主や店の内容が全く変わっていたりして、まるで別の市場のように変貌しているのが特徴だ。


退廃的な魅力漂っていて、夜遊びにはうってつけのマーケットである。


その反面、お世辞にも治安は良いとは言えない。


だから彼女は目立つエルフの装束を避け、髪と耳を隠したのである。


シャルノワーレは慣れた足取りでナイトバザールを物色し始めた。


彼女は単なる夜遊びに来たわけではなかった。


とりあえず気まぐれに店先に吊るされた立派な騎士剣を手に取る。


「お嬢ちゃん、目の付け所がいいネェ!! それは騎士団から卸した剣で新品ホヤホヤ!! それがたったの10万、いや、7万シエール!! どうだいどうだい!?」


ノワレは目を閉じると武器の記憶を読む魔術、”WEPウェップメトリー”で武器の記憶を読み始めた。


(ハァ……ハァ……。や、やめてくれ、助けてくれ!! どうか、どうか命だけは!!)


(流石に神殿騎士テンプルナイトでも袋叩きにするとなんのこたねぇな。いや、おめぇがヒヨッコなだけか。じゃ、この騎士剣はもらっていくぜ!!)


(ま、待ってくれ!! それだけは!! 教会から(たまわ)った大事な装備なんだ!!)


(うるせぇよ!!)


(がはッ!!) ―――


エルフの少女は目を開けた。同時に騎士剣を元あった場所に吊るして戻した。


「どこが新品なのかしら。盗品を売っている店なんて信用ならないですわよ?」


ノワレがそう言い放つと店主は態度を豹変させた。


「チッ!! 言いがかりをつけなさんなら失せな!! あんたなんかに売るもんはねぇよ!!」


WEPメモリーはウソはつかない。あの騎士剣は間違いなく盗品に違いない。


「はいはい。わかりましたわ。こんな店、こちらから願い下げですわ」


彼女はプイッと顔を背け、またもやマーケットを物色し始めた。


売っているのは武器だけではない。異なるものを取り扱う店は色とりどりの宝石のような色をしていて心躍る。


食材屋やフードコード、ビアガーデンに始まり、マジックアイテム、薬類、武器防具、アクセサリー、素材、骨董品、芸術品、何に使うのかわからない物などなどだ。


ノワレの魔術、WEPウェップメトリーはその武器を使っていたものの持ち主の記憶を読みとり、その戦い方を再現するというものである。


しばらく使っていると記憶メモリーせてきて使えなくなるという欠点を持つが、それまでは元の持ち主の扱い方を忠実に再現できるのだ。


その特性上、新品の武器では魔術を発揮することが出来ない。


昼間のマーケットでも中古武器は売っているが、彼女が探しているのはいわくつきの”ヤバイ”武器である。


そんじょそこらの中古武器ではWEPウェップメトリーの本領は活かしきれない。


そうなると自然と、どこか怪しげなこういったナイトバザールに行き着くというわけだ。


当然、そういう代物は呪われていたりもするのだが、それでもやはり並の中古品よりは段違いに強い。


撲救(ぼっきゅう)のグランゼンのメイスも厄介な思いをして解呪して使っていたものだ。


彼女の場合は武器の記憶を直接触れて読み取らないといけないため、通常の目利きと比べると鑑定に時間がかかってしまうのが難点である。


数回読み取るだけならまだしも、連続でいくつも読み込むとなるとそれなりに疲れる。


それに強力な使い手がその武器を手放すということは何らかの”特別な事情”があることが多い。


記憶は鮮明に蘇るため、読み取ってみると人の死に目を目撃したような状況になることも珍しくない。


そういったメモリーは得てして後味の悪いものである。


それに関しては半ば慣れっこになっているところもあるのだが、気分のいいものではない。


ちなみにノワレが普段愛用している弓矢のほうはエルフ特有の技芸であって、WEPウェップメトリーによるものではない。


弘法筆を選ばずとでも言えるだろうか。


エルフ族は弓と呼ばれるものならだいたいどんなものでも器用に使いこなすことが出来る。


小型弓、ボウガン、大弓、果てはバリスタまで、高い命中率を誇る。


もちろん弓矢に関しても記憶を読むことは可能だが、彼女としては慣れたエルフの弓の使い心地がいいため、その必要性がないのである。


ノワレはナイトバザールの中央にあるフードコートでドライアドの蜜のドリンクを買って飲んでいた。


この蜜ドリンクを飲むと故郷―――カホの大樹のことを思い出す。


後悔の念と激しい復讐心ふくしゅうしんが呼び起こされるが、彼女はこれを飲むのを止めることが出来なかった。


大樹の実から産まれた高貴なエルフ姫君なのに。


更に最も日当たりの良い場所で育ったノーブル・ハイ・エルフなのに。


どうしてこんな雑種あふれる市場を巡るような惨めな思いをしなければならないのか。


ナイトバザールで躍っていた心が一気にどん底まで落ちた。


思わず彼女は座っているベンチに片手の握りこぶしを叩きつけた。


イライラしながら高貴とは程遠い歯ぎしりをする。


「あいつ……覚えていなさいよッ!! 絶対……絶対!!」


もう一度、拳でベンチを叩いた。周囲の人達が距離を置き始める。


飲み物の入っていた容器を握りつぶして投げ捨てると彼女は再び武器探しを始めた。


いつもこうなるとはわかっていてもドライアドの蜜はやめられない。


それは彼女が故郷を恋しいと思う証拠であった。


厄介なことに昼間の市場とは違ってナイトバザールは毎回、店の位置が変わる。


どう打ち合わせしているのかさっぱり分からないが、昨晩はフードショップだったところが、翌晩は宝石店になっていたりするのである。


どうやらこれといった法則性は無いように思える。


ノワレも最初はこれに驚いた。後で来ようと思っていた良さそうな武器屋の場所が全く別のところに変わっているのである。


そうなるともうそれなりに広いマーケットの隅から隅まで足を運ぶしか無い。


時刻は夜10時を回っていた。そろそろ酔っ払いや荒くれ者が増えて治安が更に悪くなり始める頃だ。


今日は切り上げようと思ったちょうどその時、見慣れた店主の店を何とか発見することが出来た。


「お嬢さん毎度~。今日は何をお求めで?」


口を民族衣装らしき布で覆ったエキゾチックな女性の店主だ。


ノワレは店先で一本一本、丁寧にWEPウェップメトリーで武器を吟味していく。


「うぅっく!!」


重い戦斧を持ち上げると彼女はよろけたが、記憶を読み始めると片手で掲げられるようになった。


戦斧はまるで蝶々(ちょうちょ)の片羽のような形状をしていた。


「いや~。いつみてもお嬢さんのソレはすごいね。そういう魔法かなにかなのかい? わたしにゃよくわからないけど」


エルフの少女は静かに瞳を閉じた。


(キャーーーーーー!!! スケルトンが、不死者アンデッドの群れが来るわ!! 数え切れないくらい!!)


(グルデ、アッバス!! お前らは街人の避難を優先しろ!! 攻めてくる連中は俺が一手に引き受ける!!)


(でも!! グルーカンさんが!!)


(俺がこんなとこで死ぬと思ってんのかよ? かかってこい。骸狩むくろがりを生業にしてんだ。伊達じゃねぇってところを見せてやるぜ!! それに雇われた分は働かねぇとな!!)


(ぐ、ぐぐ……もう矢が何本刺さったかわかんねぇぜ。チクチク狙ってきやがって……街の連中は逃げ切れたか……? いや、まだ、まだこんなに逃げ遅れてる奴らがいる!! まだ食い止めなきゃなんねぇ!! 次に相手するのはどいつだ!? あの世に送ってやるよ!! うおおおおおおおおおらぁぁぁぁっっっ!!!!)


(こんな荒れ地の真ん中に斧……? そうか、ここはたしかもともと街だった場所のはず。中部は抵抗も虚しく、大勢が死んだと聞く。あちこちに残骸や遺品が転がっているな……。犠牲者達には悪いが、こちとら冒険者なんでな。この斧はもらっていくぜ。……重いな)


(ふ~ん……お前さんがその斧ねぇ。結構古いんじゃないか? ひどいサビと汚れだが、できるだけ綺麗にしてやるよ。あんたも頑張ったんだろうからね。蝶々の片羽みたいな形から名付けるにパピヨーネ・アクシュエとかいいんじゃないか?)―――


ノワレは一通りメモリーを読んで瞳を開けた。


「あ~、その武器か~。そりゃ中部の荒れ地で発見されたもんだね。仁王立ちするように地面に刺さってたんだってさ。真銀しんぎん製品だから不死者アンデットにはよく効くと思うよ。そんな重い物、振り回せればの話だけど」


ノワレは片手でその大きな戦斧を軽々と一振り二振りした。斧が風圧を起す。


ややサビはあるものの、丁寧にメンテナンスされているのがWEPウェップメトリーでわかった。


「あんたにゃちょっと不釣り合いな大きさだけど、ギリギリ腰にさして使えないこともないんじゃないかね。どうだい買うかい? 18万シエールだよ」


戦斧を持った少女はそれを腰にそえてみた。


このサイズなら背負いたいところだが、背中には弓を装備したいからだ。


試してみると柄を腰にさして、何とか片手剣のように扱うことができそうである。


「かなり不格好ですわね……。おまけに一級品とは程遠いですわ。それでも、かつての持ち主の魂と戦いぶりは買いましてよ。……はい。これ、お代ですわ」


ノワレは紙幣と硬貨を硬貨多めで店主にジャラジャラと渡した。


「まいど~。嬢ちゃんまたな~」


店の女店主はけだるそうに手を振った。


大きな斧はナイトバザールにおいて悪目立ちしていたので、彼女は厄介事に巻き込まれる前に素早くその場を後にした。


満足な掘り出し物を買ったはずのノワレだったが、その表情は曇っていて、やるせなさに満ちていた。


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