プリン水探偵をやるしかない!!
ファイセルは最近、ある飲み物に凝っていた。
プリン水である。それは字のごとく、固形のプリンを液体に変化させたものだ。
上層は黄色く、下層にはカラメルが入っていてグラスに入れるとプリンの断面と同じように見える。
とても甘く、”飲むプリン”と形容することも出来るだろう。
甘いものが好きなファイセルのためにリーリンカがこれをちょくちょく作ってくれるのだ。
魔法薬学と関係あるかは定かではないが、彼女はとても美味しいプリン水を作る。
そしてそれをビーカーにラップをした容器でファイセルに渡してくれるのだ。
彼女は実験用のようなビーカーやフラスコなどを料理などの容器にしばしば使う。
これには少し違和感があったが、中身に影響を与えるでもなかったのですっかり慣れっこだった。
意外とリーリンカは料理上手だったりするのだ。
今日も彼女からプリン水のプレゼントを受け取ってファイセルは鼻歌を歌いながら自室に帰った。
楽しみにとっておこうとその日はプリン水を飲まずに持ち帰った。
そしてもらったそれを、物を冷却する家具である冷蔵庫のアイシクル・ボックスに入れた。
俗に言う冷蔵庫というやつである。
翌朝、朝食をとった後、一日の始めにプリン水を飲もうとアイシクル・ボックスを開けた。
すると不思議な事にビーカーの中は一滴残らず空っぽだった。
彼は頭に人差し指を当ててグリグリとしながら記憶をたどった。
「う~ん……昨日の夜中、寝ぼけて飲んじゃったのかな? ま、いっか……」
底抜けに呑気なリアクションだったが、登校の時間が迫っていることもあって、ファイセルは朝の支度をして外出した。
後日、またリーリンカからプリン水をもらえる機会があった。
喜ぶファイセルを見てリーリンカも嬉しそうだった。
「まったく、プリン水が大好きだなんてお子様みたいだな。でも喜んでくれるなら……その……何だ……嬉しいよ」
リーリンカは目線をそらして頬をほんのり赤くした。
そしてその日もファイセルは冷蔵庫にもらったプレゼントを入れた。
そして今回も明日の楽しみに取っておこうと、彼は早めに寝た。
次の日の朝も以前と同じようにプリン水を飲もうと冷蔵庫を開けた。
すると何とまたプリン水が無くなっていたのだ。
「え~!? なんでだろう。流石に何度も寝ぼけて飲むわけがないし、第一、飲んだ記憶が無いよ!! 前回も覚えてない。 誰かがプリン水を飲んでいる……?」
たかがジュース一杯であるからして目くじらを立てるまでもないとファイセルは思っていた。
だがこう連続するとなると流石に彼は危機感を覚えた。
顎に指を当てて、トントンと片足を足踏みするように考え込んだ。
師匠であるオルバのクセと同じような仕草だ。
「やっぱりおかしい。誰かがプリン水を飲んでるんだ!! プリン水探偵をやるしかない!!」
彼は犯人を捕まえることを決意し、それに向けて知恵を絞ることにした。
「そうだな……まず……ここのところは誰も僕の部屋には招き入れていない。それと、ドアノブのマギ・ロックが複製される事はまずありえないな。だから少なくとも誰かが堂々と普通に部屋に侵入してプリン水を飲んだという線は薄いなぁ」
ファイセルは考え込みながら軽く頭を掻いた。
「ここは男子寮だから男子しか入れない……という思い込みは危険だな。男女関係なく侵入出来る可能性はある……」
そう言いながらビーカーを観察した。
「ラップはほとんど動いていないように思えるね……。飲んだ後、元に戻してるんだろうか……」
プリン水探偵は難しげな顔をして眉を上げたり下げたりした。
「時間帯にヒントがあるのかな? 二回とも僕が寝ている間に起こっている。きっと昼間やるには都合が悪いんだろうな。夜中にこっそりと、か。犯行のセオリーである時間帯だね……。夜中、誰か入ってきてるのかな? 夜、張ってみるか……?」
数日後、またリーリンカからプリン水をもらった。
せっかくもらっているわけだし、何者かにプリン水を奪われているとは彼女には言いにくく、内緒にしていた。
今夜こそは犯人を特定するぞとファイセルは寮に帰るとアイクル・ボックスに問題のブツを入れた。
そして、冷蔵庫の前にイスを置いて張り込みを始めた。
夕食はすぐ対応出来るようにイスに座ったままパンを食べ、ミルクを飲みつつジッと監視した。。
こまめにアイシクル・ボックスを開けて中身に異変が無いかをうかがった。
夜中に差し掛かると眠くて思わずウトウトしたが、キリキ豆のコーヒーを飲んで眠気を飛ばした。
だが、結局一晩中張り込んでもプリン水は残ったままだった。
朝になって彼は気だるさと眠気に襲われたが、学校があったので朝食を食べて登校した。
その日の講義は眠くて講義の内容が全く頭に入らなかった。
寮に帰って何気なく冷蔵庫を開けるとプリン水のビーカーは空になっていた。
「う、ウソでしょ~~~。昼間でも入り込んでくるのか~~~。時間帯は関係なし……っと。これは手強い相手だぞ……」
ファイセルは疑問に思っていた。なぜかこの犯人はプリン水しか狙っていないのだ。
もっと金になるようなものは沢山部屋にあるはずなのに、不思議とジュースしか盗まれないのだ。
リーリンカの言った”お子様”のような動機に思えてくる。
顎に指を当てて「う~ん」と唸っていると水道の方のから音がした。
「ゴボゴボ……」
最近、調子が悪いのか蛇口が音をたてることがあるのだ。
「お子様……水道の詰まり……もしかして!!」
ファイセルはこの水道周りのトラブルに心当たりがあった。
すぐに外出し、工具などを売る雑貨店”おやっさんの店”でマギ・マウストラップを買ってきた。
これは下を魔力源が通り抜けるとネズミバサミが閉まるという罠である。
プリン水探偵は帰るとすぐに冷蔵庫を開けて内部の上側を覗いた。
内部を冷やすために上部には氷が張っていてつららが垂れていた。
つららの先からは時折、水滴が垂れている。
「まさか侵入経路がこんなところなんてね。そりゃ気づくわけがないよ」
彼は冷蔵庫の後ろに回り込んで、氷になる水を供給するチューブにマギ・マウストラップを設置した。
そしてまたもやリーリンカからプリン水をもらってくるとアイシクル・ボックスに入れた。
「バチンッ!!」
その日の晩、ファイセルはマギ・マウストラップの発動した音で目を覚ました。
トラップに何かが挟まった感じではないが、これで水の流入する侵入口が塞がった。
アイシクル・ボックスの中からの退路が絶たれているはずだ。
冷蔵庫を開けるとそこにはプリン水に浸かって半分溶けたコギャル妖精が居た。
肌の色はプリン色に染まり、まるで異世界の物のような変わった服装がプリンの表層に浮いていた。
「君は……。君はリーネ……? リーネなんでしょ?」
変わり果てた姿に尋ねるようにプリン水探偵はそう声をかけた。
「ちょっ、これは……ちげーし。ファ、ファイセル……。こっち見んなし!!」
すっかり雰囲気が変わってしまったが、確かに面影はあった。
「ご、ごめん……。それはそうと、プリン水を盗み飲みしてたのは君だったんだね。びっくりして損しちゃったよ。飲みたいなら声をかけてくれればいつでもあげたのに。それにしても久しぶりだね~。元気でやってたかい?」
彼女は照れ隠しで手ぐしを使って美しい金髪をさらりととかした。
「お……おう。それなりに元気でやってる……」
アシェリィの前ではファイセルの名前を出すなとか拒絶していたが、実際に会うとまんざらでもなかった。
むしろあの頃が懐かしく思えてきて上機嫌になって来ていた。
そして今までどうしても納得がいかなかった事について触れた。
「お前が東部に行ってしまった時、置いてきぼりにされて寂しかったんだからな。あの後、長いこと一人で過ごしていたんだから……」
その感想を初めて聞いたファイセルは彼女の感情を汲んで謝った。
「ごめんね。あの時は本当に必死で。リーネに意識がいかなくて。あれだけ一緒に旅したのにさ。薄情だよね。まるで忘れちゃったみたいにさ。本当にごめん」
彼はそう言うと頭を下げてあやまった。
リーネはそれに対してあたふたと腕を振ってあわてた。
「ちょっちょっと。そんな改まって謝ることねーし!! それに……謝らなきゃいけないのはあたしのほうだし。プリン水、盗み飲みしててごめんなさい。ファイセルの気持ちも知らずにイタズラしてやろうって思っちゃってて……本当にごめんなさい」
コギャル妖精は深々と頭を垂れた。
その”ごめんなさい”はかつてのリーネそのままだった。
「な~に。気にすることはないよ。どうやらある程度、自律で行動できるようになったみたいだね。またいつでもウチにおいでよ。大したものは無いけどね」
ファイセルはニカッっと笑い、親指を立てた。
「あれ……これ何だし……」
リーネはポロポロと自覚しない涙をこぼした。
ファイセルとの和解が嬉しくてしょうがなくて思わず涙が出たのだった。
「あれ? 泣いてるのかい? ほら、君に泣き顔は似合わないよ。笑って笑って!」
笑ってと言われたリーネは満面の笑みを返した。
姿形はだいぶ大人っぽくなっていたが中身は変わっていないようで、ファイセルは安堵した。
それ以来、彼女はこっそりサモナーズ・ブックを抜け出して、ちょくちょくファイセルの部屋に遊びに来るようになった。
「おっいすーファイセル~。調子はどうだ?」
「ぼちぼちかな。リーネは?」
「未熟者のじゃじゃ馬には苦労してるよ全く」
こうして関係性はやや変わったものの、ファイセルとリーネの仲はすっかり元に戻った。
プリン水の問題も解決し、プリン水探偵は幕を閉じたのだった。




