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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter4:奇想天外!! 摩訶不思議!! 魔術学院ライフStart!!
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幼き霊魂に捧ぐ

ある日の朝、ナッガン先生がHRホームルームの時間を長めにとった。


何か特別な連絡事項があるのだろうかとクラスメイトが予想する中、彼は朝の会を始めた。


「お前らに伝えることがある。この度、俺がコロシアムの”ちゃぶ台返し”役を任せられた」


それを聞くとクラスは一気にざわめいて、歓声や拍手、指笛を吹くものも居た。


“ちゃぶ台返し”とは闘技場で多く連勝している学生を食い止めるべく、教授が返り討ちにするイベントの事である。


今回、ナッガンは連勝を繰り返している手強い生徒を相手にコロシアムで戦うことになるわけだ。


これで盛り上がらないわけがない。クラスはますます熱くなった。


「お前ら、程々にしろ」


彼が一声かけるとクラスメイトたちは静かになった。


「よろしい。では最初に俺の魔術を教えることにしよう。魔術を簡単に明かしてもいいのかという話だが、これは人による。俺としては人に知られてもあまり影響のないタイプだと思っている。それに、”ちゃぶ台返し”の対策用に教師陣の魔術はかなり詳しくマークされているからな。今更コソコソしても何も変わらん」


ナッガンは教壇に立ち、腕を組んで堂々とした姿勢をとった。


「昔話だ。興味のある者だけが聞けばいい……。俺はもともと人形使い(パペッター)だったわけではない。なぜ俺がぬいぐるみを使うスタッフィー・プレイヤーになったかの話をするとしよう。これは”色づく”……能力覚醒のことにも関係があるかもしれない。こういうケースも有るということを伝えておく」


彼はいつものように美しい灰色の髪の毛を手でかきあげてオールバック気味にまとめた。


「あれは俺がフリーランスのバウンティ・ハンター……犯罪者目当ての賞金首狩りだった頃の話だ。狩咎しゅきゅうのナッガンという二つ名はこの時期についたものでもある。二つ名なんて大層なものは別に欲しいとは思わなかったが―――」


教授は瞳を閉じて何かを思うように頭を上へ傾けた。


「もちろん、サイコパスやシリアルキラーも狩りの対象として何人も狩ってきた。付き物とばかりに、決まってそういう連中の犠牲者には幼い子供が含まれていてな。あの頃は何しろ若かったからな。過ぎたこと、仕方のないこととわかっていてもそういった幼い命に対して非常に心を痛めていた……」


ナッガンは瞳を開けて遠目で述懐じゅつかいした。


「俺は特定の宗派の者ではないが、教会で祈るくらいはしてもバチが当たらないだろうと街中の教会に通って、失われた小さな命に冥福を祈った。そうして毎日を送っていたある日、教会のシスターから”子どもたちの霊魂を慰めるためにぬいぐるみを作ったらどうですか?”と提案されたのだ」


彼は腰のホルスターに座るようにしてぶらさがっているウサギのぬいぐるみをポンポンと叩いた。


「ぬいぐるみなんて触ったのは幼少の頃以来だった。それを作れというのだから到底、無理で出来ぬ話だと思った。だが、シスターが丁寧に教えてくれてな。最初は針で指を刺してばかりいたが、次第にぬいぐるみの体を成すようになってきたのだ。これならば幼い子らの霊魂も成仏出来るのではないかというレベルまで仕上がるようになった。人間、やればなんとかなるものだなと同時に思った」


ナッガンは腕組みを解いてリラックスした姿勢をとった。


「そしてシスターから頼まれた。”教会の祭壇にそのぬいぐるみをぜひ供えて欲しいと”そのために作ったようなものであるからして、俺は了承した。こうして教会の祭壇に”それ”は置かれる事になったのだが…………」


教授は教卓に腕をついて、ずいっと体を前に乗り出した。そして生徒達を見つめる。


「ある日、教会の祭壇が何者かによって荒らされたのだ。供え物は何かで撃ち抜かれたようにしっちゃかめっちゃかになっていた。ぬいぐるみも祭壇から投げ出されるように床に転がっていた。なんともバチあたりな奴がいるものだと怒りを通り越して呆れたが、これでも一応、立派な犯罪だからな。俺は荒らした主を捕らえるため、教会に夜、張り込むことにした」


クラスメイトたちは思わず息を呑んだ。


「犯人は……意外な”モノ”だった。俺が張っていると祭壇を荒らし始める音がした。何のために教会を荒らすのか問いただしてやろうと俺は柱の陰から出た。そこで暴れていたのは俺が作ったウサギのぬいぐるみだったのだ」


暴れていたというのは彼の腰にぶら下がっているぬいぐるみとでも言うのだろうか。


生徒達はゾーッとした。人によっては恐怖の感情を露わにした。


「当然ながら俺は驚いた。まさか特に適性のない俺が作ったぬいぐるみが動くとは思わなかったからな。そして”そいつ”は魔力を塊にして打ち出す魔法弾で攻撃してきたのだ。これには更に驚いた。しかもその威力が尋常でなく、俺は避けきれずに肩を射抜かれてしまった。今も肩に傷が残っている」


彼は左手で右の肩をさすったが、すぐに視線を戻した。


「少し戦ってみて、俺は気づいた。このぬいぐるみには俺の狩った魔丸まがんのメーガーの魔術が宿っていることにな。戦い方、立ち回り、発射する弾丸の特性、全てがヤツそのまんま……いや、奴を全てにおいて上回っていた。俺は迷った。一体どこを狙えばこいつを食い止められるのかと。その間もぬいぐるみは暴れ続けた。前のように魔法弾であちこちを滅茶苦茶に破壊しながらな」


背が高く筋骨隆々な男は首を左右に振った。やれやれといった様子で出来事を思い出している風である。


「俺が携行していたのは片手剣とボウガン。片方の腕を弾が貫通していたが、どちらの腕でも戦えるよう訓練はしてあった。相手は振り子のようにゆ~らゆらと揺れていた。まずはボウガンで一発、ダメ元ではあるが、心の臓の位置を狙ってみた。矢は直撃してぬいぐるみは吹っ飛んでいったが、やはりダメージにはつながらなかった」


心なしか、彼の腰のぬいぐるみが揺れているような気がする。怖がる生徒は目をそらした。


「次に、戻ってきたところを斬りかかって首をはねてみた。だがこれも手応えがない。マギ・バレッタの弾を避けるのも楽ではないし、そろそろ決着をつけないとこちらの命が危ないというところだった。思い出したのだ。シスターと一緒にランサージュの花のポプリを尻に埋め込んだことを。触媒として機能するならそこしかないと思って、俺は剣の切っ先でぬいぐるみの股のあたりを貫いた。するとぬいぐるみはパタリと動かなくなった」


……そしてそれを回収し、胸の穴を塞ぎ、首を縫い付け、ポプリを埋め込み直して修復したのがこのウサギのぬいぐるみというわけだ。


ぬいぐるみのボタンで作ってある目からは殺気が漂っていた。


「お前らも気づいていたと思うが、こいつから出る殺気は狙撃手のシリアルキラー、魔丸まがんのメーガーのものなのだ。メーガーの魂が宿った原因は俺がぬいぐるみを手作りするようになった事が原因らしい。今でもぬいぐるみを作ると狩ってきた罪人の魂が宿ることがある。これがスタッフィー・プレイヤーの正体だ。何が原因で魔術の真髄に目覚めて”色づく”かはわからんということだな。選り好みせずあれこれやってみるといい……」


言い終えると同時にスッっとナッガンがぬいぐるみを構えた。


クラス中から悲鳴があがった。ただ構えるだけで命の危機を感じるのである。


今にも魔丸まがんを乱射しそうな禍々しいまでの勢いなのだ。


こんな相手と戦わされるなんて対戦する人はなんて不幸なのだろうと皆が思った。


「そういえば特にぬいぐるみに名前はつけていなかったな……。まぁどうでもいいが」


数日後、”ちゃぶ台返し”が開催された。


アナウンサーと解説が挟まる。


「今回、挑戦するのはヨーヨーを操るニッズ選手ですね。エルダー(研究科)所属です。14連勝と中々の数字ですね~」


「対する狩咎しゅきゅうナッガン教授は……いうまでもないですね。ちゃぶ台返しで負けたことはありません」


審判団がわいわい集まってオッズの決定が行われた。


「え~っとちゃぶ台返しでは教授側に賭けることは出来ません。選べるのは挑戦する生徒側のみです。あ、オッズ出ました。ニッズ選手18.6倍……これはまたすごい倍率が出ました!!」


闘技場は割れんばかりの歓声で熱く盛り上がった。


「ではナッガン先生にお話を聞いてみましょう。今回の抱負を教えてください!!」


マギ・マイクを向けられたナッガンはいつもの調子で答えた。


「……俺は手を抜かない。俺と当たったのは運が悪いと思え。以上だ」


気迫あふれるコメントにまたもやコロシアムは湧いた。


ではニッズ選手はどうですか?


「へへっ、まさかナッガン先生が出てくるとはな。だがおいそれと負けるわけにゃいかねぇぜ!!」


彼はヨーヨーをテクニカルに回してトリックを決めた。


「熱いコメントですね!! では、早速いってみましょう!! レディー・ゴー!!」


「カンカンカン!!!!」


ゴングの音が鳴ると同時にナッガンが動いた。


腰のホルスターからぬいぐるみを抜き取ると瞬時に弾を一発、撃ち込んだ。


相手は魔術を見せる前にその場に倒れ込んだ。意識を失った様子だった。


「あーっと!! ニッズ選手、倒れ込みましたー!!」


「安心していいですよ。おそらくあれは傷をつけるタイプの弾ではないです。きっと魔法の源のツボ、魔田までんを突いたんですね~。これを突かれると一時的に魔法が使えなくなります。それによる意識喪失もありえますね。ナッガン先生が対人戦で強いと言われる理由は魔田までんを知り尽くしているというのもあります」


「あーっと、ニッズ選手、カウント始まるも起き上がれません。……7、8、9、10!! ナッガン教授のKO勝ちです!!」


予想通りの結果だったが、会場はヒートアップした。


一攫千金にかけてニッズに賭けた者たちはブーイングが上がった。


勝利したナッガンは特にコメントすることもなく、闘技場を後にした。


翌日のHRホームルームに彼が来ると生徒達から祝福の声を浴びることとなった。


褒められ慣れていないからか、微妙なリアクションだったが気持ちは伝わっただろう。


「お前らも早く闘技場で連勝してここまで来い」


そう言いながら先生はずいっとウサギのぬいぐるみを突き出した。


とたんにクラスメイトたちは恐怖で悲鳴をあげつつ、クラスの端まで散り散りに逃げ出すのだった。




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