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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter1:群青の群像
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神童の帰還

遠くに見えるなだらかな高台の上に建物が見えた。


太陽がパーム鉱で出来た白い建物に反射してキラキラきらめいている。


「やっぱりラーグ領に入ってからは楽勝だったね。今まで一難去ってまた一難だったけど。全く、北部中部の苦労が嘘のようだよ。さて、もうシリルが見えるね。この小さな高台の上にあるんだ」


街に入ると農家のおじさんに出会った。


「あ、お! おーい!! 神童しんどうファイセルが帰ってきたどーッ!!」


あっという間に彼の周りは人だかりができた。


「これ、これェ。ファイセルものんびりしたいじゃろうてェ。皆の者散るんじゃァ」


懐かしい顔ぶれをかき分けて町長がやってきて街人を解散させた。


「ファイセルやァ。ようかえってきたェ。その調子じゃァオルバ様のところへ用事があるんじゃろォ? 家族には伝えておくから先に行って来んさい」


ファイセルはとりあえず町長に一礼してシリルの街を後にした。


ファイセルはむやみやたらにおだてられるのが好きではないので神童と呼ばれるのには未だに抵抗がある。


ここから先の道にある集落はもうアルマ村しか無い。


ただ、シリルとアルマ村の中間に塩湖「ポカプエル湖」があるのだ。


雲の賢人オルバは丘の上の湖畔こはんに住んでいるとされているが、


詳しい住所はほとんどの人が知らない。


オルバの作り出す迷いの霧を突破できる者だけが彼の住処すみかにたどり着くことができる。


ファイセルはポカプエル湖のほとりについた。


山の中ということもあって人影はほとんどないと思われたが、2人ほど人影が見えた。


緑の長くつやのある後ろ髪を垂らして、釣りに熱中している少女が1人。


それとかつてお世話になった釣り好きのおじさんの2人だ。


湖は結構大きく、対岸の釣り好きおじさんが小さく見えるほどだ。


少女は割と近くに居たので声をかけてみた。


「こんにちは。何を釣ってるのかな? 調子はどうだい?」


少女はファイセルの顔を見返した。


田舎っぽさはあるが顔立ちは整っており可愛らしい少女だ。


どうやら少女は地元では有名なファイセルの顔を知らないようだった。


おそらくアルマ村出身者なのだろう。


普通、少女がこんな村から離れた湖まで1人で来られるとは思えない。


だが地表から少し浮いて滑走かっそうする木の板、マナボードがおいてあることから、それを使って遠征えんせいしているようだった。


ファイセルもマナボードで遊んだことがあるが、乗っているとすぐにマナが尽きてバテてしまう。


もしこれを乗りこなしているとすればかなりのマナの量を持っていることになる。


少女は珍しい来客に少し意外な表情を見せたが、狙っている魚を語りだした。


「"コパガヴァーナ"を狙ってます。ある人から聞いたんですが、オルバ様に会うにはこれが狙い目だって……」


わざわざこの湖で釣りをしている時点でもしやと思っていたが、この少女もかつての自分のように賢人に会いたくて湖に来ているのだとわかった。


昔の自分を見ているようで、ファイセルは思わず彼女に語り始めた。


「コパガヴァーナは決まった餌は食べてるわけじゃないと思う。生き餌、練り餌とかルアーとか何でもかかるチャンスはあるんじゃないかな。逆になんでも食べるっていうのは狙うときに難しくもあるんだけど」


かつての自分と少女を重ねるようにして熱を込めて解説を続けた。


「どの深さに居るかとか、湖のどこにいるかとかはサッパリわからない。かといって釣り以外では網を投げたり、罠をかけてもすべて回避してしまうほど用心深い魚だから捕まらない。昔、僕が釣り上げた時もそうだったな……結局あれこれ試してみるしか無いんだ」


少年はそう語り終えた後、熱を込めすぎたかと我に返った。


大して役に立ちそうもない話で余計なお世話だったかと思ったが、予想とは裏腹に少女は目を輝かせて夢中になっている。


理由はよくわからないが、よっぽど賢人に会いたいのだろう。


オルバの所在しょざいを知っている身としては教えてあげたいところなのだ。


しかし、オルバは秘密主義……というよりは余計な訪問者に応対するのがものぐさなので、隠居している。


俗世を離れ、隠居を好む賢人は数多く、ハーミット・ワイズマンと一部から呼ばれていたりする。


ただ、シリルの出身なのである程度歳をとった人は若い頃のオルバを知っていて、どんな人となりなのか大体知られている。


完全な隠遁いんとん生活とは程遠い。


そんな事を考えているうちに少女から声をかけられた。


「僕が釣り上げた時って……あなた、もしかして神童しんどうのファイセルさんですか!?」


 さすがに例の武勇伝ぶゆうでんは有名らしい。


「あ、自己紹介が遅れましたね。私、アルマ村のアーシェリィーって言います。アーシェリィー・クレメンツです」


ファイセルも少女に対して名乗り返した。


「噂に聞いているかもしれないけど、僕がそのファイセル・サプレだよ。よろしくね」


名乗り終わると不思議な顔で少女がこちらを見てくる。


「お兄さんの腰のビン、妖精さんがいますよね?」


リーネは水に完全に擬態ぎたいしている。なのにこの少女には見えるらしい。


「妖精? 何のことかな? ただの水の入ったビンだよ」


 ビンを腰のベルトから抜き、彼女の前に近づけてみた。


「私、他の人が見えないものが見えることがあるんです。変なことを言ってると思われるのが嫌で黙ってるんですが……」


ファイセルはリーネと目配めくばせして姿を現させた。


リーネは驚きの表情を浮かべてつぶやいた。


「すごい……感覚が鋭いというには出来過ぎています。これは召喚術師サモナーの素質があるかもしれません」


アーシェリィはサモナーという言葉の意味がわからず首をかしげたのでファイセルがフォローした。


「魔物や妖精を呼び出す魔法のことだよ。普段リーネは隠れてて見えないはずなんだけど、それが見えるってことはその魔法の素質があるかもってこと。もしかして賢人様に会えれば教えてもらえるかもね」


アシェリィはますます興味津々に聞いている。


「コパガヴァーナを釣り上げるのはとても難しいけど、諦めなければ必ずチャンスは来る。粘り強く取り組むことだね。さて、僕は湖の周りを散歩してから帰るよ。釣り、頑張ってね!」


「はい!」


彼女の気力にあふれた様子からするとそう遠くないうちにオルバに会えそうだった。


ファイセルはそのまま湖はずれの森に入った。


少し森に入り込むときりがファイセルが包んだ。


一気に視界が悪くなり、どちらから来たかもわからなくなった。


少年は森の中に響くようにファイセルは叫んだ。


「おーい!! カッゾ!! 僕だよファイセルだ。師匠のとこまで通してくれないか?」


そう叫ぶとすぐに足元にボールのような物があたった。


「うるせェなぁ。そんな大声上げずにも聞こえてるってんだよ」


足元に転がってきたのは丸いからだった。


それには複数の穴が空き、そこから霧が吹き出している。


案内するように転がり始めて森の奥へと進んでいった。


「ひさしぶりだな坊主、こっちだ。さっさと来な」


霧の中を歩いて行くと開けた森の一角に大木に空洞を開けた家があった。


幻魔のカッゾが道案内をしてくれなければここにたどり着くことはまず不可能だ。


ファイセルは木の扉をノックして扉を開けた。


「師匠、お久しぶりです」


青色のお茶を飲んでいた男性が振り向いてこちらを見た。


彼がファイセルの師匠、創雲そううんのオルバだ。


まだ若いのにも関わらず、賢人の後を継いでいる。


くたくたになったアルマ染めのローブを纏い、とぼけたような顔つきで無精髭ぶしょうひげを生やしている。


「おお、ファイセル君じゃないか。良く無事に帰ったね。今回はなかなか大変だったみたいじゃない」


ファイセルは腰をおろし、ビンをテーブルの上においた。すぐにリーネが水面に姿を現す。


「マスター、報告します。今回の冒険でラグランデ川沿いの水源の75%をチェックすることに成功しました。特に課題であった中央部のチェックは抜かり無く行うことが出来ました」


オルバは妖精をまじまじと観察し始めた。


「うんうんよしよし。ファイセル君はなんだかいさましくなったし、リーネ君にいたっては大躍進だいやくしんだね。喜ばしいことだ」


せっかくオルバの元に来たのだし、色々と報告や雑談をしていこうとファイセルは思った。


カバン2つをテーブルの上におくとオルバが不思議そうに問いかける。


「今回は入念に用意してきたね。そのセカンドバッグとか」


弟子は笑いながらリーリンカから受け取ったバッグに手を置いた。


そして学友の女の子から借りたものだとオルバに説明した。


「ガールフレンドかい? ま、まず君に限ってそんな事はないだろうけど。どんな薬が入ってたのか教えてくれないかい?」


ファイセルはうなづいてバッグの中身を再確認し始めた。


残っている薬はほとんど無く、空のビンが詰めてあるだけだ。


「いや~、まさかここまで彼女の薬に助けられるとは思いませんでしたよ。多少重くても次回からしっかり準備するべきだと痛感しましたね」


そう言いながらファイセルは空のビンをかき分けていた。


するとカバンの底に隠すように紙切れが見えた。


手紙のようだ。さっと取り出し、封を開ける。


「それにしても、それだけ用意するのは大変だったんじゃないかな。ファイセル君、これをくれた女の子にはしっかりお礼を言うんだよ?」


ファイセルは手紙を読みはじめていた。


 ――親愛なるファイセル・サプレ殿へ


唐突とうとつではあるが、お前に謝らなければならないことがある。


1つはこの手紙を見つけにくい場所に隠しておいた事だ。


 もし、お前が早くこの手紙を見つけてしまった場合、お前の帰郷ききょうに水を差す事になってしまうのでこのような形をとった。


この手紙をいつお前が見つけるかはわからないが……


いや、まぁそんなことはどうでもいい肝心なのは二つ目に謝らなければならないことだ。“


ファイセルはここまで手紙を読んでとても嫌な予感がした。


特に謝られるような心当たりも無かったので余計に不安が加速していった。

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