漢(おとこ)のサバト
隠れ家的な居酒屋ばんから軒にクラスの男衆たちが集いつつあった。
今回やってきたのはイクゼント、ガリッツ、フォリオ、百虎丸、レールレール、ニュル、田吾作、キーモ、ドク、ポーゼ、アンジェナ、ガン、グスモの13名だ。
男子クラスメイトが全員揃うこととなった。
皆が座敷に上がるとニュルが音頭を取り始めた。
「諸君!! よく””漢のサバト”に集まってくれた。確認しておくが、この会は男子同士の秘密の集まりだ。定期的に俺らの交流、連携、情報共有などを行う会だな。なお、この会で見聞きした事は他言無用だぜ。くれぐれもクラスで言いふらしたりするんじゃねぇぞ。じゃ、おめぇらお固い話もそこそこに楽しい会にしようや。乾杯!!」
「乾杯!!」
13名は思い思いの飲み物を選んでグラスを軽くぶつけあった。
乾杯と同時にガリッツはグラスのドリンクを一気飲みしきった。ニュルが褒める。
「お~、いい飲みっぷりじゃねえか。っていうかこいつ本当に男なのかよ? 中に美少女が入ってたりしねぇだろうな? 学院だからそんなやつがいてもおかしくねぇぜ……?」
飲み放題なのを良いことにカブトムシザリガニは二杯目を注文した。
隣でフォリオが控えめにジュースを飲んでいた。イクセント、ポーゼス、グスモもジュースだ。
年長者である百虎丸が声をかけた。
「ライネンテで飲酒が許可されるのは16歳からでござるから我慢してほしいでござる。その四人以外は16歳を越えているのでこうやってお酒を飲んでいるわけでござるが……」
レールレールは氷と酒の入ったグラスを傾けて音を立てた。
「酒はやはり古酒に限る。このドラゴニカのロックなんかいい感じだぜ……」
ニュルも古酒をグビグビと飲んでいる。
「ガハハ、レールレール、おめぇわかんじゃねぇか!! ガハハ!!」
ニュルは普段、背景に溶け込むような地味な色合いをしているが、酒が入るとゆでダコのように真っ赤になる。
「フフフ……早速できあがっていますね。私は二日酔いや酩酊はごめんなので大人しく新酒を嗜むこととしますよ。ミットンの実の甘みと風味がふんだんに含まれたミットントンがお気に入りです。フフフフ……」
ドクはちびちびと新酒をあおりはじめた。
毎回論争になるのが古酒・新酒論争だ。ハードな飲ん兵衛は古酒を推すが、ライトな酒飲みは新酒を推す。
もっとも田舎には古酒しかなかったりするので酒といえば古酒という人も多い。
都会に出てきて新酒を飲んでその”軽さ”に驚く者もいる。
それほど新酒という新しいタイプの酒は悪酔いしにくいのだ。
「ちなみに拙者は古酒もいけるクチではあるのでござるが、まとめ役が居ないと暴走しそうなので新酒を飲んでいるのでござるよ」
百虎丸はニコっと笑いながらグラスを持ち上げた。
自然と飲む酒のタイプで席順が変わって悪酔いした者たちとそうでない者たちにグループがわかれた。
「よぉ田吾作ゥ!! おめぇノワレが好きってマジなんかぁ~?!」
「マジも何もマジだんべぇ~。あんなめんこいおなごおらなんだば~~~!!! ノワレ~~~~!!!!」
ニュルと田吾作のこのやり取りには思わずその場の全員が笑ってしまった。
「惑わされるな!! 恋はファンタジーに限る!! 現実の恋愛なんて幻滅、絶望するだけだ!!」
すぐにレールレールが反応した。彼はいつも恋愛の話になるとこう言い出す。何か恋愛に関して嫌な思い出でもあるのだろうか。
「フフフ……面白い話をしていますね。百虎丸さんとか、アンジェナさんはどうなんですか?」
もはや情報交換とは言えないただの恋愛話が始まってしまった。女子のことを笑えない。
「拙者はー……クラスの女子はみんな魅力的ではござるが、修練中の身でござるからな。色恋沙汰とは距離を置くようにしているでござる」
その反応にドクは頬に手を当ててオーバーにリアクションした。
「Oh……なんとまたストイックな……。ではアンジェナさんは?」
彼は少し間を置いてから遠い目をして答えた。
「俺は……故郷にフィアンセがいるからな。うかつなところでは死ねんよ」
どこか悲しそうな笑顔を浮かべてアンジェナは語った。
「フィアンセだとぉ!? 皆の者、アンジェナをひっ捕らえい!! ちょっとこっち来いよ!!」
ニュルの号令でベロンベロンに酔った数人がアンジェナを引きずっていった。
「へへ、アンジェナ、今日は飲み明かそうぜ!! フィアンセに乾杯だ!!」
ガンは古酒を飲んで結構いい具合に酔っ払っていた。
「やれやれ……今日は古酒を飲むつもりはなかったんだけどな……いいだろう、望むところだ」
彼はひきずられながらOKサインを出したので百虎丸は制止をかけなかった。
「ゴホン。気を取り直して……それでは年少組の四人、イクセント君、フォリオ君、ポーゼス君、グスモ君はどうなんですか? 気になる女子とかいますかね? まだ君たちには早いかも知れないな……」
「ふむふむ。それは拙者も興味があるでござるな~」
ドクは顎をさすりながら、百虎丸はヒゲをいじりながらジトッとした視線で出方をうかがった。
「ああ、すいませんでした。ポーゼス君はあまりおしゃべりなタイプではありませんでしたね。無理に答えなくていいですよ」
ポーゼスは隣りにいたイクセントの陰に隠れた。
新酒を飲んでいるということもあるが、ドクは悪酔いしておらず、空気を読むことができた。
ウサ耳の亜人もコクリコクリと首を縦に振った。
そうこうしているとグスモが口を開いた。
「あっしは……綺麗なねえちゃんは一杯いると思うんでげすが、恋ってのに疎くて……まだ誰がどうとはよくわかんねぇでげすよ」
口調からすると大人びたように思えるグスモは意外と年相応の悩みを持っていた。
ふむふむとそれを聞いていた者たちは相槌を打った。
ドクは彼の気持ちを察してフォローした。
「いつ恋愛に目覚めるかは人によるものです。無理にああなろうこうなろうとする必要はありません。自覚できるようになったその時がスタートなのです。決して焦る必要はないですよ」
彼の丁寧なアドバイスを聞いてこっそり聞いているキーモを含めたその場のメンバーは感心した。
普段は怪しくて何を考えているかわからないヤバイ奴という印象が少なからずあったが、実は優しい心の持ち主なのではと思えてくる。
それで緊張がほぐれたのか、フォリオも口を開いた。
「ぼぼぼぼぼぼぼ、ぼくはあああああああ、アシェリィとかすすすすすすきだな」
それを聞いていた数名が思わず「おー!!」という歓声を上げた。
「ふむ。アシェリィでござるか。なぜそう思うので?」
百虎丸が目を細めて真意を聞いた。
「ああああああ、アシェリィだけは……ぼぼぼぼぼ、僕を、ばばばばば馬鹿に、しししししたことが無いんだ。こここここんな僕でもだよ? そそそそそれに、おおおおお、怒ったら、ししししし死ぬほど、こここここ怖いって、きききき聞いたけど、ほほほほほ、本気で怒ったの、みみみみみ見たこと無いよ? ほほほほほ、本当は、やややや優しいんじゃないかな?」
今までずっと無言だったイクセントがぼそっっとつぶやいた。
「アシェリィが好きとか正気か? お前は”アレ”を喰らったこと無いからそんな呑気なことを言ってられるんだ」
突っ込まれはしたものの、フォリオの言い分にも一理あった。
実際、交流してみれば彼女がほとんど怒らないのはわかることではあるのだが、同じチームのフォリオが言うと説得力があった。
この発言が男子内でのアシェリィの評価を上げることに繋がったとは本人はこの時、知るわけもなかった。
ドクは微笑ましいとばかりに表情を緩めた。
「それの”すき”は……恋愛感情というよりはお姉さんに抱く感情のような気もしますが、今後に期待ですね。それで、イクセント君は?」
腕を組んで壁にもたれて座っていた少年は気だるそうに答えた。
「―――あいにく恋愛には興味がなくてな。それより、お前ら学生だろ。何のために学校に来てるんだ」
極めて手厳しい指摘である。思わず聞いていた者は黙り込んでしまった。
これ以降、イクセントは一言も喋らなかった。
冷めた空気をドクがすぐにカバーした。
「はいはい。四人共、ありがとうございました。おっとキーモ君、逃げようとしても無駄ですよ。盗み聞いたのですから貴男も好みの女性を語ってもらいます」
「!!」
突如、話題を振られてキーモは焦った。というか聞いていたのがバレていたことにも焦った。
「せせせっ、拙者もでござるか!? は。恥ずかしい限りなのですが、拙者はミラニャン殿が……。あのぽっちゃりした見た目、優しい性格、作る料理、スイーツの絶品っぷりに惹かれてしまったのでござるよ!!」
またもや数名が「おー!!」と声を上げた。
「こ、これはまたド直球なのがきましたね……」
あまりにもまともすぎて逆に皆が反応に困った。
「そ、それより!! まだドク殿がまだでござる!! 想い人を白状するでござるよ!!」
キーモは立ち上がって彼に指をさした。
「私……ですか? 私はやはりクラティスですかね。あのどこか危なっかしいところを見ていると見守って上げたいと思います。まぁ向こうがどう思っているかはわかりませんが……。おや、フフフフ……柄にも無いことをいいましたかね。フフフフフ」
こちらも至って真面目で茶化すものは居なかった。
ジュースと新酒を飲んでいる者たちはしみじみと甘酸っぱい青春のテイストを味わっていたが、古酒のグループはかなり荒っぽかった。
ニュルは真っ赤になって好みの生徒を宣言した。
「やっぱヴェーゼスだよなぁ!? パツキンボインとかサイコーじゃねぇか!?」
露骨な性癖の露出である。田吾作もそれに乗っかった。
「んだばノワレだってスタイルええべよ~。ボインボインだなや!!」
そのやりとりに思わず酔いはじめのアンジェナが苦言を呈した。
「おいおい。品がないぞ。もうちょっと控えめにやってくれないか」
注意されて二人は謝った。
「こりゃ失敬」
「すまねぇんだな~」
ニュル、田吾作、アンジェナ、レールレール、ガンが古酒飲みだった。
「じゃあガン、おめえは誰か好きなやついるのか?」
そう聞かれると恥ずかしげに鼻の下を擦って彼は答えた。
「……レーネ……かな。あのスポーティーで健康的なところがたまらなく好きなんだ」
こちらのグループでは遠慮なく周りが茶化した。
「ヒューヒュー!! 熱いね~!!」
「とっととくっついちまうがいいだよ~」
「確かに彼氏ができないという保証はないしな」
「なぜだ!! なぜ恋愛はファンタジーに限るというのがわからんッ!!」
一通りの告白が終わって場が盛り上がると百虎丸が”漢のサバト”を締めた。
「皆、今日は集まってくれてありがとうでござる。くれぐれも今夜見聞きした事はクラスでは他言無用でござる。こんな話、女子連中に聞かれるわけにはいかないでござるからな。まぁ話を漏らすような無粋な者はいないとおもうでござるが。では解散!!」
「解散―!!」
クラスの男子が揃って声を上げた。
こうして今回の”漢のサバト”は終了した。
きっと女子がこの会の中身を知ったら幼稚だとか程度が低いなどと言うだろうななどと百虎丸やドクは思った。
だが、同時にこういう何気ない交流が大切であるということも承知していたので今後も定期的にこういった集まりを続けていくのだった。




