ひょっこり顔を出す屍(し)
最近アシェリィはグルメに凝っていた。
学生寮にも付属の食堂があるのだが、週一くらいはぶらりと街にでかけてお夕飯を食べて回るのが習慣となっていた。
今日もグラスホッパー・パンケーキやらなんやらを食べて満足してルーネス通りを歩いていた。
「あ~。お腹いっぱい。こんだけ美味しいお店があるなんてミナレートはすごいな~。当分回りきれないんじゃないかな」
彼女は満腹感に多幸感を感じつつ、通を歩いていた。
まだ7時にさしかかるかどうかといったところでまだ日が明るかった。
ミナレートの太陽の上り下りは朝早く、夜遅い。故にこの時間でもまだ明るいというわけだ。
だが街の雰囲気は夜のそれに変わりつつ有り、店や露天はムーディーなものへと変わりつつあった。
驚くべきことに学生寮には門限が無いので夜遊びも出来なくはないのだが、アシェリィは夜遊びをするタイプではなかった。
「もうこんな時間かぁ。帰ろ……ん?」
紫色の鬼火がゆらゆらと揺れているのが見える。目をこすってもう一度見ても確かにゆらゆらと見える。
「あれは……幻魔かもしれない!!」
鬼火は通りを脇に曲がって薄暗く狭い通りに入り込んでいった。まるで獲物をおびき寄せるかのような動きだ。
アシェリィは好奇心に負けてその鬼火を追跡していった。
気づくと彼女は町外れの墓場に立っていた。
「あれ……鬼火は?」
怪しい炎を見失ってキョロキョロとしていると、突如幻魔が出現した。
「オマエ、シノニオイガスル。コッチヘコイ……」
「―――ッ!!」
振り向くと大人の頭三つ分くらいの頭骨が宙に浮いていた。
「これは……竜骨!? ヤギ、いや、牛!?」
いきなりの出現でアシェリィは焦った。わたわたしているとスキが生じてしまった。
「バッフォ!! バフォバフォ!!」
頭骨の幻魔は咳き込むように正体不明の紫色の気体を吹き出した。
「うっ!! 目が……回る!!」
少女はふらふらとおぼつかない足取りになって尻もちをついてしまった。
まるで世界がひっくり返ってお終いになってしまうような感覚に見舞われてしまった。
上も横も縦も下もわからない。もう這いずり回ることしか出来なくて正直、死を覚悟した。
そんな時、聞き慣れた声がした。
「おい!! しっかりしろッ!! サモン・アビスピーコック!! ビィーフィー!!」
なにが起きているのかよくわからなかったが、誰かが助けに来てくれたらしい。この声はラヴィーゼだ。
「しっかりしろッ!! こんなところで死にかけてんじゃねーよッ!!」
ラヴィーゼが悪霊と交戦し始めたらしい。激しい打撃音が聞こえる。
もがいていると助っ人が近づいてきた。
「あぁ、こりゃひどい。死感悪転のガスじゃねぇか。ほれ。ロッテン・コロンだ」
ラヴィーゼはシュッシュッっと倒れ込むアシェリィにコロンを吹きかけた。
すると徐々に彼女の脳と肢体の感覚が元に戻り始めて、制御が効くようになった。
「あ、ありがとうラヴィーゼ……」
腕を突いて立ち上がると死霊使い(ネクロマンサー)の彼女は怒鳴った。
「悪霊の挑発にホイホイついていく馬鹿がいるか!! いいか、こういう些細な事で召喚術師は死んでいくんだぞ!! こいつ、何人か喰ってる。手強いわけだ!! 私一人じゃ属性が同じだから取り逃す危険性がある。アシェリィも出来ることをやれ!! 聖属性の幻魔とかいないのか!?」
頭骨の不死者はラヴィーゼの喚び出した幻魔に突撃をかけていった。鋭い角が刺さる。
「キョエエエエエエエエエエエエエエエッッッッ!!!」
肉の塊のような幻魔にぐっさりと角がささったがそのおかげで頭骨の動きが鈍くなった。
ラヴィーゼの幻魔からはグロテスクに血が吹き出した。
「よしっ、ダメージは受けたが動きを妨害した!! で、どうなんだアシェリィ!?」
ちょうどこの間、サモナーズ・ブックを整理したばかりである。グッドタイミングとばかりにアシェリィは召喚した。
「エンジェリック・シャイニーブラウン!! サモン!! ナハエル!!」
人差し指ほどの大きさの天使が現れた。だが羽は蛾の模様のようで、美しい天使とは一味違った。
「ナハエル!! 浄化の鱗粉を!!」
天使は不満そうにぼやいた。
「人間風情が私に命令するとは……仕方ないですね」
確かこの幻魔は会ったときから高圧的な態度だった気がする。
ならばこちらも高圧的な態度をとらざるを得ない。
「文句言ってると鳥の幻魔を喚び出すよ」
そう脅すと急に彼女の態度は軟化した。
「わわわ、わかりました。やりますよ。だから鳥はやめてーっ!!」
そう言うと彼女はクルクルと回りながら上空めがけて上昇し、頭上で鱗粉を振りまいた。
金色で神々しいような鱗粉があたりに降り注いだ。
「ウ……ウウ……ウウウウウ……」
効果はてきめんで、サラサラとした鱗粉を浴びた頭骨の不死者は縮んで半分くらいの大きさになってしまった。
どす黒くてどろどろした液体を体中から流すさまは酷く醜かった。
「今だ!! 契約!!」
ラヴィーゼの指示を頼りにアシェリィはサモナーズ・ブックを構えた。
「ウ……ウウ……ムネンナリ……」
すると吸い込まれるように頭骨の幻魔は本に吸い込まれていった。
「ハァッ……ハァッ……」
アシェリィは両膝に手をついて脂汗をかいていた。
「あのなぁ、たまたまアタシがアンタを見かけて通りがかったから良かったものの、一人だったらどうするつもりだったんだ。あれじゃ死んでたぞ。今後はうかつに幻魔の挑発や陽動にはひっかからないこと!! いいな!?」
ラヴィーゼはキツイもの言いだが、命の危機に瀕したのだ。これくらい言われてもしょうがない。
むしろ指摘してくれるだけありがたいと思わねばならなかった。
「ごめん……ラヴィーゼ……わたし……」
「ばーか。こういう時はごめんじゃなくてありがとだろ。チームメイト君っ!!」
彼女はアシェリィの尻をパシンと叩いて檄を入れた」
「ひゃっ!!」
叩かれ慣れないところを叩かれて少女は思わず小さな悲鳴をあげた。
「まぁ何とかなったからいいってことよ。それよりこりゃ行方不明者通報案件だな。さっきも言ったが、あいつマジで何人か喰ってるぞ……。そっちは私がやっておく。アシェリィはまっすぐ家に帰りな」
アシェリィはサモナーズ・ブックを確認した。
「ギダーラ……死感悪転のガスを使えるが、敵味方の識別が出来ないので使い所が難しい……か。もう二度とあんなガス喰らうのごめんだよ~。本当に死んじゃうかと思った……」
「いーや、本番はもうちょい後だ。完全にパニクったらムシャムシャ食う気だったっんだぜ。ほら。白骨が転がってるだろ?」
アシェリィは足元を見てゾーッっとした。肉片一つ無い白骨が乱雑に散らばっていたのである。
「こりゃまた綺麗に喰ってんな。おおかたしゃぶりつくしたんだろう。ほんと助かって良かったな。こんな死に様、シャレにもなんないぜ」
アシェリィはまたもやゾーッとして寒気がした。
「おいおい大丈夫か? 震えてるぞ。……まぁ、無理もないか。通報は後ででも出来る。とりあえず寮に送っていってやるよ」
似たような状況に陥ったのにラヴィーゼはびくともしない。なぜだろうか。
「ラヴィーゼはああいうの怖くないの?」
そう問われた少女はため息をついた。
「ハァ。もう慣れっこで感覚が麻痺してんだよ多分。人の死に関わりすぎた。まぁ上にはもっと上が居るし、アタシなんて未熟者。この程度でそんなこと言ってたらバチがあたるんだが。いずれにせよ健全な生活を送る分には必要ない領域だよ。かといって心得が全く無いと今回みたいにひょっこり顔を出す屍に喰われる。難しいところだ」
アシェリィの手を引きながら彼女は陰口を叩くようにぼやいた。
暗い通りを進むうちにだんだんと人気のあふれる賑やかな通りに戻った。
「えっと、鬼火のルートは……。ルーネス通りを右に入って、サンネス通り、アジャラの裏通りの細道を入ってココルの小石を進んだ先の霊園か。まどろっこしいルート辿ってんな。追跡されないような浅知恵なんだろうさ。中途半端にずる賢い」
その頃にはアシェリィの恐怖心もすっかりおさまり、いつもの彼女に戻っていた。
「ハァ、鈍いっていうのか、打たれ強いってのか。アンタのそういうとこは頼もしくもあるが、危うくもあるんだよなぁ。そもそもだな―――」
ぐうぅぅぅ~~~~
ラヴィーゼの大きくお腹が鳴る音が聞こえた。腹を抱えて恥ずかしそうにしている。
「さ、さっきまでちょうど夕飯を食べるつもりだったところだったんだよ。悪いか!!」
「悪くないって」
アシェリィは笑いながら首を横に振った。
彼女は既に夕食を済ましていたが、もう少しラヴィーゼと一緒に居たくて彼女の夕食に着いていくことにした。
彼女との一時は染み付きそうなアシェリィの恐怖心を優しく拭ってくれた。




