熱い恋心をチケットに
ザティスは大きなズタ袋を背負って教会内をウロウロしていた。
ただでさえガラが悪いのにこの袋は更に目立った。
歩いているとアンナベリーとたまたま鉢合わせた。
「あら、ザ~ティスく~ん。どこかお出かけ?」
彼は腕を立てて掌を左右に振った。
「いえ、そろそろ学院の方に復学しようかなと思いましてね。旅の支度をしてるんですよ」
その発言にアンナベリーは少し驚いたような顔をしていた。
「あら、早くない? まだ覚えることは沢山あるのよ?」
ザティスは気まずげに首の後ろに手をやった。
「いや~、そろそろ学院に戻らねぇとこのまま教会の人間になっちまいそうで」
それを聞いて小柄な女性は安堵したように見えた。
「別にそれでもいいじゃない。あなたなら浄化人の推薦が通るはずよ。私と公私共にバディにならなくって?」
舞踏会の件もあったし、これは遠まわしに告白されているのだろうか。
決着をつけたつもりだったが、まだ終わっていなかったようである。
確かに彼女は美人だし、彼女を慕う男性も多くいる。
だがザティスはなんと形容していいのか、彼女の毒々しいところが好きではなかった。
人の成れの果てを狩っているというのもあって、無意識に殺気を発することも少なくない。
ザティス的には包容力のある、穏やかな女性が好みなのだ。
「あの―――」
青年が言いかけると彼女がしゃべった。
「もし……もしさっきの話、受けてくれるのなら今夜九時に時計塔の下で会いましょう。もし、受けてくれるのなら……待っているわ」
背中越しにひらひらと手を振りながら彼女は去っていった。
「待ち合わせ、ね。まぁ直接断るよりゃ多少マシか。準備を再開すっとするかな……」
またもや教会内をふらふらしていると今度はアイネと遭遇した。
「ザティスさん!! 聞きましたよ!! 学院に帰るんですってね!!」
彼女も驚いたように声をかけてきた。
「んん、ああ。ま、そういうわけだ」
アイネもアイネで葛藤を抱えていた。
(ザティスさんが帰るのは知ってたけど、まさかこんなに早いなんて。そしたらザティスさんと毎日会えなくなってしまう……それは……辛い。…………やっぱりもしかして私…………)
「――ネ、おい、アイネ!!」
「!!」
我に返った女性はびっくりしたような表情をした。
「おい。なにボーッとしてんだよ。お前はいつ研修が終わんだ?」
聞き返されてアイネは答えた。
「わ、私は一ヶ月後に研修が終わります。でもほぼ研修の内容は終わってるんです。あとは形式的みたいなもんで」
「ふ~ん。ま、頑張ってくれや。俺は一足先に学院に戻ってるからよ」
この時、アイネは嫌な予感がした。何だかこのままザティスと別れると二度と会えなくなってしまう気がしたのだ。
だが、彼にどう伝えればいいのかその時の彼女にはわからなかった。
完全に仲間になりきった二人の間に色恋沙汰は縁遠く、それが状況を悪化させていた。
アイネが戸惑う間にザティスがポツリとつぶやいた。
「そういやな、アンナベリーに教会に残らねぇかって誘われたよ。ありゃマジの目だったね。単に残れって誘いじゃねぇぞあれは」
ますます恋い焦がれる女性は焦った。まだライバルは諦めていなかったらしい。
「全く困るんだよなぁ。どうしたもんかなと思うぜ」
言葉の一句一句で気持ちがジェットコースターのように揺れる。アイネは顔に熱を帯びてもう泣いてしまいそうだった。
「どうしたアイネ。具合でも悪いのか? さっきから上の空だぜ? そういう時は無理せず休むこったな。んじゃ、俺は用事の続きに戻るぜ。またな」
繊細な乙女心に気づけるはずもなく、ザティスは教会の人影に消えた。
彼はアンナベリーの誘いを受けるつもりなのだろうか。以前、断ったし今回もなんとも言えない反応だ。
だが、プロポーズをを受けないとは明言していないし、どうなるかわからない。
アイネはパニックになって部屋に戻った。そしてザティスが告白を受けない事を神に祈った。
神はこんな事を頼まれるためにいるのではないと内心わかりつつも、すがるように彼女は祈った。
その日の夜九時、ザティスはアンナベリーが気になってしょうがなかった。
(あいつ、俺が行かなかったらどんな顔すんだろうな。また自傷行為にでも走るんだろうかな。でもな~、正直、俺じゃ手に負えないと思うんだよな。こんな薄暗いようなやつじゃなくてプラスに引っ張り上げてくれるような奴がきっと現れると思うんだが……。俺が引っ張り上げる勇気も気概もねぇしな)
結局、ザティスはその晩、待ち合わせの時計塔には行かなかった。
翌日もザティスは旅に必要な道具を集めるため、教会内をうろついていた。
アンナベリーに気付かれないようにソロリソロリと行動した。
「ザティス―」
「!!!!」
思わずザティスは飛び退いた。背後からアンナベリーが来たかと思ったからである。
だが、声をかけてきたのはアイネだった。
「あ、あのぉ……おはようございます。ザティスさん」
のけぞったまま彼はホッとした。
「なんだアイネか。びっくりさせるなよ……」
目立たない場所のベンチに座るとザティスは昨日、アンナベリーのところには行かなかったというの結果について話した。
アイネにとっては神に祈ったかいがあったというわけだ。
そしてその時、神に祈った女性は決めた。
「ザティスさん。私を……私を学院まで連れて行ってくれますか?」
突然の頼みに青年は驚いたようだった。
「お前、あと一ヶ月研修が残ってるんじゃなかったのか?」
アイネは首を左右に振る。
「私、模範教徒になってるので頼み込めば一ヶ月くらいは課程をパスしてもらえると思うんです。だから、私と一緒に旅、しませんか?」
それは奥手な彼女に出来る彼女なりの告白だったのかもしれない。
ラーシェとの恋バナでは強気の彼女も現実を前にすると話は変わった。
もっともその真意がザティスに伝わっているかはかなり怪しかったが。
「おう、お前と旅するのも久しぶりだな。よろしく頼むぜアイネ!!」
彼が手を差し出してきたのでアイネはハイタッチした。
(今はなんて言ったらいいかわからない。でもザティスさんといると私は幸せ。なら幸せな方へ行けばいいと思う。その先、どうなるかはそれこそ神のみぞ知るという事だから……)
次の日から二人揃って道具類やら装備品を用意する作業が始まった。
人員が二人に増えたからか、準備の速度は加速し、スムーズに整っていった。
独りより二人のほうが楽しいなとザティスもアイネも思っていた。
それをじっとりとした視線で見つめる者が居た。アンナベリーである。
「ザティスくん……やっぱりあの女と…………。ま、しかたないわよね。私は仕事に専念するわ……」
意外と彼女はドライで、表面ではあまり引きずっていないようだった。
もっとも、それは見た目だけの話で心の底ではダメージを受けているのだった。
だが、幸運な事に彼女は粘着質ではなかったのでザティスが付け狙われることはなかったが。
彼女はそのまま教会の路地裏へと姿を消した。
旅の準備とアイネの手続きは五日ほどで完了し、すぐにでも旅立てる状態になった。
見送りは期待してなかったのだが、教会の面々が来てくれていた。
ザティスに声がかかる。
「おいザティス、教会の品位を下げるなよ」
「闘技場に入り浸るんじゃねーぞ」
「この女泣かしめ~」
アイネも同じくだ。
「旅先で気をつけてね!!」
「肝心なときにボーッとしないでよ?」
「ルーンティアの慈悲がありますよう……」
教会の人々に送られてカルティ・ランツァ・ローレンからミナレートへと二人は旅立った。
そこそこ遠方ではあるが、今回は乗り物を縛ったりはしていないので安全な旅になりそうである。
「わぁ~!! ザティスさん、ドラゴン・バッケージ便ですよ!! ドラゴン・バッケージ便!!」
「うえぇ~、俺、高いところ苦手なんだよ~」
熱い恋心をチケットに二人の小旅行が始まった。




