ファンキーなボロい板
アシェリィは久しぶりに釣り竿を出したとき、視界にマナボードがちらりと入っていた。
マナボードとはまるでスケートボードのように地面を滑る板のことだ。
彼女の持っているのは師匠にもらったもので、本当にただのボロい板にしか見えない。
だが、これに風属性の幻魔をエンチャントするとうまい具合に滑走させることが出来るのだ。
これにも思い入れがあって、シリルの街の郵便局員として働いていたときに使っていたものである。
瞳を閉じるとC-POSの面々の顔が思い浮かんだ。
「ウェイスト先輩にシェアラ先輩、カレンヌ先輩にクラッカス先輩……みんな元気でやってるかなぁ……」
こうやって部屋の隅に置きっぱなしでホコリをかぶせておくのも忍びないと思ってアシェリィはマナボードを外に持ち出すことにした。
そういえば学内は衝突事故を避けるため、むやみに乗り物を利用することが制限されていたはずだ。
乗り物に乗りたい時は学院のグラウンドに行けばいいと教わっていた。
アシェリィは早速、ボロい板を片手に寮を出た。
うっかりスカートで出てきてしまった。中が見えないかと気になったが、スカートの丈を伸ばしてごまかした。
学院のグラウンドに入るのは初めてだったが、本当にいろいろな物が走っていたり、飛んだりしていて、まるで異世界のような光景だった。
周囲に人が居ないのを確認するとマナボード少女は風を切って走り始めた。
砂漠以来のボード乗りである。爽快感に溢れ、心地が良い。
走りながら見渡すとマナボードのトリック用の坂や切り立った坂があるのが見えた。
せっかくなのでそちらにも行ってみると部員らしき生徒が数人、練習していた。
「あの~、すいません。ちょっと混ぜてもらってもいいですか?」
少女が声をかけると部員たちは快諾した。
「OKOK。好きに使いなよ。皆空を飛ぶのばっか夢中でマナボードは地味だっていうんだぜ。あんまりだぜ」
アシェリィはコクリと頷くと勢いをつけてそそり立つ坂に向けて滑り出した。
そしてダンッっと坂のてっぺんからジャンプすると空中でひねりと回転を加えてトリックを決め、見事に坂に着地した。
そのまま滑走しながら手を振る。
「ヒューヒュー!!」
「ブラボー ブラボー!!」
マナボードを操って部員らしき人たちのそばへ寄った。
「ヒュー!! お嬢ちゃんすげーな。かなりの腕前でお見受けしたぜ。見てくれは、ほぼただの板だけどサイコーにファンキーだぜ。間違いない。そうだ。ご覧の通り、今、我らがマナボード部は人手不足なんだよ。仮入部でいいからどう? 大会だけのヘルプとかでもOKだぜ」
アシェリィは部活動への所属は考えていなかったが、入らない理由があるかといえば特にそんなこともなかった。
一時はマナボードの大会に出たいと思ってい時期もあったし、これは悪くないなと思った。
それに遊び道具と言えど、マナボードの腕を上げておくのは戦闘面など他のことにも応用が効くはずだ。
「わかりました。私、一年のアーシェリィー・クレメンツって言います。皆からはアシェリィって呼ばれてます。よろしくお願いします!!」
「ウス!! 良い返事だぜ。俺はマナボード部の部長のゼフ。にしても一年生とはおったまげた!! 普段はいつもこのメンツでここらでたむろってるから。来たいときにいつでも来てくれ。あ、来たくない時は無理にくる必要はないぜ。気が向いたときにでOKだ。みんなそんな感じでのらりくらりやってんだ」
ゼフが手を出しだしてきたのでアシェリィはそれに握手で返した。
「ん~、俺らユルめにやってるとはいえ、一応大会入賞とか目指してたりもすんのよ。その気になればアシェリィもトライできるから声かけてくれよな。今日はどうする? よければ一通りバリバリ乗ってかね?」
その日は特に予定もなかったのでみっちりマナボードに乗り尽くしていい汗を流した。
割とファンキーな感じの雰囲気の部活だったが、根が悪い人はおらず、すぐに馴染むことが出来た。
アシェリィは勢いをつけて地を蹴り、坂道を駆け上がる。
そのままくるりと坂沿いに側転し、危なげなく着地して地面を滑走した。
部活のメンバーたちから拍手と歓声が上がった。
ここまで褒められることもそうそうあるものでもないなとアシェリィは思い、彼女は照れながら手を振り返した。
マナボードに乗ったまま部員とハイタッチしていく。
コンビネーションのトリックなども決めて、その日が終わる頃には少女はすっかり部活に馴染んでいた。
「hoooo!! 最高にクールだぜ!! 無理の無い範囲でいいからこれからも4649な!!」
ゼフを始めとする部員と別れの挨拶をするとマナボードを脇に抱えた少女はてくてくと歩きだした。
長時間のライドにさすがに体が疲れる。グラウンド脇のベンチに座って空を見上げた。
あれは―――フォリオだろうか。フライトクラブの練習をしているようだったが、逃げてばかり居る。
フライトクラブの活動には勇気も必要と聞いていた。せっかく受かったのだから心機一転して立ち向かっていくべきだと思うのだが……。
デシン!!
魔法障壁に物が衝突した鈍い音がした。フォリオが墜落していく。
見ていられなくなって思わずアシェリィは目を背けたが、ホウキ少年はガッツで立ち直っていく。
向かってこそはいけないものの、耐える根性には目を見張る物があった。
アシェリィは再び拳を握って応援し始めた。そしてまた目を背けたり、また拳を握ったりと応援を繰り返して続けていた。
「あれアシェリィ何やってんの?」
「よぉ。応援かい?」
レーネとクラティスが声をかけてきた。
「私は……これ。っていってもなんだかわからないよね……」
二人は顔を見合わせたが互いに首を捻った。まるで頭の上に疑問符が出ているかのようだ。
「マナボードだよっと!!」
アシェリィはマナボードにまたがると軽く足先でトリックをしてみせた。
「おお!」
「ヒューッ!!」
ボードを跳ね上げて空中でキャッチすると今度は二人のことについて聞いた。
「そういう二人は?」
レーネはいつもと変わらないスカート姿のスポーツウェアだったが、クラティスは学ランを来て勇ましい出で立ちに見えた。
「私たちもね、練習だよ。グラウンドは広いからね。多目的に使えるってわけだよ。私はボミング・ボーリング、クラティスは応援団やってるんだ」
レーネの解説にクラティスは頷いた。
「そういうこと。チアリーダーの服を着せられることも多いけど、あたしとしてはこっちのほうがしっくりくるんだけどなぁ。こうヒラヒラスースーするのはなんだかなと思うわけだよ」
彼女は腰を落として構えると巨大な応援旗を見事に振り回した。旗を振ったり、先端で突いたりと武器としての動きを見せた。
「ま、こんなとこかね。旗振り(バトル・フラッガー)は割と珍しい部類でね。旗の部分をいかに上手く応用できるかにかかってくるんだな」
説明を終えると彼女は手際よく旗を包んだ。
そして三人はフォリオを見上げた。腕組みしてクラティスがつぶやいた。
「全くよくやるよ。努力は認めるが、逃げ出すに逃げ出せないって感じだな。もうちょっと肝がすわってりゃあなぁ……」
レーネも心配そうに彼を見上げた。
「う~ん、生傷も絶えないし。もうちょっとどうにかならならいのかなぁと思うよ。あのままじゃ力尽きちゃいそうで……ちょっと心配かな」
アシェリィはボードを握った。かつての自分とフォリオが被る。
「辛いけど、こういうのは自分でどうにかするしかないんじゃないかなぁ……。でもいつかきっとうまくいくと思うよ。諦めない限りは……ね」
三人はしばらく無言のままボロボロになって練習する少年を見ていた。
沈黙を破るようにクラティスが二人を誘った。
「おっと、気分がシケるのはよくないなぁ? レーネ、アシェリィ、甘い物でも食べに行かないか?」
これには二人とも同意して何を食べに行こうかという話題になった。
「あたし、デカミミウサギパンケーキー」
「私は……百色タマムシアイス~」
「あっ、二人とも決めるのが早いぞ!! 私は―――」
アシェリィは少しだけ振り返って今日のグラウンドでの出来事を思い返した。
そしてフォリオに心の中でエールを送ると気分を切り替えて再びスイーツの計画に戻るのだった。




