F・F(フィッシング・フレンズ)
トレジャーハントの課題に少女は苦戦していた。
ある時は一日中釣り糸を垂れたり、ある日は磯を漁ってみたりもした。
腐ってもEランクのトレジャーはなかなか容易に手に入るわけというわけにはいかなかった。
ただ、ここはアシェリィの粘り強さがうまく発揮されていて、日々同じことをしていてもそれ自体を苦痛には感じなかった。
特に釣りに関しては結果が出せずとも楽しめていたし、苦痛に感じることはなかった。
今日はまたラヴァーズ・ケイプの岬に来て釣りの準備を始めていた。
この岬が恋人の岬だと後にアシェリィは知った。確かにカップルばかりである。
彼女とて年頃の少女。色恋沙汰に興味が無いわけでは無かった。
だがクラス女子の恋バナノリは苦手であのノリにはついていけそうになかった。
理想が高いかと言われればそうでもないし、誰でも良いかと言えばそうでもない。そんな定まりきらない曖昧な加減が彼女の未熟な乙女らしいところだった。
ぼーっとそんな事を考えながら釣具の準備をしていると背後に気配を感じた。
振り向くとそこには自分の腰くらいの背丈の亜人が居た。
「ねーちゃんねーちゃん。ねーちゃんさかなすき?」
全身茶色の毛むくじゃらで太い眉毛が二本、クリッっとした可愛らしい二つの眼、短い手足に少女のような声。
そんな亜人がこちらに話しかけてきていた。すぐに明るく声を返す。
「うん!! 私は魚好きだよ!! 君も好きなのかな?」
相手の年齢はわからないが、思わず年下に向ける態度で接した。
すると彼だか彼女だかわからないが、亜人はひょいっと網を取り出した。
網の中にはまるで黄金財宝をぶちまけたようなカラフルな魚介で埋まっていた。
「おー!! なんだこれ!! すっごいなぁ!!」
あまりの豊漁に思わず大きな声が出た。カップルが聞いていたのか退いていく。
「あ……。ま、いっか……。でもほんとこれ凄いよ。よく見たらトレジャーも混ざってそうだね。君は釣りが上手いんだねぇ」
「キュワァオキュワァオ」
独特の笑い声を上げている。網の中身を見ていると相手の亜人は楽しそうに提案してきた。
「ねーちゃんねーちゃん。さかなつり、しょうぶしよ!! いちじかん なんびきつれるか で」
特に時間に追われているわけでもなかったのでアシェリィはこの勝負を受けることにした。
「君、名前は? 私はアシェリィ」
「キュワァ いうよ」
「よろしくねキュワァ!!」
「うん!!」
どうせやるならば勝つ気で勝負に挑もうとは思っていたが、どう考えてもキュワァの釣りの腕前は飛び抜けている。
少し離れたところで観察しているとポンポン魚が釣れるのだ。
まるで餌と魚が磁石でくっついているようだ。
あっというまに網がいっぱいになっていく。こちらはまだ二匹程度といったところだ。
一時間はあっという間に過ぎた。
釣った魚を持ち寄るとアシェリィが二匹に対し、キュワァは数えた結果、十四匹も連れていた。
「わーい! かたー!」
この差は一体何なのだろうか? 何かしら魔術的効果が発生しているとでもしか考えられない。
「ねぇねぇ。キュワァはなんでそんなに釣りが上手いの?」
「んーわかんない。ね、ね、もういっかい しようよ!!」
ここまで来て退くわけにはいかず、アシェリィはその日、半日以上釣り対決に挑むこととなった。
美しい夕焼けが海をオレンジ色に染めた。
二人は砂浜に寝そべってぶっ続けの釣りの疲れを癒やしていた。
「はぁ……はぁ……うわ~だめだぁ……。完敗だよ。全然勝てなかったね」
「ハァ……ハァ……でも つり たのしい。さいこー」
「はは。さいこー」
互いにガッチリ握手をした。ネズミのような小さな手が握り返してきた。
なんだか恋人の岬でこんなやりとりをしているとカップルそのものでアシェリィはすこしどきまぎした。
「そそそそういえばさ、キュワァは男の子なの? 女の子なの?」
思わず尋ねてみる。キュワァは首を縦に傾けた。
「? キュワァ、メス。こんなところでオスさそう ヒジョーシキ」
なんだか肩の力が抜けてしまい、アシェリィは笑い始めた。
なんという種類の亜人だかはわからないが、逆ナンは非常識という価値観があるらしい。
女の子だとわかると急に親近感が湧いてきた。
「いつもここで釣りしてるの?」
「たまに つりば いっぱい しってる」
「え!? 本当!? 教えてくれると嬉しいなぁ」
アシェリィはガバっと上半身を起こした。
「じぶん の つりば ヒミツ する これキホン……」
「そっか。そうだよね。自分で探すのが楽しいもんね」
ウンウンと亜人は首を縦に振った。
「でも いちにち あそんで もらた おれい したい。 これ とくべつ えさ。これ ナイショ」
そう言うと彼女は光るヘドロのような塊をアシェリィの手に置いた。
ただの餌かと思ったが触れただけでそれが幻魔だとわかった。
「これは……魚を引き寄せる能力のある幻魔だね。あはは!! そりゃ釣り勝負に勝てるわけないよ。ずるいって」
アシェリィは勢いよく笑った。
そしてサモナーズ・ブックに確かに幻魔を記述しておいた。
これは非常に便利そうだ。トレジャー・ハントにも役に立ちそうである。
「かーえろかえろ かもめがなくからかえろ」
手を振ってキュワァと別れた。新たな友達が出来た一日だった。
翌日、釣りの効率が非常に上がった。もらった餌の効果が抜群だったからだ。
まるでキュワァのような勢いで立て続けに魚がヒットしていく。
みるみるうちに網が魚で一杯になっていった。
きっとこの幻魔が使えれば山の中の湖に長期間こもることは無かったのになどと思った。
あれはあれでいい思い出だったが、寝ても起きても本当に釣りばかりしていた気がする。
それまで軽く小川で釣りをすること程度ならあったが、あの試練のせいで今では完全に釣りマニアになってしまった。
網を引き上げてトレジャーの該当する魚が入っているかトレジャー図鑑と照らし合わせて確認した。
「あっ、カンシャク・サーヴァが釣れてる!! やったぁ!!」
トレジャーの扱いについてここからがキモである。
物品であったり、既に絶滅していたりすれば生死は問われないが、生きている場合は話が違う。
アシェリィはトレジャー図鑑をパラパラとめくって該当のページを開いた。
「カンシャク・サーヴァは……生け捕りで価値アップ。そうでなければ大幅に値が落ちる……か」
希少種を保護するのもまたトレジャーハンターの仕事である。
面倒だからといって殺めて持ち運ぶなどもってのほかである。
もっともこういう悪質なハンターも少なくないのが現状だが。
私物利用でない限り、生物用のケージはトレジャーハンター科で貸し出してくれている。
アシェリィはカンシャク・サバ・サーヴァを保護用の容器に移した。
それ自体の大きさはかなり大きく、手で持ち運ぶのは困難だ。
そのため、容器のまま学園の海上にある保護研究施設へと移送される事になっている。
無事にカンシャクサバを送り届けると少女は他の魚をリリースした。
そして垂れる汗を拭いながら燃えるような太陽を見上げた。
岬の先端に座って水平線を眺める。これだけ冒険したのにまだまだ行ったことのない場所、会ったことのない人達で世界は溢れている。
まだ無限の可能性があるかと思うとアシェリィは心躍らずにはいられなかった。
「それはそうと……さすがにここ数日はハードだったなぁ……。ちょっとでいいから休みをはさみたいところ……」
仰向けに寝そべって海風を吸っていると人影が現れた。もしやと思って目を開くとキュワァがそこにいた。
「ねーちゃん。ねーちゃん。きょうも つり しょうぶ する」
家に帰ろうとしていた少女だったが、結局その日も日がな一日釣りに興じることとなった。
キュワァとの交流はこの後も続き、暇な時はちょくちょく彼女に会いに行くようになった。
もっとも、神出鬼没だったので会いたいときに会えるとは限らなかったが、向こうはこちらの居場所がわかるようだった。
結局何歳なのかは未だわからないが、まるで妹のようで彼女と接するとアシェリィは心が和んだ。




