ドキドキハラハラお節介焼き
「あ~モヤモヤするアル!! 若い男女が数ヶ月過ごして恋愛関係が生じないわけがない!! 生じないわけがないアルよ~!!」
放課後の教室でカルネは髪をかき乱しながら悶えた。
その様子を見たヴェーゼスは頬杖をついてため息をついた。
「ハァ……。カルネ、騒がしいと言うか賑やかというか……」
同じ班のミラニャンは中立といった感じだ。
「あら~いいじゃないですか~。青春っぽくて。私、嫌いじゃないですよそういうの」
それを聞くとヴェーゼスは髪をとかす仕草をした。
「ハァ……。あなた達、色恋沙汰に幻想を抱きすぎじゃない?」
ちょっと大人な女性はクールというか冷めた目線でそれを見つめていた。
それでもカルネは止まらなかった。
「そうアル!! うちのクラスは男子のほうが少ないアル!! 男子を片っ端から巡っていったほうが手っ取り早いんじゃないアルか?」
ミラニャンはニコリとして手を組んで頷いた。
「うんうん。それ良いと思う。じゃあ行ってみようか!!」
このまま二人を放置するわけにも行かず、ヴェーゼスも席を立った」
「はぁ~。手の焼ける班員だこと」
まだ教室には生徒達が残っていたので片っ端から声をかけてみることにした。
まずは一班からである。
「ねぇねぇイクセント君とフォリオ君」
「ん?」
「?」
「二人は好きな異性とかって居るのかなぁ?!」
いきなりのド直球である。
ヴェーゼスはまたもや額に手を当ててやれやれと顔を左右に振った。
先にフォリオが反応した。
「すすすすすすすす、好きな人だって!? そそそそそそそ、そんなの、いいいいいいいるわけないでしょ!!!」
(お、これは……)
(わかりやっす)
カルネとヴェーゼスは思った。
もう一方のイクセントは腕を腰で組んで壁にもたれかかった。
「好きな人だと? フン。くだらん。色ボケしてる暇があるならもっと生産的なことに励んだらどうだ」
(全く脈が無いアルな)
(手厳し~)
カルネとミラニャンは手痛い指摘を受けてしまった。
「ふ~む。フォリオはもしかすると誰か好きな人がいるのかもしれんアルな。イクセントのほうは……ダメアルな」
二人にペコリと会釈をすると次の班へとインタビューを移した。
途中、自分たちと同じ班のレール・レールが視界に入ったが彼はよく”恋愛はファンタジーに限る”と公言していたので飛ばすことにした。
次はドクとポーゼの居る三班である。またもや先頭を切ってカルネが声をかけた。
「こんにちは~。お二人には好きな異性っていますか?!」
突然の質問にドクの後ろにポーゼは隠れてしまった。
まるで小さい子供のように無言のまま背後からひしっっと抱きつく。
「あぁ、すいませんね。ポーゼ君はいつもこんな感じなので。私に関して言えば今の所、お付き合いしたいと思う女性はいませんねぇ。無論、魅力的な女性だらけではあるのですがね……フフフフ」
(たらしアル)
(たらしですね……)
(たらしだわ)
怪しげに笑うドクに愛想笑いを返すと今度は男子の多い四班に話を聞いてみた。
ちょうど彼等は放課後の雑談をしていた。
「ここの連中は好きな異性はおらんアルか!?」
「おう! おまえ唐突だなぁ!!」
いきなりの質問にも悪い顔をせず、タコ亜人のニュルは豪快に笑った。
「面白ぇじゃねぇか。田吾作とキーモはどうなんだよ?」
話を振られて二人は戸惑った。
「そそそそういうのは自分から名乗ってからが普通じゃないでござるか!?」
「んだんだ。何も聞かせねぇたぁずりぃだよ~~~」
二人の抵抗にあってニュルはのけぞった。
「あん? つわれてもな~。好みは居るけどすぐには思いつかねぇな」
妙にリアルで生々しい回答が帰ってきた。
「それアルそれアル。こういうのを求めていたアルよ~。残りの二人も聞かせるアル~」
キーモは戸惑いを隠せない。
「たとえ居たとしてもそう簡単には……」
だが、田吾作が沈黙を破った。
「おんら、エルフのべっぴんねーちゃんこのみだにゃあ」
急なカミングアウトでクラスの一角は燃え上がるように盛り上がった。
「お前マジかよ。ノワレ? うわ~。確かに見た目は抜群だけど中身がな~。ありえね~。面食いかよ~」
ニュルは唖然とした様子で田吾作につっこんだ。
上手いこと聞きたいことを聞き出せたカルネは満足げに笑った。
「ドゥフフフ。安心するアル。ヒミツはしっかり守るアルよ~。んんん~~~~たまらんアルな!!!!! じゃあキーモも答えるアル~」
メガネの少年は指空きグローブを前に突き出して左右に手を振って拒絶した。
「拙者は!! デリケートなんでござるよ!! だいたい、こういうのを聞き出すのはデリカシーがないというもんじゃないでござるか!?」
至極まっとうな反論をキーモは述べた。それに対し、誰も言い返すことは出来なかった。
「どう? 少しは反省した?」
ヴェーゼスがカルネの顔を覗き込んだが、彼女は顔色一つ変えない。
「それはそれは申し訳なかったアルね~。じゃ、次いくアルよ」
カルネからは口先だけで全く反省している様子が見られなかった。何が彼女をここまでして突き動かすのだろうか。
「ハァ……」
ここまで来たのなら最期まで付き合ってみるのもいいかなとヴェーゼスは投げやりに思った。
五班はアンジェナ、ガン、グスモの三人である。全くタイプの異なる個性的な三人だ。
「やぁアンジェナにガンとグスモ。いきなりアルが、好きな異性はいるアルかな?」
またもや躊躇すること無く切り込んでいく。
はじめにアンジェナが答えた。
「かつては居たが、今は居ないね」
意味深な回答である。だがこの質問をこれ以上掘り下げるのは地雷を踏むような気がして、アンジェナについてはここいらで切り上げることにした。
「あ~、さすがにそう詮索するほど無粋ではないアルよ。んじゃ次はガン!! どうアルかな?」
ガンは手を後頭部で組んで目線を泳がせた。
「ん~、あ~、可愛いい子は多いと思うけど誰が好きかっていうとまだわかんないっす。それにその質問、まだちょっと聞くのに早いんじゃないっすか? 確かに早い連中はもうくっついたりしてるらしいけど、まだまだといえばまだまだだと思うっす」
そう言いながら金髪の少年は爽やかな笑みを浮かべた。
「むむむむむ……」
痛いところを指摘されてカルネは唸った。
「じゃ、じゃあ、グスモはどうアル?」
カバンの中の罠をガサガサ整頓しながら彼は答えた。
「あっしは色恋沙汰にそれほど興味がないタチでして。そりゃ何か機会があればってとこでやんすが、罠と同じく、こちらから仕掛けるということは無いんでやんすよ」
「お~!! それはまた渋い。待ちの恋ってやつですな~!!」
そう言われると罠師は首を左右に振った。
「そんなカッコの良いものではねぇでさ。ただのオクテってヤツでさぁ」
そう言うと彼は再び罠の整備に戻った。
「そっか~。ありがとね~」
これで一通りの男子の意見を聞いたことになる。
全体的には今一つの反応といえば今一つだったが、田吾作がノワレに好意を抱いているのを聞けたのは大収穫である。
このとき、ヴェーゼスは女の嫌な勘を感じ取っていた。
カルネがまた明後日の方向に暴走して走り出すのではないかと思えたのだ。
なんだかんだでミラニャンもノリノリになっている光景が目に浮かぶ。
こういうのはヘタに煽らず放っておいてやるべきだとヴェーゼスは思っていた。
彼女が最悪のケースを回避しようとあれこれ考えていた頃にはもう遅く、田吾作の想い人の噂はクラス中に広まってしまっていた。
カルネが広めたと言うよりは自然と広まったようだったが、どのみち事態は変わらなかった。
野菜青年がさすがにいきなり本気で求婚してくるとは思えないが、からかって”ノワレ”と呼ぶのとはまた意味合いが違ってくる。
割と謙虚な性格である彼のことだ。いきなり告白してビンタされるといった事態は避けられるだろうが、心を抉るようなキッツイ拒絶をされるのは容易に想像できる。
きっとこの先に手痛いダメージが田吾作を待っていると思われたが、これもまた当人同士でほうっておくべき問題である。
ついドキドキハラハラしてしまうあたり、一番のお節介焼きなのは自分なのではないかと
ヴェーゼスは思うのだった。




