甘いものを食べに行こうよ
ある日の放課後、アシェリィがカバンに教科書を詰め込んでいると誰かが声をかけてきた。
「よお、アシェリィ。これから甘い物でも食べに行こうかと思うんだけどどう? 既に何人か誘ってあるんだよ。あまり大所帯にになるからあんたがラストなんだけど、気が向いたらいこうじゃないか」
遠足以来、仲が深まったクラティスだ。
彼女は男子のようにサバサバしていて、社交的だと言うことがわかってきた。
それだからか嫌味なくクラスに馴染んでいて、女子の中ではスララに並んでリーダー格と言っても過言ではない。
今日もこうして積極的にコミュニケーションを図ろうというわけだ。
別に自分が先頭を切ってとかそういう事は一切考えておらず、純粋に学院生活を謳歌しているといった風だった。
「うん!! 私も行くよ!! で、誰が他に来るのかな?」
自分より背の高いクラティスの顔を見上げるようにして覗き込んだ。
「えっとだな、まずはあたし、次にレーネっちでしょ、ミラニャンでしょ、リッチェでしょ、そしてアシェリィかな」
顔なじみといった感じのメンバーだがまだ互いに知らない事も多そうである。いい機会だろうとアシェリィは快諾した。
もっとも、単に頭の中を空っぽにして甘味を貪りたいという気持ちもあったのだが。
五人は放課後の教室に集まると学生服のまま町に繰り出した。
入学時は色とりどりの個性ある服装だった集団だが、じきに制服へと染まっていく。
なぜならリジャントブイルの学生服の防御性能が非常に高いからである。
高度なエンチャントがかけられており、生徒達は遅かれ早かれ学生服の安全性に気づいていくのだ。
今日も多少の着こなしはあれど女子制服五人組スカートで街を歩いていた。
「いや~、すっごく美味しいらしい有名なスイーツのお店があってさ~。あたしみたいな田舎者は一度は行ってみたいと夢見るんだよね~」
クラティスは身振り手振りを織り込んで無邪気に語った。
「わかる。わかるなぁ~。わたしも未だに観光パンフレット読んでることあるもん。そのスイーツのお店も見たよ。なんていうんだっけほら……」
アシェリィも目を輝かせるようにして熱を入れて語った。
その話を聞いたミラニャンが綺麗な蒼色の髪をゆらして聞き返した。
「もしかして、素逸庵の事?」
「そこそこ!! なんでもジパ独自のスイーツがたくさんあるらしいね!!」
身長低めでぽっちゃり体型、愛嬌のあるミラニャンはエキサイトして答えた。
「うんうん!! アズキ……レッドビーンズとかが代表的だね。私もいくつか作れるけど、本格的なお店に行くのは初めてなんだ~!! きっとすごく美味しいよ!! この暑さだから、カキゴーリとかもいいと思う!!」
「カキ……ゴーリって?」
燃えるような紅い髪で平均的な体格をしたリッチェが髪をとかしながらミラニャンに尋ねた。
すると彼女は手をひらひらと振った。
「ああ、ごめんごめん。ジパでは削り氷の事をカキゴーリっていうの。カキゴーリにレッドビーンズを練ったものを加えたのなんてもうたまらないよ!」
一同は想像力をかきたてたが、まるで具体的に想像が及ばずにますます楽しみが加速していった。
「う~ん、でもダイエット中だからなぁ~。アスリートの天敵だよスイーツは」
ダークブラウンの髪でアスリート体型のレーネはそう言いながらお腹の肉をつまんだ。
「平気平気。素逸庵のスイーツはどれもヘルシー志向なんだってパンフレットで見たぜ」
クラティスは自分の肩でレーネの肩をつっついた。
「スララも一応呼んではみたんだけど、来なかったんだよなぁ。アイツ、食事に関してはアレだからなぁ。味がわかってるのかどうか怪しいって本人も言ってたし、それにスイーツの器の山は見たくないからな。スララにゃわるいけど別の機会ってことで!!」
クラティスは暗くなりそうな話題をさっと切り上げるのが上手かった。
素逸庵はルーネス通りに面したところにあった。
路上のパラソル、ウッドデッキ、吹き抜けのある店内と中々オシャレな造りのお店だった。
早速五人は店に入った。席についてメニューをパラパラとめくってみる。
「ん~、さすが異国スイーツだけあって、メニューだけではいまいちわからないな。頼んでみてのお楽しみってとこか。ミラニャン先生、頼んだ!」
クラティスハミラニャンにすがった。
「う~ん、そうだな~。やっぱりね、”アンコ”がオススメかなぁ。チョコレートとかとは違う控えめで優しい甘さがするの。この暑さだからやっぱカキゴーリかなぁ。とりあえず食べてみてよ」
いつまでも悩んでいても仕方がないということで、一同は”あんこたっぷりかき氷”を注文した。
作るのに時間がかからないからか、すぐにかき氷は出てきた。
「いただきまーす」
五人揃ってそう言ってあんことかき氷をスプーンですくって口に入れた。
「~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!」
クラティスが声にならない声をあげた。
「どう? おいしいでしょ?」
「ん~!! たまんないね~!! スプーンが止まらないよ!!」
クラティスは一心不乱にカキゴーリを口に運んだ。
「あ、クラティス、そんなに一気に食べると!!」
ミラニャンが警告を発したが、何が起こるというのだろうか。
「――――――――――――ッッッ!!!!」
一気食いの少女は悶絶しながら頭を抱えた。とても痛そうだ。
「ほらいわんこっちゃない。カキゴーリは一気に食べると頭がキーンと痛くなるんだよ。皆も程々にね」
いつもは笑っている側のクラティスだったが、このときばかりは逆に他の四人に笑われる側になった。
そのままの調子で皆でヘラヘラ笑いながらスイーツパーティーが始まった。
「あ~、あたし、”ミタラシダンゴ”と”アンダンゴ”を追加でお願いしま~す」
アンコのカキゴーリを食べ終わるとアシェリィは追加注文した。
アシェリィの慣れ親しんだ団子は人間の拳くらいの大きさのものだったが、ここの団子は違う。
かわいらしい小さな団子がクシにささっているのである。口に運んでみるとどちらの味もとても味わい深い。
それに嫌味な甘さがない。ミラニャンの言う優しい甘さというやつだろうか。
他の皆も思い思いの和風スイーツを頼んだ。
スイーツを囲みながら雑談が盛り上がった。
「ねぇねぇ、そう言えばわたし疑問に思ってたんだけど、百虎丸……トラちゃんって何歳なの? 年長者だってちらっと聞いたんだけど」
アシェリィが彼と同じ班員のミラニャンに聞いてみると答えが帰ってきた。
「えーっと、たしか、今年で満22歳って言ってたよ」
「22!?」
思わずその場の面々は声を上げたが周囲の視線を感じて恥ずかしげにコソコソ話になった。
「おまえ22歳ってほぼ合格上限年齢だぞ。いや、それはどっちでもいい。あの極めて可愛らしい見た目をしつつ、22歳というギャップだよ。あたしとか未だにぬいぐるみか何かにしか見えないからな」
散々言いたい放題である。だが同意できる点も多くて女子達は反論しなかった。
レーネがそれに関して言及した。
「でもさ~、学院って入学時の歳ってバラバラなわけじゃん? この中でもミラニャンとアシェリィは15歳、あたしとクラティスとリッチェは16歳。だから時々、後輩みたいに見ちゃうことあるよ。そんなこと言ったら14歳組なんて更に年下なわけだからさ。でも、実際に年齢で勉強してることに差があるわけじゃなくて……なんて言ったら良いかな」
彼女は言葉を選ぶように視線を振った。するとリッチェがそれに答えた。
「同じ学年なんだから年齢を気にすることはないんじゃないかな。というか、あまり年齢を気にしすぎると自分より若い人に抜かされたときに気になるじゃん。そういう点でもあんま意識するのはおすすめできないなとあたしは思う。いや、あたし自身は別に抜かされてもどうこうは思わないけどね」
その意見にその場の面々はうんうんと納得するように首を縦に振った。
「う~ん、この話、あんま面白くないな。やっぱこういうときは恋バナっしょ。ほらほら皆、クラスで気になってる男子とかいるんじゃないの~? 隠しておくと身のためにならないぞ~」
クラティスが話題を振ったが、すぐにレーネが叩きに回った。
「クラティスの相手はドクで決定でしょ。あれはもう夫婦漫才の域だよ」
「誰が夫婦漫才やねん!!!」
気になる男子と聞いてぼんやりとアシェリィは考えを巡らせた。
同じ班の男子のイクセントとフォリオは弟のようにしか思えないし、今のところは他の班にも特に異性として気になる男子は居ない。
男子ではないが一応、ノワレに求婚している事になっている事を思い出した。
ライネンテでは同性愛は割と一般的であるが、彼女と交際する気があるかというと答えはNOだった。
アシェリィとしては育ちが違いすぎるし、彼女の酷く傲慢で攻撃的なところがあまり好きではなかった。
まぁもう誰も求婚の事は本気にはしていないだろうが。
もし本人がまだ気にしているようであればそれはそれで気の毒ではある。
極上のスイーツを味わいながらそれなりに恋バナっぽいガールズトークを楽しんだ。
まだ色々と知らない事も多くて互いの理解が深まった。
楽しい時はあっという間にすぎるもので、気づけば夕暮れ時になっていた。
五人は互いに別れの挨拶をするとその場で解散して自分の家や部屋に帰っていった。




