狂い咲いて連華
闘技場内ではフレリヤとアヤチヨが睨み合っていた。
「どうしておっさんを……いや、師匠を殺した。あの人、もう人殺しの拳術、やめてただろ。それでもナントカ流は惹かれ合うとでもいいたいのか」
そう聞くと忍び装束の女性は恍惚とした表情を浮かべた。
「そうさね。あぁ……いいねぇ……。それこそ”無殺意の殺意の極意” あんたいい線まで行ってるヨ。師匠って言うとあのマツバエとかいう男だっけ? 月日輪廻で名を捨てて一門を抜けることはそれだけで死に値するんだヨ。あんたは知らないかもしれないがネ……。だから、あいつは以前から殺ろうと思っていたが、ちょうどいいタイミングであんたさんがきたんでね……。まぁ残念だけどあんたもここで死ぬんだがネ……。」
アヤチヨは布で口を覆っていて顔がよくわからない、髪の毛はお団子状にしてかんざしで刺していた。
どうやらその身なりからジパの関係者に思えた。月日輪廻はジパ由来なのだろうか。
アヤチヨは軽く素振りするように蹴りを虚空に向けて放った。
物凄い速さで目で追いかけるのがやっとといったところである。
しかも斬れ味も半端ではないはずだ。まともにかち合ったらどうなるかわからなかった。
「あんたのは型を全て体に刷り込む演武だねぇ? それと上半身と下半身の役割を入れ替える昼夜逆転だ。一弟子につき会得を許可される奥義のは一つまで。私の”奥義”、わかるかい?」
今度は素早く手刀を抉るように繰り出した。あれが当たったら肉を持っていかれる。
「知ったことか。あんたの”奥義”がなんであれ、あたしはあんたを倒す。そして殺すんじゃなくて然るべき場所に送ってやる」
それを聞いた女暗殺者は大声で笑いだした。
「あーーーーーーっはっはっはっは!!! 暗殺者が相手を殺さずに法の元に放り出すだって!? お笑い草だねぇ。どこまで人をコケにしたら気が済むんだろうねぇ!! ますます殺る気が湧いてきたヨ。さて、余計な無駄口を叩く前に始めようじゃないか……」
フレリヤとアヤチヨは互いに見合った。それを確認するとゴングが鳴らされた。
「フレリヤ選手対、アヤチヨ選手、試合開始――――――!!!!!」
カーーーーーーン!!!!
音がなると同時に二人は衝突した。激しい攻防の応酬はハイスピードで思わず学院生も息を飲んだ。
「双震陽!!」
「日向掌!!!」
フレリヤが両手で強烈な掌底を放つとまるで張り手を打つようにアヤチヨが連撃でそれを弾いた。
続けてフレリヤが手刀でアヤチヨを貫くように突きを入れた。
「一日千襲!!」
「千変晩化(せんぺんばんか!!)」
すかさず相手はこれも弾き返してきた。
剣同士がしのぎをけずってぶつかるようにギリギリと衝突する手刀は音を立てた。
「ちっ!! なんて力さね!!」
そのまま二人揃って腕を激しくぶつけ合う。
「おーーーーーーーっと!! これは激しい衝突!! どちらも譲りません!!」
観戦者たちは大声を上げてエキサイトしている。ほとんどはフレリヤを応援する声だった。
「そこっ!!!! 鋭夜沙!!!!」
アヤチヨは猛烈な速さで首筋を跳ね飛ばすようにハイキックを放った。
一方のフレリヤは目をつむった。そして心を落ち着けると流れに身を任せた。
「なっ……!!」
次の瞬間、フレリヤはその場でしゃがんでひらりとハイキックをかわしきった。
闘技場は見事な回避に沸いた。
相手は攻撃がからぶった分、スキが生じていた。
「今だッ!! 暗底礁!!!」
亜人の少女は暗殺家に思いっきりかかとを突き出して押し込むような蹴りを食らわせた。
「かぁっっはぁ!!」
みずおちのあたりに蹴りは直撃し、アヤチヨは後方へ吹き飛んでいった。
「おっと!! フレリヤ選手の蹴りが決まったーーーーーーーーー!!!! しかし?」
コロシアムの壁にぶつかって土煙が立った。だがすぐに彼女は壁を蹴って戻ってきた。
「飛闇!! ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!」
目にも留まらぬ速さで連続蹴りを繰り出してきた。宙に浮いたまま蹴りのコンボを決めていく。
トドメにおおきく振りかぶって蹴りつけると直撃を受けたフレリヤも闘技場の端まで吹っ飛んだ。
なんとかガードしたが、それでも体中切り傷だらけだ。アヤチヨの蹴りはものすごい威力だった。
だがこちらの放った蹴りもそれなりに効いていたようで、アヤチヨは腹部を押さえていた。
月日輪廻のスキを突く陽日流が見事にヒットしたのだ。
「ハァ……ハァ……。あたいに一発くれるとはやるじゃないかい……。まさかこんな短期間でニワカ拳術を身に着けてるとは。最初からぬかったあたいがドジったね。じゃああたいも出し惜しみせず奥義をつかうとするヨ。くらいな!! 破日!!」
暗殺家はフレリヤの上半身の急所をめがけて両手で突き出すように掌底を放ってきた。
亜人の少女はまたもや月日輪廻のスキを突けると踏んで技に備えて構えた。
だが、予想外の攻撃が飛んできた。素早く三回連続で技を繰り出してきたのである。しかも威力も半端ではない。
「ッッッーーーーーーーーーー!!!!!」
フレリヤは大きく後ろに吹き飛んだ。
「月日輪廻之奥義……夜咲三連華。技を音速の如き速さで連続で三回繰り返す”奥義”だヨ。通常のタイミングとは異なった出方をするからあのクソ野郎のヘボ拳術は通用しない。チッ。なにが活人拳だ。拳は人を殺るためにあるんだよ……!!」
アヤチヨが突撃してきた。とにかく速い。そのまま至近距離に入ると技を繰り出してきた。
「暮夜・晩夜・暗夜・三連華!!!!」
華麗な足技だ。下から蹴り上げて高い位置で連続蹴り、そして最期にかかと落としをしきめた。
相手を宙に巻き上げる技で、フレリヤは宙に浮いた。
「流れるような連撃ッーーー!! フレリヤ選手、これを避けきれるか~!?」
亜人の少女はかかと落としを回避したが、蹴り上げと連続蹴りは避けきれなかった。
着地するとスパスパと肉が切れ、守りに使った腕を中心に激しく出血し始めた。かなり傷は深く、激痛が走る。
「ッ!!!」
「おやおやぁ? まだ一発目だヨ~? ズタズタじゃないか~い。この程度でこんなに深手を負ってちゃ先が思いやられるねぇ……流石にもうちょっと楽しませてもらいたいもんだけど……」
亜人の少女はガードしていた腕をおろした。血が滴る。
「あんた、自分の異変にも気づかないのか。蹴り上げと連続蹴りはわざと喰らったんだよ。その時、隠し手刀を打ち込んでおいた。結構いい当たりだったからあんただってタダでは済まないはずだぜ。わざわざ喰らってやったんだからカウンターを狙わない手はないよなぁ? 肉を切らせてナントカってやつだよ」
そう言われた暗殺者はペタペタと自分の体に触れた。確かに何か違和感を感じる。
「ケホッ……ば……バカな……。ぐっ、あの距離で届くはずが……。そ、その体躯で、か……」
彼女が口を片手で覆うとその手は鮮血で染まっていた。
「おっとーーーー!!!! アヤチヨ選手、内臓にダメージです!!」
あまりの展開の速さに闘技場の人々は驚愕した。
「あぁ……いいねぇ……。こういうサシの殺り合いはさ。久しぶりに血がたぎる」
アヤチヨは手についた血を服で拭って戦いの構えをとった。するとフレリヤは先手を打って猛進した。
「はああああああ!!!! 震陽・双震陽・三連陽華ッッッ!!!!」
片手での強烈な掌底を一撃、両手でもう一撃、最期に両手での掌底を三連続で打ち込んだ。
アヤチヨの夜咲三連華を見よう見まねで打ち込んだのである。
「ぐぬっっっ!!!!! ぬうううううううっっっ!!!!」
相手は腕をクロスしてこれを防御したが、骨が折れる感触がハッキリわかった。
腕どころではない。掌底の震動は相手の体中をめぐりに巡って各所を破壊したにちがいなかった。
後ろにふっとばされたアヤチヨは闘技場の壁に衝突して土煙をあげた。
カーンカーンカーン!!!!
「え~決着!! 決着です!! フレリヤ選手対アヤチヨ選手はフレリヤ選手の勝利で試合終了で~す!!」
決着をつけるゴングが鳴った。
気を失っているのを確認すると救護班が彼女を回収していった。
観衆は大声を上げてその結果に興奮した。
二人の対戦は試合結果の予想を覆す事となった。
「……バカなヤツ。人殺しが愉しいわけないだろ。あたしはイヤだよそんなの」
そしてズタズタになった両腕を眺めながら師匠を想った。
「今回、このくらいの傷で勝てたのは本当におっさ……いや、師匠のおかげだ。陽日流を体得出来なかったらアイツに殺されていた。さすがに後継者にはなれないけど、師匠の事は忘れないから。まだすぐに逝くつもりはないけど、あの世で見守っていてくれよな」
気づくとフレリヤのほうにも救護班が来ていた。すぐに治癒魔法で回復を始める。
「いつつつ……もっと優しくやってくれよ……」
(しかし……げつじつナントカの弟子は一体あと何人いるんだ? 今回はなぜだか前より苦戦しなかったな……。感覚が……戻ってきているのか? にしてもこんな奴らを来るたびに返り討ちにしなきゃならないんだろうか。さっきのヤツが二番弟子、あと上に一番弟子がいるはずだけど、間違いなくそいつは手強いぞ……。でもあたしは死ぬわけにはいかない。誰かを護らなきゃいけないんだから……)
ぼんやりと考えていると闘技場の脇からボルカが走ってきた。そのままフレリヤに抱きつく。
「よーしよしよし!! よくやったぞフレリヤ!! 心配だったんだからなぁ~!! よーしよしよし!!」
「あ、ボルカちょっと待った。まだ治療中だってあだだだだだだだ!!!!!」
その仲睦まじさに闘技場の空気は一転して和んだ。
観覧席では校長がその様子を見ていた。
「ふ~む。決してアヤチヨは弱い使い手ではなかった。フレリヤが恵まれた身体能力を持ち、本領を取り戻しつつあると見るのが妥当、か」
ヒゲをなでながらのほほんと校長は語った。そんな彼に声がかかった。
「校長!! なぜあんな無茶な約束をしたのですか!! あの娘は本気で校長を狙っていました。間違いありません!!」
事を重大に見た教師陣が詰め寄った。当の本人はあっけらかんとしている。
「わしがあんな娘に負けるわけがなかろう。じゃが、月日輪廻とは正直、正面切って戦いなくなかった。勝てはするじゃろうが、やりにくいし、めんどくさいからの。だからフレリヤをぶつけたんじゃよ。で、わしが囮になって殺人犯をおびき出せばこれがこうなってこうなるわけじゃ。さ、こんなとこで突っ立ってないで、飯でも食いにいくぞ」
ざわめく教師陣を横目に校長はその場を後にした。
この校長はいつもこんな感じなのであった。




