少年は喧騒に泣いた
フレリヤが特訓を始めたらしいという話を聞いて二週間ほどたった。
アシェリィはというと忙しいのとフレリヤのスケジュールとでなかなか彼女の元を訪ねられずにいた。
そんなある朝のHRの時間だった。ナッガンが終わり際に言った。
「今日の放課後、教授が推薦した者同士が闘技場で戦い合う”インビテーション・マッチ”が行われる。まだ闘技場に行ったことが無い生徒もいるだろう。全員、必ず観戦しておく事。課題扱いにしておくからな。班長には出欠を任せた。観戦は間違いなく戦いの参考になるだろう。しっかり見ておくように。以上」
クラスメイトの中でコロシアムを観戦しているのは半々といったところだ。
早くも賭け事に興じている者もいるらしいが、まだ闘技場自体に入場したことのない生徒もちらほらいた。
ナッガン達のクラスは遠足のせいで余計に闘技場から距離を置く傾向が強かった。
闘技場は敷地内にある。古代の伝説にあるコロッセオという建造物を模して造られた建造物だ。
そこでは日々、生徒達が激しくぶつかり合い、切磋琢磨している。
闘技場の入り口でアシェリィは班員全員を指差し確認した。
「五人確かにいるね。じゃあ”いんびーてーしょん・まっち”のフロアに入ろうか」
未だに慣れないテレポーテーションの扉をくぐるとそこには闘技場の観戦席と中央に戦いの場が広がっていた。
観客席と戦いの場には区切りがついており、一見するとつながった空間に見えるが、魔術障壁が張ってあると話には聞いていた。
つまり、武器や飛び道具、魔法が場外に飛び出してくるということはないということである。
五人は前の方の適当なベンチ席に座った。闘技場を円形に囲むようにベンチ席は造られていた。
アシェリィはここにくるのが初めてだったのでドキドキしていた。
ここでもなければ中々、学院生の正面衝突を見る機会もないのだ。無理もない。
他の班員の様子を見るとイクセントはけだるげに腕を組んで、ノワレは意外と盛り上がっていた。
フォリオは恐れか何か震えているし、ガリッツはハサミをうちならしていた。
そうこうしているうちに実況者がステージに現れた。
「は~い!! リングアナウンサーのカーリンちゃんで~す!! みんな~、盛り上がってるかな~!?」
その呼びかけにコロシアムは地響きのように答えた。
「えっとですね~。今日のカードは希少動物保護の権威、ボルカ教授となんと、なんとなんと!! 校長先生の推薦試合になります!!」
「おおおおおおおおおおおおーーーーーーーーー!!!!」
「わあああああーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「キャーーーーーーーーーキャーーーーーーーー!!!!」
アシェリィ達にとっては初めてのインビテーション・マッチだったが、校長が出てくるのは異例であるというのがすぐにわかった。
「ほいじゃ、早速、教授と校長先生のインタビューを聞いてみましょうか。まずはボルカ先生。今回選んだ生徒の特徴と意気込みは?」
女教授にマナマイクが向けられる。
「えー、えー、ゴホン。今回選んだ生徒は希少保護生物トップクラスの亜人種だ。そんな希少生物を戦いの場に出すのは問題外だという教授も居るが、私はそうは思わない。今回の参加は本人の意志。本人のやりたいようにやらせておくのが一番。よって、今回は私の研究フィールドからこのフレリヤを推薦する。もちろん相手が校長先生の推薦でもタダでやられるつもりはないからな~」
ヌッっと教授の脇から少女が巨躯を露わにした。
見た目は隠したいのか、帽子を被って尻尾はズボンの下に隠していた。
アシェリィもフレリヤについては他言に無用と口を酸っぱくして言われていたので、思わず片手で口を塞いだ。
「は~い。じゃあフレリヤ選手についてインタビューしてみましょうか。はい」
マナマイクの先端が亜人の少女の口元へと移った。
「深く語ることはないけど、今回の相手は仇ではある。けじめをつけるためにもここで負ける訳にはいかない。それだけだよ」
やけにクールダウンしたコメントと空気に闘技場は静まり返った。
まさに無殺意の殺意を体現しているといった様子だった。
「そ、それじゃあ、次は校長先生です。インビテーション・マッチに出てこられるのは珍しいですね?」
彼は白くて長い髪、ヒゲ、眉をたくわえたまるで毛むくじゃらのモップのような見た目だ。
「ほっほっほっほ。数日前にのぉ、ワシに弟子入りしたいという物好きがおってのぉ。この対戦で勝ったら弟子にしてやるということにしたんじゃが……。どうも真の目的は別にあるようじゃ。ま、それについてはどうでもええ。ワシはこの一戦が楽しみでわざわざ出てきとる。お互い、ワシを退屈させんようにの」
この時、校長はニタリと笑ったが、その瞬間、発せられたプレッシャーはとてつもないものだった。
「は、はい。じゃ、じゃあ、校長先生側の推薦者にインタビューしてみたいと思います。あれ? どこにいるんでしょうか……」
その直後、インタビュアの背後に忍び装束を着た女性が瞬時に現れた。彼女の胸元めがけて手刀を構えている。
「おっと、冗談冗談。マイクを失敬……」
鮮やかな動きでマイクを奪い取る。そのまま語りだした。
「あたいは”アヤチヨ”。ご紹介に預かったようにそこの小娘の敵だヨ。校長も魅力的に見えるねぇ。まぁその前にまず、その小娘を殺らにゃ校長は相手してくれんってことでなぁ。残念ながら小娘には死んでもらうしかないねェ!!」
突然の予告にまたもや闘技場は静まり返った。すぐにヤジが飛び始めた。
「ふざけんなーーーーーー!!」
「帰れ帰れーーーーーーーー!!!」
だが、いつのまにか校長がマナマイクを奪い返していた。
「まぁまぁ、これはエンターテインメントじゃよ? ワシの心配をする暇があったらそっちの娘を応援することじゃの。して、オッズは?」
校長は審判員達に問いかけた。しばらく審議は続いたが賭けたときの倍率の結果が出た。
「フレリヤ選手:8.4倍」
「アヤチヨ選手:3.7倍」
かなりのフレリヤ不利との事前予報が出た。
安定を取るならアヤチヨに賭けたいところだが、心情的にはフレリヤに賭けたいところだ。
別に必ず賭けなければならないというわけではないのだが、多くの学生がこの結果に悩んだ。
ベッディングタイムが始まった。学生たちは学生証をなぞるようにして振込金額を指定していく。
アシェリィはフレリヤに5000シエールを賭けた。
普段、賭け事は滅多にしないのだが、フレリヤを応援する一心で普段、節約しているおこづかいを一気に賭けた。
同じ班で賭けているのはノワレくらいではないだろうか。
なんだかずいぶん手慣れていて、入り浸っているように思えた。
イクセント、フォリオはさして賭け事に興味がなさそうだ。
ガリッツは興味はありそうだが、賭ける手段がなさそうだった。
闘技場では対する二人が戦闘準備をしていた。
許可がでたからか、フレリヤは帽子をとり、尻尾のガーターを外して素の姿になった。
その時、隣に座っていたイクセントが急に立ち上がった。
「あら、あなた、試合開始はまだですのよ?」
ノワレが声をかけるが、一心不乱に試合会場を見つめたまま、少年は座らない。
「イクセントくん……? 泣いて……いるの?」
言われて気づいたのが慌てて彼は制服の袖で涙を拭った。
「い、いや。め、目に、目にゴミが入っただけだ……」
そう言いながらイクセントはまた席に座るとしばらくまぶたをこすり続けた。
なぜ彼が泣いていたのか、アシェリィにもノワレにもわからなかった。




