サモナーの見合い稽古
アシェリィにようやく日常が戻ってきた。
約一ヶ月ぶりにサブクラスの召喚術師専攻のクラスに入るとクラスメイト達が出迎えていて一斉に拍手を浴びせた。
自分にその声援が向けられている事にすぐに少女は気づいてなんだか恥ずかしくなった。
「はい。アシェリィさんが一ヶ月ぶりに帰りました。皆さん、またよろしくお願いしますね」
フラリアーノはニコニコした表情で手をパンパンと叩いた。
席につくとラヴィーゼが肩を叩いてきた。
「ご苦労さんッっと!!」
隣のリコットは何を言うでもなく気だるそうにひらひらとこちらに向けて手を振った。
ラヴィーゼは気楽に声をかけてくる。
「な~な~、一ヶ月もお風呂無しでライネンテの海軍レーション食ってたってのかよ? 担当はナッガン教授だっけ? ホント、ご愁傷さまだよ」
心から同情しているというよりはからかい半分といった感じである。全く人の気も知らないでと少しアシェリィは呆れた。
「海軍レーション、あれ、人の食べるもんじゃないから……ほんとり~む~」
リコットは無表情だったが海軍レーションには恨みがあるらしい。
他のクラスメイトからもあれこれと質問を受けた。
「はいはい。アシェリィさんも苦労したんですからほどほどに。あまりしつこいようですとこのクラスでも”遠足”をやりますよ」
それを聞いたクラスの面々は逃げるように自分の机に着いた。
するとフラリアーノ教授は教壇を降りてクラスを周りながら説明を始めた。
「さて、今日は互いの力量を測ってみようと思います。バトルロイヤルでも実力を測ることは出来ますし、手軽な手段とも言えるでしょう。しかし、召喚術師同士では少し趣の異なる方法で互いの力量を比べる方法があります。見合い稽古と呼ばれるものです」
そう言うと教授は素早くサモナーズ・ブックを取り出して詠唱した。
「ヴォルカニック・レッド!! サモン!! シポフーバ!!」
岩の塊が出現した。よく見ると目とアヒルのようなくちばしがある。
頭にはくぼみがあり、中にはマグマが煮えたぎっていた。周囲に熱を撒き散らしていた。
「これを互いの召喚術師が行うのです。相性や属性によってはどちらかがひるんだり退いたりする事になります。そうすれば決着です。その回で決着がつかなかった場合はもう一度、別の幻魔を呼び出すのです。これが見合い稽古です。どうです? お気軽でしょう? 自分の手持ちの幻魔を思い出すことにも繋がりますし、トレーニングにもなるのです」
フラリアーノがパタンとサモナーズ・ブックを閉じるとマグマの幻魔は姿を消した。
「これを一班3人で先鋒・中堅・大将に割り振って順に他の班と対戦してもらいます。4班いますので2つに別れて一戦ずつやりましょう」
彼は細目でニコニコしながらクラスを見渡した。
生徒達は初めての腕試しらしい腕試しということで盛り上がった。
すぐにアシェリィ、ラヴィーゼ、リコットは戦う順番の相談をし始めた。
「じゃ、あたし斬り込み隊長ってことで先鋒な」
ラヴィーゼは気だるそうにガムを噛みながら親指を立てて自分を指さした。
「んじゃ、あたしは無難に中堅~~~~~」
リコットは読んでいた本をパタリと閉じてこちらをむいた。ドギツイピンク色の服や装飾が目立つ。
「えっ、えっ?」
アシェリィは自分を指さして二人の顔色をうかがった。
「ん」
「ん」
二人同時に頷いた。いつのまにか大将にされてしまったようである。納得いかなさそうな彼女にラヴィーゼは声をかけた。
「いやぁ、だって、アシェリィが経験面では一番上を行ってるだろ? そりゃしょーがねーべ。腹くくってちょうだいよ」
そう言われたら何も反論することは出来ない。
調子が狂うとばかりにアシェリィは頭を無造作に掻いた。
「はい。皆さん順番は決まりましたかね。では早速行きますよ!! 1班ごとの試合ですからね。えっと、召喚の内容がわかってしまうとお楽しみが減るので、試合に参加しない班はクラスの外で待機していてください。よって二戦目のポルトとアシェリィの班は外で待機していてください」
そう言われて二班は外へ出た。なにやら教室の中が騒がしい。
激しい見合い稽古が行われているに違いなかった。
「はい。試合終了です。次は外の二班、入ってください」
フラリアーノに招き入れられて、前の班と入れ違いになるようにしてアシェリィ達は教室に入った。
教室の机はよけてあり、クラスの真ん中に空間が出来ていた。早速試合が始まる。
「それではまず先鋒、ラヴィーゼ対ゴービ。いきますよ。見合って~。始めッ!!」
お互いに詠唱が始まった。
「サンライトレッド!! サモン!! キライカ!!」
「ダークナイトブルー!! サモニング・ベチュール!!!」
ポルトは炎のゴーレムを喚び出した。マグマがドロドロと体から垂れている。
さきほどのフラリアーノの喚んだ幻魔と同じように熱を放っている。
一方のラヴィーゼは不死者を繰り出してきた。ドス黒い泥のような塊から手やら足やらが無数に生えている。
人間とよく似た不気味な口からなにか喋っている。
「あ”……あ”……あ”……いだい……いたい…いだいコロジテ……コロシデ………キョアアアアアアアアアぁぁぁ!!!!」
酷い腐敗臭があたりに漂った。その場の人々は思わず口鼻を覆った。
召喚した本人はケロッとしていた。大してゴービは本人がすくんでしまった。
「そこまでッ!! ラヴィーゼの勝ち!! 早くそれをひっこめてください。たまったものじゃありません」
フラリアーノは若干嫌悪感を浮かべたが、これも召喚術師の一つの道だとわかっていたので追求することはなかった。
だがクラスメイト達はあまりの趣味の悪さにドン引きだった。
そういったものに対する覚悟はあったはずなのだが、実際に見るとなると嫌悪感が勝った。
「死霊使い(ネクロマンサー)にはライトネクロマンシーとダークネクロマンシーがあってね。あたしは悪霊をゴテゴテに盛って醜く、そして強くするダークネクロマンサーのほうなのさ。呼び出すのはみんなこんな感じの連中だからな。別にこれはあたしだけじゃない。こういうやつともぶつかるだろうさ。覚えておいてくれ」
彼女が二本指を立ててピッっと斜めに切るように振ると不死者は地面に潜るように消えていった。
「では気を取り直して。中堅のリコット。見合って~。始めッ!!」
先手を打った彼女はピンク色のサモナーズ・ブックを取り出すとクルクル回りながら小さな妖精を喚び出した。
「サモン!! フライングイェロゥ・カルルク!!」
小さな妖精だがどんな能力を秘めているのだろう。
なんだか、鼻の奥がムズムズとしてきた。どうやら自分だけではないらしい。
「ハックション!!」
「クション!!」
「エーッグシッ!!」
リコットとフラリアーノ以外の部屋に居た人々のくしゃみが止まらない。
「これ、ポーレン・フェアリー。花粉を撒き散らすの。どう? ウザいでしょ~?」
結果的に相手の中堅の学生はくしゃみのせいで集中出来ず、召喚どころでは無くなってしまった。
フラリアーノはハンカチで口と鼻を覆いながら声をかけた。
「そこまで!!!! リコットの勝利!! これもたまったものじゃありませんね。引っ込めてください。目がゴロゴロします」
それを聞いたピンクの少女はくるんと一回転して召喚を解いた。
「なぁ~んだぁ~。やっぱ花粉は効くんだねぇ~。覚えておこ~」
花粉妖精が引っ込むと皆は鼻をかんだり、拭ったりした。
「さて、これでニ勝ですが、練習の意味合いも込めて大将戦は予定通りやりますよ。アシェリィ対ポルト、見合って~始めッ!!」
アシェリィは何を召喚するか迷った。パッっと勝負に使えそうだと思いついたのはランフィーネ、ヒスピス、フェンルゥ、バルク、サンドリスあたりだった。
この中でも最も火力が高そうなのはフェンルゥなのは間違いなかった。
「サモン!! フラッシュオレンジ!! フェンルゥ!!」
「メルティンググレー!! サモン!! マッドネイル!!」
相手は泥属性のナメクジを出してきた。茶色の体がドロドロとしている。
こちらは手から雷の刃が生まれてバチバチと電撃が走った。
属性的には相手が有利だった。だが、これでは終わらなかった。
(フェンルゥの実の姿って見たこと無いなぁ。もしかして望んだ姿に変形させることも出来るのかなぁ? だとしたら慣れ親しんだ魚とかどうだろう?)
アシェリィは魔念筆を取り出して片手でサラサラとフェンルゥのページに魚のマークを書いた。
すると片手から出ていた電撃が美しいヒレを持つ魚の形に変化した。
「おぉ!! うまくいった!!」
「これはまるで雷撃で戦うノットラント・ベタ!! 水属性と雷属性の混合!!」
フェンルゥは素早く水鉄砲を連射して相手のマッドネイルを脅した。
「くぅ!! 水鉄砲をくらったら泥が薄まって形を維持できなくなる!! こっちの負けだよ……」
「はい、そこまで。アシェリィの勝ちですね。アシェリィ班の三勝で見合い稽古終了です。お疲れ様でした」
「ハァ……ハァ……。まだ水鉄砲しか使えなかった……」
アシェリィは息を切らしながら幻魔を引っ込めた。かなり消耗が激しい。
膝に手を当てているとラヴィーゼから肩を叩かれた。
「よぉ、やるじゃん!!」
リコットも声をかけてきた。
「へぇ~、見直した」
勝利に喜ぶ三人を見てフラリアーノのは思った。
(平然とアドリブで幻魔の変形術をやってのけるとは……。さすが遊幻の弟子といったところですかね。それにラヴィーゼもリコットも他のクラスメイトから頭一つ抜けている。末恐ろしい娘達ですね。……まぁ、死ななければの話ですが……。彼女ら、いえ、クラスメイトには全員、無事に生き残って欲しいものです)
召喚術師は戦闘力の高さや、出来ることの多さ、戦闘の幅も広いがそのかわりに本体は打たれ弱く、死にやすいという欠点がある。
召喚術の教授は憂いの眼差しでクラスを見つめた。




