思わずこぼれた涙
宴会が盛り上がってくると、他の班のテーブルに移動して雑談や食事を始める人が出てきた。
その中でも特に目立っていたのがスララである。
彼女の食べる量が凄まじかったのだ。それに食べているというよりは丸々飲み込んでいるといった有様である。
料理に入った貝殻などそのままゴクリと丸のみにしてしまっている。
ガリッツも負けては居なかった。テーブルを激しく汚しながら料理を貪っている。
二人とも料理を味わっているかと言われればかなり怪しかった。
「あは……あはは……。今日はナッガン先生のおごりなんだけど……。先生、お勘定聞いてなんていうかな……」
ラーシェは戸惑いながら頬を軽くかいた。
向こうから百虎丸とアンジェナがやってきた。
「やあやあ諸君。この度は熱砂クジラ討伐作戦で指示に従っていただき誠に感謝しております」
小さな背丈でペコリとウサ耳亜人はお辞儀をした。
女性陣は思わずある感情を抱いた。
(かっ、かわいい~~)
隣の占い師も深くお辞儀をした。
「俺も流れで指揮をとることになったので決して出来が良いとは思えなかったが、それでも撃破できたのは皆のおかげだ。ありがとう」
二人は全ての班のテーブルを回ってこうお礼を言っているようだった。
今回の指揮権はその場で決めたものであったので、納得行かないものもいたかもしれないという配慮もあるのだろう。
だが、どの班も割と好意的であり、そのままリーダーになってしまえばいいのではという雰囲気も出来上がってきていた。
次にこちらのテーブルに田吾作がやってきた。筋肉はほどほどにおさまっていて、一般人と変わりない。
「いやぁ、エルフのべっぴんさんや、ほんどたすかっただよぉ。まさかあのさんばくで野菜が出来るとは思わなんでよ」
酒を片手に隣にどっかりと座る青年にエルフの少女は少し離れて距離をとった。
「もう野菜は結構ですわ。わたくし、あれ以来、野菜の夢ばかりみますのよ!!」
それでもなんだかんだで雑談は盛りあがっている。
微笑ましげに見ていたアシェリィはいきなり肩に手を回された。
びっくりして相手を見るとクラティスだった。彼女も酒片手で、酔っているようだった。
「かあああ~~~。おめぇはよぉ~、スゲェやつだよ~~~。それにアタシと息ピッタリだな!! なかなかアドリブであんな技使えねぇって!! きっとあたしら似たもの同士~♪」
酒臭い吐息がかかった。不快感までは抱かなかったが、さすがにこう抱き寄せられると近すぎるし、なんだかこっ恥ずかしい。
なんとかしようと思っていると彼女の首根っこをドクが掴んで引きずり出した。
「フフフフフ……ウチのが失礼しました。悪気はないので許してやってください。じゃ、酔っぱらいさん一名ご案内~~~フフフフ……」
「おお!? おお。 ま~た話そうぜ~~~~い」
やや着崩れた女子制服の少女は白衣の青年に引きづられていった。
クラティスが行くと後衛のメンバーを中心に何人かがアシェリィにお礼を言いに来ていた。
たまたま契約に成功していた砂の盾サンドリスのおかげで危機を逃れた生徒達が多かったからだった。
アシェリィは褒められ慣れしてないので顔をほんのり赤くして、頭をかるく掻いた。
こちらではイクセントと百虎丸が話し込んでいた。
「イクセント殿の回避魔法は本当に見事でござった。ところで、剣の流派の名前など教えてはもらえんでござるか?」
少年剣士は気乗りしない様子で答えていた。
「……我流。戦術書を読んで覚えた」
「なんと!! 独学とな!! それであの剣さばきとは凄まじい! 拙者は流派の跡取りとして経験を積むよう現当主に言われて学院に武者修行に来ているのでござる」
「ほう……む?」
気づくとイクセントの隣にタコ男が立っていた。ニュルニュルと座り込んでジョッキで乾杯を促してきた。
少年は大して盛り上がるでもなくジョッキ同士をぶつけあった。
「おめぇバケモンだろ。あんなに避けるやつ、初めてみたぜ。うちのリーダーと交換してぇくれぇだよ。ま、そりゃ冗談だが。同じ剣の使い手同士、仲良くしようや」
ニュルは満面の笑みで笑いかけたがイクセントは煙たそうだ。
「デビルフィッシュか……悪いがあまり好きじゃないんでね」
一瞬場が凍りついたが、タコ星人は慣れたものだった。
「がはははは!!! そういうやつも多いがな。ま、一つお手柔らかに頼むわ。”チビ”剣士さん!!」
突っつき返すようなその一言に少年はピクリと耳を動かした。
だが、特に喧嘩沙汰にはなったりしなかったので周囲は胸をなでおろした。
更に彼の元へはチェルッキィーのキーモまでやってきて人気者といった感じだった。
食事を終えたスララがアシェリィの隣に座った。
「すナのタて、あリがトうネ。あナたガいナかッたラかテなカっタわ……」
召喚術師の少女は照れながらそんなことはないと首を横に振った。
「あナた、クろウにンでシょ? さモなーハ”えンぷ”トくベつガつカなイこトおオいモの……」
あまり知られていないはずの召喚術師の特性について言及してきた。
誰か関係者に召喚術師がいるのだろうか。
「あア……とモだチにサもナーがイてネ。あナたモがンばッたノね……」
今までこちらの気持まで汲んでくれる者は決して多くはなく、苦労した思い出も相まってアシェリィは目頭が熱くなった。
するとスララはハンカチーフを手渡してくれた。
飲み会の最中なので誰も注目していなかったが、アシェリィは少しだけ泣いた。
「あラあラ……」
気持を落ち着けるとスララに声をかけかえした。
「スララさんも凄いです。悪魔憑きになるなんて勇気が無いと出来ることじゃありません。それに、そんな状態でも人の心は忘れることがない。どうしてそうなったのかはわからないけど、強い意志があると思います……」
「わタしハ……そンなタいシたモんジゃナいワ。さ、ソれハいイかラ、ノみマしョ!!」
彼女も酒の入ったジョッキで乾杯をしてきた。それにお茶の入ったジョッキで返す。
スララと話していると今度は樹木の亜人”ドライアド”の”はっぱちゃん”がやってきた。
手には何も持っていなかった。そのまま、アシェリィの隣に根を降ろした。
(ありがとう。貴女のおかげで砂漠でも干からびずにすみました)
「いえいえ。どういたしまして」
はたから見るとアシェリィの独り言に見えるが、しっかり会話は出来ていた。
(あのね、私が元気になってからはカークスの心の中のイライラ……破壊衝動みたいなものを抑えることに成功したの。だからむやみに花火爆撃はしなくなったの)
少女はコクリコクリと頷いて話を聞いた。
(そしたら皆が争わなくなって……。私の特性もあるんだけど。ほら、なんだか心が安らがない?)
アシェリィは目をつむって深呼吸してみた。
まるで深い森の中で森林浴しているような感覚でスーッと気持の高ぶりが治まっていく。
(さっき、泣いてたみたいだから……。辛かったら私に言って。あなたは命の恩人なのだから……)
“はっぱちゃん”の”心”が伝わってくる。
たとえ種族が違う亜人でも同じ心が通っているのだなとしみじみ感じることが出来た。
「ありがとう。大丈夫だよ。はっぱちゃんもなにかあったら遠慮なく言って。水属性の付与は得意だからさ。それに皆との通訳もするよ」
ドライアドは瞳を閉じて穏やかな表情をしている。
そのまま表情が変わることはないのだが眠っているような安らかな表情だ。
(うん。ありがとうねアシェリィ)
彼女は根を上げると自分たちの班のテーブルへと戻っていった。
この調子で自分の班のガリッツとも意思疎通できれば良いのだが。
相変わらずテーブルの上の料理を獣、いやそれより醜く貪っている。
彼の場合は、翻訳しようとしてもノイズが多く、言語や音声として拾うことが出来ないのである。
アシェリィにはまだ為す術なしと言ったところだ。
テーブルのメンバーの行き来がある中で、フォリオとガリッツだけは誰もよそのテーブルからやってくる者が居なかった。
逆にこちらから出ていくこともなかった。
フォリオはびくびくするようにしながら注文した料理を食べていた。
二人ともハブられているというよりは接し方が難しく、周囲が困惑しているパターンだった。
結局、二人は自分の班を含めてほとんど喋ること無く宴会は終わった。




