しッぽ、ぱッくンちョ……
「シューーーーーーーーーーッッッ!!!」
夢喰魚が砂上に露出し始めた。
刺々しく禍々しいフォルムが地表にあらわになる。
まだこの姿を見ていない者も居て、場は混乱しかけた。
その時、クラティスがズシンと応援旗を地面に突き立てた。
「落ち着けって。タックル、かみつき、砂の噴射、回転での暴風……やってくる事は前の状態と何ら変わらないよ。ビクビクしてる暇があったらどうするかを考えたほうがいいんじゃないだろうか」
その背中はまさに漢といった感じだったが、チアリーダーのヒラヒラの衣装がそれを台無しにしていた。
「それと一班!! くれぐれもスララの向いている直線上には立たないこと。エ・Gにやられるよ!! 痛いぞあれは……」
それを聞いて悪魔憑きの少女はにんまりと笑みを浮かべた。
「さて、まずは言い出しっぺが行こうじゃないか。誰か雷属性使える人はいないか? この旗と雷は相性がいいんだよね」
呪文と言えばイクセントだったが、彼は首を横に降った。
「僕は囮役と砂瘴担当だ。アシェリィ、お前、召喚術師だろ。属性付与くらいできるだろう」
そう振られてアシェリィは慌ててパラパラとサモナーズ・ブックをめくりはじめた。
雷属性にはあまり心当たりが無かったのだが、目を引くページがあった。
「これは……フレリヤちゃんが手伝ってくれた……よし!! これでいこう!!」
夢喰魚は臨戦態勢に入っていた。
「決まったか!? 連携をとるために一人のリーダーを決める。スララを推したいところだが、エ・Gを抑えつけるのと指揮の両立は無理だ。アシェリィを暫定の班長として動くぞ!! いいな!!」
一部不満そうなメンバーも居たが致し方無いと全員が首を縦に振った。
「う~ん、これはギリギリ。耐えられるか……。いきますッ!!」
アシェリィがサモナーズ・ブックに手を当てるとバチバチとした電撃が彼女の腕を纏った。
「出でよ雷の母霊!! エレクトロリカル・ヴォルト・イェロゥ!! フェンルーーーーーーッッッ!!!!」
彼女が詠唱すると一帯の気候が変化し、一気に荒れた天気になり始めた。砂漠とは思えない天候である。
そして間もなく雷が鳴り始めた。青白い手のような稲光が走る。
「こいつぁいいね。これなら正面切っていっても平気そう……だっ!!」
クラティスは大ジャンプすると旗のホックを外して鮮やかにたなびかせた。
そのまま頭上でクルクル回すとまるでホバリングしているかのように見えた。
更に、その回転と雷が絡み合うようにして美しい雷の円が出来上がっていた。
「天来ッ!!」
「ドーナツー・ツー・リング・リング……」
「レイドヴォルト!!」
「レイドヴォルト!!」
二人の連携詠唱が決まった。
フェンルーの天から落ちる激しい雷とクラティスの槍の一突きがシンクロしてクリティカルヒットしたのである。
ジィジィと鈍い音を立てて、夢喰魚は感電し、麻痺した。
完成度の高い連携技、そして化物にも電撃は友好なこと。班員達からは思わず驚きの声があがった。
そんな彼らにすぐクラティスが敵の背中から声をかけた。
「な~にボサッとしてんだよ。追撃だよ追撃!! 今のうちに砂吐くとこつぶすなりなんなりしなって!!」
我に返ったメンバーたちはすぐに各々の武装を手にとって攻撃し始めた。
だが、策なくして突っ込むことは愚の骨頂である。
なんとか召喚のショックに耐えたアシェリィは汗をだらだらかきながらも指示を出した。
「ハァハァ……スララさんが尻尾を食いちぎろうと後ろに回ってる!! 後ろは彼女に任せて!! レーネさん、ポーゼくんは現状位置固定で攻撃を続けて!! ドクさんは緊急時に備えて待機!! イクセント君は悪いけど囮役として正面へ前進ッ!! ノワレちゃんは同じく位置固定で矢で攻撃!! ガリッツ君はビームが届けばそれで(聞こえてるのかな?) フォリオ君は……フォリオ君はフォリオ君で!!」
フォリオに関しては全く何も思い浮かばなかった。そもそも本人が逃げ出す姿勢しか示さないのである。
もはや彼を戦力として頭数に入れるのは無駄のように一班の面々は感じていた。
一方、三班はというとアシェリィの指示に従って攻撃を続けていた。
「ん~っと、正面からだと砂鉄砲に撃ち落とされるからカーブをかけて……」
レーネはボーリングの球を器用にスピンさせて軌道を変則的なものにした。
ボールが夢喰魚の横っ腹に直撃するとズドンと爆発が起こった。
「へっへ~ん!! やっりぃ!!」
その隣ではポーゼが自分の倍ほどもあるライトでターゲットを照らしていた。
「……………………」
一見すると何の効果も無いようだが、目つぶしの効果に加えて、光の照射によってその面が非常に高温になっていた。
熱線による攻撃ということである。砂漠の幽霊船を蹴散らしたのも彼のこの能力だろう。
人間灯台などというあだ名がついているとかいないとか。
とにかく本人は恥ずかしがり屋で滅多なことでは口に出さない。
ひたすら無言で光を照射するのだった。
そしてリーダーのスララは夢喰魚の後部へ回り、その体表にエ・Gで吸い付いていた。
そのまま推進力である尻尾を噛みちぎるつもりで張り付いていた。
(う~ン。てイこウがハげシい……。こレをノみコむノはムずカしイかモ……)
前回は妨害してくれる味方が多く居たが、今回はスララ中心のミッションではない。
あくまで班員の一人としての仕事を任される難しい立ち回りだった。
相手の背中に乗ったクラティスはその属性付与の勢いのまま、電撃の突きを何度も化物の背中にお見舞いした。
これがかなり効いているようで、動きが鈍化しているのを感じられた。
「これは……いけるかもしれない!!」
だがパワーは健在で、前衛のイクセントは苦労していた。
「くっ!! 角にしても砂の弾にしてもこんなの一発でも浴びたらKOだ。以前と変わらないとあの男女は言ったが、明らかにパワーが上がっている!! フン……いい加減なことを……」
彼はウンザリしながら敵の猛攻を避けに避けまくった。
現状として前衛は彼一人であり、彼が居ないとこの状況は成り立たなくなる。
一人に負荷をかけすぎるのもまだこのクラスメイトたちの詰めが甘いところだと言えた。
もっとも、それは五班揃うことによって解消されるものではあるのだが。
中距離でノワレは弓、ガリッツはレーザー光線で攻撃を続けていた。
ガリッツは人の言うことがわかるのか、ちゃんと指示通りに動いている。
おまけにちゃんと砂の噴出口も狙い撃っていた。アシェリィがそう指示していなかったはずだが。
「貴方、どこまで人の話がわかっていまして? もしかしてわからないフリをして楽しんでいらっしゃったりしませんわよね!? だとしたらサイテーですわ!! わたくしの顔を殴りつけたの、まだ忘れてませんことよ!?」
そうやって振り向くとドブ臭い匂いがして触覚をヒクヒクさせるカブトムシザリガニの化物が居た。
(う~、いつ見てもこのビジュアルと臭いは最悪ですわ。生理的に無理ですわ。絶対無理ですわ)
その陰でフォリオは震えていた。アシェリィは彼のことを見放さなかったが、とてもではないが即戦力として戦える状態には無いとわかっていたので何も言えなかった。
「あっ!!」
思わずアシェリィ達は声をあげた。なんと、スララのエ・Gが夢喰魚の尻尾に喰らいつき始めたのである。
「ウふフふフ……しッぽ、ぱッくンちョ……」
エ・G本体を初めて見るものはその不気味さに強い不安感を覚えた。
全身真っ白でまるで呪術のような赤い紋様が入っている。
それがスララの口から飛び出して相手にかじりついていた。
そのまま少しずつ角だらけの尻尾の部位を飲み込んでいく。
いかにも痛そうだったが、まるでゴムのようにその悪夢の身体は伸びて、うまい具合にトゲトゲの尾を無視していった。
この調子ならまるごと飲み込んでしまえるのではないかと一班のメンバーは思ったが、試みて失敗した事があると聞かされていた。
前衛を増員してスララを援護しようかとアシェリィは思ったが、飲み込みきれないという事実がある以上、彼女に手を割くわけにもいかなかった。
一見すると今の状況は有利に見えるが、きっとこのまま行くと負けるだろうなと漠然と皆が思っていた。
そもそも人数が足りてないのだからそこで押し返されるのは明らかなことなのだが、もう少しなんとか出来ないだろうかとその場の多くが危機感を持った。
「このままじゃ……いけない!!」
アシェリィはサモナーズ・ブックを片手にゆらりと立つと戦況を落ち着いて観察し始めた。




