ラベンダーの風に吹かれて
突然の夢喰魚の襲撃に一同はパニックなるかと思われたが、不思議と皆が冷静だった。
こんな状況だと言うのにリラックスしているような感覚だ。誰かの能力が発動しているとその場のほとんどが感じ取った。
「このままですと砂鉄砲の一斉射撃で一網打尽ですわ!!!」
ノワレがそう叫んで危機を知らせたが、想像以上に相手の一手は早かった。
だが、ここでアシェリィの危なっかしい側面が功を奏した。
マナボードに飛び乗ると砂弾の囮になりつつ、サモナーズ・ブックを片手に開いたのだ。
そのまま飛来す高温の砂を回避しながら空いた右手で地面を擦っていくと、そこから砂の壁が隆起した。
少し前に契約した幻魔”サンドリス”である。
すぐさまターゲットにされている生徒達は壁の後ろに逃げ込んだ。
凄まじい勢いで砂の弾が衝突しているが、壁も砂で出来ているのでうまい具合に勢いをいなせていた。
壁の召喚主は最後に作った壁に寄りかかって息を荒げ、大汗をかいていた。
「なんて無茶をなさる!! ミラニャン!! アシェリィ殿にスイーツを」
そうウサギ耳の亜人に声をかけられると黒髪を後ろに結ってパティシエの服装をした少女は頷いた。
腰のカバンから何を出すのかと思えば、チューブに入ったホイップクリームを取り出した。
「ミラニャン特製!! 緊急時のマナブースト・スウィーティークリーム!! えいっ!!」
そう言いながらアシェリィの口にホイップクリームを注入し始めた。
周りで見ていた人々は”甘さの暴力”だと思ったがあくまで緊急時の手段である。
召喚術師の少女も最初は驚いた顔をしていたが、だんだん目つきがトローンとしていき、呼吸が落ち着いてきた。
その即効性や恐るべしとミラニャンの腕が確かであると周りのメンバーは思った。
「はぁ……はぁ……サンドリスを三体も出して、維持してるから私はこれ以上動けないよ……。みんな、あとはお願い……」
彼女の言葉に百虎丸達は頷いた。
そうこうしているうちも砂鉄砲は止むことがなかった。かなり容赦なしである。
「こりゃ強行突破するしかねぇな……」
タコの亜人、ニュルは言った。彼も今回はベストな状態でいくつかの巨大な盾を持っている。
一斉射撃の中でも何とか進んでいくことが出来るだろう。
「そこで、だ。遠距離の攻撃に自信のある奴は俺の後ろからついてこい。現状で砂の盾の守りが必要なやつは無理に出てくるな。んで、誰が行く? あ、ウチの班長は連帯責任でな」
「へへへ。い~よ!! あたしは派手にぶっ飛ばせればいいし!!」
それにコクリと頷いた後、彼は隣と、更に隣の壁の陰に隠れる班員に問いかけた。
するとシャルノワーレが手を上げた。
「あの化物を仕留めるのはこのわたくしに他ならなくてよ」
それを聞いてニュルは豪快に笑った。
「ガハハハ!!! キライじゃねぇぜそういうの。お転婆な嬢ちゃんだぜ!!」
その隣でカブトムシザリガニの化物がバンバンと真っ赤なハサミを打ち鳴らした。
「おう? おめぇもか? おめぇ、遠距離攻撃が出来るようにゃみえねぇぜ……?」
そうタコ星人が言うとガリッツは壁から半身を乗り出して夢喰魚の身体をハサミから出るレーザーで焼き始めた。
「うおお、お前、そんなこと出来んのかよ!! いいだろう。ついてきな!!」
ニュルは手だか足だかわからない部位でグッドサインをした。
こうしてニュル、カークス、ノワレ、ガリッツはニュルを戦闘にして砂の弾幕の中へ飛び出した。
「連中だけには任せておけん。僕も出る」
そう言って止める他の班員の言うことも聞かずにイクセントも砂の盾から飛び出した。
一班の面々は彼の戦いぶりについてしっていたのでこの行為を酷く無謀だとは思わなかった。
「な、なんでござるか!?」
「どうこうこったべ……」
「ウソ……でしょ……?」
「あんなの人間業じゃない……」
砂のマシンガンをひらりひらりと少年剣士はかわしていく。
かわしつつも夢喰魚との距離をじわじわ詰めていった。
明らかに視界に入っていない方向からの弾も回避しており、見ている方は度肝を抜かれた。
一方のニュル達はイクセントの方に分散したおかげで、思った以上に砂吐き器官を潰せていた。
だが、やはり修復が早く、人数不足感は否めなかった。
これでは本当に二十人前後で当たらないと落とすことは出来ないように思えた。
それでも善戦している方で、これによって弾幕が少し和らいだ。
その間にレールを作る能力のレール・レールレール・ゴゥイング・マイエーが砂丘のてっぺんから一気に相手の元にたどり着けるレールを構築していた。
「このレールから一気に飛び降りればヤツと肉薄できるぞ。前衛の連中も飛び込めば戦況がかわるかもな」
それを聞いて、百虎丸とそのメンバーのヴェーゼス・キッシュ・ラバーがスタンバイし始めた。
ニュルの班の田吾作も敵の懐へ飛び込んでいくつもりらしい。
これで壁の陰に残るのはアシェリィ、フォリオ、ミラニャン、キーモ、はっぱちゃん、カルネとヒーラーが多く残ることとなった。
ただ、前線の攻撃は苛烈であり、果たしてここまで戻ってきて回復ができるかと言えば怪しいところがあった。
かといって貴重なヒーラーを前線に投入するわけにも行かず、難しい選択を迫られることになった。
とりあえず、近距離の能力者達はレールのカタパルトに乗って一気に夢喰魚との距離を詰めた。
だが危険な事に、体中を牙や角で武装している相手は身体をよじっただけで挑戦者をKOする能力がある。
不用意に近づいていった物の数名は逆に弾き飛ばされて、角で裂かれながら吹き飛んでいった。
「残ったのはッ!?」
相手の肌に取り付いた百虎丸はあたりを見回した。
迎撃されたのはヴェーゼスだけで、無事、田吾作は近くに着地していた。
「うおらぁ!! 喰らえ、おいらのでぇこんソーーーーーーーーーードッッ!!!!」
なんと彼は振り下ろした大根で夢喰魚のヒレを一枚斬り落とした。
かなり硬そうな肉質なのにバッサリと、だ。
「ニャフフ……これは負けていられないでござるな!!」
ウサギ耳の亜人は爪をバリバリと立てて背中へと登ると大きなヒレを思いっきり斬りつけた。
「割・断刃!!」
だが、斬りつけたヒレはかなり硬く、弾かれてしまった。
「くぅ!! ならば砂吐き器官を潰すまで!!」
熱砂クジラと同じようにその化物の背中にも同じ器官があった。
百虎丸は片っ端からその噴出口を潰していった。
この調子ならば倒すことは怪しいが、戦闘の経験は積めると一同が思ったときだった。
辺り一帯にいきなりラベンダー色の砂嵐が吹き始めたのだ。
「これは……砂瘴!!」
クラスメイト達はみるみる弱体化してしまったが。夢喰魚には全くその気配がない。
そのスキをついて、青い化物はその場で猛回転し始めた。鋭い旋風と砂瘴が入り混じった。
力を失った星達は暴風に巻き上げられ、そして散り散りに分散して空に散った。
懸命に粘った戦いに反し、なんとも呆気ない敗北であった。




