熱砂クジラは何を夢見るか?
アンジェナはその瞳で無意識に星を追っていた。そしてポツリとつぶやいた。
「己が力に酔いしれる星たちは思い知るだろう。自らの力の小さきことを。星たちの光は潰える。これは避けることの出来ない未来……」
ハッっと彼は我に戻って大声で叫んだ。
「みんな!! 退けッ!! 今すぐここから逃げるんだ!!」
だが誰も戦闘の姿勢を崩さない。彼以外の全員が全力で熱砂クジラに当たった。
「しまった!! みんな、勝利への確信からか戦いに夢中になってしまっている!! 彼ら彼女は全員、ここで奴を倒すつもりだ。 やめろ!! やめるんだ!! このまま戦ったら!!」
星詠みの青年には具体的に何が起こるかわからない。故に彼らを説得しようがしなかった。
もっとも、彼の声が届いていれば五班の面々は戦いをやめていただろうが、アンジェナの言う通り、勝利への確信が彼らの判断力を奪っていた。
「これは……やれますわ!! どんどん熱砂クジラの動きが鈍くなっていっていますもの!!」
「おう姉ちゃん!! こりゃいけるかもしれんでぇ!!」
罠担当の二人は達成感を帯びた笑みを浮かべた。
「オラッオラッ!! へへん!! どうだ俺のマッドネス・ギアーは!! お前、もうまいっちまいそうだな!!」
「最期まで手を抜くなガン!! 一気に畳み掛けるぞ!!」
前衛の二人も一層攻撃の手を強めた。
「噴出口の再生が遅くなっている!! これは……いけるぞ!!」
「なんだ、思ったよりチョロかったね」
背中で砂を噴出する器官を潰している二人も手応えを感じていた。
「逃げろーーーーーッッ!! はぁ、はぁ……ゴフッ……みんな逃げるんだーーーーー!!!!」
吐血を無視してアンジェナは叫び続けたが、その声は虚しくこだました。
そうこうしていると熱砂クジラが力尽きるように飛行をやめて砂地に落下した。
ズズーーーーーーーーーーーーーーンン!!!!!
大きな音とともに地震のような振動が辺り一帯に響いた。
この揺れは他の班の面々も感じ取ることとなった。
アンジェナ以外の全員は勝利に歓喜した。声を掛け合い、ハイタッチなどをしたりした。
だが次の瞬間、熱砂クジラに異変が起こった。
バリ、バリバリとまるで卵にヒビが入るように熱砂クジラの体表にヒビが入り始めたのである。
一同は戸惑いが隠せなかった。中から何かが産まれようとしているのがすぐにわかったからだ。
「う、ウソでしょう?」
「なんじゃあら……」
罠師二人組は魔導生物に釘付けになった。
「お、おい。や、やべぇんじゃねぇのか……?」
「こっ、これは……」
前衛は思わず手を止めてそばでその光景を眺めていた。あまりの出来事に攻めるも逃げるも出来なかった。
「うわっ、中から……何か、出てくるッ!!」
「早くはなれないと!!」
一番近くに居た背中の上の二人が状況の異常さに感づいていた。
一分もかからないうちに、熱砂クジラの体から何かが飛び出した。
「シューーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」
遠くで見ていたアンジェナは絶句した。そしてつぶやいた。
「確か、熱砂クジラの正式名称は”ドリーミィ・ホウェール”だった……。一体何の夢を見ているのかと思ったが、まさかあれが熱砂クジラの夢見ていた姿なのか……」
ファンシーな桃色の色合いだったクジラに対して、中から出てきたのは海のように真っ青な怪物だった。
変態前は丸みを帯びた柔らかなフォルムだったが、今はサメのように鋭い流線型のフォルムをしている。
そして身体のいたるところに牙や角のような突起物が迫り出している。
あれでは横切っただけでもターゲットの身体を切り裂いていくだろう。
更にあちこちから砂を吹き出している。以前のように背中にだけ砂吹き器官が集中しているわけではない。
狙って砂吐き器官を潰すのが困難になったと言えるだろう。
おまけに口からは鋭い牙がいくつもはみ出し、尻尾は鋭い刃のように光を反射していた。
あまりの変化とその威圧感にその場の全員が立ち尽くしてしまった。
叫んでいたアンジェナも恐怖のあまり、押し黙った。
容赦なく冷たい眼光がチャレンジャーたちを捕らえた。
今までとは打って変わって残虐非道な性格をしているのが気迫でピリピリと伝わってきた。
「は、ハンッ!! 変身したくらいでぇぇぇぇーーーーーーーーっっっ!!!」
ガンはまっさきにマッドネス・ギアーで仕掛けた。
物凄い勢いで新たな化物に突っ込んでいったが、あっさり避けられた。
「なんだと!?」
そしてカウンターに砂鉄砲を浴びた。砂は高温で直撃すれば大やけどは免れない。
「ぐっはぁ!!!」
ガンはギアーから叩き落とされ、砂の海に消えた。
「くそ!! よくもガンを!!」
ファーリスがピアスを弾こうと構えると今度はそちらに猛進していった。
「うわあああああああ!!!! やめろ!!!! 来るなぁ!!!!!」
怪物はピアスの魔法弾をかいくぐって思いっきりトゲを突き出して横っ腹からタックルをしかけた。
「ぐっ。ぐはぁああっっっ!!!!」
彼女も体当たりの勢いで空の遠くへ消えていった。トゲが直撃していたので酷い外傷も負っているはずだ。
背中の上の二人は必死でしがみついていた。しがみ付くしか出来ずに耐えていた。
今度は足元のサメはグルグルとその場で回転し始めた。
するとあたり一帯に回転による竜巻が発生し始めた。
背中の二人は激しい上昇気流とかまいたち、背中の角でズタズタになりながら上空彼方へと吹き飛ばされていった。
残るはノワレ、グスモ、アンジェナだけとなってしまった。
三人共、恐怖で足がすくみあがって何も出来ずに居た。
四人が立て続けにあっさり撃破されたのである。無理もなかった。
サメ型の魔導生物は大きな角以外にこぶし大の小さな角も無数に生えていた。
今度はそれをマシンガンのように連射して飛ばしてきた。
鈍い発射音とともに無数の角弾が飛んでくる。弾数に限度は無いと言わんばかりに連射は続いた。
連射が止む頃には三人とも体中を貫かれて流血し、気絶してしまっていた。
「ぴゅいっ」
「ぴゅいっ」
「ぴゅいっ」
すぐにピ・ニャ・ズーが駆けつけてきた。
その戦闘力なら命を絶つことも他愛のないことだった。
だが、さすがにそこは試験用というべきか、命に関わる傷をつくらないよう手加減しているようだった。




