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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter1:群青の群像
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都市伝説はお好きかね?

昼に眠りについてしまったのだ。ファイセルに眠気が来ないのもしょうがなかった。


小腹がすいたので村の酒場に向かった。


あたりは冷たい空気に覆われていた。このあたりはもう冬季が近づいているらしい。


ヨーグの森が解放された今、酒場の客はまばらだった。


少年はカウンター席に座り、マスターに頼んだ。


「古酒以外のソフトドリンク、置いてあります?」


 マスターはまゆを吊り上げ、怪訝けげんな表情で聞いてきた。


「ボウズ、まさかミルクを頼むとかいうんじゃねぇだろうなぁ? ここはガキの来る店じゃねぇぜ。おめえのおかげでこちとら商売あがったりなんだ」


 厄介な事になりそうだと思っていると隣のカウンター席の男がマスターにチップのコインを投げた。


「まぁまぁマスター。彼は英雄だよ? 彼に一杯ミルクをおごってやってくれないか」


ミルク一杯にしては高めのチップにいきなりマスターはこびを売り始めた。


「へえへえ。こりゃあ……申し訳ねぇです。そちらのお客さんも先ほどは粗相そそうがあって申し訳ありません」


人が変わったように飲み物を用意し始める。


「さすがに酒場ですしミルクはおいてねぇんでさぁ。ぶどうジュースで我慢してくだせぇ」


アルコールの飛んだぶどう汁が目の前に置かれる。


ファイセルは隣の紳士に会釈しながらお礼を言った。


「すいません。ありがとうございます。いただかせてもらいます」


紳士は軽く手を振って答えた。かなり身なりの良い男性だ。


年齢は20代後半といったところだろうか。


細目でシュッとした輪郭からはまるでキツネのような優雅な印象を受ける。


赤茶色のとんがり帽子にローブを身につけている。


腰には銀色に光るレイピアを差していて、冒険者のようだった。


おそらく都会から来たのだろう。こんな辺鄙へんぴな酒場には似つかわしくない風貌ふうぼうだ。


「時に少年、君はミナレートから来たのだろう? おっと聞く前にまずは私から名乗るべきかな。私は王都ライネンテから来たコフォル・ヴィーネンバッハだ」


この垢抜けた姿。やはり都会から来た人だった。


それを聞いてすぐにファイセルも名乗り返す。


「リジャントブイル魔法学院のファイセル・サプレです。御察おさっしの通り、ミナレートからきました」


コフォルは突如とつじょ、話題を振ってきた。


「ところで君、いきなりだがオウガーホテルの都市伝説を聞いたことがあるかい?」


ファイセルはいい大人が大真面目に都市伝説を語るので少し拍子抜けした。


「辺境の地には老人だけで切り盛りされている宿がいくつもあるので、それを乗っ取って泊まりに来る客を食べる食人鬼しょくじんきがいるっていう話でしたっけ?」


キツネ顔のの男は首を縦に振り、マスターに聞いた。


「この村の宿屋を経営してるお方は?」


 マスターは少し考え込んでいたが徐々に顔がこわばっていく。


「つ、つい最近まで老夫婦が経営してたんですが、なんでも孫娘が手伝いに来たって話で。手伝ってもらってる間、老夫婦は旅行に出るとその孫娘は言ってました。なので最近は夫妻の姿はみかけません……」


コフォルはファイセルの方を向き直って尋ねた。


「ファイセル君、オウガーの特徴は?」


少年は条件があまりにも合致していたので緊迫した顔つきになった。


「う、噂によればオウガーは美人な妙齢の女性の姿に化けている……と」


 鬼のような形相でファイセルをまくし立てていた宿屋のお姉さんが頭に思い浮かぶ。


「私はね、ライネンテ方面からオウガーを追ってきたんだよ。道中は年寄りの経営する宿もいくつかあったが、村の規模が小さすぎて住み着くにはやや都合が悪かったわけだ。そこで、人の流れが滞ってよそ者が集まったこの村ならば、どさくさに紛れて人を喰らう事も可能だったというわけサ。どうだいファイセル君、宿に入ってみて心当たりはなかったかね?」


あのお姉さんは客足が減って儲けが減ったことに怒っていたのではない。


人肉を食べるチャンスが減った事に激しい苛立いらだちを覚えていたのだ。


「言われてみればいくつか思い当たる節があります。もしかしてオウガーは臭いに敏感だったりします?」


コフォルは拍手を送った。乾いた音が酒場に響く。


周りで飲んでいた人々は彼らの会話に聞き耳を立てて、釘付けになっていた。


「オウガーはモンスターのくせしてグルメでね。変なにおいがする肉は当然、食べたくないわけだ。今日の昼の一件で旅路が開け、今晩は例の宿屋には君しか泊まっていない。チャンスはいくらでもあったのに、君が今まで襲われなかったのはその擬態香水の染み付いた臭いのせいだ。ラッキーだったな。どうせ何度も風呂に入るようにとでも言われただろう」


まさか二回もリーリンカに命の危機を救われるとは思っていなかった。


これが出来の良いの擬態香水ぎたいこうすいだったら……。


オウガーに寝込みを襲われ、食べられていたに違いない。


「それではオウガー退治と行こうじゃないか。申し訳ないが、ファイセル君にはおとりになってもらうよ。一応、今の宿屋の主がオウガーであるという現場を押さえなきゃならないからね。おそらく、人肉の味を占めているだろうから、今夜中に耐えきれなくなって臭いを無視して襲ってくるだろう。なぁに、怖がって怯えるふりをしてくれればそれでいい」


気軽に言ってくれると襲われる身のファイセルは思ったが、コフォルからは妙な自信が感じられた。


「マスター、邪魔をしたな」


コフォルはとんがり帽子を片手で押さえながら立ち上がり、帽子と同じ色の赤茶色のマントを羽織った。


ファイセルと揃って酒場を出る。


「簡単に退治と言ってしまったが、これが危険な計画であるという事は私も承知しょうちしている。君は私が絶対に守ると約束しよう」


コフォルは握手を求め手を差し出してきたので、ファイセルはそれを握り返した。


「酒場では言えなかったが私は魔術局タスクフォース、通称M.D.T.Fの一員だ。リジャントブイル生なら知っているかもしれないが、国内の緊急性の高い問題に取り組んでいる国立の特殊部隊だ。私は王都から派遣されていてね、オウガーを追いつつ、ヨーグの森のアテラサウルスを退治する任務についている。もっとも後者は君が成し遂げてしまったがね。残る課題はオウガー狩りというわけだ」


彼の素性すじょうを知って、ファイセルは疑問が一気に解けた気がした。


魔術局のタスクフォースの隊員になら身を任せられると思い、囮役おとりやくを引き受ける事にした。


「わかりました。僕がおとりになりましょう。奇襲きしゅうされるとわかっていればこちらでも応戦が可能なので、出来るだけカマをかけてみます」


コフォルは満足そうに笑った。


「おっ、学院生は肝が据わってていいね~。話が早くて助かる。もしオウガーを討伐したあかつきには報奨金をあげるよ」


また使いもしない貯金が増えるのかと欲のないファイセルは無感動に思った。


金銭感覚もだいぶマヒしてしまっていた。


「じゃあ、私は君の部屋にある窓の下で待機している。部屋に戻ったら窓のカギを開けておいてくれ。オウガーが本性を現したら助けに入る。本当は君が退治してしまってもいいのだが、本気で無抵抗で怯えてるフリをしないとオウガーが本性を現さないかもしれないからね」


ファイセルはうなづいて宿に戻った。例のお姉さんに声を張り上げてどやされる。


「あ~クッッッサッッッ!! あんた、今度は酒かい!! 料理を作っておいたのに外食なんかして! おまけに雑草臭い臭いも抜けてない!! また風呂に入りな!! さもないと部屋に入れないよ!!」


まだ夜遅くでないのにお姉さんは宿屋入口のドアの鍵を閉めた。


コフォルから話を聞いた後はお姉さんに対する印象が一変した。


ギリギリ取りつくろえているが、ひどい顔をしている。


もはや隠し通すのも限界といったところだ。


作っておいたという夕飯にも何が入っているか分かった物ではない。


「はい。わかりました。お風呂に入ってきます」


ファイセルは素直に従うフリをして風呂には入らなかった。


何か音がするので耳を澄ませると奥のキッチンから刃物を研いでいるような音がする。


夕飯の時刻はもう過ぎているのに、さっきからずっと台所で熱心に研いでいるようだった。


気づかれないように部屋に帰り、窓のカギを開ける。


「コフォルさん、夕飯を用意していたようです。普通の宿屋なら当たり前といえば当たり前ですが、この宿の夕食は……。おまけに刃物を研いでる音がします」


窓枠からとんがり帽子だけひょっこり覗かせている。


「思ったよりえているみたいだな。夕飯に何か混ぜて寝込みを襲う気だったんだろうが、計画が狂ったおかけでもはやなにをしでかすかわからん。もうここも人喰いの拠点としては使えなくなった。最後に君を強引にでもって、真夜中のうちに村からずらかるつもりなのだろう」


 そう言いながら窓から覗く帽子が上下にヒョコヒョコ揺れた。


「やはり……この隙を逃す手はないな。まだ寝込みを襲うには時間が早い。寝込んだふりをして深夜まで待機してみてくれ。私もいつでも突入できる体勢で待機している」


ファイセルはハンガーに群青色ぐんじょういろの制服の上着をかけた。


そしてそれを壁のでっぱりにかけた。


窓を長いこと開けていたので部屋が大分、冷え込んでしまった。


昼間に眠った上に緊張感があり、全く眠くならなかった。


そのまま夜遅くまで部屋のランプをつけておいた。


そろそろ頃合いかなと思い、明かりを消して布団の中で身構えた。

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