Missing Stars
●Missing Stars
ウサ耳で顔にタテガミの生えた亜人の剣客は両手で背中から刀を抜いた。
「いくでござるよ!! 飯倉西蔵ッ!!」
百虎丸は∞の軌道を描いて刀を振りまわした。
「割・飛燕斬!!」
すると彼の刃から衝撃波が発生して猛スピードで熱砂クジラの背中の噴出口を切り裂いた。
だが、なにしろ数が多い。この程度ではまだ砂吹きを封じることは出来ないだろう。
おまけに斬ったそばから修復が始まっている。早めに背中の器官をつぶして他の援護に回ろうという考えは甘かったようだ。
「むっ、ならば斬って斬って斬り捨てるまでッ!!」
次に彼は高くジャンプして刀を下に突き出して空中から攻撃を仕掛けた。
「割・岩砕衝ッ!!
剣先が相手の背中に刺さると、一帯から鋭い岩が隆起した。
「フォオオオオオオオオオーーーーーーーーーンン!!!!」
魔導生物が叫んだ。確かな手応えがあった。
「よしっ、拙者が噴出口に張り付いていれば、他の者を狙うことはないでござろう」
百虎丸は拳をギュッと握って再び刀を構えた。
一方、イクセントは打ち込んだツメにぶら下がっていた。
表情は変わらなかったが全身に汗をかいていた。
回避呪文と鈍化呪文のクライミー・シュヴー・ロンを同時に使っているのだ。無理もない。
おまけにイクセントはそれほどマナのスタミナはなかった。
マナ・サプライジェムでも持ち合わせていればあるいはといったところだったが、あんなに高価なものには無縁だった。
「くっ!! 悪魔のヤツ、早くしろッ!!」
ババーーーーーン!! パラパラパラ!!
ドン!! ババン!! パラパラパラパラ
花火を器用にかわしながら少年はまだいけると更に手のツメに力を込めた。
一層、熱砂クジラの速度が落ちた。
「これで……どうだッ!!」
その頃、全てを託されたスララは巨大な化け物を飲み込み始めていた。
彼女の口からは真っ白く、赤い禍々しい紋様のついた悪魔、「エ・G」が飛び出してきていた。
時々飛んでくる花火を白衣のように白い巨大な舌でガードした。
本体は鳥の丸焼きのような胴体に、蛇のような頭部、そしてカタツムリのような目が生えていた。
「コアアアァァ…………」
強力な胃酸を吐きながら「エ・G」はクジラに吸い付いた。
その悪魔に歯は無く、飲み込むことしか出来ないようだったが、胃酸があるので飲み込みさえすれば大抵の生き物はタダではすまないだろう。この巨大な魔導生物でさえだ。
白と赤の悪魔はそのまま口をガバッと大きく広げて徐々にターゲットを飲み込み始めた。
柔軟なゴムのような質感をしていて、巨大な対象をもジリジリと口の中に収めていく。
ただ、今回の獲物は異様な大きさだ。そう簡単にはいかなそうである。
「う~ン……ひヒはヒっヘハへホ、ほヘはヒふイはホ……」
エ・Gの根本はスララの口をピッチリ埋め尽くしていた。反射的によだれがダラダラと垂れる。
今回の作戦の成功は彼女にかかっていた。それなりに責任感を感じて悪魔憑きの少女は行動した。
目立たない場所で奮闘する者も居た。ニュルである。
「打つべしッ!! 打つべしッ!! 打つべしッ!!!!」
体力の続く限り攻撃を続けたり、砂に激しく打ち付けられたりしていた。
特に思いっきり熱砂クジラに潰されても耐えきれる弾力性は見事としか言いようがなかった。
吸盤で必死に頭上の化物に張り付いていた。
「ふ~、良かったぜ。あのアホ娘に盾や防具の足はふっとばされちまったが、武器のある足は残ってたからな。防具がありゃ幾分かマシなんだが。プレス攻撃痛てぇなぁ~」
そう愚痴をこぼしながら十足のタコ聖人はひらすらかつ巧みに武器を振り回した。
片手剣、鈍器、斧、槍、ドリルなどまさに武器のデパートである。
何度も砂に打ち付けられていると彼の身体の色は砂漠に酷似したものに変化していた。
彼はデビルフィッシュの特性を受け継いでいて、あたりにカモフラージュすることが出来るのだ。
もっとも、ステルス呪文のミミクリー・サラウンディングスほど精度は高くないが、それでも相手を撹乱するには十分な性能だった。
「くそったれ!! くそったれ!! あの脳みそお花畑のじゃりん子クソガールめ!!」
ニュルはヒートアップしながら確実に下腹部からダメージを与えていった。
そして、今回の一番の戦犯となった少女は楽しそうに走り回っていた。
「あははははは!!!!! たのしーーーーーー!!!!!!」
彼女は名を"カークス・ジオ"と言った。
その圧倒的火力を持つ花火大砲と驚異的なマナのスタミナを持つ少女だ。
ただ作戦やコンビネーションなどは一切考慮せず、敵をみかけたら敵味方見境なく巻き込んで花火砲を打つ”こまったちゃん”である。
彼女がバトルロイヤルで勝たなければ四班はこんな酷い状況にはならなかったのだが、花火師の殲滅力に他の人が敵うはずもなかった。
かくして、カークスはリーダーになったわけだが、案の定、問題ばかり起こす事となってしまった。
決して悪人ではないのだが、あまりにも無邪気で天真爛漫な為に自分が一度楽しいと思ったことを追求するクセがある。
おそらく、昔っから人を花火で蹴散らすのが楽しかったのだろう。
そんな人物に寄り付く人物は居ない。故に、クラスでは早速、孤立していた。
変わり者の多い学院なので、別にクラスメイト達が無視したりちょっかいを出しているわけではない。
彼女が一人遊びで完結してしまっているのだ。
他人に興味がないというか、自分の楽しいことに没頭するために他人との交流をおざなりにしている節があった。
同じ班員も親睦を深めようと声をかけたりしたのだが、「あっそ~」「ふ~ん」「へぇ~」で終わることが多い。
これでは親しい友人が出来るわけがなかった。
それでも彼女的には楽しい学院生活を送っていた。花火であらゆるものをふっとばすのが楽しかったからだ。
いや、純粋に楽しんでいたのではない。カークスの心の底の疎外感がそう突き動かさせているのかもしれない。
「あはははははははは!!!! 吹っ飛べ吹っ飛べ~~~~!!!!!!」
彼女は全速力で一直線に逃げながら花火砲を連発した。
汗はかきはじめているが、まだしばらく余裕がある様子だった。
本人は作戦を知る由もないし、正直、花火をぶっ放せればずっと砂漠で遠足していても良いのだが、皮肉にも彼女もこの作戦の重要な柱となっていた。
5人の力が絡み合って、大きな事を成せそうになっていた。
各々が全力で自分の役割をこなした。
そのまま10分程度経っただろうか。各々の体力とマナが限界に達しつつあった。
だがこちらも後少しで、エ・Gが熱砂クジラの尻尾を含む三分の一を口の中に収め、消化液で溶かし始めていたのだ。
「あト、すコし……。アっ♥ おオきスぎテ……ち、チぎれ……ル。やハりムぼウだッたノね……」
ボスンッ!!!!!!!!!
何かが破裂した鈍い音がした。それは他の4人にも聞こえていた。
カークスはともかく、クジラの上の百虎丸はその光景を目視した。他の二人は直接見て居ないものの、それが何の音だかわかってしまった。
「くっ!!」
「耐えきれんでござったか!!」
「ちくしょおおおぉぉぉぉ!!!」
「何の音かな~?」
破裂したエ・Gは潰れた風船のようにペラペラになってしまった。
そして、その反動でスララは夜の闇へと消えていった。
それを見ていたウサ耳亜人は叫んだ。
「スララ殿ぉぉぉぉぉ!!!!!!」
この声が聞こえるとイクセントとニュルは作戦が失敗したことを確信した。
だが、百虎丸はくじけなかった。
「二人ともっ!! スララ殿のおかげで、化物の下半身がもろくなっているでござる!! 今、尻尾を切り落とす気になればなんとかなるやもしれぬ!! 移動を開始するでござ……ぬわっ!!」
彼がそう言いかけると熱砂クジラが急にスピードを上げた。何事かと思うと花火が止んでいた。
「にゃに!? ついに花火師がバテたでござるか!!」
百虎丸はツメを立ててなんとか背中にへばりついた。
魔導生物はそのまま猛スピードで近づいていって花火少女を追い詰めた。
「うおああああ!!! すご~い!!! クジラのお腹の中ってどうなってんだろ~!?」
そのまま彼女は熱砂クジラに飲み込まれてしまった。
イクセントはぶさらがりを解除するタイミングを失ってしまっていた。
「くっ……僕も、もうそう長くは持たんぞ!!」
それでも余力のある百虎丸とニュルを活かすため、少年は身を張った。
「こんなザマとは……だが、やれるところまでやる。それが”誇り”……”矜持”!!」
背中の上の亜人はしがみつくので精一杯、そしてニュルも攻撃を続けていたが、かなりバテていた。
そうこうしているうちにイクセントの錨のツメがスーッと消えていった。完全なマナの枯渇だった。
そのまま彼もあっさりパクリと飲み込まれてしまった。
こうなるともう手がつけられない。熱砂クジラは暴走しだした。
「にゅあぉん!!!!」
百虎丸はいよいよ振り切られ、宙を舞った。
スキのない攻撃で化け物は一回転して、尻尾のバットでボールを打つように彼を遠くへホームランした。
邪魔者が残り一人になった事を確認したクジラは砂に潜り始めた。
今まではニュルの攻撃で砂に潜るのを防げては居たが、それは他のメンバーあっての事だったので、もう彼には止められなかった。
そのままどんどんニュルは砂の中に押し込まれていった。
「ぐ、ぐぬおおおおおおおおお!!!!! 砂に!! 砂に埋められちまう!!」
彼はぐいぐいと押し込まれてすぐに砂に埋れてしまった。
当然、タコの亜人に砂中で呼吸できる器官は無い。
彼は砂の中で気を失いかけていた。
「ぴゅいっ」
「ぴゅいっ」
「ぴゅいっ」
ピ・ニャ・ズー達が近づいてくるのがわかった。
そのままニュルは意識を失った。
熱砂クジラはイクセントとカークスとモゴモゴと口の中で弄ぶとぺっと夜空遠くめがけて吹き出した。
占星術の星詠み(ほしよみ)のアンジェナの予言は的中した。
五つの小さな星は集まったが、それが大敵に勝利することはなかった。
きっと、アンジェナの班が助けに駆けつけてもそれはかわらなかっただろう。
今夜も暖かい暖色のティラレ月に誘われて、星がまたたくのだった。




