チョイス・チョイシング・ザ・ガール
「お、おめぇは!!」
教会の中庭の修練場で聞き覚えのある声がしてザティスは振り向いた。
そこにはエレメンタリィ(初等部)で同じファイセルの班だったアイネが立っていた。
「ザティスさん!!」
「おうアイネ!! お前、カルティ・ランツァ・ローレンで研修中つったけど、まさかこんなところで出会うとはな!!」
二人は歩み寄ってがっしりと握手を交わした。
生死を共にした仲である。そこに言葉はいらなかった。
「あらぁ~? そこのレディはどこのレディ? 私の占有物に触れないでくださる?」
毒々しいカラーのアンナベリーがやや殺気だって尋ねた。
「誰がおめぇの占有物だよ!!」
彼はそうつっぱねた。
普通ならこの殺気にすくみあがるところだが、アイネの心は強く、安定していた。
「アンナベリーさん、無茶してますね。実は今も少し自殺願望があるでしょう? リストカットの線が五本、増えてるのに気づかないと思ったんですか?」
逆にそういって浄化人につっかかったのだ。
いつのまにか野次馬が集まってきていたが、これには流石にみんなが押し黙った。
「あらぁ~、バレちゃった? ウフフ……一本取られたわね」
そう言うとアンナベリーは刃を収めると背を向けてヒラヒラと手を振ってその場を去った。
野次馬たちも解散して、ザティスとアイネだけがそこに残った。
そして二人揃って木陰のベンチに座った。
「おめぇは相変わらずだな。調子良さそうじゃねぇか。結構結構」
そう言って彼女の顔を覗くとなんだか困り顔をしている。
どうしたことかとザティスは気を効かせた。
「おまえ、どうした? 具合でも悪いのか?」
するとアイネは首を左右に振った。体調不良では無いらしい。ならば一体?
そして重い口を彼女は開いた。
「ああ、あのですね。お恥ずかしくて言えなかったんですが、今度、教会で舞踏会があるんです。で、私は舞踏会デビューなんですが……その、社交ダンスがめちゃくちゃ苦手で……。アイネと踊ると骨を折られて重症になるって言われてるほどなんです……」
ザティスはキョトンとした顔でアイネを見つめた。
彼女は酷く心配そうで、今にも泣き出しそうだ。
笑ってやろうかとおもったが、どうもそうはいかないらしい。
ダンスと言えばアシェリィを思い出す。
彼女、実は夜な夜な起き出してダンスの練習をしているのだ。
まるでアイドル志望者のように本を読んでハードな自己レッスンしていた。
意外とそれは様になっており、徐々に上達していくさまにザティスは内心感心していた。
もっとも、ファイセルは毎晩9時には寝るのでこれを知っているのはザティスだけだったが。
声をかけるのも無粋かと思って、彼はアシェリィに声をかけることはなかったが。
少し物思いに耽るとザティスは答えた。
「いいぜ。俺がお前とヘペアになってやるよ。ダンスに関しては素人だが、身体を動かすことに関してはプロフェッショナルだ。一週間もありゃなんとか形にはなんだろ」
アイネはそれを聞いて堰を切ったように泣き出し、ペアの相手の胸に飛び込んできた。
真面目な奴である。たかがダンスでも悪評が立つのは辛かったのだろう。
年頃の青年が年頃の婦女子に抱きつかれて劣情を抱かないはずがなかったが、彼女は元チームメイト。
そこはもう家族のようなものであり、欲情することなく、彼は優しくアイネの長い茶髪を撫でてやるのだった。
そこから二人の猛特訓が始まった。
骨を折られるという評判は真実でザティスも本気で肉体エンチャントで重症を回避する局面があった。
やはり彼女は歌唱学科より、グリモアル・ファイターの方が向いているのではないかと思うほどだ。
そうしているうちにあっという間に舞踏会の日が来た。
ザティスは似合わないフォーマルな燕尾服を着ていた。
「くっそ~。似合わねぇ上に窮屈だ。しかも高ぇ。これで酒が何杯飲めると思ってやがる……」
彼は待ち合わせの時計台の下に居た。周りはラブラブなペアで溢れていた。
「ふ~む、彼女が欲しくないと言えば嘘になるが、そうすっと呑み歩いたり、闘技場で暴れられなくなるからな。さすがに彼女に心配かけるわけにはいかねぇしな……」
床のタイルを見ながらぼんやりそんな事を考えていると、紫の品の良い手袋がスッっと差し出された。
「あら~ザティスくぅん。お相手、居ないんでしょ? 私と踊ってくださる?」
声の主はアンナベリーだった。だが、いつもと見違えるほど女子らしい服装をしていて、それがとても美しかった。
普段のイメージを破壊するレベルで、誰もが美麗なレディと言うだろう。
その時、今度は別方向から白い手袋をした手が差し出された。
「さ、ザティスさん。練習の成果をみせてやりましょう!!」
手を差し出したのはアイネだった。彼女もまた美しく、麗人そのものだった。
いつのまにかまた野次馬が集まり始めた。
アンナベリーかアイネか、どっちを取るかに皆が興味津々なのだ。
周りは蜂の巣をつついたような騒ぎになっているが、ザティスは10秒とかからないうちに手をとった。
「悪いなアンナベリー先輩。俺には先約がいるんでな」
そう言うと彼は白い手袋の手をとって、片足立ちで手袋をとって手の甲にキッスした。
「ザザザザティスさん!! 儀礼に忠実とは言え、これは流石に恥ずかしいですよ!!!!!」
修道女の女性は思わず汗をかいてあたふたした。
「なに恥ずかしがってんだ。レディに対するマナーだろうが」
対する彼はあっけらかんとしていた。
選ばれなかった方の女性は無言でその場を去っていった。
去り際に泣いているのがザティスにもアイネにもわかった。
「悪い事をしたが、あいつにゃもっとお似合いのやつがいるだろうって。日陰モン通しが付き合うとロクな事になんねーからな……。さ、いくぜ!!」
そのままアイネの手をリードするように引いて、二人は鮮やかな舞踏を舞った。
その姿には誰もが見とれ、感激した。
教会に染まらない狂犬に肩を抱かれ、修道女は思った。
「あれ……なんか……幸せ……。こんな時がずっと続けばいいのに……」
アイネは舞踏会が終わりませんようにと祈った。
だが、現実は無情で愉しい時は終わってしまった。
次々にペアが解散していく。
ザティスは伸びをした。
「ん~、慣れねぇダンスだと疲れんな。何日か休むか……」
となりに並ぶアイネは踊りが終わったのに心臓がバクバクしていた。
(あ、あれ……。もしかして、もしかしてこれって……?)
「さ~て、風呂入って寝るか。じゃあなアイネ。またそのうち会うだろ」
そう言いながら青年は彼女に背を向けた。
だが、それをアイネは呼び止めた。
「ザティスさん!!」
「あ?」
頭の後ろに手を組んだザティスが振り向いた。
「私……私!!」
目をつむって両手を握り、上下に振る。
「ザティスさんの事が……ザティスさんの事が!!」
彼は振り向いてアイネの方を向き直り、近づいてきた。顔が一気に近づく。
「おう、なんだ。言ってみ?」
「わわ、私……私、ザティスさんと踊れて愉しかったですッッッ!!!」
狂犬は笑顔を浮かべ、ハイタッチのジェスチャーをした。
アイネは思いっきり差し出された手に返すよう叩いた。
「ん。じゃあな。ふわ~。俺はもう寝るぜ」
そう言うとザティスは挨拶してから今度こそ背を向けた。
(私ったら……ホント馬鹿……)
彼女の周りはいい感じのカップルで溢れていた。




