季節知らずのファイアワークス
周囲に比べてやや年上の雰囲気で、高い鼻のある黒髪の青年は砂の平たい箇所を見つけると占い用の鮮やかなクロスを開いた。
周囲の気温の低さでメンバーたちは白い息を吐いて震えている。
青年は小さな小瓶の口のコルクを抜いて、マットの上にキラキラと虹色に光る砂をパラパラと振った。
そして目を細めながら天を仰いだ。
夜空は雲に包まれていて星が見えることはなかった。
ある女性徒の班員は訝しげに尋ねた。
「ねぇ、アンジェナ。アンタを疑うわけじゃないけど、本当に星が見えるの? 雲だらけで月も見えないのに?」
「…………星ってのは追うもんじゃない。詠むものなのさ。追いかけているうちはいつまで経っても星を掴むことはできない……。さて、出たぞ…………」
アンジェナと呼ばれた男は目と同時にマットの上を覆っていた手のひらを開いた。
「これは……。遠足の開始直後だが、熱砂クジラを倒す大きなチャンスが来る。4つの大きな星が一つに集い、そのうちの5つの小さな星が煌めくだろう」
血気盛んな男子が反応した。
「何だって!? じゃあ俺らも加勢するって事か!! くぅーーーー!! 燃えてきたぜ!!」
その声を遮るように占い師は制止の意を込めてた手のひらを男子に向けた。
「ハァ……ハァ……。今夜、集うのはあくまで”4つの”大きな星だ。俺たちの星はそれには加わるべきではない。何がどうとまでは詠めないが、壊滅的なダメージを受けてしまって、ほとんど戦力にならないだろう。今夜は確かに絶好の好機ではあるには違いないが、我々が加勢したところで結果は変わらない。ならば、こちらは一匹でも多く邪魔な雑魚を殲滅して後に繋げるべきだ……。ゴホッ……ゴホッ……」
苦しそうに咳き込む彼にメンバーが寄り添った。
何の根拠もない適当な占いに聞こえるが、彼は少ないながら幾度か信頼を勝ち取れるような占いを的中させてきていた。
彼自身の占星術に向き合う態度もそれを裏付けていた。
そのため、班員達は彼の言うことを信じ、熱砂クジラに当たるクラスメイト達の無事と健闘を祈りつつ、モンスターの排除にあたたるのだった。
アシェリィが目を開けるとそこは簡易キャンプの白い天井だった。
寝転がっていた彼女は半身を起こして周囲の様子を見て回った。
辺りはすっかり夕暮れて夜になっていた。刺すような寒さに思わず身震いして上着を羽織る。
簡易キャンプでは水と最低限の食糧に加え、道具や装備類の預かり、引き出しを受け付けていた。
他にも破損装備の修理素材、紛失装備の取り寄せはしてくれるらしい。
それくらいはサポートがないと長時間に及ぶ遠足に耐えきれないということだろう。
ただし、サポートを受けられるのはキャンプが出現しているときに限られたが。
アシェリィは制服女子用紺タイツを小さな旅行トランクに入れておいたので、すぐにそれを取り出して履いた。
ピ・ニャ・ズーがテント内をうろちょろしているのが目についた。
ガリッツは体育座りの姿勢のまま静止して微動だにしない。意識はあるのだろうか? ケモノ達のいいオモチャである。
ノワレは制服の上着を着て、スカートを履いているが、素足を露出して寒そうに震えていた。動物達はそこに寄り添うようにしていた。
気の毒だったのでアシェリィはノワレに声をかけて余っていた紺タイツを手渡した。
「あ……あの……サイズが合わないかもしれないし、気に入らないかもしれないけど、よかったらこれ……」
突っぱねられるかと思ったが、エルフの少女は黙ってそれを受け取り、モジモジしながら身につけた。
「あ、あ、ありがとうございますわ…………」
心なしか目線をそらして照れくさそうな顔をしている。まだ許嫁の呼び名について気にしているのだろうか……。
フォリオは一番の痛手を負ったようで、集中治療が続いていたが、まもなく復帰できそうであった。
イクセントは魔念筆でなにやら紙に必死に書きなぐっている。
それを覗いたラーシェは驚いた。
「うっそ~!! これ、オリジナルのグリモアじゃん!! エレメンタリィ(初等科)の内容じゃないよ!!」
最初はうざったくてしょうがなかったが、いつの間にかぶらさがったり、よじのぼったりする動物にイクセントは癒やされていた。
「これでっ、どうだッ!!!」
魔紙に殴り書いた術式に手のひらを押し当てると、不思議な魔法陣が彼の手首を伝って全身に展開した。
辺り一帯に魔術の衝撃波が走る!
「もぁ~」
「もあもあ~」
「みゅ~ん」
魔力の圧でふっとばされそうになった毛だるま達は必死で彼にしがみついていた。
展開が終わり、手を握ったり開いたりすると今までの夜間の寒さがウソのようだ。これなら日中の暑さも中和できるだろう。
ただ、これは個人用の魔法で、耐暑耐寒の効果が発動したのはイクセント一人だけだった。
最後にフォリオが起き上がった。手にはいつものホウキをかかえている。
パンパンとラーシェが手を叩いて注目を集めた。
「さて、一回目だけどまずまずってところかな。特にガリッツ君、イクセント君、ノワレちゃんは戦闘力が光るね。更にモンスターを知ればどんどん耐久時間は伸びると思う。アシェリィちゃんは機動力と雨乞いがグッジョブ!ただし次は加減に気をつけてね。で、フォリオ君だけど……」
一部班員達のドギツい視線が刺さった。
「活躍出来るポテンシャルは大いにあるし、君なりの立ち回りがあるよ。だから最初から諦めないで頑張ってみてよ!! ただ、さっきのでわかったかと思うけど、恐怖や痛みから逃れようとすればするほど自分、場合によっては仲間も巻き込むことになっちゃうのは覚悟しなね」
ラーシェは軽く警告したものの、特に責め立てるでもなく、爽やかな笑顔を浮かべて震える少年に向けて親指を立てた。
「ほんとに愚図ですわ……」
「チッ……」
少年に対する辛辣な小言が聞こえたがセミメンターは何もそれに関して言及しなかった。
チーム内の人間関係は自分たちで解決しろとばかりの態度だった。
「よ~し。じゃあ簡易キャンプ、解散するよ~。夜になって環境が変わってるから注意してね~」
その一声で簡易キャンプとセミメンター、そしてピ・ニャ・ズー達は地面に沈んでいった。
キャンプ解散と同時にアシェリィ達の班員全員が闇夜に煌々と輝く光の柱を見た。
明らかに他のクラスメイトの上げた魔術的合図である。
未だ続く恐怖に怯える少年を侮蔑しながらイクセントとシャルノワーレは砂丘の丘を登り始めた。
(ちょっと待って!! 全員伏せて!!)
声を殺しつつも班長は各員に身を隠すように指示した。
丘の一番高い位置に居た剣士の少年はソロリと身を乗り出して丘の向こうを見つめた。すると思わず声が出そうになった。
続いてメンバーたちが丘の斜面を覗き込むと、青白く光る帆のある船がゆらゆらと砂の海を航海していた。
だが、遠くからでも砂を走る幽霊船であるとわかった。
目を凝らすと乗員であるスケルトンの類の不死者がかなりの人数、乗っている。
「……貴金属を狙う密猟者の成れの果て……か……」
イクセントは渋い顔をした。
不気味な”死んだ船”はアシェリィたちの左方から丘を横切って向こうに光る魔術的光源を目指していた。
もし、あれがクラスメイトのものならば、一気に海賊骸骨の襲撃を受けてしまうことになるだろう。
どうしたものかと、各々が考えるうちに船はもう一つ向こうの砂丘の丘のピークに達した。
その直後である。魔法の光の向きが一気に変わって、思いっきり幽霊船へと照射されたのだ。
すると光に晒された骸達の母船や骸本体達はパラパラと砕けながら砂漠へ還っていった。
不死者に対して、強烈な光を当てるのは有効な手段だ。
もっとも、連中は光だけでは完全に滅ぼすことが出来ず、除霊術を行使して成仏させる必要があるのだが。
それにしても、光だけで消し飛ばすまでには非常に光度の高い光を当てる必要がある。新米と言えど、学院生のなせる業だと言えた。
骸の船が撃沈した直後、光源はすっかり姿を消してしまった。
一体、どういった形式で撃っているのかわからないが、おそらく先程の一発が大きくスタミナに響いたのだろう。
しかし、距離があると言ってもたかだか丘一つ二つ分である。
このまま光のあった方へ向かえば今回は、ほぼ確実にどこかの班と合流できると思えた。
丘を続けて越えると人影が五人見えた。おそらく光源を放っていたチームだろう。
アシェリィ達は素早く砂丘を滑り降り、彼らに合流した。まずは名乗るのが筋だろうとリーダーが前に出た。
だが、相手のリーダーは人指し指を立てて沈黙を促す仕草をとった。
「なノるのハ、あトで……。どウやラねッさクじラは、しュうケつスるパーてィをケちラすミたイ。こノまマ、こウしテいルと、イっきニぜンめツしテしマう。こンかイはウんガよクて、もウ1はン、そバにキてルよ。そノはンとレんケいヲとリなガら、まズはたガいノのウりョくをハあクしナいトかチめハなイかナ……」
長髪を垂らしておっとりした雰囲気の少女はそう状況説明した。
喋り方にクセがあるというか、なまりというのだろうか、それらとのどちらとも異なる違和感が気にかかった。
相手のリーダーは別方向の丘の方を指さした。するとそちらにも人影があった。
おそらく、これくらいの距離が熱砂クジラから襲撃を受けないギリギリのラインなのだろう。
“互いの能力を知る”というのも盲点であった。
基本的に魔術師とは積極的に自分の能力を明かしていくことはあまりない。
戦闘演習が日常茶飯事のリジャントブイルならなおのことである。
わざわざ自分から能力を開示することは弱点を暴露することにも等しい。
そのため、よっぽど親しくなったクラスメイトでも互いの能力の詳細を明かしていないケースも珍しくなかった。
下手すれば班員同士でもどこまで把握できているかというところだ。
それに一口に能力を伝えると言っても、口頭だけで説明するのは難しい。
互いの相性など、実戦してみないとわからないことだらけだ。
さらに近い内に遠足を指揮するリーダーの決定や、各班長ごとの連携も必要になってくるだろう。頭の重い問題だった。
アシェリィ達のパーティーは先程の少女の班と距離をとって丘の下り斜面へ陣取った。
周りを見渡すとすり鉢状の地形をしている。その斜面に点々とチームが三つならんだ。
接触時間を抑えて熱砂クジラをくらましつつ、モンスターを狩って食糧とし、互いの連携力を上げようというわけだ。
とりあえず、夜は消耗を控えようという事でクラスメイト達は火を焚いたりして暖をとったりしていた。
しかし、突如として警戒サインのパターンで光源が点滅し始めた。何かの緊急事態である。
すぐに異変は現れた。凄まじい地鳴りと共に地震が発生したのだ。
砂面が下滑りしていくのが感じられた。そしてすり鉢の底から丸みを帯びた巨大な飛行船のようなフォルムが浮上した。
「フォオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーン!!!!!」
“それ”は現れた。あまりのスケールに言葉を失うものや、呆然とするものばかりだった。
潜んでいたというより、向こうからやってきた感があった。
夜故に、細かいディティールまでは確認できない。
「ふムぅ……、そノばノにンずウがフえテもオそワれルのネ……」
新たに別のもう一班が他の班を見下ろすように丘のてっぺんに立っているのが目視できたこれでその場に四班が揃ったことになる。
するとそのチームの人間だろうか、元気いっぱいでピョンピョンと無邪気に騒ぐ少女の声が響いた。
「うわああああ!!! これが熱砂クジラ!? でっかーーーーーい!!!!」
その声と共に、彼女以外の人影がその少女から散り散りになるように駆け出した。
なんだかこちらに向けて叫んでいるようにも聞こえるが……。
予定とは変わってしまったが、もう熱砂クジラとの交戦は避けられない。
クラスの面々が身構えたときだった。先程の少女が腕をブンブンと回しながら楽しげに叫んだ。
「ぐるぐる~パワ~!! 全力のォ!! 弾幕ゥ!! マスデストラクト!! カラミティ!! ファイアワークス!! カノン~~~~~~~~~~!!」
詠唱が終わるとすぐに辺り一帯に色とりどりで、鮮やかな花火が炸裂した。
狙いに関しては無差別爆撃で適当極まりなかったが、その量と威力はとてつもなかった。
花火特有の音をたてながら、下り丘に待機していた生徒たちを巻き上げ、蹴散らしながらガンガン巻き込んでいく。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるどころの話ではない。
「あ~、なンとマぁ、こマっタちャんダこト……」
まるで複数の玩具の人形を乱雑に放り投げるかのような光景だ。聞くに堪えない悲鳴も混じっていた。
「うわああああああぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」
「きゃあああああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!」
すり鉢状のくぼみは惨憺たる様相を呈した。大量のピ・ニャ・ズーが救出のために出現して片っ端から怪我人を回収している。
ただ、全員がリタイア扱いで回収されたかと言えばそんな事はなかった。
数こそ少ないが、巨大な魔導生物と花火に未だ抗おうとする意志を持った者たちの息吹は確かに残っていた。




